一夜明けてから、ヒロは大きく深呼吸をして、自分の部屋の鏡に映る、自分を見つめる。
それから、昨日のラケルの言葉を思い出してから目を閉じて、もう1度深呼吸をしてから目を開く。
「・・・・うん。大丈夫・・」
そう声に出してから、自分を奮い立たせてから部屋から出ると、廊下でブラッド隊の皆が、待っていた。
「遅ぇぞ、ヒロ」
「ちゃんと眠れたのか?」
「今日は頑張ろう!ヒロ!」
「・・ジュリウスを、助けましょう。ヒロ」
皆がそれぞれ口にする言葉を受け止めてから、ヒロは笑顔で頷いて、先に立って歩き出す。
「うん。・・・行こう!」
そんな彼に続いて、ブラッドは神機保管庫へと歩き始めた。
螺旋の樹の開口部前で、レンカは久方ぶりに握る神機を手に、無線でヒバリと連絡を取る。
「ヒバリさん、ブラッドの方は?」
『はい。現在中腹地点を更に奥へと進み、3階層へと上がる手前です』
「わかりました。5分後に俺達も動きます。後の指示は、お願いします」
『了解です。ご武運を』
無線が切れたのを見計らってから、リンドウが彼へと話し掛ける。
「どうだ、レンカ?フライアの時より長く握ってもらう訳だが、調子の方は?」
「あぁ。今のところ、問題はない。サクヤさんはどうですか?」
そうレンカが話を振ると、軽くストレッチをしていたサクヤは、笑顔で手を上げて応える。
「大丈夫よ。あなたと違って、私は復帰を目処に、偏食因子を打ち込んできてたから」
「そうですか。・・・まさか、育児休暇中のサクヤさんまで出てくるとは、思いませんでした」
そう心配そうな表情をするレンカに、アリサが溜息交じりに声を掛けてくる。
「貴方の場合、サクヤさんより自分の心配をして下さい。ただでさえ、無理をしたがる質なんですから」
「ははっ、違いねぇな~。一人で突っ走ってくれんなよ?」
「そんな事はしない。子供扱いは、勘弁してくれ」
「ふふっ。どうかしら?」
レンカに気を回しつつ、和やかに時を待つクレイドルの元に、ソーマがコウタと一緒にやって来る。
「そろそろ時間だ」
「ごめん!やっとエリナとエミールに、指示出し終わったよ!」
合流を果たしたコウタを含めて、リンドウが咥えていた煙草に火を点けてから、ソーマへと頷いて見せる。
「そんじゃ、行きますか!ソーマ。後ろが落ち着いたら、合流してくれ」
「あぁ・・・。頼むぞ」
二人が拳を軽くぶつけたのを合図に、サクヤ達は螺旋の樹へと、足を踏み出す。
「さ~て、久々のお仕事ね」
「まっ、この面子なら楽勝でしょ!?」
「油断は禁物ですよ?コウタ」
「俺は、足を引っ張らないよう、気を付ける」
そんな四人に続いて、リンドウは前へと進み出て、仲間へと声を掛ける。
「クレイドル・・・、行くぞ!」
《了解!》
隊長不在にも拘わらず、その圧倒的な強さのオーラを発しながら、独立支援部隊クレイドルは、戦場を駆けだした。
中腹を抜けて、3階層へとやってきたブラッド隊は、再び赤黒く染まった景色を目に、緊張を高める。
「・・・いよいよだな」
「ここを抜けたら、ジュリウスがいるんだよね?」
ギルの洩らした言葉に、ナナが次いで口を開くと、皆静かに頷きながら、慎重に足を進める。
五人が足を動かすたびに、ふわふわと舞う黒い蝶に、リヴィが視線を巡らせながら口を開く。
「・・黒い蝶が、増えてきたな。昨日のヒロの話が事実なら、これはラケルの分身とでも思うべきか・・・」
「・・・それで、良いと思うよ。僕は確かに、この蝶に包まれた瞬間、ラケルが目の前に現れたから」
ヒロが警戒しながら答えると、ナナは気持ち悪そうに顔をしかめる。
「う~ん・・・。虫、嫌いじゃないんだけど・・・、これは・・何か気持ち悪い」
「・・・そうですね。しかも、こう多いと・・」
シエルが顔の前に跳んできた蝶を掃うと、ナナはそれが落ちるのを目で追っていく。
「実はさ・・・、この地面が黒いのも・・。蝶のせいとか・・・、ないよね?」
その言葉にハッとさせられて、皆一斉に足元へと視線を向ける。
その瞬間・・・。
ドババババババッ!!!
