君の隣に、私の傍に   作:UWAIS

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3.送り出す日まで

「・・・の限定的状況下における命中精度は・・・」

 

彼は先日行われた大和のテストの報告書をまとめていた。今度提出が遅れれば上司から配置替えも匂わされているだけに普段はズボラな彼も資料を整理して取り組んでいる。

 

「46cm砲の威力、しかも命中率が下がらないのは良いな。フィットする砲がないから金剛達とは装備の仕方が変わってくるが」

 

 

先日はデコイを使って始めて本格的に海上でのテストに臨んだのだが結果は上々、期待以上の成果に上層部の評価も高かった。彼自身も満足していたのだが一人だけ浮かない顔をしていた者がいた。

 

「大和・・・あれから元気がないな。何があったのだろうか」

 

一旦気になり出すと報告書に手がつかず席を立った。

 

 

 

 

「大和の最近の生活記録を見せてほしい?」

 

「ああ、何か手がかりがあるかと思ったんだ」

 

言い訳のように言葉を選びながら彼は資料一つ引き出すのに部下に頼まなければいけない状況に心の中でため息をつく。

 

案の定不快な表情を隠そうともせず部下はけんもほろろな対応を返してくる。

 

「大和のコンディションや生活については専門のスタッフがついていますから心配ありません。主任の仕事は戦術的見地から大和の有効利用の方法を見出すことですよ?そもそも報告書はまとめ終えたのですか?」

 

「それは今やってるんだが、どうも大和の様子が変だと感じてな・・・」

 

「今?今はやってらっしゃらないじゃないですか。こうしてここで大和の生活記録を出せと仰ってる。どこに報告書があるんです?」

 

 

ここまでやり込められるのも彼が研究所において外様であるという背景、そして前回報告書を遅らせた失態で侮られているからである。とは言えそれを今言っても仕方がない。彼としてはどうにか大和の悩みを知って、解決してやりたい。職は失っても根は提督のままなのかも知れない。

 

 

「なら報告書をすぐに上げる。それが終わったら見せてくれ」

 

「いい加減な物では困りますよ。きちんと室長に見て頂いてからにしてください」

 

嫌味を聞き流しつつデスクに戻った。

 

 

 

 

その後報告書を提出した彼は上司からの珍しい物でも見るような視線は気にせず部下に資料を見せるよう要求した。貸し出すのは危険だからとその場で閲覧するよう求められても憤りを押し殺して記載されている内容に目を走らす。

 

「いかがです?何か手がかりにでもなりそうなところはありますか?」

 

「それを今見てるんだよ。黙っていろ」

 

ーーチッ

 

あからさまな舌打ちとともに部下はコーヒーを淹れに行った。たまにはこうしてちょっと言い返してやるものだ。とは言え最近の大和に特別変わったところはないようだ。ちゃんと三食食べているし睡眠時間なども特に問題ない。

 

(やはり直接聞くべきか)

 

悩みを抱えてる者は簡単には他者に打ち明けられず、さりとて自分だけではどうしようもないから悩むのであって、それを上手く聞き出してあげるのが肝心である。口下手な彼としては直接聞くのは避けたかったがどこにも手がかりが無いのでは仕方がない。

 

ちょうど今は昼食を食べている頃だ。食堂に行けば彼女に会えるだろう。大和の資料を詰め込んだバインダーを閉じると食堂に向かった。

 

 

 

 

 

「やっぱりここだったか。相も変わらずいい食べっぷりだな」

 

「あ、博士・・・博士もお昼ですか?」

 

大好きなカレーライスを特盛りすら超えて何盛りと評して良いかわからないほど食べているはずの大和なのにどこかその表情は晴れない。スプーンを置き俯いてしまった。

 

「まあ昼飯がてらお前の様子を見ておこうと思ってな」

 

「私の?」

 

ここまで来たら下手に言葉を選びながら言うのは逆効果かも知れない。あーだこーだと尋ねながら結局何を聞きたいのかわからなかったのでは大和もすっきりしないだろう。

 

 

「最近、と言うかこの間のテストを終えてから何となく元気がないように感じるんだけどな」

 

「そ、それは博士の勘違いですよ。大和は何も変わったところはありません」

 

 

大和が食べかけのカレーを片付けその場を離れようとした時、彼は華奢な彼女の手首を掴んだ。

 

「はっ、博士!?」

 

「大和、嫌なら話てくれなくても良い。ただ、私の昼飯に付き合ってくれないか?」

 

そう言うとややあってから大和は黙って彼の隣の席に腰を下ろした。

 

 

 

カチャカチャと彼がスプーンを使う音だけが食堂に響く。普通盛りのハヤシライスを食べながら彼は考えていた。

 

(大和は悩みを抱えるどころか、それを隠そうとしてる。やっぱり切り込んでくのは不味かったか・・?)

