診療室のベッドの上で、青年は痩せ細った手で、泣き伏せる女の子の頭を撫でる。
「・・・エリナ。僕は、十分に生かされた。誰かの為に戦えたことを、誇りに思うよ・・」
「いや・・・・。嫌だよ!お兄ちゃん!」
しがみついて離れない妹・・エリナに、兄のエリックは優しく微笑む。
それから、自分の呼びかけに集まってくれた、仲間達へと顔を上げる。
「ソーマ・・・、ユウ・・、みんなも・・。来てくれて、ありがとう」
「エリック・・」
「良いんだよ、エリック。君の為なら・・」
ソーマとユウを先頭に、皆表情を曇らせた状態で、静かに彼の言葉に耳を傾ける。
「妹は・・・・エリナは、ゴッドイーターになると言っている。強情な子だ・・。きっと父の反対を押し切って、夢を現実とするだろう。・・・・僕のようにね。でも、僕はそれを見守ってやれそうにない。だから・・・、お願いだ・・。この子を、どうか導いてやって欲しい。ソーマや、ユウやリンドウさん・・・、みんなのように、立派なゴッドイーターになれるように・・」
「そんなこと・・、言わないでよ。死んじゃ、やだよ!お兄ちゃん!」
エリックは瘦せこけた頬をフッと緩ませて笑い、エリナの頭を撫でながら、皆を見つめる。
「・・・空木君。君のお陰で、今日まで生き残れた。後進を育成するならば、どうかこの子を・・」
「エリックさん・・。俺はあなたを・・、救えたわけじゃ・・」
苦い表情で俯くレンカに、エリックは笑顔のまま答える。
「救ってくれたさ・・。君のあの時かけてくれた言葉が、僕を戦士として生かしてくれた。・・・・それだけで、十分さ」
「エリックさん・・」
レンカに声をかけてから、エリックは改めて皆へと頭を下げる。
「みんな・・・、よろしくお願いします」
深々と礼をするエリックに応えるように、ソーマはエリナの頭に手を置いてから、小さく頷く。
「・・・・わかった。死なない程度に、鍛えてやる」
「・・・ソーマ、さん?」
エリナが顔を上げてソーマを見つめる様子に、エリックは満足そうに笑ってから、目を閉じて声を洩らす。
「ありがとう・・・、ソーマ」
それから半月後、エリック・デア=フォーゲルヴァイデは、短い生涯を終えた。
「・・・・あ・・」
自室のベッドで目を覚ましたエリナは、ゆっくりと体を起こしてから、頬を伝う涙を拭って、夢の内容を振り返る。
「お兄ちゃん・・・」
しばらく静かな部屋を見つめてから、エリナはベッドから起きだして、顔を洗う為に、洗面所へと足を運んだ。
団欒室に降りてきたエリナは、視線を巡らせて、ある人物を探す。
その人物が目に留まると、少し憂鬱だった気持ちをフッと軽くして、そこへと歩みを速める。
「なっ?頼むよ~、ヒロ。暇なんだろ?」
「それは・・、まぁ。・・・良いですけど」
非番だというヒロを捕まえて、リンドウはしきりに頼み込んでいた。
提出書類の整理を手伝ってくれと・・。
「よし!決まりな!いや~、持つべきものは、出来る後輩だな!」
「・・・ばれても、僕のせいじゃないですからね?」
「わかってるって!」
結局折れたヒロは、リンドウの手伝いを承諾し、溜息を洩らした。
そこへ、エリナが後ろからひょっこり顔を出して、ヒロへと笑顔を向ける。
「先輩!一緒に、訓練しませんか?私、今日は非番なんで!」
「あ・・、エリナ」
相手の予定もばっちり調べていたエリナが、任務中のシエルのいぬ間にと、声をかけたのだ。
そんなエリナに、リンドウは悪戯な笑みを浮かべて、彼女の肩をがっしりと掴む。
「そうかそうか~。エリナも、暇か~。ヒロ!一人手伝いを、確保だ!」
「え?な、なんですか?」
「はぁ・・・、エリナ。タイミングが悪かったよ・・」
「え?えぇ?」
