68話 開拓宣言
螺旋の樹での事件から、3週間が経過したある日・・。
限定された範囲とはいえ、緑の大地が広がる螺旋の樹跡地に調査に来ていたツバキは、荒廃した今の世界では、写真や映像でしか目に出来ないような自然を見渡してから、軽く息を吐く。
「・・・・・さて。どうしたものかな・・」
フェンリル本部が、事件の事後処理で追われている為、元『聖域認定』されたこの場所の調査、対応は、一旦とはいえ極東に任されたのだ。
湖の水を手ですくって、そしてゆっくりと戻す。
何度か同じことを繰り返した後に、ツバキは溜息を洩らしながら、手の水を軽く掃ってから歩き出す。
「やはり・・・、博士の言う通りに動くべきかな・・」
独り言を呟きながら自分に確認をし、連れてきていた二人の新人ゴッドイーターに合図をして、極東へと戻って行った。
「君達!農業をしてみる気は、ないかい?」
《・・・・・は?》
支部長室に集められた部隊長クラスの者達は、一斉に首を傾げながら、発言してきた榊博士へと声を洩らす。
「農業・・・ですか?」
「うむ、そうだよ」
ジュリウスが確認するように訊ねると、榊博士は大きく頷いてから満面の笑みを見せる。
「質問!」
「はい、タツミ君」
「博士はついに、おかしくなったんすか?天才と馬鹿は紙一重って言いますし・・」
「いやいや。私は至って、真面目に言ってるんだよ」
タツミの疑いの眼差しに、榊博士は言葉では焦りつつも、笑顔のまま手を振って見せる。
「実はね、螺旋の樹跡地の調査を行っていたんだけど、喜ばしくも不味いことが判明してね・・。あの元聖域認定された場所が、世界で唯一の”安全地帯”であることがわかったんだ」
「”安全地帯”・・?」
ヒロが疑問を口にすると、頷いて見せてから、榊博士は話を続ける。
「簡単に言うと、あの場所にいる限り、荒神が襲ってくることは無いという事だよ」
「・・は?え?・・なんでっすか?」
「あそこは、『終末捕食が完遂された場所』ともいえる場所だ。荒神が喰い荒らす理由も、終末捕食が起こる理由も、存在しない場所ともいえる。だからこそ、喜ばしい事であり、不味い事であるのだよ」
「えっと・・・・・、なんでだ?」
「まだわからないんですか?ドン引きです」
自分で聞き返していながら、わからないといった表情をするコウタに、アリサは溜息交じりに額に手を当てる。
そんな二人のやり取りに、周りから笑いが起きる中、リンドウが手を上げてから1歩前に出て、発言する。
「つまり~・・、俺等であの場所を、開拓しちまおうってことですか?」
「そういう事だね」
榊博士が笑顔で応えると、ヒロはわからないといった顔で口を開く。
「あの・・・急ぎの用って、聞いてたんですけど・・。何で急ぐ必要があるんですか?」
「・・・本部が手を付けられないうちに、所有権を主張できるようにするってことだ。螺旋の樹の時のように後手に回ると、首を突っ込みたがるバカ共が寄って来るからな」
「こらこら~。口が悪いぞ~?ソーマ博士」
榊博士に代わって答えたソーマの言葉に、リンドウが苦笑しながらたしなめに掛かると、彼は相変わらずに「ふん」と鼻を鳴らしてから、再び黙ってしまう。
そんな彼から視線を皆へと戻してから、榊博士は改めて提案を口にする。
「そこで、過去の偉人に倣って、我々の手で、農業をしてみないかい?」
ズイッと前のめりに聞いてくる榊博士を見てから、皆は顔を見合わせてからそれぞれに意見を洩らす。
「とは言ってもっすね~、俺等戦いしか知らないバカっすよ?・・コウタを筆頭に」
「タツミさんには言われたくないんっすけど!?」
「そもそもに、やり方がわからないわね~」
「それに、私達にも仕事はありますし」
「機械いじりの方が、向いてるかもな?俺達の場合は」
「面倒だしな~」
好き勝手に言ってくれる中、一人黙って俯いているジュリウス。そんな彼が気になって、ヒロが肩へと手を伸ばすと、その手が行きつく前に、ジュリウスは口を開く。
「私に・・・、やらせてもらえませんか?」
「え?ジュリウス・・、えぇ!?」
ヒロが隣で驚いているのを笑顔で躱してから、ジュリウスは更に続ける。
