早朝。トイレに行きたくなり、コウタは体を起こす。
目を擦って周りを見渡すと、どうやら昨日のどんちゃん騒ぎのまま眠ったらしく、団欒室の床に転がっていたみたいだ。
コウタだけでなく、ほとんどの人間が眠りこけている中、一人厨房スペースで鼻歌を歌いながら、支倉ムツミが鍋をかき混ぜている。
配給の食事にケチをつけてみると、9歳にして調理師免許を持つ彼女が、ここを取り仕切る料理長となったのだ。
「あー、だり・・。おはよう、ムツミちゃん」
「あ、起きたんですか?おはようございます、コウタさん」
笑顔で応えてくれるムツミに、笑って見せてから、トイレへと足を運ぶコウタ。そこでふと何かを思い出したように戻ってきて、焦った様子でムツミに話しかける。
「ムツミちゃん!ブラッド隊の人達は!?もう起きてる!?」
「え?あ、はい。朝食はいらないって、さっき来られましたけど」
「やっべー・・。俺幹事なのに、最悪だー!」
頭を抱えて暴れるコウタに、ムツミは少し神妙な顔で、声を掛ける。
「あ、でも・・・」
「え?な、なに?」
「なんだか・・・・皆さん・・、これから任務に向かう様な、ピリピリした雰囲気でしたけど・・」
その言葉に、コウタは急に真顔になり、首を傾げる。
「それは・・・、おかしいな。確か感応種の緊急任務以外、今日までブラッドは休暇扱いにするって、レンカが言ってたんだけど・・・」
少し考えるように顎に手を当て、床を見つめるコウタのところに、エリナが焦った表情で入って来る。
「た、隊長!大変です!」
「あー?今俺取り込んでんだけど・・」
どうせまたエミールと揉めたのだろうと、追い返そうとしたコウタに、エリナはその真相を口にする。
「そ、ソーマさんと、ブラッド部隊の人達が、戦闘訓練で組み手をするって!」
「・・・・・・・・・・・・・はぁー!?」
ほんのごく少数ではあるが、訓練所の外に見物人が集まる。
それに緊張などしていないかと、ソーマはブラッドに目を向ける。
それぞれに覚悟を決めてきたのだろう。その強い眼差しに、ソーマは満足気にフッと笑う。
「・・・・最初は、誰だ?」
「・・・私から、お願いします」
「ふん・・。言い出したのは、お前だったしな」
ソーマは2,3歩前に出て立ち、それに合わせてジュリウスは全員下がらせる。どのタイミングで攻めるか、動くか・・・。色んなことを頭の中で反復させながら、ジュリウスはゆっくり構える。
じりじりと距離を詰めていく中で、ジュリウスはあることに気付く。ソーマが構えを取らないのだ。それどころか、その場所から、動こうともせず、ただ視線だけでジュリウスの動きを追っている。
「・・・・構えないのですか?」
「構える必要、あるのか?」
その言葉が切っ掛けとなり、ジュリウスは一気に距離を詰めにかかり、そして木刀で素早く下から斬り上げる。
(とった・・・)
しかし、
ブンッ
「なっ!?」
完全に虚を突いた1撃のはずが、それは大きく空を切り、音だけが部屋に木霊した。
「・・・・どうした。隙だらけだぞ?」
「くっ!」
そう声を掛けられ、ジュリウスは後ろへと大きく距離を取る。そこですぐに構えなおし、ソーマの出方を伺う。
しかし、その行為に期待外れといった感じで溜息を吐き、他の待機しているブラッドのメンバーに喋りかける。
「今のこいつ以上のことが出来るというやつ、前に出ろ」
そう問われるとは思っていなかったのか、聞かれたブラッドも、ジュリウスも、驚きに体を強張らせる。
その反応に全て察したのか、ソーマは「ふん」と鼻を鳴らしてから、自分の中の狂気にそっと触れる。
「大体わかった。とりあえず、今度はこちらも攻撃する。・・そのかわり」
ドクンッ
昨日同様、殺気を叩きつけ、冷笑する。
「動けないやつは、下がってるんだな」
その瞬間、ソーマの姿はジュリウスの懐に入り、
ドゴッ!