なんのことか理解できずにいるエリナに、リンドウはニッと笑って見せてから、グッと親指を立てて見せる。
「訓練だよ!エリナ!」
極東の居住区の1軒に、女の子が泣きながら駆け込む。そして、中で編み物をしていた母親らしき女性へと飛びつき、顔を埋める。
「ひっく・・・うぅ・・、お母さん・・」
「あらあら・・。また、泣かされちゃったの?」
母親は優しく頭を撫でながら、女の子をあやす。
「だって・・・うくっ、だって~・・」
中々泣き止まない女の子に、母親は優しく笑顔で語りかける。
「ほら、いつまでも泣かない。こんな世の中になってしまったからには、女も強くならなくちゃ」
「・・・強く?」
「そうよ。男の子にも、荒神にも負けない・・・強い子。あなたなら、なれるわよ。お父さんと、お母さんの子供だもの」
「・・・っすん。・・・・・うん」
ようやく泣き止んだ女の子に、母親は自分の額を女の子のおでこに重ねて、小さく頷く。
「この世界に負けない、強い子になってね・・・・・。カノン・・」
この言葉を強く、重く心に刻みつけた台場カノンは・・・、その通りに、強くなった・・・・・。極東支部の影の最強、デンジャラスビューティーとして。
「あーはっはっはっはー!!死ね・・死ね死ね!クソ猿ー!!!」
ドォーンッ!!ドォーンッ!!
今日も絶好調にバレッドを撃ちまくるカノンを眺めながら、タツミはギルの肩へと手を置く。
「なぁ、ギル・・・」
「何っすか・・、タツミさん」
「俺達の任務、ここじゃないんだけどな・・」
「・・知ってるっすよ」
「・・・・・じゃあ、何で・・こうなった?」
コンゴウを完膚なきまで撃ち滅ぼすデンジャラスビューティー。だが、それは任務対象外で、たまたま通りかかった所で、後輩部隊が戦っているのを目撃したのが切っ掛け。
彼等が助けを求めたばっかりに、このような惨事(?)に、なってしまったのだ。
「お前達!早くこっちへ、避難しろーー!!」
《ひぃーーー!!!》
ブレンダンが後輩部隊に声を掛けているのを見てから、ギルは溜息を吐いて、灰となっていくコンゴウへと目を向ける。
「・・・・・結果、オーライじゃないっすか?」
「・・・・・結果、オーライなのか?これ・・」
タツミとギルは、爆発によって更地になっていくその場所を眺めながら、「始末書を書かなくては」と、心の中で思うのだった。
資料室にやってきたヒロとリンドウとエリナは、さっそく溜まりに溜まったリンドウの報告書を、1つずつ処理していく。
訓練と聞いて、ヒロと二人きりというのを我慢して付き合ったエリナは、大きな溜息を吐いてから、1枚目に目を通す。
「はぁ・・・。なんで、こんなことに・・・」
「ごめんね、エリナ」
思わず漏らした愚痴に、ヒロが謝ってきたので、エリナは慌てて首を横に振る。
「あ、いえ!先輩が謝ることなんて!?」
「そう?・・なんか、巻き込んじゃったみたいで・・」
すまなそうに苦笑するヒロを見てから、リンドウは声を殺して笑いながら、1枚目を終わらせて声を掛ける。
「おいおい、エリナ。もう許してやれよ?ヒロも謝ってることだしな~」
「な!?全部、リンドウさんのせいじゃないですか!?こんなに報告をサボって!」
苛立ちにエリナが立ち上がると、リンドウの横で、何故か手伝っているハルが口を挟んでくる。
「こらこら~、エリナ。女の子は、お淑やかにだぞ?」
「うっさいです!もう、ハルさんの言うことは聞きません!!」
「ははっ。まいったな~、ヒロ」
「それ・・、僕に振るんですか?」
笑って誤魔化すハルに話を振られて、ヒロは困ったように息を吐く。それから、自分の手元の報告書を見てから、資料を取りに、本棚へと移動する。