「私は・・・ある時からずっと、荒神を倒す以外の・・自分に出来ることは無いかと、考えてきました。農業は人が生きるための糧を得る方法の1つで、これに触れることが出来れば、私の中の新たな可能性が芽生えると思うんです。そもそもに、農業とは食物連鎖の・・」
「長いよ!つまり、ジュリウスがやりたいって事か?」
コウタにツッコまれて、ジュリウスは恥ずかしそうに咳払いをしながら、小さく頷く。それから、ヒロの方へと顔を向けてから、話し掛ける。
「どうだろうか?隊長」
「こんな時に、隊長なんて呼ばないでよね。・・・・はぁ。わかったよ」
「ありがとう、ヒロ」
諦めたように溜息を吐いたヒロに、ジュリウスが笑って見せると、榊博士が軽く手を鳴らしてから、話し合いを締めくくる。
「決まりだね。では、ジュリウス君を中心に、ブラッド隊には苦労をかけるけど、よろしく頼むよ。なに・・、ちゃんと講師はつけるよ」
突如聖域に集められたブラッド隊。
手に持たされた鍬やスコップを目にしてから、ロミオはぶつぶつと文句を口にする。
「何なんだよ、いったい・・。何でゴッドイーターが、農業なんだよ?ジュリウス~?」
「付き合わせる形になって、悪いな」
丁寧に頭を下げられると、ロミオは慌ててそれを止めさせる。そんな二人の様子に、皆は笑いながら口を開く。
「まぁ、良いんじゃねぇか?興味がない訳じゃないしな」
「そうだぞ、ロミオ!卵を!卵を自分の手で・・・。卵だぞ!?」
「おぉ。リヴィちゃんが、テンション高い」
「つまり・・い、生き物を飼育するのも、農業ですよね!?」
「シエルも、乗り気だね。はは・・・、良かった」
最終的に決定を下したヒロは、皆の反応を聞いてから、ホッと胸を撫で下ろす。
それから辺りを見回してみてから、ジュリウスへと喋りかける。
「ところでさ・・・、何すればいいの?」
「・・・・・」
《え?》
ジュリウスが黙ってしまった瞬間、皆一気に沈黙してしまう。
当たり前ではあるが、何か始めたらいいのか、誰も知らなかったのだ。
「え?・・・マジで?誰もわかんねぇの!?」
「い、いや、待て!待ってくれ!すぐに調べて・・!」
珍しく焦るジュリウスに、皆が苦笑していると・・、
「まずは、下準備を進めなきゃね」
声を掛けてくる者があった。
「あれ?ユウさんだ~!?」
ナナが声を上げると、ユウが笑顔を見せながら、ジュリウスの隣へとやって来る。
「あの・・ユウさん、下準備とは?」
「何をするにも、準備が必要ってことだよ。作物や野菜を育てるにも、畑を作らなきゃいけないし、水の供給の為に水路や井戸なんかもあった方が良いよ。生き物を育てるにも、餌となる牧草なんかも育てた方が良いし、簡単な囲いや飼育小屋も必要だろうね」
「・・お詳しいんですね」
「昔は、生業としてたからかな」
感心しながら皆が手を叩いている中、ヒロは榊博士が言った講師と言うのが、ユウの事だと気付く。
「何をするかを考えだすとキリがないと思うから、とりあえず畑の範囲を決めて、耕していこうか?」
《はい!》
皆が鍬を持って作業に移動しだすと、ユウはジュリウスと話し合いながら、今後どうするかと意見を出し合った。
「それで?何なの、この状況?」
次の日。
大きめの木槌を持たされたコウタは、無表情で隣に立つレンカへと顔を向ける。
「聞いていなかったのか?リンドウ達が切り出した木から作った杭を、一定間隔で打って行けと・・」
「聞いた。・・な?それ、聞いた。流石に俺も、馬鹿じゃないから・・そこまで」
そう言って1度深呼吸をしてから、コウタは自分の目の前の光景を見つめる。
「なんで・・・、ゴッドイーターが揃いも揃って・・。農業してんだよぉーーー!!!?・・・ってこと」
昨日1日で、圧倒的な人の足りなさにロミオが口を滑らしたばっかりに、ユウが鶴の一声とツバキと共に極東の全ゴッドイーターに声を掛けたが為に、急遽全員参加となった訳である。
「そっち!これ、運んでくれるか!?」
「石は全部取り除けってよ!?」
「この井戸、まだ掘るのか?」
「そこ、肥溜めになるのよ?」
「金網が届いたよ!骨組み、まだできないの!?」
「うっせー!レベルが出てねぇんだよ!」
「こっちのウネに、水持ってきて!」
すっかり農作業場と化した聖域を見つめながら、呆然と立ち尽くしているコウタ。
彼が溜息を洩らすと同時に、彼の目の前に杭が飛んできて刺さる。
ザクッ!
