この原作では書かないと思っていたのに、おのれソロモン。いい話すぎて書かずにはいられなかったよ。
というわけで、最終までクリアしたマスターの皆さん、一話一話は短くなるかと思いますが、どうかつきあってくださいませ。
では、どうぞ。
過去の自分を、滑稽だとは思わない。
なんでもできた、なにもできなかったあの頃。自身の意思はなく、生まれたときから生き方を、在り方を定められた日々。
それを変えるきっかけとなったひとつの戦い――いや、争いと表現するべきなんだろうか。
相棒とも、主とも呼べる一人の男と駆け抜けたその先に待っていたのは、私という存在の在り方だった。
そこから私は、ボクへとなった。
だけど、それでも走り続けなければならなくなった。平穏、人並みの幸せ。そんなものにかまけてはいられなかった。限りある時間を使い、一から学ばなくては、知らなくてはならなかったから。
理由はわからない。
敵だって知ることはできない。
なにを準備するべきか、警戒するべきかの判断がつかない。
そもそも、いつ、どこで、本当に起きるかすらの保証もない。
それでも、あの未来を覆さなければならない。そのために、この身は時間を使ってきたのだから。
この身を滑稽だとは思わない。
仮に、あらゆる自由がなかったとしても。充実していなかったとしても。幸福ではないかもしれないけど――この時間は、この人間性は、ボクだけのものだから。
習慣になったブログのチェックを終え、席を立つ。
立てかけてある白衣を羽織り、自室を後にする。このまま職務を全うするために出向くのは簡単だが、今日は大事な日だ。
いつものように無駄にサボっても仕方がない。
「やあ、みんな。いよいよ今日だね。ボクも力の限り――」
「ロマニ、ちょっと。あなたは今日、休んでていいわ」
「あれ? ねえ、所長? ボク今日は割とやる気があってここまで来たんだけ、ど……えぇ…………」
入った直後、所長の命令により追い出されてしまった。
それも、酷くどうでもいい理由でだ。人のやる気をなんだと思っているんだろう。
「そういえば、一室空き部屋があったっけ」
スタッフ総出でことに当たってるから、みんななにかしらやることがあるだろうし、話相手を捕まえるのも難しい。仕方ないから、空き部屋で拗ねているとしよう。
異変が起きたのは、それから少し経ってのことだった。
「はーい、入ってまー――――って、うぇええええええ!? 誰だ君は!? ここは空き部屋だぞ、ボクのさぼり場所だぞ!? 誰のことわりがあって入ってくるんだい!?」
突如として部屋に入り込んできた少女に驚きながら質問すると、
「おまえこそ何者だ」
フレンドリーとは程遠い答えが返ってきた。
ここで攻撃されれば無力なボクでは太刀打ちできないので、明るく無害なことを証明しよう。幸い、彼女のことは少しばかり知っているしね!
「何者って、どこからどう見ても健全な、真面目に働くお医者さんじゃないかな! いやあ、はじめまして立香ちゃん。予期せぬ出会いだったけど、改めて自己紹介をしよう」
「あ、はい」
反応がいまいちだけど、気にしない。
朝の仕打ちに比べればメンタルはまだまだ大丈夫。ボクの心は硝子じゃないぞ!
