極東に準備してもらった部屋で、ヒロは朝を迎える。
寝惚けた顔を洗い、歯を磨いてから、いつもの私服に着替えて、極東のエントランスへ降りるために部屋を出る。
「・・・あ・・、おはよう」
「・・ん?・・おぉ」
同時に出たのを鉢合わせ、ヒロはギルに挨拶する。ギルの方も、ジッとしてられなかったのか、朝早くに起き抜けてきたのだ。
二人は目的が同じなのだろうと、並んで廊下を歩き出す。
「昨日は・・・、流石に疲れたな」
「ギルも?・・僕は色々ありすぎて、頭がパンクしそうだったよ」
「はっ・・・、お前がそんなたまかよ」
「いやいや、本当だって」
何でもない会話をしながら、エレベーターの前まで行き、ボタンを押して中に乗り込む。
着いた先のエントランスに降り立ってみると、流石に早かったのか、昨日程人はいない。静かなもんだと歩き出してから、二人はあるモノが目に入り、これまた同時に顔をしかめる。
「・・・ん?おぉー!我が同志にして、永遠のライバル!ヒロ君じゃないか!」
「はぁ!?あ・・ちょっと!」
極東に来たのだから、当然いるとはわかっていたが、敢えて会わないようにしていた人物、エミールである。
それを後ろから追いかけてくる、少女が一人。
「・・・・・どうも」
「ふふっ。相変わらず、口数が少ないんだね、君は。だが!わかる!君の内なる叫びは、この私との再会に、心振るわせるほど感動していることを!!」
変わらぬ華麗なポージングに、二人は「今日も疲れる」と、心の中で出会ってしまったことを呪う。
「・・・・帰っていいか?」
「いてよ!」
小さな声で会話しながら、愛想笑いを浮かべていると、エミールを追ってきた少女が、何やら家畜を値踏みするかのような目で、じろじろと見てくる。
「えっと・・」
「貴方達ね。ブラッドっていう、新しい部隊は」
「・・・それがどうかしたか?」
「別に。ただ、はっきり言わせてもらうけど・・・」
「ギルバート君!君も久しぶりだ!なに。決して忘れていたわけではないのだよ。だが感動の再会を表すのに、二人同時などと、つまらない事で薄れさせてはならないと思ったからね!!」
「エミール、うるさい!!今、私が話してたでしょ!?」
噛みあっているのか、いないのか・・・。もしや同じ部隊と思った二人は、隊長の気苦労を、会ったこともないのに心配する。そこへ、
「おう!待たせたな!って・・・、またやってんのかよ・・」
その隊長らしき人がやって来る。
「あれ?この人達って・・」
「隊長!さぁ、今日は!誰がために立ち上がれば、いいんだい!言ってくれ!応えて見せる!この、騎士道・・・」
「隊長が早く来ないから!こいつなんかと待たされるし!」
「あー、もう!うるさい、うるさい!お前等に聞いた、俺が馬鹿だったよ!」
二人が喋り続けるのを黙らせてから、隊長らしき青年は、自己紹介を始める。
「見ない顔ってことは、君等がブラッドだよな?俺は、藤木コウタ。第1部隊の隊長を・・・押し付けられたんだけど」
「「・・・はぁ・・」」
「じゃあ、ソーマさんあたりと代わって下さい」
「必要ならば!この騎士道精神を持つ、僕が!」
「1番ありえないわよ!!」
極東の第1部隊は、最前線の更に最前線で戦う、過酷な部隊と聞いていたものだから、ヒロとギルは揃って「別の意味では?」と疑いの眼差しを向けてしまう。
「あー、うっさいよ!本当に!お前等はいいから、あっちで準備してろ。すぐ行くから」
「了解した!」
「ふん!」
二人を追い払ってから、コウタは頭を掻きながら、頭を軽く下げる。
「何か、ごめんな?変なこと言われてたりしたなら、後でとっちめとくから・・」
「あ、いえ・・。・・・あ、すいませんでした!ブラッド副隊長、神威ヒロです!」
「ブラッド隊員、ギルバート・マクレインです。・・・心中、お察しします」
「よろしくな!って・・・・頼むから、言葉にしないでくれません」
ギルは気遣ったつもりだが、コウタにとっては、その言葉を受け取ることが切なくて嫌なのだろう。がくっと頭を肩ごと落とす。
と、そこへいつ戻ったのか、騒いでいた少女が、ヒロの前に立っていた。
「・・エリナ・デア=フォーゲルヴァイデ・・・。貴方、副隊長なのね?」
