ジュリウスの力で、『終末捕食』が螺旋の樹に閉じ込められてから、1週間経った。
ヒロは起床してからしばらく、窓の外に見える螺旋の樹を眺めていた。
(君は・・・・今も、戦っているんだね・・。ジュリウス・・)
螺旋の樹の中、戦い続ける友を思うヒロ。
そんな彼の、特別な1日・・・。
少し遅めの朝食に降りてくると、団欒室で珍しい人に会う。
「ん?よぉ~、新米隊長~」
「リンドウさん」
珍しく団欒室で食事をとっている、リンドウと鉢合わせて、ヒロは隣の席に着いて、ムツミに声を掛ける。
「おはよう、ムツミさん。リンドウさんと、同じのを」
「は~い。少々お待ちくださいね~」
手早く準備をして、ムツミはお膳をヒロの前に置く。
「・・・・これだけ?」
「あ、はい。リンドウさん、お茶漬けだけですから」
そう言って下がって行ったムツミと、目の前のお膳を交互に見てから、ヒロは渋々箸をつける。
「ははっ。俺も歳かな~。朝は小食でよ。まぁ、食ってみろって」
「・・は、はぁ・・」
そう言って、ダシに漬かったご飯をほぐして、口の中へ掻き込む。
「・・・・あ、美味しい」
「だろ?」
しばらく黙って口の中へ流し込んでみると、空になる頃には、以外にも腹は満たされていた。
軽く息を吐いて手を合わせていると、リンドウが煙草を咥えて話しかけてくる。
「今回・・・大変だったな。俺は・・・ギリギリ駆け込んだだけで、たいして役に立たなかったからな・・」
「あ・・・・いえ。僕より・・・きっと、今も螺旋の樹の中で戦ってる、ジュリウスの方が、大変ですから」
「そうか・・・」
そう言ってから、リンドウは立ち上がって、軽くヒロの頭を撫でまわしてから、喫煙所へと移動する。
「なら・・・、あんまりシケた面、するなよ?笑顔だぞ~」
「え?・・・・」
そう言われて、ヒロは自分の顔を気にしだす。しかし鏡はないし、人に聞くのも気が引けたので、そのままトイレへと足を向けた。
「ん~・・・・・」
トイレの鏡の前で自分を見てみたヒロは、自分の表情が確かに硬くなっているのに気付く。
気付いてしまえば気になり、ヒロは頬の筋肉をほぐすように、伸ばしたり揉んだりしてみる。
そこへ、大便の所から出てきたコウタに、白い目で見られる。
「え?・・何?それ、新しい遊びか?」
「へ?あ!?こ、コウタさん!?い・・いや、これは・・」
慌てるヒロを見てから、そのまま鏡にも目を向けたコウタは、軽く溜息を吐いてから、手を洗い出す。
「誰かに、『シケた面、すんな』とか、言われたか?」
「え!?わかっちゃいます!?」
「図星かよ・・・」
洗い終わった手をハンカチで拭いてから、コウタは優しく笑みを浮かべてから、軽くデコピンを食らわせる。
ビシッ
「あたっ!?・・え?」
「顔の筋肉ほぐす前に、色々考えすぎてる、頭の中でも整理してみろよ?少しは、良くなるんじゃね?」
「は・・はぁ」
手を振りながら出ていくコウタを見送りながら、ヒロは自分が何か悩んでいるのかと、更に険しい表情になった。
「あ?表情だと?・・・それを、俺に聞くのか?」
「あ・・あはは~」
あんまりにも気にしすぎて、ヒロはついソーマに相談に来ていた。
しかし、彼に指摘された通りである。いくら棘が無くなってきたとはいえ、ソーマはそんなに表情が豊かな方ではない。
言われて今更気付いたように、ヒロは頭を掻きながら笑うしかない。
そんな苦笑いにも、ぎこちなさを感じ取ったのか、ソーマは溜息を吐いて立ち上がり、コーヒーを2つ用意してから、1つを手渡す。
「あ・・・ありがとう、ございます」
「取り合えず、無理に笑おうとしなくて・・良いんじゃないか?」
「・・・えっ?」
ソファーに腰を下ろしてから、ソーマはコーヒーに口をつけ、喋りかける。
「お前の今の悩みは、正直わからん。この際、どうでもいい」
「ひ・・酷い・」
「だが・・・・・、作り笑いは・・・見てる方が辛い・・・・らしいぞ」
「・・・・・・」
黙ってしまい、ヒロはコーヒーを飲み続ける。
自分は上手く笑えていないのかと認識すると、ヒロはコーヒーを一気に飲み干してからカップを置いて、ソーマに1礼して出て行った。
ほんの少しだけ・・・、恥ずかしくなってしまったのだ。
「・・・・それで、ここに来たんですか?」