隣同士に座っていたヒロが去ると、エリナは名残惜しそうに手を伸ばしてから、拗ねたように席に着く。それから、改めて目の前の報告書を見つめる。
そんな彼女に、リンドウは作業をしながら声を掛ける。
「・・・ところで、どうだ?エリナ。ゴッドイーターには、慣れたか?」
「え?・・・・あ、その・・・・・・・・・はい。少し・・」
急に真面目なことを聞かれて、エリナは驚いて手を止めてしまう。
「そかそか。・・・お前さんが楽しくやれてないと、あいつに顔向けできないしな・・」
「リンドウさん・・・」
いつの間にか席を外したハルのお陰で、リンドウは思い出話を語れるようになっていた。
「ソーマやユウが面倒見てやれんのが、1番良かったんだが・・・。あいつ等は忙しいしな・・。二人共、たまに気にしてたしな。だが、その心配は無用だったか?」
「え、っと・・そう、ですか?」
「あぁ。・・・あいつのお陰だろ?」
そう言って、リンドウは自分の後ろを指差す。そこには、脚立に上って、資料を集めているヒロがいた。
それを目にして、エリナは恥ずかしそうに頬を染めて、「あ・・」と声を洩らす。
「あいつは、面白いな。見ていて飽きさせない奴等ばかりの極東でも、一際目立ってる気がする。お前さんも・・、惹かれてるんだろ?」
「・・・その・・、はい」
リンドウが茶化していないのを感じて、エリナは素直に頷く。そんな彼女に、リンドウは笑顔を見せながら話を続ける。
「その気持ちが、『兄』を求めてか。それとも・・・別の何かなのか・・。良い答えが、見つかると良いな」
そう言ってくるリンドウに対し、エリナはフッと微笑んでから、立ち上がって口を開く。
「もう・・・、答えは出てます。『兄』は、極東に沢山いますから!」
「・・・・そか」
エリナの笑顔に、リンドウは満足気に頷いてから、作業を続ける。
そして、立ち上がったエリナは、自分も資料を取りに行こうと、ヒロの側へと駈け寄る。
「先輩!私も資料、探したいんですけど!」
「あ、ごめんね。今降りるから・・」
エリナに言われて、脚立を降りようとするヒロ。それを見てから、ハルが脚立を押さえて、支えになってやる。
「ヒロ、気を付けて降りろよ?」
「ありがとうございます、ハルさん」
「むぅ!」
そんな二人のやり取りが面白くなかったのか、エリナも負けじと脚立の足を支えるために、手をかける。
「私が支えて上げます、先輩!ハルさんは、手を離してください」
「いやいや~。こういうのは、男の仕事だぞ。エリナ君」
「またそうやって、私のこと馬鹿にして!私もゴッドイーターなんですから、こんなこと訳在りません!」
「おいおい、揺らすなって。ヒロが落ちちまうぞ?」
二人が奪い合う様な形となり、脚立がガタガタ揺れ始めたので、ヒロはしがみついて下へと声を掛ける。
「ちょ、ちょっと二人共!?僕、まだ上にいるんだからね!?」
「ほら!?先輩が怖がってます!早く離してください!」
「こんなに揺れてる状態で離す方が、危ないだろう?とにかく、落ち着けエリナ」
一応は支えようとしている為か、脚立の揺れは、どんどん小刻みになっていく。そして・・。
バキンッ
「「・・・・あ」」
「へ?・・今・・・、へ!?」
二人が起こした振動が不可となってか・・。ゴッドイーター二人の馬鹿力によって、脚立の足が両側とも1段分、もぎ取られてしまう。
そうなると、当たり前だが・・・倒れる。
「あ・・嘘。ちょっとー!?」
ドカーンッ ガンッ ガンッ ガンッ・・・
「あら~・・」
「・・・・やば」
「いたたっ・・」
倒れた勢いで、本棚はドミノ倒しのように順々に倒れていき、最後にリンドウの目の前の本棚が倒れ、報告書を積んだ長机を破壊する。
ガシャーンッ!!
