lost days-失われた日常-   作:AZΣ

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7話-狂喜

朝、僕が昨日に続き、一応家の様子を見に行くとポストに一通の手紙が入っていた。宛先はどうやら僕のらしい。

(珍しいな、僕に手紙だなんて。一体誰が……?まぁ、読んでみれば分かるか)

「時雨君へ。

突然手紙を出してしまった無礼を許して欲しい。今回、僕が手紙を君に出した理由は、君と話をしてみたいと思ったからなんだ。

もし良ければ、僕の家まで来て欲しい。場所は手紙の裏に書いてある。待っているよ。

皇 旋也」

(皇……?ああ、昨日、アジトに戻る途中でぶつかってしまった人だ。それにしても、僕と話がしたいなんて…昨日、初めて会ったのに……まぁ、悪い人じゃなさそうだったし、行ってみようかな。……でも、一応黒坂さん達に相談してみよう、もしかしたらあの人も喰種かもしれないし……)

こんな事を考えながら僕はアジトへ向かった。

 

 

アジトに着いて、いつも通りに訓練をした。疲れで頭が一杯だったけれど、ふと手紙の事を思い出した。

「黒坂さん、折木さん、ちょっと見て欲しいものが…」

「「ん?」」

僕は黒坂さん達に手紙を見せた。するとさっきまで笑顔だった二人の顔からみるみる内に笑いが消えた。

「時雨君……君、皇に会ったのかい……?」

(どうしてそんな事を聞くんだろう…?まさか!)

僕の頭に嫌な予感がよぎった。それを確認するために僕は、

「は、はい。あのもしかしてあの人は……」

と聞いてみた。すると黒坂さん達の表情が暗くなり、

「ああ…彼は喰種だ。しかもSレートのね」

と答えてくれた。しかし、『レート』という言葉に聞き覚えがなかった。

「あの、レートって何ですか?」

すると黒坂さんは少し驚いた顔をして、

「ああ、これも話し忘れてた。喰種はそれぞれレートによってランク付けされているんだよ。C~SSSレートって順番でね。もっとも、SSSレートやSSレートは非常に少ない。しかし、Sレートの皇もかなり強い。『作曲家』という異名をつけられている。今の君では一度触る事も出来ないだろう。俺は行かない方が良いと思う。いや、行かないでくれ」

そう言って黒坂さんは頭を下げた。なんと折木さんもだ。

「そ、そんな!顔を上げて下さい!そんな事を聞いてたら怖くなって行く気なんか無くなりましたから……」

「そ、そうかい。なら良かった」

「そ、それじゃあ今日は僕が当番なので、食料を調達して来ます」

「あ、ああ、気を付けてね」

黒坂さん達は少しだけ笑って見送ってくれた。僕を気遣ってくれている事に感謝しながら、僕自転車に跨がって崖へと向かった。

 

 

「ううっ……」

崖へ着くと人の死体がいくつかあった。今は夕方なので普通は上の車道を車が沢山走っても不思議はないのだが、ここは自殺スポットとしてこの街では有名なので滅多に人は来ない。

(まだかなり抵抗がある……と言うかほとんど抵抗しかないけど……皆のためだし仕方ない!)

僕は予め持って来ておいたクーラーボックスの中に死体を詰め始めた。

「よし…この位で良いかな……ううっ……気分も悪いし早く帰ろう……」

次の瞬間、僕の意識は途絶えた。

 

 

目を覚ますと、何故か広い場所にいた。

(ここは……ホール?どうしてこんな所に僕はいるんだろう……?)

しかし、ホールと言っても、少なくとも普通より二倍は広い大きさだ。すると後ろからコツッコツッと足音が僕の方へ近付いて来た。

「やぁ、時雨君。ここが僕の家だ。気に入ってくれたかな?」

皇さんは初めて会った時と同じ様に黒いスーツを着ていた。僕は何がなんだが分からなかったが、

「どうして僕をここに?」

と理由を聞いてみた。すると皇さんは笑って、

「手紙に書いた通りさ。君と話がしたくてね……」

と言った。

(皇さんの雰囲気が初めて会った時と何かが違う…逃げた方が良さそうだ……!)

「あの、今日は僕、これから用事があるので帰らせてもらっても……」

すると皇さんはより一層笑って、

「それは困るなぁ……折角良い曲が作れそうなのに……君の悲鳴でね」

「えっ?」

すると皇さんの背中から赫子が生えてきた。どうやら甲赫の様で、彼の左腕に巻き付いている。そして一瞬で彼は僕の目の前に立った。

(嘘でしょ!?普通の人よりも数段早い!)

