『ラケル・・・・。貴女・・・』
『お姉様・・。これからも二人で、頑張りましょう・・』
フェンリル本部、査問会。
その場で、レア・クラウディウスの処分が言い渡される。
『今回の件、知らなかったとはいえ、君の妹君であるラケル・クラウディウスの取った行いは、赦される事ではない。よって・・・、身内であり、プロジェクト責任者でもある君には、罰を受けてもらわねばならない』
「・・・・承知しております」
ゆっくりと頭を垂れるレアに、査問委員長は静かに頷いてから、判決を言い渡す。
カンッカンッ
『レア・クラウディウス。本部にて、2週間の拘留を言い渡す。尚、神機兵の開発プロジェクトも、事件を起こした元凶とみなし、研究の一切を凍結とする。・・・フライアに残ったデータの処理に2日ほど与える。拘留前に、全てこちらへ提出する様に・・。以上だ』
「謹んで・・・、お受けいたします」
結果を聞き終えた傍聴席の者達が退席し、査問委員会も退席する。
一人残されたレアは、小さく肩を震わせて、しばらくの間立ち尽くした。
極東の支部長室に訪れたレアは、榊博士へと、事の顛末を説明していた。
聞き終えた榊博士は、静かに息を吐いてから、手を前に組む。
「そう・・ですか。やはりプロジェクトは・・・、凍結しましたか・・」
「はい。・・色々と、便宜を図っていただき、ありがとうございます。望む結果とはいきませんでしたが、榊博士のお陰で、研究者としては生き残れそうです」
「それは、良かった。貴女のような優秀な研究者を失うのは、非常に惜しい事ですから」
微笑んで見せる榊博士に、レアも笑顔で応え、もう1度深く頭を下げる。
「もう、行きませんと・・。フライアでの最後の仕事が、残ってますので」
「そうですか。・・・何かありましたら、連絡を・・。出来うる限りの、協力をさせていただきます」
「ありがとうございます。・・・では・・」
そう言って、レアは支部長室を後にした。
見送った榊博士は、少し心配な表情を浮かべてから、持ち上げた腰をゆっくりと下ろした。
守衛に許可証を確認してもらってから、レアは懐かしのフライアへと入っていく。
それ程時間が経っているわけでは無いのだが、壁や床、天井などに残された戦闘の跡に、彼女は改めて事件があったのだと認識させられる。
馴れた足取りで自分の研究室へと向かい、扉を開けて中を確認する。
螺旋の樹が発生した影響か、部屋は引っ繰り返されたように散らかっていた。
ゆっくりと屈んで、散らばった書類を拾い集め、それらを必要なモノと不必要なモノに分けていく。不必要なモノは、デジタルデータが存在するので、シュレッダーへとかけ、必要なモノは持ってきたファイルへと収めていく。
その作業を繰り返しているうちに・・。
ポタッ
「・・・・あ・・」
不意に涙が、書類へと零れ落ちる。
無駄な行為と自覚しながらも、どんな些細なことも紙に落としたレア。それを処理しだして初めて、『本当に終わった』と、思い知らされたのだ。
ラケルの反乱、本部での査問会・・。いくらでも落胆するタイミングは存在した。だが、自分の・・・父の研究の一部を処分することこそが、レアの夢を砕くスイッチとなったのだ。
「・・・うっ・・うぅ・・・。くっ・・・・ふっ・・うぅぅ・・・」
溢れる涙を止められず、レアは書類に顔を埋めて、泣き続けた・・。
自分の部屋を処理し終えた後に、レアは1日目の終了前に、庭園へと足を運ぶ。
本当に最後になるかもしれないと思って、ロミオに手を合わせに訪れたのだ。
もう日は落ちて、青い月が、螺旋の樹の影を落とす。
その中に、レアは人影を目に留め、足を止める。
