非番をもらったヒロは、緊急の呼び出しまで自由ということを、同じく非番のギルに伝えようと、極東内を歩き回っていた。
もう随分とフライアに戻ってないなと、すぐそこにある古巣を思いながら、窓の外を眺めながら歩いていると、
「よっ!副隊長さん!」
「あっ・・、ハルさん」
一人長椅子に座って足を伸ばしている、ハルに呼び止められた。
手招きされて近寄って行くと、ハルはスペースを作って、ヒロを隣に促す。
「今日は、天気が良い。時間が空いてるなら、一緒に日向ぼっこと洒落込まないか?」
「それって、洒落てるんですか?」
「ふっ、青いな。お前にも、人生の楽しみってのを、教えなきゃいけないらしい」
そう返されては断れず、ヒロはハルの隣に腰を下ろし、外の景色を眺める。
少し強めの日差しを浴びながら、目を閉じてみるヒロ。何となく落ち着く以外、特に感じないなと思っていると、隣で見透かしたように、ハルが喋りかけてくる。
「わからないか?この日差しの暖かさが・・。この何とも形容しがたいこれに、俺は似ているモノを知っている。何だか、わかるか?」
「え?・・・わから、ないです」
疑問に思って隣へと顔を向けた時、ハルはクワッと目を大きく開いてから、ヒロの肩へと手を置き、答える。
「女性だよ」
「は?」
「女性に包まれた時の、あの何とも言えない胸の高鳴り・・・そして、温もり。若かりし頃の青春を忘れるなと言わんばかりに、照らしてくるこの光こそ正に、女性そのものと言っても、良い様に思える。いや、いい!」
「・・・・はぁ・・」
『何を言い出すんだろう、この人は』という風に、目を点にしてから聞くヒロ。極東には、本当に変わった人しかいないと、彼は痛感してしまう。
と、そこへ・・・。
「ハルさーん!そろそろ、行きますよー!?」
「ん?おぉ、そうだったな」
ハルを呼びに、ピンクの髪をなびかせて、駈け寄ってくる女性が現れる。初見だったのを見抜いてか、ハルは彼女の隣に立って、ヒロへと紹介する。
「この子は、台場カノンちゃん。俺と二人っきりの、第4部隊の隊員だ。以後、よろしくやってくれ。カノン、こいつはブラッドの副隊長で、神威ヒロっていうんだ」
「あっ、ブラッドさんの!初めまして!台場カノンと言います。よろしくお願いしますぅ」
「あ、神威ヒロです。よろしくお願いします」
二人が礼し合ってるところを見て、「若いな」と意味なく口にしてから、ハルはカノンを連れ立って歩き始める。
「じゃあな、ヒロ。また、神秘について、語り合おう」
「え、いや・・はぁ」
「神秘って、なんですか?」
カノンの質問に笑いながらはぐらかしつつ、ハルは去って行った。
彼の登場に、完全にペースを狂わされたヒロは、自分がギルを探していたのを思い出し、急ぎ足でギルの捜索を再開した。
訓練所近くの休憩所を覗いたところで、ヒロはようやく探し人のギルを見つける。
訓練をしてたのか、汗をタオルで拭きながら、ヒロに気付いて手を上げてくる。
「よう。お前も訓練か?」
「ううん。ギルを探してたら、神秘について語られてた」
「・・何だそりゃ?」
ヒロの返事に首を傾げてくるギル。その隣に、ヒロは腰を落ち着け、要件を話す。
「今日僕とギルが、非番だって。緊急の要請があるまで、自由にしていいってさ」
「そうか。今からヒバリさんに聞きに行こうと思ってたところだったから、丁度良かった」
そう言って立ち上がり、設置されている怪しい自販機の前で、スポーツドリンクを2本買ってから、ギルは片方をヒロへと投げる。
「気前、いいね」
「・・ロミオとナナには、黙ってろよ?」
そう言ってからプルタブを鳴らし、中身を喉へと流し込む。ヒロもありがたく頂戴し、彼に倣って一口飲み込む。
何となく会話のない時間を過ごしていると、ギルが沈黙を破るように口を開く。
「なぁ、ヒロ。・・お前がユウさんに会った時ってのは・・・」
そこから言葉が出ないのか、ギルは黙ってしまう。
そんな彼に、ヒロは自分なりに考えて答える。
「・・・僕がユウさんに会ったのは、もう2年位前になるよ。まだ、外で生活してた頃に、荒神に襲われてるところを助けてもらった時に、ね」
「お前・・・、外で暮らしてたのか・・」
