GOD EATER2 ~絆を繋ぐ詩~   作:死姫

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25話 黒い痣

 

 

普段使われない資料室。

静かに時を刻む極東唯一の場所に、アリサは静かに入って来る。

自分だけだろうと思って軽く息をもらすと、先客が視界に映る。

「ん?あぁ、アリサか」

「レンカ。今日は事務仕事ですか?」

「あぁ。座るか?」

隣を促してくるレンカに、アリサは笑顔で応えながら、そちらへと足を運ぶ。席に着こうとスカートをたたんでいる姿勢で、ふとレンカの手元の資料が目に入り、アリサは真剣な表情を見せる。

「・・・・黒蛛病・・ですか・・」

「・・・あぁ」

そう答えて、レンカは資料を持ち上げて、写真に写るモノを見つめる。

極東の抱える2つの大きな問題。1つは感応種、そしてもう1つが・・・赤い雨による被害、黒蛛病だ。

「少し前にも、視察先で遭遇しました。住民は避難させて、大事には至りませんでしたが・・・」

「あぁ。雨に気を付けていても、そこを荒神が襲ってくれば・・・。2次、3次被害は免れない。こればっかりは、ゴッドイーターでも中々・・な」

溜息を吐いて資料をテーブルに落とし、レンカは眉間を押さえ、軽く揉む。そんな彼に苦笑しながら、アリサはスッと肩に頭を預ける。

「・・疲れてるなら、ちゃんと言って下さい。私が癒しに、なってあげますから」

「ん?・・・あぁ。ありがとう」

軽く流しているわけではないのだが、アリサには不満だったらしく、ぷいっと背中を向けて、タブレット型の端末を操作し始める。堅物レンカは疑問に思いながらも、結局離れないアリサに笑顔を向けてから、自分の仕事に戻った。

しばらくそんな時間が続いた後、アリサが思い出したかのようにレンカに聞いてくる。

「あ・・・そういえば、今日はブラッド隊の皆さんの姿、見ませんね?任務です?」

「ん?あぁ。彼等には、ユノさんの護衛で、第2サテライト拠点に行ってもらってる」

 

 

装甲壁でできた門を最小限に開け、車を中へと運ぶ。

降り立つと、そこはフェンリルの居住区に似た世界が広がっていた。

初めてサテライト拠点を目にしたブラッドは、皆物珍しそうに視界を巡らせる。

先に立って守衛と話していたサツキが、何やら紙に記入を済ませ、確認を取ってもらっている。

「えっと~・・・、はい。これで良いですか?」

「はい、ありがとうございます。サツキさんやユノさんは毎度の事なのに、どうもすいません」

「いえいえ。規則って、大事だと思いますよ」

そう言ってからこちらへと駈け寄ってきて、皆へと声を掛ける。

「お待たせ!それじゃあ、ブラッド御一行様、ご案内~!」

笑いながら横に並んで歩くユノと共に、サツキは奥へと進んでいく。それに逸れぬ様にと、ブラッドも後へ続いた。

 

奥に進んで行った一行は、ある建物へと入っていく。

中に入ると、何やら鼻を刺激する薬品の匂いに、包まれる。それに皆、本能的にそこがどこかを察する。

「・・・・ここは、診療所ですか?」

「隊長さん、ご明察」

ジュリウスの答えに、サツキが即座に切り返す。だが、それ以上は口を噤んで、「後は己の目で確認しろ」といった感じで、ある場所の前で足を止め、天井からかかった2重の幕を潜って、ドアを開ける。

中にも2重に幕が覆ってあり、その手前で防護服のようなものを渡され着替える。

そしてようやく中へ入って確認すると、そこはブラッドの知らない世界だった。

いくつものベッドが部屋ごとに並べられ、そこに横たわる人達。一見元気に振舞っている人もいれば、痛みから苦しみの声を上げる人。一番左端奥に至っては、暗くて何もわからないが、呻き声だけがこちらへと響いてくる。