「ぬぁっ!くそ!」
「わぁっ!なになにー!?」
「前が・・、くぅっ!」
後ろについて歩いていたシエル、ナナ、ギルの三人の足元から、大量の黒い蝶が舞い上がり、ヒロを包んだ時同様に、彼等を閉じ込めてしまう。
「しまった!?」
「くっ!ヒロ、どけ!『圧殺』を使う!!」
リヴィが神機を構えて叫ぶと、ヒロは後ろへと距離を取る。しかし、彼女が『圧殺』の力を使う前に、黒い蝶の壁は消えて、三人の立っていた場所には、大きな穴が開いていた。
「・・やられたな。まさか、分断に掛かって来るとは・・・。どうする、ヒロ?」
「くっ!・・・・・ラケル!」
怒りに震えて、次の行動に移れないでいるヒロに代わって、リヴィが無線を作戦指令室へと繋ぐ。
「こちら、リヴィ。シエル、ナナ、ギルの三名と分断された。三名のビーコン反応を確認してほしい」
『リヴィさん、了解しました!少々お待ちを!』
返答に応えたフランを待ちながら、リヴィは立ち尽くすヒロへと視線を向ける。彼の視線は、今だぽっかりと空いた穴へと注がれている。
『・・・・ビーコン反応、確認しました!三名とも、無事です!』
「・・ふぅ。そうか・・・」
『ただ・・・三名とも、中腹辺りにおられるようですが?』
「あぁ・・。ちょっと、落ちたからな。生きてるなら、問題ない」
そう言ってから、リヴィは無線から意識をヒロへと向けて、話し掛ける。
「ヒロ、三人は中腹まで落ちたようだ。どうする?戻るか?それとも・・・、救援を要請するか?」
「・・・・・・僕は・・」
頭の中で色々考えているのか、ヒロは目を泳がせて、はっきりと言葉を言えないでいる。
そんな彼の額を、リヴィは軽く小突いてから、真剣な眼で彼を見つめる。
「ヒロ・・。昨日ラケルに何を言われたかまでは聞かなかったが、それに惑わされるな。お前の正しいと思う事を信じて、それを実行しろ。例え間違っていたとしても、私達は仲間だ。罰も一緒に受けてやる」
「でも・・・・、みんなが・・」
「しっかりしろ!お前は、ブラッド隊の隊長だろ!?お前の答えが、我々隊員の答えだ!信じろ!」
「・・・・リヴィ」
彼女の声が届いたのか、ヒロは徐々に気を引き締めた表情へと変わる。その時、無線からフランとは違う声が、聞こえてくる。
『良い仲間が揃ったな~、ヒロ。お前の人徳ってやつだな』
「っ!?リンドウさん!?」
無線の向こうで、我が事のように嬉しそうな声を発するリンドウに、ヒロは驚いて声を裏返してしまう。
『事情はフランから聞いたぜ。中腹辺りなら、丁度俺達がいる。仲間の捜索は、俺達に任せろ』
「でも!?・・良いんですか?」
『あぁ。こういう時は、仲間を頼るのも大事だぜ。ナナの方は、俺とサクヤ、コウタが行くか』
『なら、シエルの方は俺とアリサで探そう』
リンドウに続いて、レンカの声も耳に入る。
『なら、ギルは俺等第4部隊に任せろよ、ヒロ。迷子も神秘も、捜すのは得意だぜ』
『中腹全域のフォローは、防衛班で固めますよ、リンドウさん。これで、問題ないだろ?ヒロ』
「ハルさん・・・、タツミさん」
ハルとタツミが会話に参戦してくると、ヒロは自然と涙を零していた。そんな彼に、もう一人声を掛けてくる。
『ヒロ君、聞こえる?あなたはもう、極東支部のゴッドイーターなのよ?ブラッドだけじゃないのよ?あなたの仲間はね』
「ジーナさん・・・。ありがとうございます」
礼を口にしながら頭を下げると、再びリンドウが声を掛けてくる。
『行ってこい、ヒロ。仲間は俺達が送り届けてやる。そっちにも、迎えを待ってる仲間がいるんだろ?』
「・・はい!・・みんなを、お願いします!」
『《了解!!》』
