極東支部の装甲壁を挟んで、隣に停泊しているフライア。
そのヘリポートで、グレムは見送りに来たラケルとレアに、留守を頼んでいた。
「くれぐれも、よろしく頼むよ?それと・・・、わしの留守中は、わしの部屋には誰も通さないようにしてくれ」
「わかりました。その様に・・」
レアが深々と頭を下げたのに対し、グレムは深く頷いてから、ラケルへと視線を移動させる。
「ラケル博士。ジュリウス君は、どうしてる?」
「彼は、徹夜での作業が続いてましたので、今は休んでおります」
変わらぬ笑顔で答えるラケルに、今回は見てわかるように、グレムはしかめっ面で鼻を鳴らす。
「ふんっ!・・局長が出かけるんだ。礼儀ぐらい、教えてもらわないと困るな」
「彼も、重々承知しております。ですが、今が1番大事な時・・。彼に倒れられたら、局長もお困りでは?」
「わかっている・・・」
簡単にラケルに返されたのも腹が立ったのだろう。グレムは面白くなさげに、ヘリの奥へと入っていく。
ヘリが飛び立つのに合わせて、姉妹は頭を下げて見送り、それから、出入り口へと戻りだす。
「ラケル・・・。ジュリウスは本当に、大丈夫?私も暫く会ってないのだけど・・」
少し眉をひそめて、レアが心配を口にすると、ラケルはいつも通りの笑顔で、彼女の疑問に答える。
「大丈夫ですわ・・、お姉さま。彼は、元気に働いてくれてます」
「・・・・そう」
何故かそれ以上聞いてはならない気がして、レアは口を固く閉ざした。
自分の研究室で、報告書を作成していたレアは、ふと手を止めてから、大きく溜息を洩らす。
最近、ラケルとの接触が減ってきていることにだ・・。
姉妹であろうと、お互い研究者。自分の研究に没頭すれば、会わないことなどざらにあったはずだが、ここ数週間は、食事すら一緒に取っていない。
(ジュリウスとは、一緒にいるみたいだけど・・・)
彼に嫉妬しているわけでは無い。むしろ、彼も会っていないので心配している。
ロミオが亡くなる少し前から、何かが変わった様な・・・。レアは言いようのない不安に、静かに震える肩を抱いた。
コンコンッ
そこに、ノックの音を聴いて、レアはスッと立ち上がって、ドアまで足を運ぶ。
「はい」
「レア博士、私です。フランです・・」
「あぁ、フラン?入って」
ラケルでなくてホッとした部分を隠しながら、レアはドアを開けて、フランを迎え入れる。
「どうしたの?貴女がこんなところに来るなんて、珍しいわね?」
「いえ・・・。あの・・実は、少しご相談したいことが・・」
訊ねてこられるのも珍しかったが、相談されるのはもっと珍しいと、レアは驚きながらも、笑顔で応える。
「何かしら?私で役に立てるなら・・」
「はい。レア博士にしか、正直聞けない事です」
神妙な表情を見せるフランから、相談の内容を聞いていくうちに、レアの笑顔は、驚愕な表情へと変わって行った。
「黒蛛病患者の、受け入れ?」
ヒロが聞き返すと、ユノは笑顔で頷く。
支部長室に呼ばれたブラッドは、ユノがいるのにも驚いたが、その口から出た言葉にも驚いていた。
「治療の目処が、立ったということですか?」
「いえ。そう言う訳では、ないんですけど・・」
シエルに聞かれて、困った顔をするユノは、榊博士へと助け船を求める。それを笑顔で頷いて見せてから、榊博士が代わりに説明を始める。
「サテライト拠点や、ここ極東支部も、手狭でね。患者を受け入れる場所に、困っていたんだよ。そうしたら、ラケル博士が『フライアに受け入れましょう』という、話になってね。私からもお願いしたんだよ」
「そういうことっすか。・・・まぁ、元々部屋は有り余ってたんだ。役に立つなら、使うに越したことはないだろう」
ギルの返事にフッと笑んでから、ヒロも頷く。
「じゃあ、これでユノさんも、堂々とフライアを訪問できるね」
「え?・・・あっ!?・・その・・・、うん」
ヒロの言っている意味を理解したのか、ユノは少し顔を赤くしながら、小さく頷く。
フライアに入れれば、ジュリウスにも会える。・・・そう言うことだ。
皆が笑って和やかに過ごしていると、軽くノックの音で合図してから、レンカがブラッドへと声を掛ける。
「話し中、悪いな。ブラッド隊、そろそろ任務の時間だ」
その言葉に時計を見てから、皆少し慌てた様子を見せる。
「す、すいません!すぐに!」
「慌てなくていい。本日はギルとナナは、第4部隊と。ヒロとシエルは、タツミさんとジーナさんに合流してくれ」
《了解!》
軽く敬礼をして見せてから、ブラッドは支部長室を飛び出していく。
レンカも、残った二人に一礼してから、その場を後にした。
榊博士と二人になったところで、ユノは間が持たないと思ったのか、ポケットからトランプを出して見せる。
「あの・・ババ抜きでも、します?」
「私も、仕事だよ。ユノ君」
「ですよね~・・・」
恥ずかしそうに俯いてから、ユノもゆっくりとした動作で、部屋を後にした。
フランの相談を聞いてから、レアはフライアの集積場へと足を運んでいた。
(そんな・・・・、まさか・・!?)