「・・っがぁ!」
力任せにジュリウスをブラッド目掛けて吹き飛ばす。
ガァーーンッ!
大きな音が鳴ったと思った時には、ブラッド全員、床に倒れ伏していた。
「か・・・かはっ・・」
「う・・・くっそ・・」
「そん・・な・・」
「ジュリウスが・・・簡単に・・」
「ま・・・・・マジ・・かよ」
「ここ・・まで、とは」
苦しむ六人を見下ろしながら、またもソーマは溜息を吐く。
「・・・・誰も反応できなかったのかよ。言っとくが、今のは技でも技術でもない、ただの力任せだぞ。・・そんなもんか?お前等は・・・」
その言葉に、皆目を大きく開き、絶句する。
外から見ていたエリナは、その凄さに、内から溢れる優越感に、顔を綻ばせる。が、そんな彼女の頭に、コウタは軽く手を置いてから、目の前の光景から目を反らさずに口を開く。
「何喜んでんだ、エリナ。お前なら、今のソーマの1撃、どうにか出来たとでも言いたいのか?」
「え?・・あ・・・・、そ、れは・・・」
言葉に詰まってしまうエリナに、コウタはそのまま優しく撫でてから、エリナに声を掛ける。
「よく見とけ。うちの二人の最強の力が、伊達じゃないってことを・・。そして、それに立ち向かおうと踏ん張ってる、ブラッドのことを・・」
中々動けないでいるブラッドに飽きたのか、ソーマは無防備に歩み寄りながら、彼等のプライドを挑発する。
「面倒だ。一人ずつが怖いなら、全員で来い。それで、互角ってことにしてやる」
《っ!!?》
それでやっと奮起してか、ブラッドは全員で一気にソーマへと踏み込む。一人、二人、三人と、斬りかかっていく。
だが、それを焦る様子もなく、ソーマは最小限の動きで躱し、隙を見つけてはその者に1撃入れていく。
「く・・・っそーーー!!」
悔しさに叫ぶヒロの声も虚しく、ブラッドは体が動く限り攻め続け、そして・・・惨敗した。
ドサッ
ジュリウスが倒れたのを切っ掛けに、ソーマは終わりという様に、木刀を1度振ってから、ブラッドへと声を掛ける。
「良い時間だ・・・。少し早いが、昼飯でも食え。傷が痛むなら、医務室に行って寝てろ。俺はこれから用事がある・・・、じゃあな」
そう言って去ろうとするソーマの足を、ヒロが掴む。そんな彼の前に座り、ソーマは黙って見降ろす。
「・・・・まだ・・・・・・・・、お願い・・・しま、す」
やっとの思いで絞りだした声に、ソーマは溜息で応えてから、他のブラッドに目を向ける。すると、何とか立ち上がろうと、必死に身体を起こそうとしている。
「・・・・・まぁ、根性だけは認めてやる」
そう言って立ち上がり、ヒロの手を振り払う様に足を動かし、訓練所の出入り口へと歩き出す。そして、途中でと止まってから、全員に聞こえるよう喋りかける。
「2時間だ・・・」
「・・・・え?」
「2時間後に神機を持って、ヘリポートに来い。俺達の戦場に、連れて行ってやる。・・・無理にとは、言わないがな」
そう言ってソーマが去って行ってから、ブラッドは全員、悔しさに体を震わせた。
訓練所の出口を出てすぐの所で、リンドウが煙草を吸いながら手を上げて見せる。そんな彼に、「ふん」と鼻を鳴らしてから、ソーマは口を開く。
「喫煙所で吸えよ。臭いぞ・・」
「固いこと言うなって」
軽く笑って見せてから、リンドウは煙を吐いて喋りかける。
「ちっと厳しすぎやしねぇか?」
「あいつらが望んだことだ。俺に挑んだのも・・・強さを求めたのも」
「成る程。お優しいことで・・」
「何なら、お前が教えてやれ」
ソーマの言葉に、リンドウはヒラヒラ手を動かしてから、喫煙所の方へ歩き出す。
「知ってるだろ?俺は教えるのが、下手なんだよ」
「ちっ・・・・、言ってろ」
そう言って、ソーマはシャワー室の方へと、足を運んだ。
