極東から遠く離れた山中。
手元のタブレット型端末に映される映像と見比べながら、ソーマは土をゆっくりとなぞる。
その指の先には、屈んでいるソーマをすっぽり収める程の、大きな足跡があった。
「どうですか?」
「・・あぁ、間違いないな。おそらく、2,3日以内のモノだろう」
「なら、明日には追い付けそうですね」
「そうだな・・」
近隣を警戒していたアリサと話しながら、ソーマはゆっくりと立ち上がり、車へと足を進める。それに合わせて、アリサも構えた神機を下ろして、後に続く。
「ん?おぉ!飯、出来てるぞ!」
キャンプの準備を済ませて待っていたリンドウが、手を上げて二人に応える。その隣で、何故か項垂れているヒロ。
その様子を見てから、アリサとソーマは溜息を洩らす。
「何したんですか?リンドウさん」
「あ?何もしてねぇぞ。なぁ。楽しかったよな?料理」
「・・・・はい・・。アクロバティックでした」
「・・・・そいつは、食えるんだろうな?」
ヒロの背中をバンバンと叩いて笑うリンドウに、アリサとソーマは『胃薬はあったか?』と考えるのであった。
その頃、極東では・・・。
団欒室での食事時、シエルとエリナは、ヒロのいない憂鬱な日々に、溜息を洩らしていた。
そんな二人の重苦しい空気に、慣れてしまった周りの者達は、いつも通りに談笑しているのだが・・。
しかし、この状況をほっとかないのが、やはり彼・・・真壁ハルオミである。
「よっ!お二人さん!溜息ばかり増えると、早くに老け込むって聞くぞ」
いつも通りに爽やかな笑顔で話し掛けるハルに、シエルとエリナはゆっくりと顔を向ける。
「ハルさん・・」
「ほっといて下さいよ・・」
そっけなく答える二人に、ハルは両の手を肩まで上げて、首を横に振り、わざとらしく息を吐く。それから、背中に『ドーン!!』とか効果音が付きそうな勢いで、カッと目を開き声を上げる。
「ほっとけないな・・。何故なら!ヒロは、可愛い女の子が好きだからだ!!」
チャーチャララチャ~♪ジャッジャン♪
「「・・・・はい?」」
《(また・・・始まった・・)》
二人が疑問に首を傾けていると、周りの全ての者が心の中で、別の意味で溜息を吐く。
「いいか?俺は・・・、ヒロの事はよ~くわかってる。好みの女性の、部位までもな!」
「「こ、好みの!?」」
《(あ・・・、食いついちゃった)》
ハルの発言に立ち上がったシエルとエリナ。そんな二人に、ハルはフッと笑って見せる。
「俺とヒロは、女性について語りあかした仲だ。・・・残念なことに、今好きな女の子がいるかどうかまでは、聞けなかったがな・・。だがしかし!あいつが女性の何処に、魅力を感じるかは、はっきりとわかっている!!」
「ヒロの好み・・・」
「先輩が・・魅力を感じるところ」
思わず後ろ脚を引いて構える二人。その勢いで、椅子がギギッと音を立てる。
そしてハルは、その答えをビシッと1点を指差して、高らかに宣言する。
「ヒロの好み・・・、それは!しなやかな、『手』だよ!!」
「「・・『手』!?」」
《(『胸』じゃないんかーーーい!!?)》
心を打たれたかのように驚くシエルとエリナ。だが、周りは心の中で、予想外な彼の答えに、ツッコんでしまう。
「わからなかったか?あいつが、もっとも女性を意識してしまう瞬間・・。それは、ジーナちゃんの・・・しなやかで真っ白な『手』だろ!?」
「「なっ!?・・・ジーナさん!?」」
「ん?・・あら、私?」
タイミングよく席に着いたジーナが、シエルとエリナを見る。それから、側に立つハルに視線を移動させてから、察したようにフッと笑みを浮かべる。
「ふふっ、そうね~。”ヒロ君”は、私にメロメロだから」
