むしろ「どうもみなさん」から始まらないことに違和感を覚えたalnasです。
個人的に、ロマンを好きな人が多いことを知って嬉しく思います。
では、どうぞ。
なにかを大切に思うことは難しい。
けれど、大切な物がなにであったかを知ることは容易だ。
なぜなら、大切な物は本能的にわかっているのだから。
それでもなお、大切な物を手中に収めておくのは困難だ。
だって、そこに見えているうちは、大切だとは思わないのだから。無くして初めて、大切だったと知るのだから。
そして、いつだって結末は変わらない。
大切にしていた、大切にしたかったモノほど、この手から滑り落ちていくのだから……。
覆す方法があるとするなら、それはきっと、とても残酷な手段なんだろう。
例えば、大切なモノしか残せないような、そんな――とても意地の悪い方法だったり、するんじゃないだろうか。
見応えあったな。
うん、実に見事だった。それにしても――。
「まさか弓を使わない弓兵がいるなんて、思ってもみなかったよ」
先ほど、事態の収拾を図るために洞窟を進んでいたときに出くわした赤い弓兵のサーヴァント。マシュとキャスターにより撃破することはできたが、変わったサーヴァントだったな。
危うい場面もあったけど、マスターである立香ちゃんを守りつつ戦えた。
「マシュの成長は早いなぁ……立香ちゃんもだけど、最近の人間は見れば見るほど、強く映るよ」
誰しもがそうであるわけではないが、くり抜いて見れる現実は、二人の少女の強さをより感じさせる。あとは所長がカルデアに戻ってきてくれさえすれば、なんとかなるだろう。
そうなれば、ボクはまた、ただの医者に戻るだけだ。もちろん、今後も緊急の事態に備えて知識を蓄えることは忘れないけどね。もはや日常だし!
どうにも、こればかりは治らない。
仮にすべてが終わろうと、また新しい知識を求めてそうで怖いな、ボクも。
「でも、あと少しってところだね。気を抜けない時間が続くけど、それももうじき終わりだ」
カルデアはじき、本来の姿を取り戻す。
所長の帰還、マスターとサーヴァントの関係を築いた立香ちゃんとマシュ。残ったスタッフのみんな。少ない。あまりに少ない人数だが、立て直しという面では、なんとかなるギリギリを保った。
モニターの向こうで楽しげに談笑する少女たち。
鍵になるのは――わかっている。
すべてを押し付けることになる。
すべてを抱え込ませることになる。
それでも。
「ボクには力がないからね。表舞台に立つのはキミたちになってしまうだろう……」
正直に言えば、いまだって納得はしていない。
けれど、納得はできなくても理解はしているつもりだ。
「表には出れないぶん、裏方に専念させてもらおうかな……医者にだって、裏方を務めるくらいの役割が振られていても、バチは当たらないさ」
最後の休憩を満喫しているらしいみんな。
珍しいことに、所長が立香ちゃんとマシュを褒めていた。
「なにか甘いものでも食べたのかな?」
『ロマニ、無駄口を叩く余裕があったら立香に補給物資の一つでも送りなさい。本人が頑張っているのに、装備不足で失敗するなんてかわいそうじゃない』
ほう。
「かわいそう、とはお優しい。これはもしや、所長にもようやく心を許せる相手が?」
『バ……! あ、哀れでみじめって意味よ! そんなこともわからないの!?』
『えぇ……所長ひどい……私たちの好感度ってマックスじゃなかったんですか?』
所長のボクに対しての言葉に、立香ちゃんが落ち込む。
『ち、違……いまのはそういう意味じゃなくて!』
いやいや、たったいま意味を述べたよね。
「いやあ、いつ見てもいいものですね、少年少女の交流というものは。少女というには所長はちょっとアレですが」
『そうでしょうか?』
マシュが疑問を抱き、視線を所長へと合わせる。
『所長は確かに年上ですが、趣味嗜好はたいへん近いものを感じます。親愛を覚えます』
『なに言ってるのあなた!? あんたたちなんて私の道具だって言ってるでしょ!? というか、立香は私に抱きついてこないで!』
ああ、微笑ましい。
なんか、所長の隣にいてはいけない生物が同意しているように見えるけど、微笑ましい。
『ほら見なさい。こんな黒っぽくて怪物みたいのさえ同意してるじゃない!』
そっかー。やっぱりそこにいるのか、それ。
仕方ない。
「所長、貴女が話しかけているのは――」
『あひぃいいい!? マシュ、早く排除して! 食べられる、食べられる!』
『しょーちょーおー」
『やめて、離して立香! さっきのことなら取り消すから、早く逃げさせてぇぇぇぇっ!!』
立香ちゃん……キミ、やっぱり恐ろしい子だね。
ここまで所長と打ち解け、仲良くできるなんて、ちょっと驚きだ。
『ハハッ、中々楽しいじゃねえかよ。最近戦闘行為しかしてなかったせいか、こんな光景も悪かねえな。なあ、軟弱男。おまえさんもそう思うだろ?』
キャスターが加勢するでもなく、見守る立ち位置で話しかけてくる。
「うん、よく思うよ」
『だよなぁ。で、あのお嬢ちゃんたちが、おまえさんにとって大事なものなのかい?』
「へ?」
『とぼけんなよ。俺は確かに聞いたぞ?』
聞いた? なにをだろうか。少なくとも、ボクの事情は話していない。それどころか、こちらの事情すらロクに話してはいないと思うが……けれど、間違ってはいない。
「ええ、確かに大事ではあります。カルデアにとって、立香ちゃんは現状最後のマスター適正者ですからね。マシュにしても、マスターと意思疎通のできるサーヴァントは貴重です」
『はあ……マジかよ』
なんだろう? なぜか呆れたような顔をされたぞ?