「え?・・・・あ・・、はい」
睨みつけてくるエリナに少し驚くヒロ。そんな彼に、「ふん」と鼻を鳴らしてから、エリナは言葉を投げつける。
「別に、貴方達の力なんて、必要ありません。極東を舐めてると、痛い目見ますよ?」
「エリナ!いい加減にしろよ!」
ゴッ
「あいたっ!!」
わかりやすく敵意を向けたエリナに、流石に目に余ったコウタが殴りつけて、頭を下げさせる。
「本っ当にごめんな!こいつ、口だけは達者で・・」
「なっ!?口だけじゃ・・はぎぎっ」
「いいから謝れよ!」
「くぅ・・・・・・・・・・・・・・、・・・・・ごめん」
ぼそっと言ってから、コウタの手から逃れ、べーっと舌を見せてからエミールの元へ走り去る。
普段は温厚であろうコウタも、肩を震わせ怒りを露わにしているが、目に入った時計を見てから、急に慌てだす。
「あっ!と・・えっと・・、悪い!ちょっと、急ぎの仕事があるから!歓迎会の時に改めて!」
そう言って二人のところへ走り寄り、そのまま神機保管庫の方へと消えていく。
残されたヒロとギルは、またも同時に溜息を吐いてから、疲れた面持ちで団欒室へと足を運ぶ。
「・・・・・あの隊の隊長は、嫌だな~・・」
「あれはあれで、バランスとれてんじゃないか?」
夕方になると、ブラッドは1度集まってから、歓迎会に参加すべく、団欒室へと向かう。
事前にレンカから教えてもらった通り、エントランスには人影はなく、任務も緊急以外受け付けないようにされているようだ。
団欒室に入ると、部屋全体に飾りが施され、『ようこそ!ブラット隊!&お帰り!歌姫!』と書かれた横断幕が目に入る。
『ブラッド』が『ブラット』なのは、ご愛敬で・・・。
「わぁーーー!すっごーーい!!」
ナナは集まった人達や、テーブルに並べられた数々の料理に目を輝かせ、まだ始まってもいないのに、はしゃいでいる。
「流石に・・・、壮観だな。名の通ったゴッドイーターばかりだ・・」
珍しくジュリウスも感動しているのか、言葉を口にしながら歓喜を表す。
そこへ、こちらに気付いた一人の青年が、話していた人間に手を上げてから、駆け寄って来る。
「えっと、君等ブラッド隊でよかったか?」
「はい」
ジュリウスが代表して答えると、青年は1度頷いて見せてから挨拶をする。
「俺は今日の接待役を任されてる、大森タツミ。極東支部防衛班の隊長だ。よろしく!」
「ブラッド隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。よろしくお願いします」
「あぁ。まぁ、とりあえず君等はこっちへ」
軽く握手を交わしてから、タツミに案内されて、用意された席に着く。
そこでふと気になってか、ヒロがタツミへと声を掛ける。
「あのー・・・、今日はレンカさんじゃないんですか?」
「あいつ?あいつは今忙しくてな。こっちに手を回せないから、俺が頼まれたんだ。あー、顔は出すと思うから、始まれば会えるぜ。じゃっ、もうすぐ始まるから」
そう笑顔で手を振ってから、タツミも自分の席であろう場所へと戻る。それに合わせて、挨拶用のマイクを準備していたコウタが、「テス、テス」と軽く喋ってから、ささやかながらのパーティーの幕を上げた。
「えー、それでは!主役も到着したので・・・、フライア所属ブラッド隊の歓迎アーンド、極東の歌姫お帰りなさい会を、はっじめまーす!!」
《イエェーーーーーーーーイッ!!》
それぞれの席を綺麗に整列させて用意されているから、もっと堅苦しいものかと思っていたブラッドは、極東のはじけっぷりに、驚き、そして、笑顔になった。
しばらく続いたクラッカー音や拍手が治まった頃を見計らって、カンペを確認しながら、コウタが喋り始める。
「えー、まずはですね・・・、極東を代表して、榊支部長様に、今夜は無礼講の、お許しをいただきましょう」
そう名を呼ばれてから、少しだけ困った表情で、榊博士がマイクの前へやって来る。
「ふむ。まぁ、私から言えることは、ただ1つだ。・・・ツバキ君にだけは、ばれないように気を付けてくれたまへ」
《はーーーい!!》
「では、楽しもう」
《おっしゃーーーーーーーー!!!》