《(察してるーーー!!尚且つ、揶揄って楽しんでるーー!!)》
そんな彼女を、シエルとエリナは、悔しそうに睨んでから、団欒室から飛び出していく。
「おっ?元気になったみたいだな~」
「あら、もう終わり?残念・・ふふっ」
ハルとジーナだけが楽しんだだけのような件に、周りの者達は、『不憫な・・』と思うのであった。
ダダダダダッ
「ん~?・・・なんだ~!?」
「よろず屋さん!1番高級な、ハンドクリームいただけますか!?」
「私には、色白になる乳液下さい!!」
「な・・・・あ・・、ま、毎度~」
「『キュウビ』・・ですか?」
「あぁ」
食事後に、アリサが簡易シャワーを浴びている間に、ソーマはヒロへと、標的の情報を話していた。
「漢字で書くなら・・『九尾』だな。3本の尾と、奴が形成する6本の炎の尾・・。合わせて、9本の尾を持つことから、そう名付けられた。後はまぁ、極東の昔語りに出てくる化け物からも、取っているらしい。『九つの尾を持つ狐』・・」
「狐・・ですか。似てるんですか?」
「まぁ、見えなくはないな・・」
焚火に、拾って来た木片を投げ入れながら、ソーマは答える。
昔語りの化け物。それを想像しながら、ヒロは少しだけ身震いをする。ただ、彼の頭の中の化け物は、すでに狐ではなく恐竜に近いモノではあるが・・。
そんなヒロに、ソーマはフッと笑み浮かべてから、車の方を指差して口を開く。
「そろそろ交代だ。お前はリンドウを起こして、寝て来い」
「あ・・・はい。じゃ、じゃあ、失礼・・します」
妄想が膨らんだのか、ヒロはビクビクしながら、テントへと移動する。そんな彼の背中の頼りなさ気な雰囲気に、ソーマは戦闘の時とのギャップに苦笑するのであった。
「・・・・わぁっ!!!」
「きゃぁぁーーーーっ!!」
「はっはっはー!・・て、おい?ヒロー?」
「リンドウー!!」
朝方移動を開始した一行は、山道を抜ける手前辺りで、新しい足跡を発見する。
その足跡に手を当てて、リンドウは神妙に頷く。
「・・・んー。まだ新しいな・・。もう大分近くだろうな」
「わかるんですか!?」
「いや、わからん」
「・・・え?」
あっけなく否定されて、ヒロは固まってしまう。だが、その言葉に根拠があるかの如く、ソーマとアリサは自分の神機の準備を始める。
「ヒロさん。神機の準備を」
「え?あれ?・・・でも」
「こいつの感は、当たるんだよ」
長い付き合いの二人が言うのであればと、ヒロは慌てて自分の神機を準備する。それから、リンドウが四方を見渡してから、スッと指した方向へと、走り出す。
走り出して早々気になって、ヒロはリンドウへと声を掛ける。
「あの!リンドウさんは、神機を・・」
「ん~?おぉ、そういや~知らないんだったな。まぁ、すぐにわかるさ」
「は、はぁ・・」
意味深な笑いを浮かべるリンドウに首を傾げながら、ヒロは三人に遅れまいと、走る足を速めた。
瓦礫の中を慎重に移動するソーマは、目を凝らしながら舌打ちをする。
「ちっ・・・。探すのが面倒だな・・。ユウがいりゃ、すぐ見つけてきやがるのにな」
「その場合、あいつが一人で片を付けそうだがな~」
「そうですね。ユウは何にしても、早いですから」
三人がそうボヤくのを耳にしながら、ヒロは密かに興奮していた。
ユウの名前を聞くと、何故か体が熱くなる。
憧れの強い者に向ける純粋な感情は、彼の戦う原動力の1つとなっているのかもしれない。
しばらくの捜索の後、先頭を歩いていたソーマが、足を止めて手を上げる。
「・・・・いたぞ」
その言葉に身を屈めたリンドウとアリサに倣って、ヒロも頭を低くする。
ソーマが崩れた建造物の壁に背中を預けて、リンドウ達へと合図する。それに従って、三人も壁際まで駆けていき、隙間からそっと相手を伺う。