「うん」
彼の経歴の1部分を垣間見て、ギルは自分も話さねばと思い、自分の事を話し始める。
「俺が・・・、グラスゴーで何て呼ばれてたか、知ってるか?」
「ううん。知らないけど・・」
「『フラッキング・ギル』。『上官殺しのギル』って、呼ばれてたんだよ」
「上官・・・殺し・・?」
その異名に、ヒロも目を大きく開き驚く。それも想定内といった感じで、ギルは話を続ける。
「俺は、ある任務で追い込まれ、それを救ってくれた上官を・・・、この手で・・・殺したんだ」
「・・・・・どうして?」
特に声色を荒立たせるわけでもなく、ヒロが普通に聞いてくれたのを嬉しく思ったのか、ギルは苦笑いを浮かべて答える。
「彼女の・・・上官の、腕輪が破壊されたからだ。ほっとけば、彼女は荒神化していた。そして・・・・・彼女自身に懇願され、俺は・・・・・・彼女を!」
「もういい!」
徐々に高ぶっていた気持ちを制されて、ギルはヒロへと顔を向ける。彼は切なげな顔で、すまなそうに目線を落としている。
「ごめん。・・・・嫌だったよね・・、言うの」
「・・・・馬鹿。お前が、謝ること・・・」
少しの沈黙の後、ギルが再び話し始める。
「1つの事件として、俺は本部の査問にかけられ、2ヶ月の拘留後に、不問となった。でも、誰も俺とは任務に行きたくないって・・な。当然だ。誰だって、命は惜しい」
「ギル・・・」
その頃の自分を思い出したのか、ギルは苦笑いを浮かべ座り込む。
「腐ってたよ。何もかも、嫌になってな・・。さっさと死なねぇか?なんて、自棄になって任務に向かってた。そんな時だ・・・、ユウさんに会ったのは」
そこで本来の話題の人物の名前を耳にし、ヒロも自然と食い入るような姿勢になる。
「ユウさんは、サテライト拠点の計画を持ち込みに、グラスゴーを訪れてた。そんな時に、荒神の大群が出現してな。運の悪いことに、手の空いてるのが俺一人ってなわけで、二人でそいつらを相手することになったんだ」
壁だけが切り立っている古城跡で、ユウは近付いてくる荒神を確認してから、ギルへと目を向ける。
「じゃあ、よろしくお願いしますね。ギルバートさん」
「・・・・うるせぇ。俺は、勝手にやらせて貰う」
ユウの挨拶を一蹴してから、ギルは単独で荒神に突っ込んでいく。しかし、
ガッ
「・・・・どういうつもりだ」
ユウに腕を掴まれ、その足を止められる。
睨みつけようと視線を向けた時、ギルは思わず腰が引けてしまう。さっきまでの優しい顔とは一変して、ユウが怒りを露わに睨みつけてきたからだ。
「どういうつもりだって?それは、こっちの台詞じゃないかな?二人しかいないのに、何で単独で突っ込むの?」
「・・ちっ。てめぇには、関係ねぇだろ」
「そう。・・・だったら・・」
ガスッ!!
何を思ったか、ユウはギルの頬を思い切り殴りつけ、近くの壁に吹き飛ばした。
「が・・・・くぅ・・あ・・・・、て、めぇ・・」
そのあまりにも強力な1撃に、ギルは膝が震えて立ち上がれないでいる。
そんな彼の様子を確認してから、ユウは神機を担ぎ、一人荒神の大群へと歩き始める。
そんな彼の背中に、かつての上官が重なって、ギルは止めようと声を絞り出す。
「ま・・待て!・・・てめぇ、こそ・・・、一人で行く気じゃ・・」
「黙れ!」
ユウに怒鳴られてから、ギルは柄にもなくビクッと体を跳ねさせる。
「死ぬ気の人間を戦場に出すほど、僕は馬鹿じゃない。戦う気がないなら、そこで黙って待っていてくれる?」
「だ、だが、あんた一人で!」
ギルの言葉に応えるように、ユウは神機で空を斬って見せてから、答える。
「・・一人で、十分だ」
聞き入っていたヒロは、はぁーっと息を長く吐いてから、感心を表す。
「それで?どうなったの?」
「はっ・・・。目の前で、伝説を見せられちまったよ。終わったら終わったで、その場で説教されちまうしな。・・本当、型破りな人だったよ」
「ははっ。型破りって言葉、あってるかも・・」
二人は顔を見合わせて、つい笑ってしまう。そしてギルが、話の続きに戻る。
「ユウさんに、言われたよ。『生かされた命、託された思いを、無駄にするな』ってな。その言葉が嬉しくてな・・・、つい泣いちまったよ」