「はい・・。このままじゃ、良くないと思いまして・・」
書庫にやってきたヒロは、「『上手く笑う方法』という本はあるか?」と、その場にいたアリサに聞いたのだ。
聞かされたアリサは、盛大に溜息を吐いて、眉間を指で撫でる。
「ヒロさん・・。はっきり言わせていただきますけど、そんな本は在りません。少なくとも、”ここ”には・・」
「そ、そうですよね・・。・・・あ、でも何で断言できるんですか?」
「へ?い、あ!?それは・・・・。いいじゃないですか!?」
「す、すいません!」
ヒロの指摘に過剰に反応を示すアリサ。以前探した経験が、あるからだが・・。
軽く咳払いをして、アリサは足を組みなおして、口を開く。
「あなたの悩みを解決する方法は、この書庫にはありません。・・・ですが、旧友に相談するのも、良いかもしれませんね?黙って聞いてくれる・・そんな、人に」
「黙って・・・・あっ!」
思い当たったのか、ヒロはアリサへと深々、頭を下げる。
「ありがとうございます!」
「・・・いいえ」
ヒロが去って行くと、アリサは暫く頬杖をついて、彼の出て行った扉を眺めた。
「・・・急だな。どうした?」
「あ、あの・・・・。ちょっと・・」
突然フライアへの訪問許可を求めてきたヒロに、レンカは肩眉を上げて、少し驚いて見せる。
しかし、断る理由も浮かばなかったので、レンカは手早く申請書を作成する。
「あの・・・急で、すいません」
「いや、構わない。お前は真面目だからな、たまには困らせられるのも、悪くはない。何か・・・思うこと、あるんだろう?」
「はい・・」
「なら、今日の休暇中に済ませて来い。・・・ほら。これを守衛に持っていけ」
そう言って渡された紙を受け取り、ヒロは笑顔を作って、1礼する。
「ありがとうございます!」
「あぁ・・。良い、休暇をな・・」
ヒロを見送ってから、レンカは少し考える様な表情をする。それに気付いたヒバリが、声を掛けてくる。
「あの・・・、どうされました?」
「ん?・・いえ。何でも・・」
そう言いながらも、難しい表情のままのレンカを気にしていると、ヒバリは無線を受けてから、驚きの表情を浮かべる。
「・・レンカさん!?この信号って!?」
「ん?どうしました・・?」
フライアの中へ入ったヒロは、すっかりボロボロになった壁をなぞりながら、庭園へと足を運ぶ。
ロミオと、ジュリウスに会う為に・・。
しかし、そこに先客がいるのを目にして、二人に話そうと思ったことが、頭から零れ落ちる。
「あ・・・あの・・」
「え?・・あら・・」
ロミオの墓前に花束を持ってきていたサクヤが、笑顔で立ち上がる。
「確か・・ヒロ君、だったわね?久し振り・・。ロミオの、葬儀以来かしら?」
「あ・・はい。サクヤさん。お久しぶりです」
丁寧に頭を下げるヒロに、笑顔のまま隣へと促すサクヤ。そして二人並んで座り、ロミオへと手を合わせる。
しばらく黙ってそのまま過ごしていたが、サクヤはゆっくりと立ち上がり、軽くヒロの肩を叩く。
「それじゃあ、私は行くわね?」
「あ・・もう、ですか?僕の事なら・・」
「話したいこと、あったんでしょ?ロミオに・・」
「それは・・・・」
口籠ったヒロを、目を細めて見つめてから、サクヤは頬を軽く抓ってぐりぐりと動かす。
「へ?・・ふぁ、はの・・・」
「こら!いい男が、台無しよ?・・・次に会う時には、いい顔見せて頂戴ね?」
そう言って手を離し、サクヤはウィンクしてからその場から去って行った。
残されたヒロは、軽く深呼吸をしてから、ロミオと・・・ジュリウスに話しかける。
「・・・ロミオ先輩、ジュリウス・・・また、来たよ」
そう口にすると、先程頭から零れ落ちたのとは違った、彼等に話したいことが思い浮かんでくる。
僕は・・・・、言われるまで気付かなかったよ。多分、事件が解決して、張り詰めてた気が緩んで・・・・、寂しくなったんだと、思う。
ずっと六人だったから・・・。
記憶を失くして、外の世界を駆けずり回っていた僕が・・・たった独りだった僕が、手に入れた大切なモノが、欠けてしまったことを、再認識させられたことに、落ち込んでいたんだと、思う。
やっぱり、寂しいよ・・・。ロミオ先輩・・・ジュリウス・・・。
でも、隊長の僕が、何時までもこんなんじゃ、駄目だよね?