最高責任者の言質を取って、より一層盛り上がる極東支部。ただ、ブラッドだけが、「ツバキ」という名に、首を傾げるが・・。
榊博士と入れ替わりに、コウタがマイクへと戻ってきて、手元の紙を確認してから1度頷いて口を開く。
「続きまして、ブラッドを代表して、隊長のジュリウスさんに、一言いただきましょう!拍手!!」
《イエーーーーイ!!》
聞いていなかったのか、少し固まってしまうジュリウスを、ヒロが隣から小突いて気付かせる。それに、ジュリウスは困ったという風に苦笑しつつ、マイクの方へと歩み寄り、いつもの涼しい表情を作る。
「ご紹介に預かりました、フライア所属ブラッド隊の隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。本日は、このような素晴らしい会を開いて下さり、隊員共に、感謝の気持ちでいっぱいです」
いつも通りに喋っているジュリウスに、極東の人達は感心しているが、ブラッドの方は苦笑いしてしまう。
例えるなら、子供の誕生日に、クソ真面目な教員が卒業式の祝辞を読んでいるようなものだ。
「数々の偉業を成し遂げた先輩方に倣い、そして学び。我々もそれに恥じぬよう、努力する所存です。至らぬところはありますが、どうぞご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
《・・・・・・・・お・・おおぉぉぉっ!》
少しの間の後の礼に、完全にタイミングを外しつつも、皆ジュリウスの素晴らしい挨拶に拍手を送る。
「何とも・・」といった空気に、進行のコウタも苦笑しながら、次の指名者の名を口にする。
「えー、っと・・。それじゃあ・・、極東の歌姫、葦原ユノさん!お願いしまーーーす!!」
《うおぉぉぉぉぉーーーーー!!!ユーーノさーーーーーーーーん!!!》
世界中に指示されているとはいえ、やはり地元。極東地域の人気は、計り知れない感じだと、ヒロが感心していると、隣に座っていたロミオも、立ち上がって叫んでいた。
「ユノさーーーん!!」
「ロミオ・・・」
「先輩・・」
そんな彼を、ブラッド女性陣は白い目で見つめる。
少し照れながらも、マイクの前まで笑顔でやってきたユノは、高揚した気分を落ち着けるように、深呼吸してから喋り始める。
「えっと・・・皆さん・・・、ただいま」
《おかえりーーーー!!!》
「あははっ。えっと・・・私とサツキの旅も、ようやく一区切り付きました。ですので、これからは、ネモス・ディアナと極東に身を置きつつ、活動をしていくことになります。これから、迷惑をかけることもあるかもしれませんが、サツキ共々、仲良くしてください」
《当たり前だーーーーーー!!!》
「・・・こりゃ、軽く宗教だな」
その光景に、ギルが肩を竦めて声を洩らす。
まぁ、アイドルとファンの関係なんて、こんなものだ・・。
「・・それじゃあ、1曲歌っちゃおうかな?」
「待ってました!実は、すでにピアノとマイクの準備万全!」
知っていてわざと口にしたのだが、大袈裟に反応するコウタが可笑しくて、ユノは笑いながら、ピアノの席に着く。それから、馴らしで簡単に音を奏でる。
「や、やや、やべぇ・・・。生で・・・聴けるよ・・」
緊張からか、椅子ごとカタカタ震えるロミオを、ヒロが隣で落ち着かせていると、奏でるメロディーに変化が生じたと気付く。
そして、歌姫の声が、部屋中に響き渡る。
窓を開けて 濡れたその瞳上げて
凛と澄み渡る青空は
激しい夜の雨に磨かれた空
悲しみを見つめた眼は
優しさ湛えるよ
未来はあなたを見捨てない
勇気の断片(かけら)があれば
歌詞の言葉を一つ一つ噛みしめながら歌うユノ。そんな彼女の目に、ある人物が映る。それに笑顔を作ってから、歌い終わると同時に、
「え?・・・あれ?」
1曲のつもりで構えていたコウタが、予定外の事に声を洩らす。急に別のピアノ伴奏を始めたユノは、そのままもう1曲歌いだす。
終わらない歌がないなら
くり返し歌えばいい
枯れない花がないなら
別の種蒔けばいい
life・・・my life
突然の2曲目に、皆驚きながらも、その澄んだ声に耳を傾け、終わった瞬間、盛大な拍手を浴びせるのだった。
歓迎会は、やっぱ派手でないと!
歌姫ユノ様、降臨ーーー!!