「今だ!開闢ドッグ、設置しろ!」
『了解です!』
作戦指令室から指示を出すフェルドマンの声に応えるように、開闢ドッグは、その大きな爪を滑り込ませ、亀裂を一気に開いていく。
開き切ったところで固定された入口に頷いてから、フェルドマンは次の指示を出す。
「よし!足場を伸ばせ!」
『了解!足場、伸ばします!』
リヴィが立っていた場所から、足場となる伸縮性の橋が伸びていき、入口へと固定される。
そこまで見届けてから、作戦指令室の者達は緊張に固まった肩を撫で下ろす。
「よし・・。では、神機兵α。装置を取り付けに入れ。慎重にな・・」
『了解です!神機兵α、中へと移動開始します!』
『ブラッド、神威ヒロ。2名連れて、護衛に入ります』
「よろしく頼む」
目立った問題もなく進む作戦を、ソーマも作戦指令室で映像を確認する。
そこで、何故か今まで気にしていなかった何かが引っ掛かり、その場にいたレアへと話し掛ける。
「おい・・。今更で悪いが、この偏食場パルス制御装置ってのは、誰が考案したんだ?」
「え?・・はい。考案と開発は、九条博士となっておりますが。・・それが、なにか?」
その名前を聞いてから、ソーマは見落としていた何かが少しずつ鮮明になって行くのを感じる。
「おい、フェルドマン。前回の制御装置も、当然九条が開発したんだよな?」
「・・そうだが?」
「なら、あいつの研究資料を、今すぐ俺に見せろ」
「・・・レア博士、資料を・・」
ソーマの表情に思うところがあってか、フェルドマンはレアへと資料を要求する。
資料をタブレット型端末に呼び出したレアが、ソーマに手渡すと、彼はもの凄い速さでそれを読破していく。そして、その中のあるページに目を止めた瞬間、ソーマはヒバリへと声を上げる。
「ヒバリ!シエルとナナに連絡しろ!九条の神機兵を中に行かせるな!」
「は、はい!」
そんな彼の指示も1歩遅く、ヒバリが連絡する前に、シエルから無線が入る。
『作戦本部!神機兵βが、単独で中へと!』
「はぁっ・・・はぁっ・・・、あは・・ははは・・・」
一心不乱に神機兵を走らせる九条の脳裏に、数ヶ月前の出来事が浮かぶ。
「うぅ・・・くぅ・・、ラケル・・博士~・・うぅ~」
ピピッ
「んー?・・・本部から、か?・・・・・これは!?映像メール!?」
『・・・・クジョウさん、お久しぶりね』
「ら・・・・ラケル、博士・・?」
『この映像を見ているという事は、私は死んでしまっているという事でしょうね』
「そ・・んな・・、どうして・・」
『クジョウさんは、きっと怒っていらっしゃるわよね?私が、貴方を置いて行った事に・・。でも、勘違いなさらないで。私の心は、常に貴方と共にあったのですよ?』
「あぁ・・あぁ・・、もちろん!存じていました!私も!貴女の事を!」
『ですから、お願いしたいの。貴方と、私の・・・未来の為に・・』
「私と、貴女の・・・未来・・」
『私の願いを叶えて下されば、私達はまた・・・会うことが出来る・・』
「・・・やります・・。何でもします!貴女の為に!」
「ひゃーっはっはっはっはははーーー!!ラケル博士ー!!ラケルさーーん!!!」
奇声を上げながら走り続ける九条は、先行していたヒロ達を追い越して更に奥へと駆けていく。
「なんだ?シエル達は、どうした?」
「わからん。ヒロ、何か連絡は?」
「ちょっと待って。作戦本部、こちらヒロです」
ギルとリヴィの言葉に、ヒロが無線を繋ぐと、ヒバリの代わりにソーマが連絡を受ける。
『ヒロ!ギルバート!リヴィ!神機兵αを下がらせて、神機兵βを追え!』
『待て、ソーマ!リヴィは神機兵αの護衛について退がれ!ヒロとギルは・・!』
『空木!今は、野郎を優先して!』
「あ、あの!とにかく、神機兵βを追いますよ!?リヴィ、神機兵αを退がらせて!」
「わかった。装置は固定したんだ。後を頼むぞ」
リヴィが神機兵と入口へと向かったのを確認してから、ヒロはギルを促して走り出す。
「ちっ!ほら、見てみろよ!何かすると思ったぜ!」
「今は、言いっこなしだよ!とにかく、九条博士を!」
そう言って走り出した先で、九条の乗った神機兵βは、肩に抱えていた装置を地面にセットしていた。
「ひひひひっ!ラケルさーーーん!これで、私達は!1つだーー!!!」
ビキッ パキバキッ グチャーッ!!
