「大和を舞鶴に連れて行く件、お前が何か関係しているのか?」
呉の提督の目は先程とは違って真剣なものになっていた。
「今や堂々たる呉の提督のお前が舞鶴絡みのことに首を突っ込んでるのか」
「別にそう言う訳ではないんだが、ちょっとな」
どうにも話が飲み込めない。呉の提督は何を言おうとしているのか。
「新鋭艦"大和"の話ともなればこっちも他人事ではなくなる」
「どういう事だ?」
「元々大和はテストの全行程終了後呉に配属って予定なんだ。だから顔見せって言うなら呉に来るべきだろう。それをーーー
「ちょっと待て、大和は呉に配属されるともう決まってるのか?」
「なんだ、聞いてなかったのか」
配属先についてはほとんど聞いてなかったが、かつての戦艦大和に倣うならたしかに呉がまず思い浮かぶだろう。呉の地に立つ大和の姿がぼんやりと目に浮かぶ。
「それで?」
「蓋を開けてみれば大和を舞鶴に行かせると言う。おかしな話だ。舞鶴と呉じゃ鎮守府の空気もメンバーも違うんだぞ。研究所のほうは何を考えてるんだ?まさか正式な配属までかっさらう気じゃないだろうな」
「そんなことは私の知ったことじゃない。連中、鎮守府なんて規模とか設備以外みんな同じだと思ってるんだ」
彼も実働部隊と研究部門、互いの無理解は嫌というほど見てきた。だがそれは理由としてはあまりにも弱い。そんな理由でわざわざ面倒な手続きをしてまで変更させるだろうか?呉も舞鶴に劣らぬ規模と設備、戦力を有している。もっと何者かの意図が働いたように思える。
「舞鶴と聞いて、てっきりお前が何か進言したんだと思ったんだがな。こんな重要案件、進言すらヒラには出来んだろうし」
(!)
それを聞いて彼の中で何か合点がいった。よくよく思い返してみれば部下のあの笑みは普段とどこか違っていた。小馬鹿にした感じは変わらなかったがいつもはそれ以上に彼に対する苛立ちや不満をぶつけてくる感じであった。彼を行かせるのには一枚噛んでそうだが大元の決定に関われる立場ではない。
(室長が進言したのか・・・)
「そういうわけだからどうしても変更が覆らん場合は私も舞鶴に見に行くつもりだ」
「待て待て、どうしてそうなる」
呉の提督の言葉にいろいろと繋がりかけていた思考が中断される。
「顔見せはともかく配属先は変えさせん。今日会ってみて思ったんだ、あの娘は是非ウチに迎えたい」
「お前まさか・・・」
「どうした?」
「・・・・・・・・・・・・・・・惚れたんじゃないだろうな」
「・・・ぷっ」
「お、おい、ど、どうなんだ?言え、惚れたのか?」
「はははは、なるほどな。そう言うことか」
「な、な、なにが『そう言うこと』だ!どうなんだ!?」
「そんな心配そうな顔するな。私は別に・・・」
「お待たせしました。って、博士どうしたんです?そんな怖い顔して」
そこで大和が戻ってきたために話は中断となった。提督を駅まで見送る時になっても彼の憮然とした態度に大和は小首を傾けていたが呉の提督は笑いを噛み殺していた。だが別れ際に急に真面目な顔つきで耳打ちしてきた。
「とりあえず誰の意向なのかより目的のほうが知りたいところだ。調べられるならそれに越したことはない」
彼が頷くと呉の提督は「またそのうち会おう。楽しみにしているぞ」と言って大和の頭をポンポンと撫でると列車に飛び乗った。
「面白い方でしたね。またお会いできるでしょうか?」
「・・・・・出来れば会わせたくない」
「えっ?」
言葉ではそう言いつつも、呉の提督以外に大和を任せられると思える者もいなかった。少なくとも舞鶴の提督よりは数段マシだろう。ならばなぜ上は舞鶴行きに変更したのだろうか?