 

大和は俯いて手元を凝視している。いや、本当はその視線の先には何も捉えていないのかも知れない。

 

「やま・・」

「博士は前に仰ってましたよね」

 

糸口を見つけようと話しかけた時、おもむろに大和の方から話してきた。

 

 

「何をだ?」

 

「演習や出撃した時にはMVPがあって、一番を獲った艦娘には個人的に間宮券とか景品が貰えたって」

 

「ああ、言ったな」

 

 

彼の鎮守府では他の多くの鎮守府同様MVPを獲ったり第二次改装など節目の時などに労いの意味も込めて賞品を用意していた。何でも用意してやると言ったら調子に乗ってボーキサイトをこれでもかと求めてきたり高級リゾート地に三泊させろなんて要求してくる艦娘もいたが・・・・・今となってはそれも良い思い出である。

 

 

「それぞれが思い描いた景品を楽しみにして、まあちょっと邪念とも言えるかも知れないが頑張ってたよ」

 

「大和には、そうやって競える相手がいません。いつも一人で標的を撃って研究チームの方の評価だけ聞いて・・・」

 

 

大和は艦娘であり、同時に一人の女の子でありながら、周囲には彼女を兵器として利用する冷淡な科学者しかおらず同じ立場の艦娘にも会えないーーーその孤独感から彼の話した鎮守府のような空気に惹かれていったのだろう。

 

 

「博士が鎮守府のお話しをしてくれる時だけは自分が艦娘だって思えるんです。皆さんの話を聞いている時だけ、大和もそこに一緒にいるような、いたいなって思うんです・・・」

 

 

それだけ言うと大和は口をつぐんでしまった。その思いを聞き出せたが、彼はどう言葉をかけてやれば良いかわからなくなっていた。すると再び大和が口を開いた。

 

 

「博士、心って何でしょう?」

 

心底わからないと言った感じではないが何か引っかかる聞き方である。

 

「心、か」

 

「私達艦娘も心があるから楽しい、嬉しいって感じることができるんだと思います。でもその反対に辛い、悲しいって感じることもあります」

 

俯きながら話す大和の表情は彼からは見えないが決して明るいものではないだろう。

 

「心がなければ良かった、と思うか?」

 

だが大和は彼の言葉に対してはっきり首を横に振った。

 

「いいえ。心があるからこそ他の方達や、は、博士を守りたいと思うからこそ大和は強くいられると思うんです・・・」

 

そう言って顔をあげた大和の表情は先程ほど暗くはなくなっていた。

 

「そうか・・・」

 

口下手なせいで上手く慰めてやれないのが歯痒い。ただ彼の中に一つの思いがあった。

 

 

 

ーーーーこの研究所で独りだと思ってたのは私だけじゃないんだな

 

 

 

テーブルの上に置かれた大和の手にそっと自らの手を添えた。

 

「博士・・・?」

 

「私はお前に何て言ってやるのがベストなのかわからない。でもお前がここを笑顔で出て行けるように手助けしてやりたいと思ってる。それがお前への恩返しだ」

 

「恩返し?」

 

これもまた、彼の自己満足かも知れない。だが日に日に大和と過ごしていくうちに具体的にはよくわからないが自分の中で何かが変わってる、彼はそう感じていた。

 

 

「何なら・・・この間のテストの結果が良かった記念にどこか遊びにでも行くか?」

 

「え、でも他の人達が・・・」

 

「いいさ、大和が行きたい所があるなら言ってくれ。私が必ず連れて行くよ」

 

また部下に嫌味の一つや二つ言われるかもしれない。それどころか独断行動を咎められ処分が待ってるかも知れない。

 

 

だが今の彼は一人じゃない。きっとそんなものも乗り越えられるーーー

 

彼は大和の手を引いて食堂を後にした。


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