装置から黒い触手のようなものが飛び散り、螺旋の樹内部は、外壁のように黒ずんで、紫色に変色しだす。
「こ、いつは・・・!?」
「くそっ!・・一旦引こう!ギル!」
ヒロの叫びに合わせて走り出したギルを追って、ヒロ自身も入口へと駆け出す。その時・・。
キィンッ
「え?・・・」
一瞬自分の顔の前を、黒い何かが通り抜けたような錯覚を覚える。
しかし、それを気にしては間に合わないと、振り切って外へと足を速める。
『ソーマさん、レンカさん!すいません!装置を埋め込まれた瞬間、汚染が始まって・・。今、撤退しています!』
「・・いや、正しい判断だ。とにかく、外へ出ろ!」
「ちっ・・・、クソが!」
作戦指令室で舌打ちをしたソーマに、まだ良くわかっていない周りの人間は、スクリーンに映し出される映像を見ることしかできないでいた。
そして・・・、誰もが予想し得なかった、災厄が顔を出す。
ザザザッ ・・ザザッ
「・・・なんだ?」
ザザッ・・・・ザッ
『・・・デフラグメンテーションを・・、開始します・・。ふふふっ』
《っ!!?》
その声に、全員が驚愕の表情を浮かべ、立ち尽くしてしまう。
「・・・てめぇ・・、ラケル!」
ソーマの言葉に我に返った瞬間、ヒバリが目の前の装置を目に、焦りの声を上げる。
「これは!?・・システム、ハッキングされています!?」
その言葉にフェルドマンはハッとさせられ、すぐに対応をと、指示を出す。
「シャットダウンしろ!」
フランが指示通りにコマンドを操作するが、すでに装置は乗っ取られたのか、操作の全てが「Error」を表示する。
「シャットダウンコマンド、応答在りません!」
「くそ!電源を断て!遮断しろ!!」
「くっ!ケーブルパージ!」
「・・駄目です!止まりません!」
スクリーンに勝手に映し出された制御装置の画面は、どんどん『異常』を示す赤色に変わっていく。
それを見かねたソーマが、操作盤のケーブルを思い切り引き抜こうとする。
「クソが!」
『・・・少し、遅かったですね。ソーマ・シックザールさん・・』
再び聞こえたラケルの声に顔を上げると、ヒバリが青ざめた顔でソーマを見つめる。
「螺旋の樹・・開口部、完全に汚染されました。同様に・・・・、周辺の汚染も、再進行を始めました」
「なんて・・ことだ・・」
フェルドマンが肩を落とすと、そこに追い打ちをかけるように、フランが目を大きく開いて声を上げる。
「偏食場パルスに、大きな乱れが!・・これは!?荒神です!!」
『神機兵α!退がれ!荒神だ!』
「え?・・今何と?ノイズがひどくて・・」
バキャッ!!
「え?・・・・なん・・で・・?」
フェルドマンの叫びも虚しく、神機兵αは、搭乗者ごとその身を貫かれていた。
「ちぃ!クソ!!」
リヴィが悔し気に神機を振るうと、荒神はそれを躱してから神機兵を投げ捨て、開口部付近に構えていたリヴィとシエルとナナを警戒するように、身を低くして構える。
「なに、これ?前にヒロとリヴィちゃんが戦ったやつと、似てるけど・・」
「例の新種、クロムガウェインとは、少々異なりますね」
「油断した。すまない・・」
三人が構えると、後ろから荒神を斬り付けるように前に駆け抜けてきたヒロとギルが、三人の前へと並び立つ。
ザシュッ! ザンッ!