『原初の荒神』キュウビ。その体を丸めて、呑気にも寝息を立てている。
その様子に『しめた』と思ってか、リンドウは作戦を皆に伝える。
「寝ててくれるなら、それに越したことはねぇ。先手を打たせてもらうか。ソーマ、あいつの背後に回ってくれ。アリサ、銃型でキュウビの頭が狙える位置に陣を取ってくれ。そっちに意識は持ってかせねぇようにする」
「了解です」
「わかった」
二人が頷くと、リンドウはヒロへと顔を向け、軽く肩を叩く。
「ヒロ。お前さんは、俺と一緒に正面から行くぞ。1撃めは俺とヒロ、その後にソーマ。最後にアリサのバレッド。相手が動きを見せてからは、各自の判断に任せる。いいな?」
「了解です!」
ヒロの元気のいい返事に、リンドウは笑みを浮かべながら煙草に火をつける。煙を一吹きしてから、懐かしむように語りだす。
「アリサ、ソーマ・・・立派になったもんだな」
「・・何ですか、急に」
アリサが笑いながら聞き返すと、リンドウは煙草を咥えたまま、右肩を壁についてすがる。
「お前等と第1部隊をやってた頃が、懐かしく思えてな・・。きっと、ヒロの影響だろうな」
「え?僕、ですか?」
「あぁ。お前さんを見ていると、まだ新人だった頃のユウを思い出す。それを楽しんでたら、ソーマやアリサの事なんかも、思い出してな・・」
「リンドウさん・・」
ユウに似ているという言葉に、ヒロが感動していると、ソーマが「ふん」と鼻を鳴らしてから口を挟む。
「思い出話は、あいつを倒してからにしろ。そろそろ動くぞ」
「そうだな・・・」
そう言って、リンドウは煙草を捨てて踏み消して、自分の右手に体重をかけてから立ち、皆へと声を掛ける。
「手筈通り頼むぜ。いつも通りに行くぞ~。死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ、隙を見つけてぶっ殺せ。いいな?」
《了解!》
三人の返事に満足気に頷いてから、リンドウは右手に力を籠めだし、合図をする。
「よし!行くぞ!」
彼の言葉に、皆が持ち場へと移動しようとしたその瞬間、
ガラッ
「ん?・・・あら?」
リンドウの身体が、壁と一緒に傾いていき、そして、
ドカーーンッ!!!
「・・・・・あら~」
隠れていた壁が倒れて、リンドウはその壁に寝っ転がるように倒れて、間抜けな声を上げる。
壁が倒れる程の音が響いたので、当然・・・キュウビはゆっくりとその巨体を起こす。
「あ~・・・・はっはっはっはー。まいったな、こりゃ」
「「リンドウさん!!」」
「ちっ・・・、馬鹿が」
こちらの姿を目に捉えて、キュウビは低く構えてから、空に向かって吠える。
コオォォォォーーンッ!!!
相手がその気になったのを切っ掛けに、四人も即座に臨戦態勢に入る。
「もう!作戦が台無しじゃないですか!ドン引きです!!」
「ははっ。正面からやり合うしかなさそうですね」
「構わん・・。リンドウ、いいな?」
「しゃ~ないな。じゃあ、いっちょカマすか~」
リンドウは右腕から神機を形成し、その手に握る。
そして、全員に、戦闘開始の声を上げる。
「行くぞーー!!荒神を喰い荒らせーー!!」
《了解!!》
キュウビへと一気に駆け出して、皆神機を振り上げて斬りかかった。
一方、極東では・・。
「そうだな・・。ヒロは、ユウの強さに惚れ込んでいる。つまり!強い女も、きっと好きだ!!」
「負けません!シエルさん!!はぁぁーー!!」
「私がヒロを守ります!せぇぇーーーい!!」
「ハル・・・・。いい加減にしとけよ?」
シエルとエリナが、まだハルに踊らされていた・・。
やっぱり、リンドウさんはこうでないと・・w
すいません。
私の理想です!