『オレが聞きたいのは、組織としてどうかじゃねえよ。あんた本人がどう思ってるかだ。ったく、お嬢ちゃんたちを導ければいいかと思っていたが、こんなところにも迷子がいるとはな』
「ボクがかい? いや、この年齢で迷子はないだろう」
『本気で気づいてないのか? おまえさん、立派な迷子だぜ。なんつーか――いや、やめておこう。でもな、ひとつだけ言わせてもらうぜ』
「……聞きましょう」
『自分の在り方を見直すことをお勧めする。あとな、手前の大切なモノくらい、わかるようになっとけよ』
どういう意味だろう。やはり、聞いてみてもわからない。
理解できないんじゃない。しっくりこない。
「大切な、モノ……?」
この身にそんなものがあっただろうか? これまで生きてきて、大切に思う物が出来た記憶がない。
あれか? もしかしてマギ☆マリだったり? いやー、やっぱりそうなるかぁ。そうだよねぇ。あそこまではまったものなんてそれくらいしか――。
『考えてるところ悪いが、たぶんいま思い浮かべてるものは違うと思ぞ』
「バカな……」
ボクのマギ☆マリが大切なものにカウントされないだと? それはおかしいというか、むしろキャスターの見識がよろしくないわけで。
だいたい、大切なものなんてすぐさま思い浮かぶようなものじゃないと思いたい。
もうひとつの理由としては、それを探している暇もなかった。というところにあるのだが、まあ、これは話す必要もなければ、話したいとも思わない。
『ったく、ここまでの大バカ野郎は久々に見たぜ』
額に手をやりながら、心底面倒そうにキャスターは言う。
『元はといえば、オレになっさけない声が届いたのが始まりなんだよ。お嬢ちゃんたちに協力しているのは利害に一致からだが、助けに入ったのは誰かさんの声が風に乗って聞こえたからだ。もっとも、そいつは自分の言葉すら覚えてないみたいだがな。っと、そろそろ加勢してやるか。思ったより雑魚が多いようだ』
ボクとの話を一方的に打ち切り、マシュの元へと向かうキャスター。
はて? 彼は結局、なにを言いたかったのだろう。
「協力し始める前……つまり彼がランサーとアサシンのサーヴァントとの戦闘に介入する辺りかな」
情けない声、ね。
そういえば、キャスターは出会って間もないときにも、なにか言っていたっけ。
えっと……そうだ、キャスターがマシュを助けて、そのまま戦闘続行に移ったとき。あのときに確か――
『信じがたいことに、情けない声が言ったのさ。お嬢ちゃんを助けてくれってな』
――思い返してみれば、ボソッと言っていたな。
あの状況でそんなことを言うとすれば、現地の立香ちゃんか、もしくは所長くらいのものだろう。情けない声……うん、これは所長かな? 立香ちゃんはなんだかんだで前を見ているし。
「でも、もし所長でもないとしたら――」
ボクの大切なモノ、ね。
モニターに映る、一組のマスターとサーヴァント。
彼女たちが危機に陥った、最初のサーヴァント戦。そのとき咄嗟に立ち上がり、駆け出しそうになったボク。
周りを信じていなかったはずなのに、いつの間にかいらないことまで話していた。
出会って間もないのに、平気で笑顔を向けていた。
気づけば、彼女たちのことを気遣っていたような……。
そういえば、あのときボクは、なにかを言っていただろうか?