神機保管庫に集まったブラッドは、ボロボロの姿を隠そうともせず、大欠伸をしているリッカのところへとやってきた。
そんな彼等を見回してから、苦笑いを浮かべてリッカは頬を掻く。
「これは、また・・・・随分と、派手にやられたね」
「お見苦しい所を見せ、申し訳ありません」
代表して頭を下げるジュリウスに、大きく溜息を吐いて見せてから、リッカは部屋を出ようと歩き出す。
そして、伝えるべきことを・・・彼らが望んでいることを、口にする。
「神機の調整は終わってるよ。保管庫のIDも登録済み。言っとくけど、死ぬことだけは許さないからね」
「・・・ありがとうございます」
「はいはい。じゃあ、お休み」
そう言ってから出て行ったリッカの言葉に、シエルが真っ先に反応する。
「まさか・・・徹夜で、作業して下さったのでは?」
「・・後で、お礼を言わねばな。・・・・行くぞ」
ジュリウスの声に合わせて、ブラッドは歩き出し、一人一人認証端末に腕輪を読み込ませ、自分の神機を呼び出した。
ヘリから降り立ち、しばらく歩いた場所で、先頭を歩いていたソーマが、全員の顔が見えるように振り返る。
「俺の用事は、ここに出現した大型荒神のコアの摘出だ。お前等には、その大型荒神との戦闘を任せる」
「承知しました」
「そうか。じゃあな・・・」
そう言ってその場から歩き去ろうとするソーマに、ロミオが慌てて声を掛ける。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!?」
「なんだ?」
「任せるって、ソーマさんはどこに?」
その質問に、言葉足らずだったかとソーマは考えてから、自分の立っている場所へ来いという風に、顎を動かす。
それに従って前へ進み出ると、自分達の真下の光景に、全員がその目を疑う。
数十体の荒神が、蠢いていたのだ。
「・・・まさかっ!?」
「俺は、こいつらを掃除しておく。だから、お前等は大型だけに集中しろ」
「掃除って・・・。一人でこんなにですか!?」
ヒロの言葉に、気にすることがあるのかといった目で、応えるソーマ。それから、言い忘れたことがあったのか、彼はブラッドに条件を付与する。
「一つ言い忘れてた。・・・ブラッドアーツを使わず倒せ」
「な!?そんな・・!」
「なければ、戦えないのか?」
「あ・・・・、いえ・・」
それだけといった感じで、ソーマはポケットから玉のようなものを取り出し、それを荒神の群れの中へ、思い切り投げつけるすると。
ギイィィィン!!
嫌な音が響き渡ったと思ったら、荒神が急に暴れだす。それを確認してから、ソーマは神機を担ぎなおしてから、ブラッドに声を掛ける。
「・・5分で合流する」
そう言って飛び降りてから、おとりになるように荒神を引き連れ、走り去った。
残されたブラッドが黙っていると、ジュリウスが皆へと口を開く。
「俺達も行くぞ。ブラッドアーツなしでも、俺達ならやれる」
その言葉に気を引き締めなおしてから、ソーマと逆の方向へと走り出した。
暫く進んだ先で、ブラッドは足を止める。今回の標的を発見したのだ。
しかし、その相手は、予想の斜め上のモノだった。
「まさか・・・・、ウロヴォロス・・」
ジュリウスの口にしたその名に、皆は驚愕する。
大型の中でも、超大型とされている荒神。ウロヴォロス。それを本来ならば、ソーマは一人で狩ろうとしていたのだ。
その巨体に緊張をしてか、全員唾を飲み込む。
しかし、今更引けないと覚悟を決めてか、ジュリウスの号令に合わせ、ブラッドは戦場へと飛び込んだ。
「行くぞ!」
《了解!!》
ギルの一突きで、1本触手が千切れ跳び、それに合わせて後ろに控える仲間へと、彼は叫ぶ。
「ヒロ!」
「はぁっ!!」
その一閃で、もう1本斬り飛ばそうとしたヒロだが、
ザズッ!