だから、今日愚痴って・・・、明日から元気に、また頑張ろうと思う。
もしまた・・・、辛くなったら・・・。寂しくなったら、会いに来ても・・良いよね?
ロミオ先輩と、ジュリウスが守った世界を、今度は僕が・・守るよ。
それから・・・、
僕に、出会ってくれて・・・ありがとう。
極東に戻ってから、誰もいない訓練所に、ヒロは静かに入っていく。
電気をつけずに、ゆっくりと目を閉じると、ジュリウスと打ち合った日々が思い浮かぶ。
何だかんだと、ジュリウスとの訓練が1番多かったなと、今になって気付く。
ブラッドに入ってからの、自分を振り返ると、とても誇らしくなり、ヒロは自然と笑みを零す。
そこへ・・。
ヒュッ パシッ!
「っ!?・・・え?」
木刀が1本飛んできて、ヒロはそれを手にし、驚いてそちらへと顔を向ける。
天井の近くの窓から射す、青い月の光に照らされ、その人の顔を浮かび上がらせる。
「月が・・・綺麗だね。ヒロ・・」
「ゆ・・ユウさん!?」
「うん」
いつ戻ったのか・・・。神薙ユウが木刀を手に、姿を見せたのだ。
そして、笑顔のまま、ヒロへと優しく話しかける。
「・・うん。みんながいう程、ひどい顔はしてないね。でも・・、まだスッキリはしてないかな?」
「あの・・その・・」
戸惑うヒロへゆっくり距離を詰めてから、ユウは静かに木刀を前に構える。
「っ!?・・・・ユウ、さん・・」
「やろうか・・、ヒロ。少し体を動かせば、もやもやの解消になるかもしれないよ?」
「・・・はい!」
ヒロが木刀を構えたのを確認し、優しく微笑んでから、ユウは開始の合図に叫ぶ。
「本気で来なよ!?ヒロ!!」
「お願いします!!ユウさん!!」
そうして二人は同時に、木刀を振り下ろした。
ドサッ
ヒロが倒れると、ユウは軽く木刀を振ってから、戦闘の終了を示す。
そこへ、クレイドルとサクヤが苦笑しながら入って来る。
「や~れやれ。お前も、容赦ないな?」
「本当に。もう少し、手加減してあげるかと思ってたのに・・」
「ユウさんはレンカやソーマよりも、ある意味厳しいからな~」
「俺は、ちゃんと加減はしているぞ?」
「本気で言ってます?エミールさんが、本気であなたに恐怖してましたけど?」
「ふん・・・。なんでそんな面倒なことを、してやらなければならない」
「いや~・・・。ヒロ、思った以上に強いから、楽しくなっちゃって。ははっ」
クレイドルが揃って話しているその場で、ヒロは寝息を立て始める。
それに気付いて、全員彼へと注目する。
「ははっ。寝る元気があるなら、問題ないな」
「何か、笑ってるみたい・・。ふふっ」
「心配する必要、なかったかな?」
「ふっ・・、そうだな」
「きっと、彼も疲れていたんですね・・」
「まぁな。だが・・・、明日からは大丈夫そうだな」
「そうだね。・・・僕が、運ぶよ」
ユウがヒロを背中におぶると、二人の木刀をソーマが自然と手にする。そんな彼に、ユウは笑顔を浮かべたまま話しかける。
「ソーマ・・・・、この子は・・強くなるよ。きっと、僕やソーマよりも・・」
「ふん・・・・。知ってる・・」
そんな二人のやり取りに、他の者は驚きの表情を浮かべる。
が、すぐに微笑んでから、二人とヒロの周りに駈け寄る。
憧れの者達に囲まれて、ヒロの休日は過ぎていく・・・。
それは、彼の知らない、特別な1日。
こんな話でした!
疲れたヒロへ、ヤブレ同人作家モドキから、ちょっとしたプレゼント・・。
カッコつけすぎた・・。顔洗ってきますw