ドンッ!!
唐突に響いた音に、ロミオはその身を跳ねさせてから、音の方向へと視線を向ける。
食堂に綺麗に並べられた長机を殴り、わざと派手に座って見せたギルが、苛立ちを露わにしていたのだ。
その行為を咎めるわけでもなく、ただ疲れたといった感じで隣に座るナナは、屈伏していた顔をゆっくりと上げる。
「・・・・疲れちゃった、ね」
「あぁ・・・」
「・・まぁ、なー・・・・」
普段は否定や空元気でその場で言い合いを始めるギルとロミオも、今回ばかりはとナナの意見に賛同する。
シエルが来てから、早1週間立った。が、彼女との関係が芳しくないのは、変わらないらしい。
毎日のように言い合うギル、苦手な銃型でしか戦えないナナ、後ろで淡々と口出しされ緊張しっぱなしのロミオ。それぞれが個々に悩む日々に、精神が擦り減ってきているのだ。
そんな三人は、それ以上無駄なことを喋らず、目の前に置かれた食事が冷めるまで手を付けれずに黙っていた。
2階の庭園。
木陰で寝そべっているヒロの隣に、ジュリウスが無言で腰を下ろす。声を掛けても良かったのだが、何となく彼が望まない気がしていたのだ。
「・・・・どうしました?隊長殿」
「不貞腐れてるのか?お前らしくないな」
目を閉じたまま話しかけてくるヒロの口調に、ジュリウスは苦笑してから返事を返す。
任務中でも『隊長』と呼ばなくなったヒロの言葉に、わざとらしさと皮肉を汲んだのだ。それを気に留めないジュリウスに、ヒロは体を起こしてから再び口を開く。
「最近・・・、みんなが荒れてるのはわかってるんでしょ?ジュリウスは時間の経過に任せようとしてるのかもだけど、ギルとかはそろそろ限界だよ」
「わかっているさ。だが、ギルとシエルに関してならば、どちらも正論だ。下手な言い回しはフォローにならない」
そう言ってから立ち上がり、ジュリウスは天井を覆うアクリルの向こうの太陽を、手でかざして見つめる。
「ヒロ。・・・お前のやり方で良いんだ」
「・・・え?」
少し間の抜けた返事をするヒロへと笑顔を見せてから、ジュリウスは続ける。
「こういう時は、マニュアルに凝り固まる俺よりは、お前の方が適任だ。お前の人徳は、俺には無いモノだ」
「ジュリウスにだって・・」
「俺の持つモノと、お前の持つモノの違いぐらい、理解しているつもりだ。・・・好きにやって見ろ。失敗したって、良いんだ」
彼にしては何の確証のない言葉だが、色々気にしていたヒロにとっては、それが必要だったかもしれない。
大きく深呼吸をし、ヒロは決意を新たに立ち上がる。
「わかった。やってみるよ」
「あぁ。明日からラケル先生の御付きで、俺もいないからな。お前にすべて任せる。・・・頼んだぞ」
「了解・・・」
ヒロは思い立ったことを実行するため、その場から走り去る。それを見送ってから、ジュリウスは改めて腰を下ろし、優しく微笑むのだった。
荒神出現から荒廃していった世界に、数少なく残された駅前のアーケード街。
そこに小型の群れが巣くっているという情報から、ブラッドに任務が下った。
今更誰がいる訳でもない遺跡だが、そこをサテライト拠点にという極東支部からの意見によって、手柄の横取りの為に本部がわざと、ブラッドに要請してきたのだ。
『本当のフェンリルは、腐っている・・』
電波ジャックでのラジオ放送で、良く聞く言葉だ。
だが、誰も肯定しない代わりに、否定もしない。フェンリル上層部以外は・・・。
丁度真ん中に位置するビルの屋上に降り立ったブラッドは、今回の指揮を任されているヒロに注目する。皆の注目が集まったところで、一つ咳払いをしてから、ヒロは話し始める。
「えーっと・・・今日は僕が隊長代理として、指示を出します。そんな難しいことを言うつもりは無いけど、よろしくお願いします」
「いよっ!隊長代理!!」
「茶化すなよ・・」
「ヒロ、頑張れぇ!」
「よろしくお願いします」
