昼の出来事が気になってか、ヒロは眠れずにいた。
最初はベッドに入ってしまえば、自然と眠れると思っていた。しかし、結局何度寝返りをうっても無駄だと判断し、彼は起きだし、部屋を後にする。
水分を取ろうと、近くの自販機まで行くと、その前に設置された長椅子に、一人缶を傾ける姿が目に入る。
月の光に照らされるその顔に、ヒロは思わず声を掛けてしまう。
「・・・ハルさん?」
「・・ん?・・あぁ、ヒロか。よっ!」
手を上げて見せるハルの表情に、ヒロは昼間のことを聞こうか迷ってしまう。そんな彼の考えを読んでか、ハルは自分の隣を軽く叩く。
「座れよ。・・・昼間の、事だろ?」
「・・・・はい」
誘われるままに隣へと移動し、ヒロが腰を下ろすと、ハルはフッと笑んで見せてから、また外の月を見つめる。
「・・・聞きたいこと、あるんだろ?」
「何から・・、聞けばいいか」
「何でも、いいさ。今なら、お前には話してもいい気分なんだ」
「・・・・・なら」
そう前置きをしてから、ヒロは真剣な眼差しで質問する。
「赤いカリギュラに、何があるんですか?」
彼の問いに、ハルもまた真剣な目をして、答える。
「奴は・・・・、俺の嫁さんだった人の、仇敵だ」
「・・・・え?」
予想よりも更に重い答えに、ヒロは前に組んだ手に力を籠める。そんな彼の様子を知っていてか、ハルは少しの間を置いてから、昔の事を話し始める。
「俺がグラスゴー支部にいたことは、ギルから聞いてるか?」
「はい・・」
「その頃にな、俺は同じゴッドイーターで部隊の隊長をしていた、ケイト・ロウリーって女と結婚していた。強情な女でな、退役勧告を受けてたくせに、人員不足が解消されるまでって・・・、無理してゴッドイーターを続けてた」
ゴッドイーターにも、個人差がある。体内に取り込んだ偏食因子を、時間の経過とともに制御できなくなるといった事例もあり、そう言った人間は、退役勧告が下され、前線から外される。
無理を続ければ、当然オラクル細胞が暴走を起こし、荒神化するか・・・・あるいは、死も・・。
「そんなあいつを、当時部隊の隊員だった、ギルも気遣ってくれていた。『早く退いて、ハルさんと幸せになって欲しい』ってな・・」
「・・・まさか・・・・」
「その反応は、ある程度しか、ギルから聞いてないんだな。そうだ・・・。あいつが殺した上官ってのは・・・・、ケイトだ」
ハルの名前を出されなかったことに、少し疑問に思っていた。だけど、どこかでホッとしていたヒロは、その思慮の足らなさに、悔し気に目を閉じる。
ハルは月に目を向けたまま、小さく溜息を吐きながら、苦笑いを浮かべる。
「わかってんだよ。あいつの活動時間がギリギリだったこと、腕輪を壊され浸食が始まっていたこと、そして・・・・・あいつ自身が望んだ事ってのも・・」
「ハルさん・・」
口にしてしまったと後悔してか、ハルは表情を隠すように手で顔を覆う。
「でもな・・・、仇敵が見つかったって知っちまってから、ギルの・・・あいつの顔をまともに見れねぇ。どうしたらいいかも、よくわかんなくなって・・・くそっ!」
「・・・・・」
こんな時どんな言葉をかければいいのか、頭の中を引っ繰り返して考えて、ヒロは閉じていた目をゆっくりと開けて口を開く。
「・・・・仇、取るんですよね?・・・・・・僕も、行かせて下さい」
「・・・・ヒロ、お前・・・」
ヒロの申し出に、ハルはゆっくりと顔から手を離す。
「僕は、ギルやハルさんの苦しみは・・・わかりません。きっと、そんな経験が無いから・・・だと思います。けど・・・・・今、二人だけで行かせたら、僕は後悔すると思います」
「・・・・・・いいのか。お前には、何の因縁もない相手だぞ?」
そう言ったハルの真剣な眼に応えるように、ヒロもまた、真剣な眼を向ける。
「行かないで後悔するよりも、行って一緒に死ぬ方がマシです」
月明かりに照らされたヒロの姿に、ハルは・・・神薙ユウの影を見た気がした。
『どうせ後悔するなら、生きて後悔しましょうよ。ハルさん』
ハルは目を閉じてから微笑み、それからヒロのおでこを軽く叩く。
「あいたっ!」
「ばっか。お前とは、死んでやんねぇよ」
「ハルさん!・・」
「だから、一緒に生き残ろうぜ。ヒロ」
そう言ってから月に視線を戻したハルに、ヒロは口の端を浮かせてから、強く頷く。
「・・はい!」
情報のあったエイジス島近くの港に、ハルとギル・・・そして、ヒロはやってきていた。
赤いカリギュラの出現した場所から推測し、エイジス近くと当たりを付けたのだ。
「・・・・何で、お前まで来てんだよ?」
「良いでしょ?一人でも多い方が」
笑顔で返してくるヒロに、ギルは舌打ちをして顔を反らす。そんな二人に、ハルは頬を伝う汗を拭ってから、自分の目の前の事を、伝える。
「・・・よぉ、お二人さん。極東は本当に、優秀だな。・・・・当たりだ」
ギャオォォォォッ!!!