ただ共通することは、全員・・・・体のどこかに、蜘蛛のような黒い痣があること・・だ。

「ここは・・・、黒蛛病の患者の為の、診療所です」

サツキの言葉に、ようやく理解が及んでか、ブラッドは全員息を呑み込む。

「ここに・・いる、全員ですか?」

おそるおそるヒロが聞くと、マスク越しでもはっきりわかるように、サツキは頷いて見せる。

「そうです。・・・・ただ、何も解決には・・・・なってませんが」

言葉通りの意味だろう。

時折ベッドを動かしては部屋の移動が行われ、空いたスペースには、また新たなベッドが設置される。そこから出ていく人は、防護服を着た者ばかりだ。

致死率100%。聞くよりも見る方が恐ろしいと、ヒロは黒蛛病の脅威に、息を荒げてしまう。

そんな中、慣れたように中へと入っていくユノ。そして、主に子供達を中心に、手を取りながら会話をしている。

その様子に微笑みながら、サツキは口を開く。

「あの子の習慣みたいなものです。ああやって、黒蛛病に苦しむ人の気が紛れればって・・・。サテライトの訪問も、半分はあの子のこれが、目的ですから」

「そう・・だったんですか」

ジュリウスはそう答えて、子供達と笑顔で話すユノから、目が離せずにいた。

 

 

日が落ちた頃に、ようやくサテライト拠点から出発した一行は、途中野営の為に設けられた区画に車を止め、テントを張って火を起こす。女性陣が食事の準備をしている間、男性陣は周りの警戒や、火の管理をする。

ナナやロミオ何かは、「キャンプだ!」とはしゃぎそうなものだったが、サテライトでの光景が頭から離れないのか、準備は静かに行われる。

皆揃って火を囲みながら、食事を済ませた頃を見計らって、ジュリウスが口を開く。

「・・私は・・・荒神を倒せば、世界は平和になると思ってました。しかし、世界にはまだ、荒神以外の脅威が存在するのですね・・」

彼の真剣な問いに、サツキは軽く息を吐いてから、自分の知る世界の話をする。

「この世から、荒神がいなくなったら・・・どうします?」

「え?・・・どう、と・・言われましても・・」

「荒神が今いなくなっても、きっとあなたの言う平和は、すぐには訪れませんよ」

「な!?何故ですか!?」

ジュリウスが思わず立ち上がったのを見上げて、サツキは目を閉じて見せてから、「落ち着け」と頷いて見せる。

それから、彼が再び腰を落ち着けたところで、サツキは話の続きを喋り始める。

「荒神は、世界の脅威です。私やユノの家族と言うべき大切な人達も、荒神によって殺されました。ですが・・・・・本当は、別の理由によって、殺されたも同然でした」

「別の・・・・理由?」

ヒロの声に視線を向けてから、サツキはその答えを口にする。

「フェンリルの・・・、非公式な実験によって、です」

《っ!!?》

まさかその名を耳にするとは思わず、ユノ以外の全員が、目を大きく開き驚く。

世界を救済すると謳うフェンリル。自分達が所属する組織の名を・・。

「当時私は、フェンリルの広報部にいました。当然、色んな筋からの情報網を持っていて、そこから知ったんです。『大がかりな非公式の実験が行われ、大多数の犠牲者が出た』ってね」

「そんな・・・。フェンリルが、まさか・・・」

「言い切れますか?あなた達の所属する、フライアの局長も、良い人間とは言い難いと思いますけど?」

グレムのことを言われると、何も言えなくなってしまうブラッド。それが答えだと判断し、サツキは話を続ける。

「当時の私も、怒り狂って『公表しろ』って、上司に打診しました。でも結果は・・・・まぁ、ここまで話せば、わかりますよね?」

《・・・・・・》

「皆が榊博士のように、良い人間なわけではないんです。フェンリルは・・。ですから、私は別の角度から戦うことを決めて、ユノとこうやって世界を回ってるんです。ね?ユノ」

「そうね・・・。これが、ゴッドイーターじゃない、私達の戦い」

皆が黙ってしまうと、サツキは立ち上がり、大きく背伸びをする。そして、お開きをする前に、最後の言葉を彼等へ伝える。

「これだけは、覚えておいて下さい。フェンリルという組織は、根が腐っているということを・・・。世界は、荒神がいなくなれば、即平和という訳にはいかないんですよ」

 

 