「・・・・あの・・」
「え?」
振り返ってきた青年の顔がはっきりしてくると、レアは驚きに声を震わせる。
「貴方は・・・・・、神薙、ユウ・・さん?」
「・・・どこかで、お会いしましたっけ?」
名を呼ばれたユウは、ロミオの墓前からゆっくりと近付き、レアへと向き合う様に立つ。
「い、いえ!?・・・初めて、お会いしたと・・。フェンリルに身を置いて、貴方の事を知らぬ人間は、いませんから」
「そうですか。・・改めまして、神薙ユウです」
「・・・・レア・クラウディウスと、申します」
「クラウディウス・・。そうですか、あなたが・・」
自己紹介を返してきたレアの姓に反応して、ユウはゆっくりと礼をする。
それから、ユウはその場を去ろうと歩き出したところで、レアはハッとして彼を呼び止める。
「あの!?・・・何も・・、仰られないのですね・・」
「え?・・僕がですか?」
そう言って振り返ったユウに対して、レアは小さく頷いて口を開く。
「私の妹・・・ラケルが、極東支部に行ったこと。貴方の・・・仲間を傷付けようと・・・」
何故か上手く話せなくなったレアは、子供のように俯いてしまう。
極東が誇る最強の一人、神薙ユウ。
レアは、知らずに彼に、恐怖していたのだ・・。
(怒られるのが怖いなんて・・・・。何て幼稚な・・・)
口を噤んでしまった彼女を見て、ユウは少し考えてから、優しく微笑む。
「今回、事件を起こしたのは、あなたではないと伺ってます。僕があなたを責めることは、何もないかと・・」
「いえ!?それは・・・」
「責めて・・、欲しいんですか?」
「え?・・・・」
小さく首を傾げるユウに、レアはまたも言葉を失ってしまう。
「生きているあなたが負う罰は、査問会で出たはずです。僕みたいな一兵士が、口出しすることなんて、ありませんよ」
「・・・・・はい」
「・・・罰を欲するより、自分に出来ることを・・見つめて下さい」
「あ・・・・・」
彼の笑顔と言葉に、レアは目を大きく開いて驚く。
ユウの瞳に、並々ならぬ説得力を感じて・・。
「あなたを必要としてくれる人達は、必ずいますから・・。それでは・・」
そう言ってユウは、庭園から出て行ってしまう。
その言葉を噛みしめるように、レアは胸に手を当て、それをギュッと握り締める。
それから、ロミオの墓前へと移動し、目を閉じて祈りを捧げた。
2日目の午前中に、レアはラケルの研究室へと訪れた。
そこに静かに佇んでいた、彼女の車椅子を優しくなぞってから、彼女のPCにアクセスする。
パスワードはかけられておらず、データの吸い出しはあっさりと終了する。
そのあっけなさに溜息を洩らしてから、レアは小型のスタンガンを取り出し電流をを流す。
PCが煙を上げて真っ暗になると、大きく深呼吸をしてから、レアは誰もいない部屋に礼をして、出て行こうとする。
『・・・お姉様。・・・・・いずれまた、ね』
いないはずのラケルに声を掛けられた気がして、レアは足を止める。だが、それを振り切るように首を横に振ってから、扉を開け放つ。
「いずれは・・・来ないわ、ラケル。・・・・・さようなら」
そう口にしてから、レアは部屋を出て行った。
極東のヘリポートに移動して、レアは作業を終えたことを伝えると、パイロットはヘリに向かって移動する。
どこか名残を惜しみながら、レアは極東へとゆっくりと頭を下げると・・。
「あっ!!いたーーー!レア先生ーーー!!」
「・・・あ・・・・」
聞きなれた声に顔を上げると、彼女の胸に飛び込んでくるナナが目に入る。
彼女を優しく受け止めながら、レアはその後ろから歩いてくるヒロ、シエル、ギルに驚きの表情を浮かべる。