見降ろす形で発見した標的、赤いカリギュラは、自分の威厳を示すように、高らかに天に吠えて見せた。
その姿に、ギルはキッと睨みつけ、ハルは静かに神機を握り直す。
そして、ヒロは・・・・、強い意志をもって、前へと進み出る。
「行くぞ!ギル!ヒロ!」
「「了解!!」」
ガキイッ!!
「くっ・・・、そ!!」
腕の鎌に攻撃を弾かれて、ハルは距離を取ってから、ギルに声を掛ける。
「ギル!足を狙え!」
「了解!つあっ!!」
ザシュッ!
ギルの放った1撃で、赤いカリギュラは膝に傷を付ける。
それを不味いと思ったのか、カリギュラは大きく唸り声を上げて、その口から炎の渦を吐き出す。
「しまっ・・!!」
グゥォーーンッ!!
「ギル!!」
壁に叩きつけられ、耳をやられたのか、ヒロの声は届かない。
立ち上がれないでいるギルに近付かせまいと、ハルは銃形態に切り替えて牽制する。しかし、その速さに追いつけず、カリギュラは着実にギルへと迫る。
「ちぃっ!ギル!立て!聞こえねぇのか!?」
「う・・・あっ・・」
後もう1歩っで、その爪が届く・・・・というところで、
キィィンッ!!
ガァァウッ!!
「まだ、終わりじゃないよ・・・ギル!!」
ヒロの神機に阻まれて、カリギュラは後ろへと大きく退く。
自分の邪魔をしたヒロを睨みつけながら、顔に張り付いたトサカのようなものを広げて威嚇してくるカリギュラ。しかし、そんなヤツに怒りを込めて、ハルは睨みつけながら口を開く。
「てめぇ・・・・・、やっぱり持ってやがったか・・・」
「え?・・・・あっ!?」
ハルの言葉に、ヒロは視線を巡らせ、あるモノを見つける。
カリギュラの肩口に刺さった、一振りの神機を・・・。
「上等だぁ!!俺の嫁の形見、還してもらうぜぇ!!!」
そう叫んでから、ハルは神機を構えて走り出した。
「・・・る・・・・、ギル・・・・!」
「うっ!・・・・・あ?」
「ギル!!聞こえる!?」
「くぅ・・・・・・ヒロ、か?」
聴力が戻ってきたのか、ギルはヒロの方を向いて、答える。それを確認してから、ヒロは神機を構えなおして、喋りかける。
「良かった。・・・でも、もうそろそろ立って貰わないと、ハルさんがヤバいかも」
「なに!?」
言われるままに視線を動かすと、カリギュラに飛び掛かるハルが目に入る。怒り狂ってお構いなしなのか、攻撃を食らおうとも、相手との距離を取らない。
冷静な彼に似つかわしくない姿に、ギルは必死の形相でヒロへと叫ぶ。
「何でハルさんを、一人で戦わせてんだ!事情はわかってんだろ!?あいつを相手に、冷静さを失ってる!まさか・・・、今更遠慮してるなんて!」
「気を失ったギルを放って、離れる訳にはいかないでしょ」
「な!?・・・・・俺の、為に・・」
自分を守るために、残っていた。その事実を理解してから、ギルはゆっくりと視線を落とす。
「・・・もう行くよ、ギル。・・・・生きて、帰るよ!」
そう言い残してから、ヒロはカリギュラに向かって走り出す。
彼の背中を目で追いながら、ギルは拳を握り締めて、地面を殴りつける。
(くそっ!・・・また、足手まといに・・・。また、何も出来ないのかよ!)
悔しさに体を震わせながらも、ギルは壁に手を掛け、救ってくれた人の言葉を、思い出す。
『君は、戦う力を持っているのに・・・諦めるの?君の思いは、その程度なの?・・・・違うでしょ』
「そうだ。・・・こんなところで、諦めてたまるかぁーーー!!!」
気力を振り絞って立ち上がったギルを感じながら、ハルは口の端を浮かせて声を洩らす。
「・・そうだぜ、ギル。俺達は・・・・、止まっちゃいけねぇ!」
ハルの撃ち込んだバレッドが、カリギュラの横っ面に炸裂したのに合わせて、ヒロは左腕の鎌を斬り飛ばす。
ザンッ!