「・・・・・・・・こいつは・・・」
少し唖然としたリンドウは、そのまま三人へと振り返り、笑いながら頭を掻く。
「・・仕事するなって、天のお告げか?」
「「「・・・・すいません」」」
頭を下げる三人を見て、リンドウは可笑しそうに笑い転げた。
任務を終えたカノンは、顔をシュンとしながら、ギルの下へと歩み寄る。
「あの・・・・、すみません」
「・・いや・・、誰も死んでねぇしな。・・・良かった・・、かもな」
少し顔を引きつらせながら、ギルは目の前の更地を見つめる。
そんな彼に、後ろからげっそりとした顔で近付いてきたタツミは、ジト目でギルへと喋りかける。
「ギル・・・、甘やかすな。”これ”は、良くねぇよ」
「・・・・すんません」
「はわーーっ!!本当に、すいませんー!!」
彼の言う”これ”とは、目の前に広がる更地のこと。正確には、”元廃ビル街”だった場所である。数刻前まで・・・。
カノンの猛攻は留まることを知らず、先の後輩部隊を助けた戦闘から、バンバン撃ちまくっていった結果・・・・。
隕石でも振ってきたかのように、何も何もなくなってしまったのだ。
虚しく吹き抜ける風の音に、そのまま同行した後輩部隊は涙し、ブレンダンは「胃が痛い」と車に引っ込み、タツミは燃やされそうになり・・・と、その被害に、ギルは帽子を深くかぶってから、目を伏せる。
当の本人であるデンジャラスビューティーは、顔を手で覆って謝り続けていた。
「・・・・・どうすんだよ、これ。・・・なんて報告、すんだよ?」
タツミが肩を落としながら声を洩らすと、ギルがその肩に手を置いて、答える。
「俺が・・・・、報告しますんで・・」
それから、しばらくの間立ち尽くした後に、皆極東へと引き返した。
「いや~・・・・・・、すまん!」
「本当に、すいませんでした!」
俯いて肩を震わせるレンカに、代表して、リンドウとギルが頭を下げる。
もう怒りが何周も回ってしまったのか、レンカは口から低く笑いをこぼし始める。それに恐怖を感じてか、エリナはヒロの、カノンはギルの背中に隠れ、タツミとブレンダンは1歩後退り、ハルは苦笑いする。
「・・・・もう・・、いい。・・・・いいから・・。明日・・だ。明日、改めて呼ぶ・・・」
我慢をしているのか・・、頭の中を処理しきらないのか・・・。レンカの呟くような声に、皆敬礼をしてから、逃げるようにその場を後にした。
残されたレンカを伺っていた、作戦指令室の職員達は、「ひぃっ!!」と声を上げて目を反らす。
彼が握っていたデスクの角が、完全に握りつぶされていたのを目にして・・・。
逃げ出した廊下を歩きながら、エリナとカノンは同時に溜息を吐く。
そんな互いに視線を向けてから、情けなく声を洩らす。
「こんなんじゃ、先輩に嫌われちゃう」
「あう~。ギルさんに、駄目な子だと思われちゃいますよ~」
頑張り屋な二人の女性隊員の道は、険しい・・。
ちょっとしたオリジナルでした!
前作からエリックが宙ぶらりんな状態だったので、『あの場は助かったけど、負傷の為に偏食因子の適合率に耐えられなくなった』という事にしました。ケイトさんと同じですね。
次回は、レイジバースト編に欠かせない人を・・。