時間の兼ね合いと大和が酔ったために帰りはタクシーに乗ることになった。正直大和には自分で歩いて帰らせたかったが隣で寝ている姿を見ると叩き起こして歩かせる気にもなれない。コテンと彼の肩に頭がもたれ掛かってきたが特にどかすわけでもなくそのままにさせていた。シャツ越しに大和のサラサラとした髪が肩に当たりこそばゆい。
「この先、どうなってしまうんだろうな・・・」
肩に重みを感じながら運転手に聞こえないように呟く。彼の不安などどこ吹く風といった具合にぐっすり眠る大和の寝顔を見ると自然と表情が緩んだ。閉じた瞼から伸びるまつ毛、小さく開きすうすうと静かな寝息をたてている唇、酒のせいかほんのり赤く染まった頬。一つ一つが愛おしく感じられる。普段の明るく朗らかな大和とは違うがこれはこれで綺麗だと思った。
(くそっ、あいつが変なこと言うから・・・)
やがて彼も目を閉じシートに身を預けた。
次の日、彼は出勤と同時に上司の元へ足を運んだ。どうやら早くも呉の提督が根回ししてくれたのか深夜に研究所に着いてから今に至るまで誰からも咎められたり探られることはなかった。それより昨日抱いた疑念を確かめておかなくてはならない。室長室と書かれた扉の前に立ち、軽くノックをすると中の返事も待たずにノブを押した。
「主任、今日はやけに早いね。どうしたんだい?」
上司は人懐こそうな丸顔をこちらに向け読んでいた新聞を畳むと彼にソファに座るよう手で促す。それには応えず上司の執務机に両手を置き見据えた。
「舞鶴の件、どういうおつもりですか」
単刀直入に問い質す。言い訳などいらない、真意を聞かせろーーーー目はそう語っている。上司を睨みながら彼は昨夜の話を思い返した。
「どういうつもり、か。それは僕が聞くことじゃないかな?」
するとややあってから上司は眉一つ動かさず言葉を返してきた。まるで彼が詰問しに来るのを見越していたかのように。
「室長が?」
「君の部下からもいろいろ聞いてるよ。なかなか自由にやってるみたいだね」
上司の視線は言葉遣いに反して厳しいものだった。真っすぐ彼の目を捉えて離さない。
「私は私の権限の範囲で仕事をしているだけです。部下がどう思うかは勝手ですが」
「それだよ、もう少し協調性を持ってほしいんだな君には」
「そんなことより、なぜ舞鶴なんですか?」
はぐらかされるのは嫌だった。上司は自分の言葉を遮られたことに嫌な顔すら見せずに白々しく説明を始めた。
「君が何を考えてるのかよくわからないが、上に舞鶴を強く勧めたのは私なんだ」
そんなことは今更聞かされなくても察しがついている。聞きたいのはその先だ。
「理由はなんです?舞鶴でなければいけない理由はないでしょう、配属先の呉に連れていくべきじゃないんですか?」
「呉が配属先なんて誰が君に言ったんだい?」
「それは・・・」
ここで呉の提督の名を出せば迷惑をかけることになる。彼は押し黙るしかなかった。その様子に満足したのか上司は幾らか表情をやわらげて話を続けた。
「まあいい、君には伝えておこう。大和を舞鶴に行かせようと思ったのはあそこの金剛と演習でぶつけてみようと思ったんだよ」
「ッ!」
舞鶴所属の金剛。その名を聞き、彼の表情が強張る。
「ほら、あそこの金剛は不敗神話を持ってる猛者だろう?大和の相手にはうってつけじゃないか」
舞鶴の金剛。彼が舞鶴に着任する前から彼の艦隊で中心的存在の一人だった。彼が舞鶴を離れるまでずっと育ててきた艦娘で、これまで彼女は参加した演習、作戦全てにおいて勝利を収めてきた。彼が黒星をつけさせてしまったその日までは。
「・・・例えそうでも私が行く理由はないでしょう」
「舞鶴は勝手知ったる庭だろう?久々に懐かしい顔も見られるだろうし、大和を案内するのにも君は適任だよ。金剛とだって知らぬ仲じゃないはずだ」
上司の言葉には悪意も敵意もない。だと言うのに聞いていて彼は背筋が寒くなるのを感じた。そもそも上司は彼が舞鶴を解任された背景を知っているはずだ。だと言うのに涼しい顔をしてこうも無邪気に人の心に土足で踏み込めるものだろうか。やがて沸々と怒りが湧いてくる。
「金剛も大和も、競走馬じゃないんです!そんな個人の好奇心を満たす為に舞鶴に変更なされたんですかっ!?」
「自分が携わっている者の能力を試したい、これは純粋な科学者の気持ちとして自然なものだろう?」
実際には上司は報告書に判子を押す程度でほとんど名前だけ関わっているに過ぎない。ぬけぬけと言ってのけた丸顔を睨みつけると
「私は、お引き受けできませ・・・」
努めて冷静な口調で断ろうとした時だった。
「大和、参りました。あの・・・室長、どんなご用でしょうか?」
「大和っ!?」
「あれ、博士?・・・・・・っ!」
部屋にいる彼を見て大和は何故呼ばれたのか見当をつけたらしい。
「あ、あのっ!きっ、昨日のは博士は関係ないというか、そのっ、あのっ」
あたふたと彼を庇おうとする大和を手で制して彼は上司に向き直ると
「大和に用があるなら私はこれで失礼します。お返事はさっきした通りです」
それだけ言って部屋を出ようとした時だった。上司の声が彼を捕まえた。
「あぁ、そうだ大和、一つ残念なお知らせだ。主任は舞鶴には行かないことになった。本人の強い要望でね」
「えっ」
大和が反射的に彼の方を向く。彼は大和の視線を感じ、立ち止まった。