「ほぉ~らっ!」

皇さんが甲赫で僕を斬ろうとする。それをギリギリで避けて、彼の後ろに回って蹴りを喰らわせた。

(よし、決まった!これで少しはダメージを与えられたはず……)

「ふむ、良い蹴りだねぇ。だけど君には!」

皇さんは振り向いて、

「圧倒的に経験が……足りない!!!」

次の瞬間、僕が甲赫で薙ぎ払われた。

「ぐっ…あああああ!!」

僕は壁に衝突した痛みで悲鳴を上げた。どうやら骨は無事な様だがかなり痛い。

すると皇さんは凶悪な笑みを浮かべて、

「んんん~……良いよ…実に良いぃぃぃぃぃぃ!!!創作意欲が掻き立てられるぅぅぅぅぅ!さぁ…もっとだ…もっと君のその美しい悲鳴を聴かせておくれぇぇぇ!」

(駄目だ……やられる!)

僕が死ぬ事を覚悟した時、

「ガギンッ!」

という音がした。僕が目を開けると、目の前に赫子を纏った霞が立っていた。

「お兄ちゃん!大丈夫!?」

「う、うん…ありがとう、霞!」

すると次の瞬間、皇さんが怒りの形相で霞に斬りかかっていった。

「邪魔だぁぁぁぁぁ!!!」

皇さんは赫子で霞を吹き飛ばした。

「きゃああああ!」

「霞ぃ!」

霞は僕から少し離れた所の壁に激突した。

「ううう…」

(まだ踏ん張りがきかないとは言え、あの状態の霞を吹き飛ばすなんて……これがSレート……)

「あの娘は君の妹かい…?良いねぇ、彼女も良い悲鳴を僕に聴かせてくれそうだ…さぁぁ……二人ともぉ…もっと僕に悲鳴をぉぉぉぉ!!」

「うわぁぁぁ!!」

「きゃああああ!」

僕等は再び皇さんに吹き飛ばされた。どうやらあばら骨が二~三本折れたみたいだ。

「うう……」

霞も何本かあばら骨が折れた様で、僕と同じく脇を押さえていた。

「お…お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

霞が僕を呼んでいる声を聞いたのを最後に僕は意識を失った。

 

 

「ここは!?」

「お前の心の中だよ」

横を見ると、輝影が笑っていた。

「またお前か……早く僕の身体を返してくれ!」

すると輝影は少し驚いた様な顔をして、

「まだ奪っていないさ。少しお前と話をしようと思ってな。」

「お前までそれなのか……で、話って?」

輝影は僕を見下す様に見て、

「お前は弱い。

赫子を満足に出す事も出来ない上に、まだ自分が人間だったという事に必死にしがみついているとはな。そのせいで未だに人間の肉を満足に食べられない…だから赫子も出せないのだ。

お前はもう人間ではない、喰種だ。喰種は人間を食べなければ力を充分に発揮出来ない。認めろ、そして人を捨てろ。そうすれば力が得られるぞ?」

と言った。そして輝影は笑みを浮かべながら僕に背を向けた。

「良く考える事だな。幸い、ここなら時間はいくらでもある事だしな。少なくとも今のままでいれば、お前は弱いままで、自分が守りたいと思うものを全て失う事になるだろうな。

まぁ、私としてはお前の精神が修復不可能なまでに壊れてくれれば自分が表に出る事が出来る様になるからその方が良いのだかな」

そう言って輝影は去っていった。次の瞬間、僕の意識は完全に輝影に支配された。

 

 

「ハッ…クハハハハハハハ!!!」

「お、お兄ちゃん……?一体どうしたの……?」

すると輝影は霞を見て、

「時雨の妹だな。奴は今眠っている」

と輝影は自分(僕の胸)を叩いた。

「えっ……?」

それだけ言って輝影は皇さんの前に立つ。

「何者だい…君はぁ……?時雨君とは違う……彼を出せぇぇぇ!そして悲鳴を聴かせろぉぉぉぉぉ!!」

そう言って皇さんは輝影に飛び掛かって行く。すると輝影は邪悪な笑みを浮かべて、

「久しぶりに楽しめそうな相手だな。余程悲鳴が聴きたいらしいなぁ…良いだろう。私に悲鳴を上げさせることが出来るかな?