「ボクは医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。なぜかみんなからDr.ロマンと略されていてね。理由はわからないけど言いやすいし、君も遠慮なくロマンと読んでくれていいとも。実際、ロマンって響きはいいよね。格好いいし、どことなく甘くていいかげんな感じがするし」
事実だ。
ロマンという言葉を知ったときから、それはどこか、ボクに響いた。本音を言えば、美しいと思ったんだ。
「……ああ、ゆるふわ系なんだ……」
なんて思っていると、立香ちゃんはよくわからないことを口にした。
「ふわふわ? ああ、髪型のコト? 時間がなくてね、いつも適当にセットしてるんだ」
ゆるふわ。
その単語から連想されたのは、自身の髪のことだった。
「…………」
そんなことは気にせずに彼女を観察していると、肩のあたりにある物を発見した。
「あれ? 君の肩にいるの、もしかして噂の怪生物? うわあ、初めて見た! マシュから聞いてはいたけど、ほんとにいたんだねぇ……どれ、ちょっと手なずけてみるかな」
懐から駄菓子を取り出し、反対の手の平をもふもふした生物へと向ける。
「はい、お手。うまくできたらお菓子をあげるぞ」
「……フウ」
だが、その生物はボクにまったく関心を示さず、つまらなそうに声を漏らした。
「あ、あれ? いま、すごく哀れなものを見る目で無視されたような……」
改めて見ても、やはりこちらを見向きもしていない。
「……どんまい、ドクター」
「ああ、うん……と、とにかく話は見えてきたよ。君は今日来たばかりの新人で、所長のカミナリを受けたってところだろ?」
この時間に彼女一人がここに来たのがなによりの証拠だ。本来なら、この時間に自由に歩き回ってはいられない。
「なら、ボクと同類だ。なにを隠そう、ボクも所長に叱られて待機中だったんだ。もうすぐレイシフト実験が始まるのは知っているね? スタッフは総出で現場に駆り出されている。けど、ボクは医者でね。みんなの健康管理が仕事だから、正直やれることがなくてね」
より詳しく言えば、所長に「ロマニが現場にいると空気が緩むのよ!」と言われ追い出されたんだけど。
「上司からの扱いに拗ねて、ここにいたってわけさ」
本当はすべてが終わるまでここで一人、時間を潰してようかと思っていたんだけど。
「でも、そんなときにキミが来てくれた。地獄に仏、ぼっちにメル友とはこのことさ。所在ない同士、ここでのんびり世間話でもして交友を深めようじゃないか!」
不思議と、目の前の彼女が脅威でないとわかる。
このボクが、初対面で交友を深めようと言える程度には。これにはボク自身が驚いているくらいだ。
「別に私、ぼっちじゃないんですけど」
しかし、当の彼女は少し不機嫌そうに、口を尖らせてそう言った。
「バカな!」
つい、大きな声が出てしまったのは仕方のないことだ。
「来たばかりの新人なのにもう友人がいるなんて、なんてコミュ力なんだ……! あやかりたい!」
ほんと、ボクにとっては喉から手が出るほど欲しい力じゃないか! 立香ちゃん、キミはいったい何者なんだ! ボクと同じ類の人ではなかったのかい……?
「あの、ドクター?」
膝から崩れ落ちたボクを心配するような声が上から聞こえる。
「だいじょうぶ、ボクのことは気にしなくていいから」
「いや、そうじゃなくて」
「ほんと、平気だから。たとえぼっちでも、いまこうしてキミと話せているからね……」
「じゃなくて。ドクター、少し聞きたいことが」
あ、そうだよね……心配するよりも情報の方が大事だよね。よく、よくわかるよ。
立ち上がり、近くの椅子に腰かけた。
察してくれたのか、彼女もベッドの縁に座る。
「それで、なにを聞きたいんだい?」
「あの、ここ――カルデアのことを」
そんなことか。
ああ、いいとも。ボクは無駄話が好きだから、長くなってしまうかもしれないけれど。それでも、キミはきっと聞いていてくれるのだろう。
初めて出会ったばかりの少女に、ある種の確信を持ちながら、ボクは話を始めた。
「――と、こんなところかな。っと、ごめんね」
『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?』
レフ。同じくカルデアで働く技師の一人、レフ・ライノールから連絡が入った。
「やあレフ。わかった、すぐにそっちに行くよ」
『ああ、急いでくれ。いま医務室だろ? そこからなら二分で到着できるはずだ』
なん、だと……?
「……隠れてさぼってるから…………」
うっ……立香ちゃんからの言葉がよく刺さる。
「それは言わないでほしい……ここからじゃどうあっても五分はかかるぞ……ま、まあ少しぐらいの遅刻は許されるよね」
いっそのこと一時的な記憶喪失とかでサボろうかとも考えたが、まず確実にバレる。だったら潔く出向くべきだ。
「ああ、そうだ。いまの男はレフ・ライノールと言うんだ」
「はい、先ほど会いました。ドクターとは違う意味で、話しやすい人でした」
そっか、会っていたんだね。っと、ここで話し込んでいたらいよいよもって所長やレフから文句を言われちゃうな。
「ボクは行くよ。お喋りにつきあってくれてありがとう、立香ちゃん。落ち着いたら医務室を訪ねに来てくれ。今度は美味しいケーキぐらいはご馳走するよ」
キミはボクの話をよく聞いてくれたし。くだらない世間話にも応じてくれた。それくらいのもてなしはしないとね!