自分の目で確かめなければ、納得が出来ないのが研究者。とはいえ、今回の件に関しては、誰もが同じ行動に出るであろう。
『今日フライアに運ばれた・・・いえ、以前から受け入れていた黒蛛病患者が、集積場に安置されてるカプセルに入ってるって噂・・・、ご存知でしょうか?』
黒蛛病患者を受け入れていることは、レアも知っていた。だが、フランに言われるまで、考えもしなかった。
患者が、何処に収容されているかなんてことを。
当たり前のように、療養施設を使っているものとばかり思っていた。しかし、フランの言うことが本当なら・・・。
集積場の扉の前まで来て、レアは自分のIDカードを、リーダーへと通す。しかし、
『Error』
「・・噓でしょ」
研究開発の最高責任者であるレアのIDを、管理システムは『Error』を吐き出したのだ。
「くっ!・・・・舐めるんじゃないわよ・・」
そう言ってから、近くの操作盤へと走り寄り、管理システムに干渉する。しばらく操作を続けていると、扉のロックを表す照明が、赤から青へと代わり、扉が開く。
それを目にしたレアは、そこへ飛び込むように入り込み、目の前に広がる光景に唖然とする。
・・・・フランの言ったことが、真実であった事に。
逃げるように部屋に戻ってきたレアは、扉を閉めて鍵をかける。
それから、腰が抜けたように、その場に座り込んでしまう。
(どうしよう・・・・。こんな事って・・・、いったい誰が?・・・ううん。本当は、私は気付いてる・・)
色んなことが一気に頭を駆け巡り、レアは年甲斐もなくカタカタと歯を鳴らしながら震えてしまう。
(どうしたら・・・。いったい・・・)
音をさせぬ様に指を咥えて、レアは必死に考える。そこへ・・。
ピピッ
「っ!!?」
自分のPCが、メールを受信したことを訴えてくる。
震える膝をゆっくりと持ち上げてから、レアはPCまでゆっくりと足を運ぶ。画面に映し出される、『unknown』の文字を目にして、おそるおそる開示ボタンを押す。
すると。
「・・・・なに、これ・・・」
打ち間違いか、文字化けか・・。メールは、内容を確認できなくなっている。
だが、レアは少し考えた後、そのメールの全文をコピーして、メモに映し出し、PCに繋がれた回線を引き抜いてから、そのメモの文字として成り立っているところを、抜き出していく。
それから、共通の文章などを重ねていき、ようやく1つの文章へと導く。
『お前は、極東の敵か?それとも、味方か?その答えを以って、エイジス近郊の港に来い』
誰が送ってきたのかわからない、メールの内容・・。
だが、レアは『極東』というワードに希望を見出し、自分の簡単な手荷物をまとめ、PCのメールとメモを削除し、電源がついたままの状態で、電源プラグを引き抜く。
PCが落ちたのを確認してから、レアは資材倉庫へと向かって走り出す。その途中の受付で、作業しているフランを見つけた彼女は、その場へ駈け寄り、彼女の手を引いて更に足を速める。
「え!?あ、あの・・、レア博士!?」
「黙ってついてきなさい!貴女も知ってしまっている以上、ただじゃ済まないわ!」
その言葉に青ざめてから、フランは必死に頷いてから、レアに送れぬよう走り出す。
資材倉庫で、適当な車に乗り込んでから、レアは扉の管理をしている人間にIDを見せて叫ぶ。
「早く開けて頂戴!急いで!!」
「は、はぁ。・・あの、どちらに?」
「何処だっていいでしょ!?早く!!」
「は、はいー!!」
扉が開くと同時に、レアはアクセルをふかせて、外へと飛び出していった。
車の助手席でシートベルトを閉めながら、フランはレアへと声を掛ける。
「博士?私が相談した・・・噂・・」
「噂じゃないわ。事実よ・・」
それを聞いて、フランは驚きに口を手で塞いで、もよおした吐き気を必死に抑える。
「・・・誰が・・・、そんな事を・・」
苦し気に洩らした彼女の言葉に、レアは厳しい表情で答える。
「・・・ラケルよ」
車はスピードを落とさず、エイジス近郊へと向かって走り続けた。