そして頼むから…シツボウサセテクレルナヨ?」

そして輝影も赫子を出した。甲赫が両腕に巻き付いていて、鱗赫が二本、腰の辺りから生えてうねっている。

「二つ持ち…!?ハハハ……こんな所でお目にかかれるとはねぇ……」

輝影は皇さんへ正面から突っ込んでいった。当然、甲赫での殴り合いになるが輝影には鱗赫もある。両腕が塞がっている皇さんは鱗赫をも紙一重で避けているが、身体が少しずつ傷付いている。皇さんは一旦、輝影との距離を取るために跳躍するが、輝影はその差を瞬時に埋めてしまった。

「くっ…なんて身体能力だ…」

「ハーッハハハハハ!!!ドウシタドウシタ!?コンナモノナノカァ?Sレートナノダロウ!?オマエノジツリョクトイウヤツハァ!」

「ぐっ……ハハハァ!良いねぇ…この痛みぃ……久しぶりの感覚だ…創作意欲が湧いて来るよぉ!」

この二人の狂人の戦いに霞は全く付いていけていなかった。

「お兄ちゃん……一体どうしたの…?別人みたい…」

霞が考えている間にも戦いが続いていたが、もうすぐ決着がつく。それも輝影の圧倒的な勝利で。何故なら輝影は僕を支配して出て来てから全くの無傷で、皇さんは全身に傷を負って大量に血を流しているからだ。

そしてとうとう皇さんの甲赫は輝影の甲赫との殴り合いで砕け、自分を守る手段が無くなった彼の身体を輝影は鱗赫で無慈悲に貫いた。

「ぐっぁぁぁぁぁ……!」

皇さんの身体を鱗赫で貫いた瞬間、輝影は狂喜と表現するに相応しい笑みを浮かべ、

「コレデオワリダ……マァ、スコシハタノシメタヨ。デハ、ソロソロオワカレノジカンダ……シネ」

皇さんの身体に突き刺さった鱗赫が彼の身体を真っ二つに引き裂こうとした瞬間、霞が輝影を止めに入っていた。

「……ナンノツモリダ……?」

(お兄ちゃんに人を殺させる訳にはいかない…!たとえ相手が喰種でも…!)

「貴方はお兄ちゃんじゃない!お兄ちゃんを返して!」

「コノォ……ジャマヲスルナァァァァ!!!」

激昂した輝影が霞に斬りかかっていく。

(止めろ輝影!このぉ…)

僕は霞と輝影が話している一瞬の隙を突いて、表に戻ろうとした。

「グッ……アァァァァァァ!!!」

すると突然、輝影が苦しみ出した。霞は恐怖に震えながらもその状況を見ていた。

「ま…またなのか……また私は……おのれ……おのれぇぇぇぇ!!!」

赫子が消えて輝影は床に倒れた。

 

 

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

「うう……か、霞……」

どうやら輝影の支配から逃れる事が出来た様だ。すると突然、霞が抱き付いて来た。

「霞…!?どうしたの…?」

僕がそう聞くと霞は震えながら、

「良かった……!お兄ちゃんが急に変わっちゃって……どうしたら良いのかって……!」

「大丈夫…大丈夫だよ…」

周りを見渡すと一面血の海だ。

僕は起き上がって後ろを見ると、腹と右胸を貫かれている皇さんが倒れていた。どうやら血を流し過ぎて気絶しているらしい。

「さぁ……帰ろう……ほら、もう泣かないで…ね…?」

「うん……うう……」

僕と霞は互いに抱え合いながらゆっくりと歩いた。ホールを出ると突き当たりに扉が見えたので、そこを開けて外へ出た。

 

 

「……輝影、今回は随分と好き勝手に暴れたみたいだったね」

輝影は狂喜の笑みを浮かべ、

「ああ、実に楽しめたよ。所で答えは決まったのか?」

と聞いて来た。僕は正直に、

「まだ分からない…」

と答えた。

「やはりな、お前はそういう奴だ。所詮お前は何か一つを選べず最終的には自分を滅ぼす……只の役立たずなのだよ……」

と輝影は僕を嘲笑った。

「…だけど」

「何だ?」

「僕は誰も殺したくない。それがたとえ人でも喰種だろうと絶対に。お前でもだよ、輝影」

僕がそう言うと輝影は暫く呆けた顔をして、

「ふっ…ふはははははは!!!私を殺さない?今まで何人もの人や喰種を殺してきた私を殺さずにどうするというのだ?」

と高笑いしながら聞いて来た。僕は自分の今の気持ちを正直に言葉にした。

「僕は……皆で争う必要のない世界にしたいんだ。人も喰種も……だから僕は……お前とも仲良くなりたいと思ってる」

すると輝影は突然怒りの形相を浮かべ赫子を出した。そしてその赫子を全て僕の首に向けた。

「争いのない世界だと?ふざけるな!そんな世界は有り得ない、あるはずがない!あったとしてもそんなものは私が壊す!私から戦いを奪わせはせん!絶対に!」

「…そうか、でも僕は諦めない」

輝影は僕を睨みながら、闇の中に消えていった。

 

 

 

(僕の「争いのない世界」という言葉に異常に強く反応したなぁ……一体どうしてだろう…何かあいつにも複雑な過去があるのかもしれない……)

輝影との話が終わると横で泣き疲れて寝てしまった霞を背負って、僕はアジトへ帰った……


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