彼女に手を振り、部屋を出ていこうととしたとき。
「なんだ? 明かりが消えるなんて、なにか――」
変だ、と言葉は続かなかった。
どこからかはわからないが、大きな音が響き、直後、アナウンスが流れる。
『緊急事態発生。緊急事態発生。中央発電所、及び中央管制室で火災が発生しました。中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから退避してください。繰り返します。中央発電所、及び中央――』
「いまのは爆発音か!? 一体なにが起こっている……!? モニター、管制室を映してくれ! みんなは無事なのか!?」
管制室で火災が起きたと聞こえた。
最悪の事態にだけはなっていなければいいが……。
「……管制室って、マシュは……?」
隣にきた立香ちゃんが小さな声で話しかけてくるが、
「これは――」
答えている場合じゃないぞ!
「立香ちゃん、すぐに避難してくれ。ボクは管制室に行く。もうじき隔壁が閉鎖するからね。その前にキミだけでも外に出るんだ!」
彼女を置いて、急いで駆け出す。しかし。
「いや、なにしてるんだキミ!? 方向が逆だ、第二ゲートは向こうだよ!」
彼女が走る方向を真逆を指しながら叫ぶ。
極度の方向音痴でもないだろうに、どういう理由だ!
「まさかボクについてくるつもりなのか!? そりゃあ人手があった方が助かるけど……ああ、もう! 言い争っている時間も惜しい! 隔壁が閉鎖する前に戻るんだぞ!」
ボクの言葉にひとつ頷くのを確認し、再び走り出す。
あのときの未来の光景。
私であることを捨てたあのとき。ボクのすべてはあそこから続いている。そして、いま。ボクの進むべき未来は確定されようとしていることを、どこかで感じていた。
「誰か!」
管制室に飛び込んでいく立香ちゃん。
続くようにして入ると、燃え上がる炎と、破壊された痕が残っていた。
「……見た限りの生存者はいない。無事なのはカルデアスだけか。ここが爆発の基点だろう。これは事故じゃない。人為的な破壊工作だ」
『動力部の停止を確認。発電量が不足しています。予備電源への切り替えに異常があります。職員は手動で切り替えてください。隔壁閉鎖まで、あと、40秒。中央区画に残っている職員は速やかに――」
時間もない。
逃げることもできないときたか。
「……ボクは地下の発電所に行く。カルデアの火を止める訳にはいかないからね。キミは急いで来た道を戻るんだ。まだギリギリ間に合う。いいな、寄り道はするんじゃないぞ! 外に出て、外部の救出を待つんだ!」
せめて。
キミだけでも逃げてくれれば。助かってさえくれれば。
ボクにはボクの戦いがある。
この体は平凡で。この頭にはすべての知識があるわけでもない。けれど、けれど!
駆ける足は止まるどころか、徐々に速度を上げていく。
『観測スタッフに警告。カルデアスの状況が変化しました。シバによる近未来観測データを書き換えます。近未来百年までの地球において、人類の痕跡は発見できません。人類の生存は確認できません。人類の未来は保証できません』
最悪だ……まさか、今日にそれが発覚するなんて! でも、諦めるわけにはいかない。頼れる人間なんて一握り。ボク自身は完全な凡人で。けれど『人類の危機』を乗り切るためにすべてをつぎ込んできた! 投げ出してきた!
無力で、無知で、矮小な存在であったとしても。
無視することができたのなら、どれだけ楽だっただろう。でも、それはできない。だって、これはボクの、私の関わる事態なのだろうから。そのためにも、ボクが止まっていられる時間なんて、過去も、いまも。そしてこれからも、あってはならないんだから――。
ロマン視点で書き出した今作です。
内容としては、イベントも交えつつ、原作通りの流れを作っていくことになります。作者の持つ知識は曖昧なので、間違いがあれば指摘してください。
いつまでもロマンの笑顔を見ていたい。
では、また次回。