息を吐く暇もなく、戦闘は続く。
ことの究明をするため。また、事態の収拾のために奥へと進んだボクたちを待っていたのは、アーサー王。
なにか変質しているようだったが、紛れもない、ブリテンの王。聖剣の担い手……。
そんな超常の存在が、マシュたちを襲う。
一撃一撃は重く、その華奢な体のどこに力があるというのか。やはり見た目だけではわからない。だが、気になったのは戦闘に入る前にこぼしたアーサー王の言葉。
彼女は確かに、「面白いサーヴァント」がいると言った。また、その宝具は面白い、とも。
「名も知れぬ娘。マシュのことを指したのは明らか」
かの王の言葉だ。
間違っても甘く見てはならないだろう。
が、そのアーサー王も倒された。真相を聞くのは、もう無理だろう。
『聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に傾いたあげく敗北するとはな。結局、どう運命が変わろうと、私ひとりでは同じ末路を辿るという事か』
『あ? どういう意味だ、そりゃあ。テメエ、なにを知っていやがる?』
『いずれ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー――聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだということをな』
どういうことだ!?
なぜ、彼女がグランドオーダーなんて言葉を? というか、アイルランドの光の御子って……思わぬところで正体がわかるなんて。
『おい待て、それはどういう――おぉう!? やべえ、ここで強制帰還かよ!』
言葉からして、アーサー王はもう消滅してしまったのだろう。まだ大事なことは訊けてなかった気がするけど、それはそれか。
続いて、キャスターの姿も消え始めているようだ。
『チッ、納得いかねえがしょうがねえ! お嬢ちゃん、あとは任せたぜ! 次があるんなら、そんときはランサーとして喚んでくれ! それと、そこの軟弱男! 次に会うときまでの課題だ。オレの言葉、忘れんなよ』
それ以降、彼の声は聞こえない。
キャスターは言いたいだけ言い残し、完全に姿を消したのだろう。
彼の言葉通りなら、帰還したのだろう。
まったく、英霊というのは。
「ああ、覚えておくとも。立香ちゃんとマシュを導いてくれてありがとう、クー・フーリン」
そして、ボクなんかを気にかけてくれて、ありがとう。
『セイバー、キャスター、共に消滅を確認しました。……私たちの勝利、なのでしょうか?』
マシュからも報告が入る。少しぎこちないが、まあ仕方ないだろう。
いままで戦っていた、戦ってくれていた者たちが消え、明確な勝利というものが残っていないのだから。
ここは、明るく笑顔でいかないとね。
「ああ、よくやってくれたね、マシュ、立香ちゃん! 所長もさぞ喜んでくれて……あれ、所長は?」
『……冠位指定……あのサーヴァントがどうしてその呼称を……?』
やばい、なんか考え出してる。
こうなると長いんだよね、オルガは。
『マリー所長、指示は?』
立香ちゃんいったー! 迷いなく指示を仰ぎに行ったね彼女! 遠慮も躊躇いもないとか、コミュ力の塊かい!?
『え……? そ、そうね。よくやったわ、立香、マシュ。不明な点は多いけど、ここでミッションは終了とします。まずはあの水晶体を回収しましょう。セイバーが異常をきたしていた理由……冬木の街が特異点になっていた原因は、どう見てもアレのようだし』
『はい、至急回収――なっ!?』
マシュが向かおうとした矢先。
『いや、まさかキミたちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者。まったく見込みのないこどもだからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ』
『レフ教授!?』
『レフ!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?」
ここからだとさっぱり見えないんだけど、マシュの言葉通りなら、冬木の街に彼がいることになる。
『うん? その声はロマニ君かな? キミも生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来てほしいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく――どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?』
違う……これは、違うぞ。
ボクの知っているレフ・ライノールとは似ても似つかない!
彼とはそれなりに長い時間を共有してきたボクにはわかる。
にこやかに微笑み、優しげのある声。それがなんだ。いまの彼から感じるのは、憎悪にも似た悪意だけだ。
「みんな――」
『――っ! マスター、下がって……下がってください!』
ボクが静止をかけるより早く、マシュの声が響く。
『あの人は危険です……あれは、私たちの知っているレフ教授ではありません!』
よかった。ひとまず、警戒してことに当たれそうだ。
最初の頃のように冷静さが欠けることなく事態に対処できているね、マシュ。
『レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったら私、この先どうやってカルデアを守ればいいかわからなかった!』
しまった! マシュは平気でも、所長が冷静なはずないじゃないか!