回収し終えたコアを確認して、タツミは無線を極東に繋ぐ。
「こちらタツミ。ヒバリちゃん、予定のコアの回収終わったよ」
『ご苦労様です。では、無事のお帰り・・』
「それでさ、戻ったらどう?俺と今日こそご飯でも・・」
『・・・・・・』
無線が切れているのに溜息を吐いてから、タツミは笑いながら指示を待つ三人に声を掛ける。
「・・・帰るぞー」
とぼとぼと歩き始めるタツミの後ろについて、三人は笑いながら話し出す。
「中々上手くいきませんね、タツミさん」
「あれはもう、病気みたいなものだから・・。ほっといても良いのよ?」
「でも、少しだけ不憫ですね。1度くらいは、ヒバリさんも受け入れられても良さそうですが?」
「それに関しては、タツミの自業自得な部分があるから・・・。後はヒバリちゃんの気が済んでからね。・・もう3年位立つけど」
聞こえるように言っているのはワザとと知りながらも、タツミは黙って歩き続ける。
しかし、あるモノを目にすると、その足を止めて皆へと声を掛ける。
「・・おい。あれ・・、フェンリルの車か?極東のじゃ、ないよな?」
タツミの言うモノを見ようと、三人は前へ進み出る。
そこには、確かにフェンリルのマークが入った車が横転しており、その周りをオウガテイルが囲んでいた。
「あれ・・・、フライアの!?シエル!」
「はい!」
シエルと共に駆け出したヒロに、タツミは頭を掻いてからジーナへと顔を向ける。
「どうするんだ?この場合?」
「あら?私達は、ゴッドイーターでしょ?荒神を倒して、一般人を守ればいいのよ。ふふっ」
「だよな!」
ジーナの答えに笑って見せてから、タツミは二人を追って駆け出し、ジーナはスコープを覗き込んで荒神へと引き金を引く。
ドゥオンッ!!
タツミとジーナに周辺を警戒してもらいながら、ヒロは運転席のドアを開ける。すると、
「・・・あ・・・、ヒロ君・・シエル・・・」
「レア博士!?」
どこかにぶつけたのか、頭から血を流しながら、気絶しているフランを抱いたレアがそこにいたのだ。
「レア博士!フランさんは!?いえ・・。その前に、博士も!?」
「私は・・、大丈夫・・。それより、フランを・・、この子を・・!」
必死にフランを手渡そうとするレアの手を取り、ヒロは勢いよく引っ張り上げて二人を抱きとめる。
「大丈夫ですか!?」
「え・・えぇ。凄いのね、ゴッドイーターって・・」
今更なようなことを口にするレアの頭に、シエルが応急処置にとガーゼを当てて、包帯を巻きだす。フランの方はジーナが診てくれて、大丈夫と笑顔で教えてくれる。
「ところで・・・。何でレア博士が、こんなところに?極東に用事なら、すぐ隣でしたけど?」
「・・・俺が呼んだからだ」
突然声が響くと、皆そちらへと目を向ける。
ゆっくりとした歩みで近付いてきた彼に、ヒロが驚きに声を洩らす。
「ソーマ・・さん?どうしてソーマさんが、レア博士を?」
ヒロの質問に目を閉じてから『待て』の意志を示してから、レアの前まで来て足を止める。
「そう・・・。貴方だったんですか、ソーマ博士。あ・・今は、ゴッドイーターのソーマ・シックザールさんとお呼びした方が?」
「どっちだって良い。・・・・その様子じゃあ、メールの答えは・・後者のようだな」
「・・・・・はい」
二人の話に首を傾げる四人であったが、ソーマがタツミに声を掛けて、その場を一旦収める。
「とにかく、極東に戻るぞ。タツミ。二人をお前等の車に、隠してから連れて入ってくれ。・・・・話はそれからだ」
「あ・・あぁ。わかった」
そうして移動を開始したところで、ソーマはふと後ろを振り返る。
しばらくどこかを睨みつけてから、彼も再び歩き始めた。
ソーマの見つめた先で、ゆっくりと起き上がる姿・・。
瓦礫に身を潜めていた神機兵は、踵を返して去って行った。
ここから更にクライマックスへ!
すぐ側での悪巧みって、わかんないものですよね~。
案外陰口に気付かなかったり、しますし・・。