希望を取り戻したヒロの背中に、リヴィはフッと笑顔を浮かべてから、無線の向こうで待機していたフランに、喋りかける。
「捜索は、リンドウさん達に任せる。私とヒロは、一足先にジュリウスの元へと向かう」
『了解しました!お気をつけて、リヴィさん!』
「フラン・・・・、ありがとう」
『あ・・いえ。オペレーターとして、当然の事をしたまでです!』
そのフランの言葉に嬉しさを感じながら、リヴィは自分もすっかり極東のゴッドイーターなのだと認識し、照れ笑いしてしまう。
無線を切ってから、今一度緩んだ顔を引き締めて、リヴィはヒロへと視線を向けると、彼も強い眼差しで見つめ返してくる。
「行こう!ジュリウスの元へ!」
「あぁ。行こう!」
そう二人は声を掛け合い、螺旋の樹の最上層へと足を向けた。
ゆっくりと目を開いたギルは、自分が立っている場所に困惑し、目を大きく開いて声を洩らす。
「ここは・・・、グラスゴーの・・・。イギリス、なのか?」
かつて自分が所属していた支部の管轄区域。見慣れた景色に、ギルは驚いてしまっていたのだ。
そして、その場所は・・・・彼にとって、忘れられない場所・・。
「どうして・・ここに・・」
「・・・ギル」
「っ!!?」
突然声を掛けられ、振り返った先に見た人物に、ギルはまたも驚きに表情を硬くする。
「・・な・・、ケイトさん」
「ギル・・・」
そう。ここは、赤いカリギュラとの因縁が出来た場所。ハルの妻だった、ケイト・ロウリーが亡くなった場所。
ギルが最期を看取った彼女が、彼の目の前に立っていたのだ。
「どうして・・。ケイトさんは、あの時・・」
「実はね、ラケルさんに助けてもらってたの。1時的に、だけどね・・」
「そんな・・馬鹿な!?」
ギルが困惑していると、ケイトはゆっくりとした足取りで彼に歩み寄りながら、喋りかける。
「ねぇ、ギル。ラケルさんの言ってる事って、間違いなのかな?『終末捕食』が起これば、神機使いも荒神も、みんないなくなる・・・。必要なくなるんだよ?そうしたらさ、誰も・・・明日に怯えなくて済むんだよ?それって、悪い事なのかな?」
「そ、それは・・・。でも、俺は・・」
ギルが目を反らすと、ケイトは彼の頬をゆっくりと撫でながら、優しく微笑む。
「ギルも、楽になりたいでしょ?誰も傷つかない方が、良いでしょ?」
「・・・・違う」
「え?・・・」
振り絞ったように声を洩らしてから、ギルは泣きそうな顔を見せながらも、必死に訴えかける。
「それは違うよ、ケイトさん!例え『終末捕食』を止めることが、間違っていても・・・。ユウさんや、ジュリウスや・・・、ヒロ達が戦ってきたことが、間違いなわけじゃない!そんな絆を・・・、あなたが俺に・・教えてくれたじゃないですか!?」
「・・・ギル」
思いを言い切ってか、ギルはケイトの顔を見れずに、目を伏せる。そんな彼に、ケイトは優しく語り掛ける。
「それでいいの?『終末捕食』は、全ての苦しみから解放してくれる、唯一の望みなのに・・」
「・・ケイトさん」
「あんまり人の嫁さんの事を、捏造するのやめてくれるか?」
「え?」
背中から聞こえた声にギルが振り返ると、神機を前に突き出したハルが、軽くウィンクしてくる。
「ハルさん!?」
「よっ。迎えに来たぜ、ギル」
そう言ってから、ハルは自分の突きつけた神機の先にいるケイトに視線を移し、溜息を吐いてから話し掛ける。
「こんな狭い空間に、よくもまぁこんな場所を再現したもんだ。ついでに死んだ嫁さんまで作って、ギルを惑わそうなんて・・・。あんた、相当性悪だな?ラケルさんよ」
「・・・・」
黙って睨みつけてくるケイトから目を反らさずにいるハルに、ギルは戸惑いながら声を掛ける。