「くっ、そぉ!」
振り抜けずそれを蹴ってから、後ろに距離を取る。
ウロヴォロスは広範囲に放つ攻撃が多く、下手に受けてしまうと身体が麻痺してしまう。すでに、ロミオとシエルがその餌食となり、離れた場所で休ませてる状態なため、四人での戦闘となっている。
ブラッドアーツを使わないという条件以上に、初めての超大型の、しかも情報が乏しい状態での戦闘に、戸惑うばかりだ。
すでに満身創痍なのも相まって、上手く動けない戦闘に、皆徐々に苛立ちを見せ始める。
そこへ、
「ふん・・・。良く戦えてるじゃねぇか」
「っ!?ソーマさん!」
純白の神機を肩に、ソーマがやって来る。
皆の状態とウロヴォロスを見てから、フッと笑みを浮かべ、目の前に集まってる四人の前に立ってから、神機を構える。
「ウロヴォロスはデカいだけあって、その攻撃範囲や威力が厄介だ。だが、コアの場所さえわかっていれば、何のことは無い、ただの木偶の坊だ」
「そ、それは・・・・。しかし、我々には情報も戦闘経験も・・!」
「情報が無ければ、戦えないのか?」
ジュリウスの言葉を遮って、ソーマは問いかける。
「対峙したことがないから、ブラッドアーツが使えないから、体力も精神力もギリギリだからと理由を付けて・・・自分を、仲間の命を諦めるのか?」
「そ・・れ、は・・」
皆黙ってしまったのを切っ掛けに、ソーマはウロヴォロスへと走り出す。来させまいと、無数の触手を伸ばして攻撃してくるウロヴォロスに対し、ソーマは素早い動きで躱していき、高く飛びあがる。それと同時に、捕食形態へと切り替え、顔面に食らいつかせ、そのまま一気に振り抜いた。
ガボゥッ!!!
そのまま地に降り立ち、神機を肩に担いだ瞬間、ウロヴォロスの巨大な身体は、その場に崩れ落ち、オラクル細胞は霧散した。
目を疑いたくなるような光景に、今日何度目かの驚きを見せるブラッドに、ソーマは振り返って口を開く。
「これが・・・ゴッドイーターの本当の戦場だ。・・ようこそ、くそったれな職場へ・・」
本物の最強を目の前に、ブラッドは今まで積み上げた自信をへし折られた。
現場が見渡せる離れた場所で、リンドウとアリサ、レンカにハルが、密かに見守っていた。
沈黙を破るように、リンドウが煙草の煙を吐いてから喋りだす。
「レンカ・・。あいつらが道に迷わないよう、フォローしてやれ」
「・・いいのか?他所の部隊以前に、彼等は客人だぞ?」
そんなレンカの言葉に、リンドウは神機を担いでから背伸びをする。
「いいんだよ。極東だろうが何だろうが、あいつらも俺達の仲間だ。そうだろ?」
「・・・・空木教官。俺からも、よろしく頼む」
「ハルさん・・・・。わかった。」
レンカが頷いたのを確認してから、リンドウは踵を返して歩き出す。それに合わせて、三人も後に続く。
心配に思っているのか、アリサがリンドウへと話し掛ける。
「彼等は、大丈夫でしょうか?」
それに対し、リンドウは煙を吐いてから答える。
「お前も経験したことだ、アリサ。駄目なら、そこまでだ。・・・・だが、あいつ等なら、大丈夫だろ」
ブラッドの、長く、悔しい1日が、終わろうとしていた。
はい!ソーマ、最強!!ヒャッホーウ!!
万能じゃないからこそ、最後には化ける!
そう思って、勘弁して下さいw