それぞれに返事をしてくる皆に頷き返してから、ヒロは任務内容を改めて口にする。
「今回はサテライト拠点建設予定地のここから、荒神を追い出すことが第一目的です。別に倒すなとは言わないけど・・・」
「コアの回収を行っても、霧散したオラクル細胞から、新たに荒神が出現する・・ですか?」
シエルの答えに頷いてから、ヒロは話を続ける。
「そう。そうなると、ここは人が住むには不適切ってなっちゃうから、倒すのは誘き出して最低でもここを中心に半径20mは引き離してからにしたいんだ。もちろんそれをしたからと言って、此処が発生源になってる可能性もあるけどね」
「要するに、むやみやたらに倒すな。それと、建物を壊すなってことだろ?」
「「あぁ、成る程!!」」
ギルが簡潔に説明してやると、ナナとロミオが手を叩いて納得をする。なんだかんだ言いながらも二人に甘いギルに、ヒロはクスッと笑顔を見せる。そこで、時間を確認していたシエルが声を掛けてくる。
「副隊長、時間です」
「うん、ありがとう。じゃあアーケードの外に追いやるから、出入り口2方向に分かれて。東にはギルとロミオ先輩、西にはナナとシエル。僕がここから指示と一緒に荒神を追いやる役をやるから、そのつもりで。いくよ!」
《了解!!》
それを合図に、皆それぞれの持ち場へと移動した。
西側へと陣取ったシエルは、ナナを前線に、自分は後方の瓦礫に身を屈めて、銃型のスコープで状況を確認する。
そして、任前にヒロに言われたことを思い返していた。
『全て・・ですか?』
『うん。今回だけでいいんだ。全行動を、僕に従ってほしい』
『それは、構いませんが・・。私は・・・・、副隊長からも信頼をされてなかったのですね・・』
『そうじゃないよ。僕達は、ちゃんとやれるってことを、君に証明してあげたいんだ』
『ですが、ここ最近のブラッドの戦闘は悪くなっていく一方です。やはり訓練スケジュールを綿密に・・』
『大丈夫。そんなことをしなくても、僕達は上手くやれる。君も含めてね』
(・・・・いったい・・、どういう・・)
ヒロの言葉に疑問を拭いきれないうちに、スコープ内の映像に、変化が訪れる。
ただ黙って時を待つギルに、ロミオはグッと背筋を伸ばしてから声を掛ける。
「なぁ・・・。ヒロは、何で俺とお前を組ませたんだろうな?相性最悪ってのに・・」
「・・・・あいつなりに、考えた結果だろう。何か意味ぐらいあるんじゃないか?」
「そうかねぇ~」
現状確かにギルとシエル、ナナとロミオの組み合わせは有りえないことぐらいは、二人の間で納得できることだ。
だが特別仲の良いわけではないと認識するロミオにとって、ギルと組まされたのは納得できないのだろう。
その時、
ボゥンッ!!!
大きな音に合わせて、アーケード中を覆うほどの煙が発生する。
「な、なんだぁ!?」
「・・・・・こいつは・・。成る程な」
「なにがだよ!?」
「戦闘だってことだよ!」
ギルが神機を構えると、ロミオも慌てて構える。
煙の向こうからオウガテイルやヴァジュラテイルが飛び出してくるのに合わせて、ギルに・・・皆の無線に、ヒロの声が入る。
『ナナ。シエルが後ろから撃つバレットに合わせて、標的を討つこと。シエルなら正確に狙ってくれるから、下手に動き回らないで、必ずシエルの攻撃の後手に回ってから行動してね』
「了解!」
指示を聞いたナナは、足を大きく開いて構え、グッと神機を持つ手に力を込めて待つ。その間に、ヒロからシエルにも指示が入る。
『シエル。確実に1体ずつ足止めしていって。それを合図にナナも動くから。ペースを上げずに、ナナの1撃が決まるのを見届けてからにしてね。自分の方に逃がしたり、ナナが囲まれた時のみ、近接で加わることを許可します。わかった?』
「了解しました」
少し半信半疑ではあったが、シエルはスコープに捉える荒神を、距離を引き付けてから引き金を引く。
ドゥオンッ!!