夜の見張りを買って出たジュリウスは、一人周りを警戒しつつ、サツキの話を思い出していた。

『荒神がいなくなれば、即平和という訳にはいかないんですよ』

自分は、ただ荒神を倒せばいいと・・・、兵士だからそれが仕事だと、そう思っていたのだ。

考えていなかった。本当に恐ろしいのは、その後生き残った人間なのだと・・。

学者の中には、こう唱える人がいる。

『荒神こそが、救済!世界を汚す人間達を、浄化する神なのだ!』と。

だが、それを認めてはいけない。ジュリウスはそう思い、頭を横に振る。自分達はゴッドイーター、荒神を倒すために生まれたのだから・・。

「また・・、難しい顔してる」

「え?・・・あ、ユノさん」

「こんばんは、隊長さん」

毛布を手に現れたユノは、1枚をジュリウスに渡し、もう1枚で自分をくるみ、隣へと腰を下ろす。

「ごめんなさいね。サツキは、ゴッドイーターは支持しているけど、基本的にフェンリルが嫌いなの」

「いえ。私も・・・色々と、勉強不足でした」

「その返しは、おかしいですよ」

ユノは声を殺して笑いながら、月を見上げて彼へと話し掛ける。

「私達はね、大切なモノを一気に失ったの。優しいお婆ちゃん、多くの親類、小さな弟と妹、そして・・・幼馴染を・・。たった一晩で全部がなくなり、絶望に心が折れそうになった」

彼女の遠い目を見つめながら、ジュリウスは止められない疑問を、考えた末に問うてみる。

「あの・・・・、何故立ち直れたのですか?」

「・・・・・・大切な人が、覚悟を示したから・・・かな」

そう言ってユノは、優しい笑顔をジュリウスに向ける。その瞳に吸い込まれたかのように、彼は何も言えずに見つめ返す。

「今は悩まなくても良いんです。あなた達に出来ることを、精一杯やって下さい。平和を願えば、いずれ繋がりますから・・ね。ジュリウス」

呼び捨てられてからハッとし、ジュリウスは我に返った気分になる。それから、彼女の優しさと強さに惹かれ、彼も笑顔になる。

「はい。必ず、繋いで見せます。・・ユノ」

「・・うん・・・」

それから朝日が昇るまで、二人は黙って月を見つめ続けた。

 

 

「はぁぁっ!!」

ザシュザシュザシュッ!!

追っていたヴァジュラを沈黙させ、捕食を済ませたジュリウスは、仲間の方へと振り返る。

「任務完了だな。それでは次に向かう」

「えぇーーっ!?ちょっと休もうぜ!?」

「いや、そうはいかない。コウタさんからの急ぎの要請だ。隊が分断されて、隊員のエリナさんやエミールさんが危険らしい。時間がない。すぐにヘリで飛ぶぞ!」

《了解!》

「うへぇ~!」

ロミオの嘆きも返事と判断し、ジュリウスは颯爽とヘリとの合流地点へと足を運ぶ。そんな彼の様子を見ながら、ナナは首を傾げて疑問を口にする。

「何かさ~、最近ジュリウスってば気合入ってるけど、何かあったのかな?」

「・・・さぁな。だが、良いことじゃねぇか。隊の士気が上がる」

ギルの返答に、ヒロとシエルも笑顔で頷き、前を行く隊長の背中を見つめる。

「そうですね。おそらくですが、サテライト拠点での1件以来かと・・」

「そうだね。ジュリウスにも、新しい目標かなんかが、出来たんじゃないかな?」

良かったと笑い合う四人に向かって、ロミオは疲れた足を引きずりながら喚き散らす。

「ついてくこっちの身にもなれってんだよ!出る前も訓練だったし・・・、俺はもうバテバテだよ!!」

そんな彼の腕を掴んで、ナナとヒロは引っ張りながら苦笑する。それを見て、ギルは溜息を吐きながら、皮肉を口にする。

「そういうことは、自分の足を動かしてから言うんだな」

「うっさいよ!お前みたいな体力馬鹿とは、違うんだよ!」

「ですが、空木教官もおっしゃっていた通り、神機を扱うのは人間ですので、体力作りは基本だと・・」

「だーかーらー!シエルはこのタイミングで、真面目なこと言わなくていいんだよ!わかってるよ!体力だろ!?ごめんなさいだよ!!」

皆が明るく話している先を走るジュリウスは、それを笑顔で見守りながら、途中携帯端末に送られてきたメールを、改めて目にする。

そして、内容を覚えるように読み返してから、目の前に見えてきたヘリを確認し、それをポケットへと押し込んだ。

 

『今日は北京支部で、慰問会を行います。ジュリウスも、今は任務ですか?無理せず、仲間と共に頑張ってね』

『ユノ』

 

 

 

 





戦争はどう終わらせるかが大事とよく聞きますが、対人間でなくとも、きっと同じだろうと思います。

真面目だな~。
難しい!


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