「やっぱりたっくんだ! ひさしぶりだよ~!」
竹箒を手にしたつかさは、パタパタと俺に駆け寄りながら間延びした声でそう言った。
「久しぶり。元気だったか?」
「うん、あたしもお姉ちゃんも元気だよ!」
「悪かったな。急に引っ越しが決まって、挨拶をし損ねたんだ」
「ううん、いいの。たっくん、引越しが多いって聞いてたから。こうして会いに来てくれただけでも嬉しいよ」
「そうか」
俺を覚えてくれていた事も嬉しいが、再会を喜んでくれたのはもっと嬉しかった。
「ちょっとつかさー、あんた掃除サボってなにやって……」
つかさの背後から聞こえてくる懐かしい声。
その発信源は手にした箒を床に落とし、パクパクと口を開閉させながら、まるで30年ぶりに戦地から帰還した兵士を見るかのような表情を俺に向けていた。
「久しぶりだな、かがみ」
「たく!?」
かがみはドタドタと駆け寄ってきて、俺の顔をマジマジと見つめる。
「……本当にたくなの?」
「ああ」
「あんたねぇ! 何の挨拶も無しにいなくなったと思ったら、今度はいきなり登場か!? 何考えてんのよ!」
「すまない。急な引っ越しで、挨拶ができなかったんだ」
「それなら……手紙とか電話でいってくれれば」
そう言って、かがみは口をつぐんだ。
当時、俺たちは住所と電話番号を教えあっていなかったのだ。
「本当に、すまなかった」
俺はかがみにむかって、ふかぶかと頭を下げた。
「いいわよもう。こうして会いに来てくれただけで嬉しいんだから」
「……ふっ」
「な、なによ!」
「いや、やっぱり姉妹だなと思ってな。さっき、つかさにも同じことを言われたから」
「ふん!」
顔をあげると、かがみは怒ったような表情でそっぽを向いてしまった。
「あの頃のお姉ちゃん、たっくんの事をずーっと心配してたんだよ。事故にあったんじゃないかーとか、病気になったんじゃないかーって」
「つ、つかさぁ! 余計な事言うなぁ!」
「えへへ」
じゃれあう姉妹を見て、俺はほっと胸を撫で下ろした。
どうやら、この二人はまだ俺の事を友達だと思ってくれているみたいだ。
それが、とても嬉しかった。
「それでたく。あんた、またこっちの方に引っ越してきたわけ?」
「ああ。今は親戚の家で居候をさせてもらっている」
「わーい、それじゃあまた一緒に遊べるね!」
「おいおい、あたしらもう高校生だぞ? そんな……男子と一緒に気軽に遊べる年齢じゃないだろ」
「そうか? 俺は別に気にならないが」
「あんたがならなくても、あたしはなるの! まったく、あんたは今もあの頃のままね」
しかし、かがみの言っていることはよく分かる。
この年齢になって男女が親しくしていたら、あらぬ誤解を受けかねないだろう。
かがみと交流できないのは寂しいが、ここは少し距離を置いた方がいいのかもしれないな。
「まあ、かがみの言うことももっともだ。昔のようにはいかないが、話ぐらいはしてくれると嬉しい」
「ちょ、ちょっと! そんな捨てられた子犬みたいな目で私を見ないでよ!」
無表情を装っていたつもりなのだが、顔に出てしまったらしい。
「別に会わないなんて言ってないでしょ! これからも普通に遊べばいいじゃない!」
「いいのか?」
「もちろんよ!」
「でも、さっきは男子と気軽に遊べる年齢じゃないって言ったろ?」
「そ、それは……そう! 幼馴染み! あたし達、幼馴染みでしょ? だからいいの」
「そういうものか?」
「そういうものよ」
そうか。確かに、幼馴染みなら男女で一緒に遊んでいても不自然じゃないな。
「分かった、近いうちに遊ぼう。じゃあ俺、そろそろ行くな」
俺の言葉に、かがみとつかさは不満そうに眉をひそめた。
「えぇ~、もう行っちゃうの?」
「そうよ。積もる話もあるんだから、家にあがってゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのは山々なんだが、他にも挨拶をしておきたい人達がいるからな。また後日、ゆっくり話そう」
「あ、そうだ! たく、あんた携帯の番号教えなさいよ。またすっぽかされてどっか行かれたらたまったもんじゃないわ」
言われてから気が付いた。
スマホは購入しているが、他人と連絡先を交換する機会が乏しかったので、その発想に至らなかったのだ。
その後、柊姉妹と電話番号の交換した俺は、手をふる二人を背にして、境内の出口へと歩みを進めた。