グアァァーーーーッ!!
やられたことに動揺してか、カリギュラはがむしゃらに腕を振り回す。それを咄嗟に刃で受けようとしたのが失敗だったのか、
ガキィィッ!!
「うっ・・くそ!」
神機を弾き飛ばされる。
「なっ!?ヒローーー!!」
目の前の出来事に焦りを覚え、ギルは大声で彼の名を叫ぶ。しかし、ヒロは最悪の状況に冷静さを欠かず、敵の姿をその目から逃がさない。
そして、仲間の名を叫ぶ。
「ギルーーーー!!!」
「っ!!?」
(この状況で・・・・、俺を信じてるっていうのか?・・・お前は)
考えるより動いた足を、1歩でも速く・・・。
ギルは神機を構えて、走り出す。
それに応えるように笑って見せるヒロの姿に、ギルは・・・自分が最期を看取った、ケイトを見る。
『ギル・・・信じてる』
振り下ろしてきた拳を、体を反転させながら飛び避け、ヒロはカリギュラの腕を踏み台に飛び込み、大きく振り上げた右足を振り下ろす。
「ケイトさん・・・、僕等に力を!!!」
そう言って、ケイトの神機に叩き込む。
ブジュウッ!!
ギャァァーーーッ!!!
より深く刺し込まれたケイトの神機に、カリギュラは肩を押さえて、苦悶の声を上げる。そこへ、ギルがスピアに力を込めて、突き出す。
(ケイトさん・・・・ユウさん・・・。俺は、今度こそ守りたいんだ!だから・・これは、この1撃だけは・・・・・・・、ヒロを、ハルさんを護るために!!!)
「とどけぇぇぇーーーーーー!!!!」
ズォンッ!!!!
辺りに強烈な音を響かせ、ギルの神機は・・・・カリギュラの胸に穴を穿つ。
それがとどめとなったのか、赤いカリギュラはゆっくりと膝をついて、倒れる。
相当な威力だったのか、その勢いによって、ケイトの神機は宙を舞い、ハルが腰を下ろした隣へと突き立つ。
肩で息をするギルの元に、ヒロはゆっくりと近付いて、手を伸ばす。
「・・・・生きて、帰れそうだね」
「・・・・あぁ。何とかな」
そう笑顔で応えてから、ギルはヒロの手を取って立ち上がり、優しく微笑んだ。
久方ぶりの再会を果たしたケイトに、ハルは静かに笑んでから、話し掛ける。
「なぁ、ケイト。俺も、聖人君子じゃないから、ずっとギルの事・・・お前の事が、引っ掛かってたんだと思う」
何も答えないケイトの分身。しかし、どこか笑っている気がして、それを想像しながら、ハルは続ける。
「でもな、あいつが・・・あの若いヤツのお陰で、ギルが前を向いて歩き出したんだ。だから・・・・・・俺も、いつまでもくすぶってないで、前に・・・・進むよ。・・・・いいよな?ケイト。・・・・まっ、気長に待っていてくれよ」
『・・・・待ってるよ、ずっと。ハル!』
ケイトの声が聞こえたような錯覚を覚え、ハルはゆっくりと立ち上がり、その足をヒロとギルの元へと向ける。
そして、二人の肩をガッチリと捕まえてから、顔を確認して、笑顔を見せる。
「おしっ!んじゃあ、帰るか!!」
ハルの笑顔につられてか、ヒロとギルも、満面の笑みを浮かべた。
キイィィィィンッ!
「お、おい・・これって・・」
「あ・・・、ギル?」
「そうですか。・・・ギルも」
「・・・ふっ。問題解決・・か」
ギルの心の靄は、今日晴れたのだった。
「ヒッバリちゃーん!今日も元気に、お仕事終わらせて・・!」
「ブレンダンさん、報告お願いします」
「あ、あぁ・・」
今日もまた、防衛班の応援に出ていたヒロとシエルは、日に日に悪くなっていくヒバリの対応に、苦笑している。
そんな時、ふと目を向けた先でヒロは、ギルとハルが一緒にいるのを見つける。二人笑いながら話をする光景に、ヒロは優しい気持ちに微笑む。それに気付いたシエルが、彼の視線の先を確認してから、自分もフッと笑顔になる。
「ヒロ。何か、良いことありましたか?」
わざとそうやって聞いてみると、ヒロは小さく頷いてから、目を閉じる。
「うん。とても、良いことがね・・」
いつも通りタツミを引きずって去るまで、ヒロとシエルは、ギルとハルの笑う姿を、眺め続けた。
ギルの話は、こんな感じで・・。
次は、少しコメディ色でいきます!!