「危なっ!?」
「いつまでボーっとしている!!?さっさと作業を進めんか!?」
「は、はい!!」
ツバキが怒号を浴びせると、コウタはすかさずその杭に木槌を打ち込んでいく。
「ところで、レンカ。これ、何本打てばいいんだ?」
「ん?・・あぁ。200本も打てば・・」
「200っ!!?」
地下の培養研究所から運ばれた苗を確認しながら、ユウは丁寧に葉の裏などをチェックする。
そんな彼の隣で、同じように作業を進めるリッカは、溜息を吐いてから、チェック表をユウのタブレット型端末へと転送する。
「はい、終わったよ。・・まったく、もう・・・。どうして何でも受けちゃうかな~」
「ん?駄目だった?」
「それを不満として声に出したら、私が悪い人みたいになっちゃうでしょ?・・もう」
反論できない状況に頬を膨らませるリッカに、ユウは苦笑いしながら頭を掻く。
「まぁまぁ。ジュリウス達、困ってたしさ。それに・・・、引退したらこういう暮らしに戻るのも、いいなって」
何かを懐かしむように話すユウに、リッカは諦めたように微笑みながら、頭をそっと肩に預ける。
「そう・・だね。じゃあ、式を挙げたら・・・ここに隠居しようか?」
「リッカ・・・」
二人が見つめ合っていると、何処で聞きつけたのか、大量のゴッドイーター達が走り寄ってから、必死に彼等に土下座し始める。
《勘弁して下さい!!お二人が抜けるには、結婚式後は早すぎます!!お願いします!!》
そんな彼等を目にしてから、ユウとリッカは肩を竦めて笑い合った。
カンッ カンッ ミキメキッ ドシャァア!!
軽快な音の後に木が倒れると、リンドウはタオルで顔を拭くと、休んでいたハルに声を掛ける。
「お~い、ハル!運搬班を呼んでくれ~!」
「了解で~す!お~い、お前等!青春の時間だぞ~?」
《うーっす!!》
《はーい!》
ハルに声を掛けられると、数人のゴッドイーターがやってきて、手に持っている縄を木の幹に巻き付けてから固定して、準備をする。
その中に、一人「ひぃひぃ」と息を荒げる探求者の姿も・・。
「あの~、榊博士?大丈夫ですか?」
「無理しすぎると、身体壊すっすよ?」
カノンとギルに心配される、極東支部で一番偉い人、ペイラー・榊は青い顔を持ち上げながら、笑顔を作る。
「そ、そうかい?・・・じゃ、じゃあ、そろそろ・・」
そう言って逃げようとしたところで、両側からリンドウとハルに捕まってしまう。
「おいおい、カノン。女の子が頑張ってるのに、支部長様が逃げる訳ないだろ~?」
「そうだぜ、ギル。なにしろ働く俺達を観察する程、お暇なんだからな~」
「・・・・・・か、勘弁してもらえないかい?」
「「勘弁って、なんすか~?」」
ちょっと様子を見に来たつもりが、リンドウとハルに目を付けられたのが不幸の始まり。
普段使わない筋肉を無理させたお陰で、榊博士は体中の穴と言う穴から、水分が噴き出していた。
そんな彼を苦笑いで見守りながら、カノンとギル・・・他の運搬にあたっているゴッドイーター達は、何本目かの木を加工班の許へと運んだ。
水路を掘る手を休めて汗を拭ってから、ジュリウスは周りを見渡してから微笑む。
そんな彼に、疲れて座り込んでいたヒロは、鼻の頭を袖で拭きながら、笑顔で声を掛ける。
「どしたの?ジュリウス」
「・・いや。少し、感動してな・・」
そう感慨深く声を洩らしてから、ジュリウスはヒロへと手を伸ばす。
「ヒロ・・。ここ最近、何度も同じ言葉で悪いが・・、ありがとう」
「・・・良いよ、親友」
そう言ってヒロはジュリウスの手に掴まって立ち上がると、二人笑い合いながら、再び作業を始めたのだった。
絆編、スタートです!
いよいよ最終章です!
サブタイ通り、《絆》というワードに基づいて書いていければと思います。
ゆっくり書くと思いますので、まったり待っていただければと思います!!