『所長……ッ! いけません、その男は!』
マシュも気づいたのか、駆け出す所長を止めようと声をかけるが、聞こえていないのか、所長は一人、レフへと近づいていったのだろう。
暗いモニターの中で、足音だけがやけに響く。
『やあ、オルガ。元気そうでなによりだ。キミも大変だったようだね』
『ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし! 予想外のことばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたがいればなんとかなるわよね? だっていままでそうだったもの。今回だって、私を助けてくれるんでしょう?』
『ああ、もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる。その中で最も予想外なのがキミだよ、オルガ。爆弾はキミの足下に設置したのに、まさか生きているなんて』
『――――――え?』
「なんだって!?」
爆弾を、設置した……? 彼はいま、そう言ったのか?
『まったく。ああ、でも生きているというのは違うな。キミはもう死んでいる。肉体はとっくにね。トリスメギストスはご丁寧にも、残留思念になったキミをこの土地に転移させてしまったんだ。皮肉なことに、キミは死んで初めて、切望してきた適正を手に入れたんだ。だからカルデアにも戻れない。戻った時点で、キミの意識は消滅するんだから』
そのまま、立て続けに話していく。
内容は、残酷にも、依存に近いレベルでレフを信頼していた所長に対してはきついものだった。
『え? え……消滅って、私が? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?』
『そうだとも。だが、それではあまりに哀れだ。生涯をカルデアに捧げたキミにために、せめていまのカルデアがどうなっているか見せてあげよう』
管制室から見えるカルデアスの正面の時空が揺らぐ。
波はやがて大きくなり、ひとつの穴を空間に作り出す。
「あれは……立香ちゃんにマシュ、所長!」
所長とレフがなにごとかを話しているが、ここからではまるで聞こえない。やはり通信ごしでないと!
クソッ、見てる場合じゃなかった!
『まったく――最後まで耳障りな小娘だったなぁ、キミは』
すぐさま通信を再開すると、聞こえてきたのは、無常にも。
『キミの宝物に触れるといい。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ』
『ちょ――なにしてるの、レフ? 私の宝物って、カルデアスのこと!? や、止めて! だって、カルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域なのよ!?』
『ああ。ブラックホールとなにも変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ、人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。生きたまま、無限の死を味わいたまえ』
レフによる、狂い、嘲るような言葉だった。
『いや、いやいや、助けて、誰か助けて! 私、こんなところで死にたくない! だってまだ、誰にも褒められてない! 誰も認めてくれてないじゃない! どうして!? どうしてこんなことばっかりなの!?』
浮遊させられてきたのか、カルデアスへと近づいていく所長の姿が、ここからでも見えた。
「Dr.ロマン、なにか手は!? 所長を救う手はないんですか!」
スタッフの誰かが、そんなことを言った気がした。
でも、無理だ。ボクにはまだ、なにもできない。レフが今回の騒動を起こしたとするなら。ここまでの犯行を、単独でしたとは思えない。
まだ、出ていくわけにはいかない。たとえ、どれだけ残酷なことになったとしても。
『誰も私を評価してくれなかった! みんな私を嫌っていた! やだ、やめて……いやいやいやいやいやいやいやいや……だってまだ、なにもしてない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに!』
「ぐっ……」
握る拳に力が入る。それでも、それでも体は動こうとはしない。
『所長……!』
立香ちゃんの、所長を呼ぶ声が聞こえる。
でも、無意味だ。
キミがどこに立っているのかは知れないが、どちらにせよ、レフを突破してそこまでは来れない。同時に、ボクも手は出さない。
「ごめん……」
それでも、この手が握るべきは。
もし、守らなくてはならない者がいるのなら。
『いや、いやぁぁあぁぁぁぁっっ!!』
所長は、叫びと共に、カルデアスへと吸い込まれていった。ボクらの中で、彼女を助けることのできた者はいない。
そうだ、それが事実で。きっと、正しい。
『ダメです! あの男に近づけば、先輩も同じように殺されます!』
マシュの声。
その通りだろう。なにより、立香ちゃんが殺されるのだけは避けなくてはいけない。