「ちぃ!効いてねぇのかよ!?」
「頑丈だね!」
ブラッドが揃ったところで、レンカから無線が入って来る。
『ブラッド、無事なようだな!今のところはそいつ1体だ!いけるな!?』
「やります!任せて下さい!」
ヒロが強く返事を返してから、全員へと声を上げる。
「ブラッド隊!荒神を、駆逐するよ!」
《了解!!》
そう言って皆はクロムガウェインが仮面をつけたような荒神へと、神機を前に攻め込んだ。
ヒロとの無線を切ったレンカは、そのまま周辺の警護に当たっている隊長格へと連絡する。
「こちら作戦指令室。開闢作戦に不測の事態発生。そちらは、どうなっている?」
『こちら防衛班タツミ。今のところは、問題はないが・・』
『極東前の第4部隊ハルオミだ。そうだな、こっちも特には変わってない』
『居住区周辺第1部隊コウタ。螺旋の樹が、より黒ずんで見えるっつう感じだな』
『フライア前のリンドウ。まだ、面倒なことにはなってねぇぞ』
全員の返事を聞いてから、レンカは小さく溜息を吐き、指示を出す。
「とにかく、今は現場の者に対応させる。皆、持ち場を離れぬよう頼む」
《了解!!》
レンカの連絡が済むのを待ってから、ソーマは息を洩らしてから思い切り壁を殴る。
ガァンッ!!
「見落としていたな。九条が考案したっていうこいつは、ラケルの『エメス装置』だ。まともに作動するモノを作って、野郎がラケル復活の為の隠れ蓑にしやがったんだ!」
「・・・そんな、馬鹿な・・・」
フェルドマンが膝をついて声を洩らすと、レアが目を細めて口を開く。
「九条博士は、妹を・・・ラケルを心酔していましたから。間違いないかと・・」
「・・・・・くぅ!」
自分の情報不足に、フェルドマンが拳を握り締めて、肩を震わせていると、ソーマは再び映像に切り替わったスクリーンを見つめながら、「ふん」と鼻を鳴らす。
「とにかく・・、今は目の前の事に、対処すべきだ。あいつ等のようにな・・」
彼の口にした「あいつ等」・・・ブラッドが戦う映像を見て、フェルドマンは情けなく地に手を付いてる自分に、涙を零した。
「動きが速いからと言って、捉えられない訳ではない!ナナ!1撃にそなえていろ!!」
「オッケー!!」
ナナに指示を出した後、リヴィは後ろへと回り込んで、グレネードのピンを抜く。
「リヴィ!20秒後で!」
「わかった!」
ヒロの言葉に答えてから、リヴィは盾を展開しその時を待つ。
その間に、荒神が背中の腕の刃を引っ込めたのを見計らって、シエルが空中へと舞い上がる。
「ブラッドアーツ、『ダンシングザッパー』」
ザシュッ ザシュッ ザシュッ・・・ザシュッ!!
空中を旋回するように斬り廻り、背中の腕2本に集中攻撃を浴びせる。
そこから彼女が退いた瞬間、ヒロとギルが背中の2本の腕の根元を狙って、思い切り神機を振り切る。
「はぁっ!!」
「おらぁっ!!」
ザンッ!!
グガガァーーー!!
斬り飛ばされた自分の腕を見て絶望したのか、荒神はその場でしばし動けなくなる。そこへ、グレネードと一緒に、目の前にリヴィが現れる。
「・・20秒。お前の、負けだ」
そう言ってグレネードを荒神の前に放ってから目を閉じて、ナナへと声を上げる。
パッァン!!
「ナナ!私の後ろにいるな!?」
「作戦通りだよ!リヴィちゃん!!」
グレネードの光を、リヴィで遮りながら、ナナがハンマーを大きく振りかぶって飛び込んでくる。
そして、光が消えたのを見計らって頭の上に振り下ろす。
「仮面、悪趣味だよ!!っと!!」
バキィッン!!!
地面に叩きつけられ、仮面が割れると、荒神はその場で動けなくなる。それをチャンスと、ブラッド全員で捕食形態に切り替え、大きな口を展開させる。
《はぁぁーーっ!!》
ガビュウッ!!!
五人が喰いつかせたことにより、ナナがコアを回収して、荒神は完全に沈黙した。
「おぉ?イエーイ!あたしの、勝っちー!!」
「勝ち負けじゃねぇだろ?ったく・・」
「いや、ナナの勝ちだ。偉いな」
「リヴィさんは、ナナに甘すぎます」
「ははは・・、一応任務中なんだけどな・・」
とりあえずの苦難が去った事に、ヒロは騒がしい仲間達に笑顔を見せる。
そんな彼等を見つめるように、黒い蝶が、ひらひらと開口部辺りを飛んでいた。
ラケル、再びです!