「てぇやっ!」
ゴシャッ!
自分のバレットが着弾したのと同時に、ナナが上からハンマーで叩き割る。そんな光景に自分の理想を見た気がして、シエルは目を大きく開く。
だがすぐに、捕食をと立ち上ろうとしてから、その場にすぐに座り直す。
「捕食!」
ガビュウッ!
自然な流れでナナが捕食を行ったからだ。
今まで忘れがちだったのにと疑問に思っていると、ナナが耳に手を当てているのがわかった。それも見越して、ヒロが指示を出していたのであろう。
それを理解すると、少しだけ安心してか、自分の課せられたことを全うしようと、シエルは第2射を発砲した。
ガコンッ
「ふぅ~・・・・、終わった!終わったよ、シエルちゃん!」
「・・えぇ」
構えた神機を下ろしてから、声を掛けてくるナナに、シエルもスコープから眼を離してから息をつく。
煙が晴れた頃に、全てのカタがついた。
アーケードの向こう側に見えたギルとロミオも、神機を担ぎなおし、歩いて移動をしていたからだ。
シエルもゆっくりと立ち上がり、携帯端末で時間を確認する。
(・・・・4分・・13秒・・)
荒神と対峙してから殲滅までの時間である。
今までならば15分近くかかっていたことを、今日に限っては3分の1以下の時間で決着したのだ。
(これが・・・・、私達は出来るということ・・)
ブラッドの本当の底力を見た気がしたシエルは、ギルとロミオとこちらへ歩いてくるヒロに、深々と頭を下げたのだった。
「すみませんでした」
呼び出されて早々に頭を下げられて、ヒロは驚いて頭を上げさせる。
「い、いいよ!シエルが謝ることは無いんだって!」
「ですが・・・。私は、間違っていたわけで・・」
「それは違うよ」
シエルの言葉を遮るように、ヒロは手を前に出して制する。それから軽く深呼吸をしてから、彼女へと喋り掛ける。
「シエルが言ってることも、正しいんだよ。・・・でもね、みんながそれに従って動いてるわけじゃないんだ。それぞれにあった行動や考え、どう動きたいのかとか・・・。だから、君が間違ってるんじゃない。それを押し付け、それで測ることが、間違ってるんだよ」
「あ・・・・」
シエルも何となく気付けたのか、声を洩らして驚く。
ヒロの伝えたかったことは、悪いのは思想であって、人ではないということなのだ。
「・・・私は・・・・、そうですね。自分の正しいことは、人も正しいものと・・」
「マニュアルや理論って、とっても大事だと思うよ。経験も、訓練もね。でも、全て人の為にあるモノだよ。人を縛る為じゃないと思うよ」
「はい・・・」
少しだけ落ち込んでしまった様子のシエル。ヒロもそれを望んだわけじゃないと考えたのか、優しく笑顔を作って見せる。
「・・・今度、僕に教えてよ。シエルの知ってる戦術理論や・・・シエルのこと」
「え?・・・・それって・・」
聞き返してくるシエルに、ヒロは笑顔のまま答える。
「まずは・・・、そういうところからでしょ?」
「・・・・・・・はい!」
思わずつられてか、シエルの微笑んだ顔に、思わず見とれてしまうヒロであった。
シエルの話、時系列が少しおかしくなりましたが、これで一旦はブラッドも軌道にのった感じです!