「ハルさん・・、これは一体?」
「いいか、ギル。ここにはな、何も無いんだよ。螺旋の樹の中腹の、だだっ広い景色が広がってるだけだ」
「でも!ここは、グラスゴーの!?」
「あぁ、そうだ。俺にも、そう見えてる」
ギルの疑問に頷いてから、ハルは更に説明を続ける。
「どうやらブラッドのお前等が、心のどこかで見たいモノが具現化しているのかもしれねぇな。俺の場合は・・・、わかるだろ?」
「・・そうか。ケイトさん・・」
ギルが納得してからケイトの方へと顔を向けると、彼女は可笑しそうに笑っている。
「どうしたの?ハルオミ。私は、あなたの奥さんでしょ?」
「・・・わかってねぇな。やるなら、ちゃんとリサーチしてから再現してくれ。ケイトは、俺を”ハルオミ”なんて呼ばねぇ」
「・・・・・あら、そうだったの?失敗ね」
そう言ってから、ケイトは黒い蝶に覆われてから、ラケルへと姿を変える。
それを目にしてから、ギルが怒りに神機を構えるが、ハルの方は可笑しそうに声を洩らして笑い始める。
「あらあら、どうしたのかしら?」
「いや~、笑っちまうぜ。なぁ、ギル?」
「え?いや・・」
ハルの反応に、ギルが戸惑っていると、彼は鼻を鳴らしてからラケルに言い放つ。
「さっきの話、嘘に決まってるだろ?場合によっちゃあ、”ハルオミ”とも呼ばれてたしな」
「あ・・・」
ハルの機転に、ギルはハッとさせられ、ラケルは表情を硬くする。
「さぁ~て、笑ったことだし・・・。ギル、合図したら後ろに跳べよ?」
「は?どうしてっすか?」
「・・・ご立腹の上に、待ちくたびれてんだよ。うちの隊員が、な」
ハルの言葉に驚きつつも、ギルは笑いをこぼしてから、後ろへと意識を集中する。
「さてさて、しっかり味わえよ。極東の最強の1撃を放つのは、ユウとソーマだけじゃないんだぜ!」
「ふっ!」
言葉尻に跳んだハルに合わせて、ギルも後ろへと跳ぶと、入れ替わりに飛び込んできたデンジャラスビューティーが、目を大きく見開いてから、冷たく声を発する。
「・・ギルさんに、2度と近付くな。下郎が・・」
ドゴォーーンッ!!!
爆風に乗って後ろへと着地したカノンの1撃に、景色は一気に晴れて、元の中腹の広場へと変わる。
よく見てみると、ラケルが立っていた辺りに、荒神らしき姿を確認して、ギルはハルの方へと顔を向ける。
「ハルさん、あれって!?」
「あぁ。俺やお前には、見えてなかった真実だ。ケイトに見えていた俺達と違って、カノンには最初から荒神に見えてたみたいだ。目の前でお前がやられそうなんだ。恋する女としちゃあ、怒り狂って当然だろ?」
「恋って!?・・・ま、まぁ、良いですけど」
照れくさそうにキャップを深くかぶるギルに、カノンは黙って駈け寄って来てから、神機をその場に投げ捨ててから、抱き着いてくる。それに応えるように、ギルの方も微笑みながら、頭を撫でてやる。
「ありがとな・・・、カノン」
「うぅ・・うぅぅうぅうぅぅっ!!!」
言葉にならないのか、カノンは顔をギルの胸に押し付けたまま、首を横に縦に振って、泣きじゃくる。
そんな二人に笑顔を見せてから、ハルはグッと親指を立てて右手を前に出す。
「これで、お前も簡単には死ねなくなったな!」
「・・・べ、別に・・・。もう、死のうなんて・・思ってないっすよ」
彼の返事に満足そうに頷いてから、ハルは上を見上げながら息を吐く。
「落ち着いたら、上に向かうぞギル。ジュリウスを、助けにな!」
「・・・はい!」
カノンを撫でながら、ギルは力強く返事をして、神機を握り直した。
ハルさんに見抜けぬ女は、いない!!
という、オリジナルな設定?w