君の隣に、私の傍に   作:UWAIS

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2.捨てられない今と捨てたくない過去

昼食を食べ終えた彼の元に先ほどの長身の部下が戻ってきた。勧めてもいないのにドカッと彼の正面の席に座る。

 

「主任、ここにおられましたか。随分ごゆっくりなお昼ですね」

 

「ん、まあ、そうだな。それでどうかしたのか?」

 

彼が言い終えるより先に手元に一枚の紙が突き出された。

 

「これは?」

 

「ご覧の通り大和のテストの計画書、その概略です。先ほど主任にお伝えせよと」

 

まさか自分より先に部下に通達するとは、上からもよほど信頼されてないのかないがしろにされていると見受ける。

 

「まあ主任はこう言った面では貴重な人材ですし?上としてもテストに参加して欲しいんでしょうね」

 

「貴重、ね」

 

正しくは"貴重"ではなく"便利"であろう。やや自嘲気味な彼の言葉に部下が反応する。

 

「この手の仕事は得意分野じゃないですか。と言うか他に主任じゃなきゃ、って仕事あります?」

 

そう言うと部下はそそくさとその場を後にした。

 

 

 

 

新参者の彼が大和を実装する計画に参加するに至った経緯の裏には軍内部の事情が絡んでいる。

 

元来軍内部では実働部隊の軍人は前線に出ない研究部門のことを下働き程度にしか見ておらず、研究部門の人間は自分たちが技術を開発してやらなければ軍人など深海棲艦相手に何も出来ないのだと見下す傾向にある。

 

反目しあう両者は呆れたことに最新鋭の艦娘、大和を生み出す計画においても協力的な姿勢を示さなかった。

 

こう言った計画において現場と開発側の意見や情報の共有が何より重要であり、協議委員会も設置されたのだが例によって両者はいがみ合い委員会も形骸化していた。

 

 

『君なら大和の性能や運用方法などについて現場にいた者ならではの意見があるだろう。他の仕事は気にしなくて良いからどんどん案を出してくれたまえ』

 

計画への参加を命じられた時に上司から言われた言葉はそのまま

 

『艦隊勤務だったお前にはうってつけの仕事だろう。科学者の真似事などせずこっちに専念しろ』

 

と言われているようなものだった。

 

上層部は反目する実働部隊に擦り寄るより今や自分たちの下にいる彼ならそこそこの実戦経験もあるし便利で安上がりだと思ったのだろう。それ故、研究職としては"外様"の彼も大和の実装計画に参加することとなった。

 

 

(私は何のために、ここに来たのだろうか・・・)

 

日夜上司と部下に軽んじられ、周囲から孤立しながらそれでも研究をしたいのか、そう聞かれた時に頷く自信が持てない。

 

 

鎮守府にいた頃は秘書艦がいた。艦隊の皆がいた。いつも彼女たちに支えられ、彼女たちを励まして戦火の中、毎日を必死に生き抜いていた。

 

だが今や彼にとって心の支えとなる者も傍で彼を案じる者もいない。唯一の支えは今の職を通して艦娘たちを支えることは舞鶴で犠牲になった艦娘たちへの贖罪になるのだと言う思い込みだけ。心身共に疲れた彼には酷だが見方を変えればそれは自己満足になる。

 

 

 

 

 

「はーかーせー?だいじょーぶですか〜?」

 

「んっ・・・・・大和か・・」

 

物想いにふけっていたらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。気が付いたら気だるい体を左右に揺さぶられている。

 

「お昼の食器も返さないで突っ伏してらしたんで脳卒中とかクモ膜下出血とかかと心配しちゃいましたよ」

 

「ははは、それは心配かけてすまなかったな・・・」

 

心配してたにしてはだいぶのんびりした口調だった気もするが。苦笑を浮かべる彼に対して大和は山盛りのパフェを片手に正面の席に座った。

 

「そうだ博士、今日もお話聞かせてください」

 

ずっとこの研究所から出たことのない大和にとって彼の提督時代の話を聞かせてもらうのは数少ない楽しみの一つである。

 

 

「やれやれ、前も言ったが私の艦隊勤務の話なんて聞いてどうするんだ?」

 

「博士のお話は何かとっても生き生きしていて、大和も艦隊に配属されたような気持ちになるんです」

 

目をキラキラさせて食い入るように聞いてくる大和に彼も無碍に出来ず、ついついかつての自分の経験談を聞かせてやっていた。いつもは清楚な大和撫子といった言葉がピッタリだがこの時はちょっとテンションが違うので新鮮である。

 

 

適当に古参のなかから一人を秘書艦に指名したら他の娘達から猛抗議が来て勝手に秘書艦は日替わり当番制にされてしまったこと、何故か那智は旗艦でもないのにいつも「那智戦隊」と言って憚らなかったこと、まだまだ戦力が整っていない頃、建造時間5:00:00を見て歓喜と期待で『Welcome長門』のプレートを用意して待っていたら出てきた陸奥がひきつった笑いをうかべていたことなど、傍から見ればどうでもいいような日常の話を聞かせていた。

 

 

話していくうちに"それ"は昨日のことのように思えてくる。口には出さないが彼も大和が自分の鎮守府にいたらどれだけ華やかに、賑やかになったろうと想像してしまう。経費も凄いことになると思うが・・・

 

大和にとって楽しみの一つである彼の経験談は彼にとってはモノクロの日常を誤魔化す糧になっているのかも知れない。例え本人が意識していなかったとしても。

 

そのことを知ってか知らずか大和は彼の話す他愛もない日常的な話でも充分満足したような表情を浮かべてくれた。

 

 

「良いなぁ、私も早く皆さんと一緒に海に出たいです」

 

「大和についてはこれから検証してかなくちゃいかんことが多いし、実戦に出るのは当分先のことさ」

 

飲み物を買いに席を立った彼には俯いて少し寂しげな大和の表情は見えなかった。


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