「そっか」
ユウのことを思い浮かべて、ヒロは彼らしい優しい言葉だと、また笑顔になってしまう。
そんな彼に、気恥ずかしくなったギルは、手の中の缶が空なのを確認してから、ゴミ箱に入れる。それから、時間を確認してから、ヒロへと声を掛ける。
「昼飯の時間だ。行こうぜ」
「あ、もうそんな時間?じゃあ、行こっか」
共通の尊敬すべき人に思いを巡らせながら、二人は団欒室へと向かった。
団欒室に向かう途中で、ヒバリが何やらせわしく連絡を取っているのが目に入る。少し気になったのか、ヒロはギルと顔を見合わせて、受付へと足を運ぶ。
ついた頃には連絡を終えてか、ヒバリは大きく息を吐いて席に座り直していた。
「ヒバリさん。どうかしたんですか?」
「あぁ、ヒロさんにギルさん。いえ、ちょっと不測の事態がありまして・・」
その言葉に反応してか、ヒロとギルは表情を険しくする。しかし、ヒバリは笑顔を作り、彼等に応える。
「大丈夫ですよ。第1部隊が、任務外の荒神の出現を確認したっていうだけで、特に問題は起こってません」
「そう・・ですか」
緊張を解いた二人に、ヒバリは頷いて見せてから、一応の情報共有として、更に続ける。
「何でも、未確認だったらしく、エミールさんが卒倒してこけて気絶し、それを背負いながら離脱して苦労したとか」
「あいつは・・・、本当に世話の焼ける」
そう言って苦笑するギル。しかし、次のヒバリの言葉に、彼の表情は驚愕へと変わる。
「今回襲ってきたのは、赤いカリギュラだそうで・・」
「っ!?な・・・んだと・・?」
「ギル?」
彼の表情にヒバリの方も驚き、ヒロの方もただ事ではないと真剣な眼差しを見せる。
「今の話・・・、本当ですか?ヒバリさん!赤いカリギュラって!?」
「あ、あの・・ギルさん?」
「ギル!落ち着いて!どうしたの!?」
掴みかかる勢いでヒバリに迫るギルを、ヒロが羽交い絞めにして、落ち着かせようとする。
と、そこへ・・・。
「・・・赤いカリギュラが・・・、なんだって?」
静かながらも響く声に、その場の三人は受付の後ろへと振り向く。
そこには、普段の楽観的とは程遠い表情を浮かべ、怒りを露わにするハルが立っていたのだ。
「ハルさん・・」
「聞かせてくれよ、ヒバリちゃん。確かにコウタが見たのは、赤いカリギュラなんだな?」
ギルのように激情にではないが、ハルもまた、それを言わねば何をするかといった感じで聞いてくる。
それに答える為に、ヒバリは少し焦った感じで、報告されたことを伝える。
「えっと・・・、はい。確かに、姿は従来のカリギュラそのものですが、その色は青ではなく、赤だと・・」
「そうか・・」
聞き終えたハルは、ギルに1度目を向けてから、ヒバリへと軽く頭を下げる。
「怖がらせて、悪かったなヒバリちゃん。ついでと言っちゃあ何だが、任務の報告はカノンから聞いてくれ。俺は、少し気分が悪いんでな・・・」
「あ、いえ・・。わかりました」
それだけ言い残し、ハルは後ろに控えていたカノンの肩を軽く叩いてから、去って行った。
それを追いかけるように、ギルもヒロの手を振り切ってから、走り去る。
残されてしまったヒロとカノンは、ヒバリの方を見てから首を傾げてみる。だが、何が起こっているのかわからないのは同じと、ヒバリも首を横に振ることしかできなかった。
「ハルさん!」
追い付いたギルが、ハルの肩に手を掛けた瞬間、
「触んな!」
「っ!?」
急に声を上げられ、ギルはその手を引っ込める。
背中を向けたまま、ハルは少し俯いて表情を見えないようにし、口を開く。
「悪いな、ギル。頭では・・・わかってんだよ。だけど、今は・・・・そっとしといてくんねぇか?」
「す、すいません・・・」
それから再び歩き始めてから、ハルはもう一言だけ、ギルに伝える。
「後、これだけは言わせてくれ。ギル・・・ケイトの仇討ち、一人で行こうなんて考えんなよ?」
「・・・・・・・・はい」
それから、ハルの背中が見えなくなってから、ギルは壁を思い切り殴りつけていた。
「全部・・・、俺のせいじゃないっすか・・・。ハルさん・・」
ハルさんの、ちょっとマジなシーン。
あんまり触れてなかったけど、ハルさんだって色々あるはず・・。