『ほう。さすがデミ・サーヴァント。私が根本的に違う生物だと感じ取っているな。改めて自己紹介しようか。私はレフ・ライノール・フラウロス。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。聞いているな、ドクター・ロマニ。共に魔道を研究した学友として、最後の忠告をしてやろう』
「驚いた。ここまでの大事を起こしておいて、ボクを学友と語るとは」
所長はいなくなった。
悲しみがないわけではない。痛みがなかったわけじゃない。それでも――すべてに優先順位があるのなら。このロクデナシの選択を、誰かは許してくれるだろうか。
所長を見捨てた、このバカでダメな人間を、誰かは認めてくれるだろうか? いや、それすらも、考えている余裕はないのだろう。だからどうか、すべてが終わったのなら、そのときは恨んでくれ。蔑んでくれ。
それで済むのなら、きっとボクはまだ、前を向いていられるから。
『カルデアは用済みになった。おまえたち人類は、この時点で滅んでいる』
せめて、ことが解決するまでは、この悲しみも忘れてしまいたい。
「レフ教授。いや、レフ・ライノール。それはどういう意味ですか。2016年が見えないことと関係があると?」
『関係ではない。もう終わってしまったという事実だ。未来が観測できなくなり、おまえたちは未来が消失したとほざいたな。まさに希望的観測だ。未来は消失したのではない。焼却されたのだ。結末は確定した。貴様たちの時代は、もう存在しない。カルデアスの磁場でカルデアは守られているだろうが、外は冬木と同じ末路を迎えているだろう』
「そうでしたか」
道理で、いくら待っても外部との連絡が取れなかったわけだ。
「通信の故障ではなく、そもそも受け取る相手が消え去っていたから……」
『ふん、やはり貴様は賢しいな。真っ先に殺しておけなかたのは悔やまれるよ。だが、それも虚しい抵抗だ。もはや誰もこの結末は変えられない。なぜならこれは人類史による人類の否定だからな。おまえたちは進化の行き止まりで衰退するのでも、異種族との交戦の末に滅びるのではない。自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが王の寵愛を失ったが故に! なんの価値も得られず、跡形もなく燃え尽きるのさ!』
長ったらしく説明ご苦労さま。
おかげで思いの外情報は得られた。彼がおしゃべりでよかったよ。
『おっと。この特異点もそろそろ限界か。では、さらばだロマニ。そしてマシュ、48番目の適正者。こう見えても私には次の仕事があるのでね』
「……」
危ないところだったかもしれないな。立香ちゃんとマシュに襲い掛からなくて助かった。
サーヴァントを相手にしてどう出るかは不明だが、不気味なことに変わりはないからね。
「でも、いまに見ていろ。ボクを……なにより、キミが善意で見逃したマスターは、舐めるべきじゃなかったと、そのうち知ることになるさ」
『ドクター! そういうのはいいですから、至急レイシフトを実行してください! 地下空間が崩れます! というか、それ以前に空間が安定しません! このままでは、私はともかく先輩まで……』
「わ、わかった! なに、もう実行させてるとも!」
とは言え、これは……。
「ゴメン、そっちの崩壊の方が早いかもだ! そのときは諦めて、そっちでなんとかしてほしい! とにかく、意識だけは強くもってくれ! 意味消失さえしていなければサルベージはかのう――」
『っ、間に合わない!』
えぇ!? ちょ、本気でやばいじゃないか!
「え? Dr.ロマン、どこに!?」
「緊急事態ですよ!?」
スタッフたちが止めるが、構うものか。
「ここであの子たちを失うなんて、できるわけないだろ!」
スタッフへの指示を出すのもやめ、部屋を飛び出して走り、すぐさまカルデアスの前へと到達する。
最後に聞こえた、焦ったような声。
立香ちゃんの声こそ聞こえなかったが、どう見ても危険な状況だったのは間違いないだろう。意味消失に耐えられるかどうかは、正直本人たち次第だ。
それでも。
バカみたいに。
必死で、願って。
手を伸ばす。
大事だから。あの子たちを、まだ見ていたいから。あの子たちと、話していたいから。成長を、見届けてみたいから。
懸命に。より懸命に手を伸ばす。
時間的な距離も、時空的距離も関係なく。ただ、あの子たちのために。
「――……」
しばらく手を差し出していると、指先に、温もりが生まれる。
直後、ボクの両手を、なにかが力強く握った――。
実は冬木でこんな話があったんだよ。というお話でした。
実際? あったらいいよね!
むしろこういった話で盛ってかないと、ただロマンに視点を移しただけのつまらないものになりそうですしね。この辺りの調整難しいですね。
そして、一章あたり四話程度で終わると言ったな、あれはウソだ! 厳密にはウソになってしまった! まあ、次回で特異点F終わらせますけどね? ……たぶん。
では、また次回。
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