「みんな・・・」
「何も言わないで行かれるなんて、ひどいじゃありませんか。レア先生」
シエルが微笑みながら声を掛けると、ヒロとギルもフッと笑みを見せる。
「ラケルがいなくなっちまった今、ブラッドの身内はあんただけだ」
「僕等に・・・・家族に何も言わないで、行ってしまうつもりですか?レア博士」
「・・・・私が、家族・・?」
ヒロの言葉を確かめるように口にしてから、レアは胸の中のナナへと視線を向ける。
小さく震えるレアに、ナナは満面の笑みを見せて応える。
「あたし達のー・・・、お母さん?みたいな人でしょ?レア先生!」
「・・・私は・・・・・」
涙を浮かべて、口元を押さえるレア。そこで初めて、昨晩ユウがいった言葉に意味を見出す。
『あなたを必要としてくれる人達は、必ずいますから・・』
「貴方達が・・・・そう、なのね・・。私にも・・、まだ、あったんだ・・」
そう言葉を洩らしてから、レアはブラッド全員を抱き寄せる。その顔に、笑顔を確認してから、皆優しく微笑んで見せる。
ヘリのエンジンがかかり、プロペラが回りだす音を聴いてから、レアはブラッドの皆から手を離す。
それから、涙を拭ってから、敬礼をして見せて、笑顔でウィンクして見せる。
「みんな、行ってきます!・・・遠く離れていても、いつも貴方達を思ってるわ!」
そんな彼女に応えるよう、ヒロを先頭に並んだブラッドも、笑顔で敬礼をする。
「行ってらっしゃい、レア博士」
「向こうでも、達者でな」
「あたし、メール送るー!」
「いずれまた、必ずお会いできること、楽しみに待っています。レア先生」
四人の言葉に小さく頷いてから、レアは背筋を真っ直ぐに伸ばしてから、ヘリに乗り込んだ。
空高く飛び上がったヘリを、ブラッドは見えなくなるまで、見送り続けた。
拘留が明けて、レアは本部の廊下を早足に歩いて行く。
その先に見知った顔を目にすると、小さく頭を下げ去ろうとする。しかし、相手の方がそれを許さず、声を掛けてくる。
「やぁ、久しぶりだね。拘留期間を終えたと聞いて、様子を見に来たところだよ」
相変わらず白々しい事を口にするグレム元フライア局長が、レアの身体を舐めまわすように見つめながら話しかけてくる。
「ご心配の言葉、痛み入ります」
「そう、畏まらなくていい。君と私の、仲じゃないか?」
グレムは嫌らしく口を耳元に近付け、レアの肩に腕を回す。
「どうだ?・・・・そろそろ、身体が寂しくなってきたんじゃないか?」
そう言ってレアの胸に手を伸ばしてきたところで、彼女はその手を抓り、肩にかかった腕からすり抜ける。
「痛っ!・・なにをするんだ!?」
手を擦りながら睨みつけてくるグレム。しかし、レアは凛とした表情で睨み返し、口を開く。
「これ以上の行動は、セクハラとして訴えます。今後のご自身の立場の為に、自重したほうがよろしいかと・・」
「なんだと・・・。貴様、誰に!?」
「必要なら!前回の関係の一切を、公表しても構いませんが!?」
強い眼差しに、グレムは目を反らしてしまい、レアはそれを確認してから、再び歩き始める。
そんな彼女の背中に、グレムは周りの目も気にせず叫びだす。
「今の貴様に何が出来る!?研究を失って・・・。貴様に何がある!?何もない女に、いったい何が出来る!?」
そんな彼の叫びを耳にしながらも、レアはフッと笑みを浮かべ前に足を進める。
「・・・・帰りを待ってくれる、家族がいるわ・・」
そう声を洩らしながら、彼女は、自分に出来ることを見つめながら、前へと歩み続けた。
レア博士の話も、なんとなく書きたかったです。
彼女のこれからの為に、こんな話・・いかがでしょうか?