エレベーターは4階へと昇り、そこを出て奥へと向かうと、いかにも偉い人がいるという様な扉が現れる。
先だってレンカがノックをし、声を掛ける。
「空木です。支部長、ブラッドの皆さんをお連れしました」
『あぁ、入ってくれたまへ』
「失礼します」
返事に答えてから扉を開け、ブラッドを先に通してから、レンカも入り扉を閉める。レンカのような教官がいる支部の上役だからと、少し緊張して対面したブラッドだったが、何とも想像とはかけ離れた、優しそうな人が笑顔で待っていた。
「こちら、極東支部長及び開発局長も兼任されている、ペイラー・榊支部長です」
「いやいや・・。君に支部長と呼ばれるのも、中々慣れないねぇ」
「支部長・・」
「いや、失敬」
そう言ってから立ち上がり、榊博士は軽く礼をしてから挨拶をする。
「改めまして、ブラッド部隊諸君。私が紹介に預かった、支部長のペイラー・榊だ。どうにも支部長と呼ばれるのに慣れなくてね・・、気軽に『博士』と呼んでくれると助かるよ」
やたら軽い感じで話してくる榊博士に、ブラッドはどうしたものかと顔を見合わす。
そんな中、代表して挨拶する為、ジュリウスが1歩前へと出る。
「本日よりお世話になります、フェンリル極致化技術開発局フライア支部所属、ブラッド部隊、隊長ジュリウス・ヴィスコンティ、以下五名。短い期間かもしれませんが、よろしくお願いします」
《よろしくお願いします!》
「うん、よろしく」
ひどく簡単に返されて、流石のジュリウスもどうしたものかと戸惑ってしまう。
しかし、榊博士の方はあくまでマイペースで、さっさと席について話を始める。
「君達・・・というより、フライアの用事になるかな。神機兵の運用テスト及び研究協力の為に、極東に来たんだったね?」
「はい。そう伺っております」
「そうだったの?」
「知らなかったー」
後ろでひそひそ話すナナとロミオを、とりあえずは無視して、ジュリウスは榊博士との会話に集中する。
「その要請に応える代わりに、我々ブラッドの力を借りたいとも、伺っております」
「そうだね。・・・今、極東支部は感応種の出現によって、ちょっとばかり困ったことになってるんだ。何しろ、感応種が発する偏食場パルスは脅威だ。神機の不能、周辺の荒神の誘因。極東地域だからこそ、かなりの有効打だからね。荒神も面白い進化をする。実に、興味深い」
「は?・・」
「支部長・・」
思わぬ言葉に、ジュリウスが目を丸くして驚く。それに慣れたかのように、レンカが指摘の声を出すと、「失敬」と言ってから、榊博士は特に何を気にした様子もなく、話を続ける。
「つまりだ、我が極東支部のゴッドイーターが手を焼いている、感応種の討伐に、一役買ってはくれまいかと思ってね。それと、君達ブラッドの戦闘データなんかも取らせてほしい」
「戦闘データを、ですか?」
ジュリウスの返答に深く頷いて見せてから、榊博士は更に続ける。
「我々も手をこまねいてるわけにはいかないのでね。君達が何時までもいてくれるわけでもないし、出現する度にユウ君を呼び戻すわけにもいかない。だから・・」
「ユウさんは!・・・いないんで、すか?」
「ん?」
「ヒロ」
思わず話に割って入ってしまってから、ヒロは不味いことをしたと、顔を伏せる。
「すみません。部下が失礼を・・」
「いや、構わないよ。・・・そうか。君が、神威ヒロ君だね?ふふっ、ユウ君に聞いていた通り、真っ直ぐな良い眼をしてる」
「え?・・・ユウさん、が・・僕を?」
驚くヒロに笑顔で応えてから、榊博士はブラッドの中から、今度はギルの顔に視線を向ける。
「もちろん、君のことも聞いてるよ。ギルバート君。・・・うん。君も彼が言ったとおり、良い眼をしてる」
「お、俺のことは・・・、良いです」
照れたのか、ギルは帽子を深くかぶり直してから、下を向く。
「他の子達も、良い眼をした子ばかりだ。君もね。ジュリウス君」
「え・・・いえ。・・・支部長、話を・・」
話が反れたことを指摘しながら、ジュリウスも照れた顔を誤魔化す。榊博士も「失敬」と言ってから、元の話に戻る。
「話を戻すけど、うちの最強二人におんぶに抱っこじゃあ、いつか必ず限界が来る。そこで、君達の戦闘データや、血の力のデータを元に、打開策を練っておきたい。なので、そちらも協力願いたい」
「我々としては一向に構いませんが・・・、その話は、ラケル博士を通していただいてからで、よろしいでしょうか?」
「勿論そのつもりだが、データを取られるのは君達だ。ちゃんと了解は得ないとね」
そう言ってから立ち上がり、榊博士は眼鏡をクイッと上げてから、手を差し出す。代表して、ジュリウスがそれを握り返す。
「それでは、大した持て成しはできないし、逆に苦労を掛けることになるけど、これからよろしく頼むよ」
「こちらこそ、お世話になります」
そう挨拶を交わしてから、支部長への挨拶は終了した。
エレベーターで再び1階のエントランスに移動し、そこから神機保管庫へと向かう。そこから更に奥へと入っていくと、廊下の先でチカチカ光が洩れる部屋が見える。そこへブラッドを案内してから、レンカは中で作業するタンクトップの華奢な人に声を掛ける。
「リッカさん!」
「・・んーー!?レンカ君!?」
「・・・女性だ」
「女の人だね?」
「そりゃ、いるだろう」
声の主に驚くブラッドを他所に、作業の手を止めた女性は、溶接面を外してから振り向く。
「・・・美少女だ」
「綺麗だね?」
「僕に振らないでよ」
「副隊長・・」
「黙ってろ・・」
話し声が耳に入ってか、少女は笑いながら分厚い手袋を外して、ブラッドの前に立つ。
「リッカさん、こちらが今日到着された、ブラッドの皆さんです」
「あそ。後さ、その畏まり過ぎってぐらいの敬語、似合わないよ。レンカ君」
「ちょっ・・・、勘弁してくださいよ」
「あははっ」
レンカが慌てた表情を見せたのを笑い飛ばしてから、少女は全員の顔を見回してから、自己紹介を始める。
「初めまして。私は極東支部開発局所属、神機開発主任を任されてる、楠リッカって言います。今後ブラッドのみんなの神機のメンテナンスを担当するから、何かあれば遠慮無く言ってね」
「リッカさん、お願いしますよ!一応公式の対面なんですから・・」
「えー?別に良いじゃん?みんなだって、畏まったことに疲れてるでしょ?」
「はい!疲れました!」
「ナナ・・」
リッカの言葉に真っ先に反応したナナに、ジュリウスが注意するが、そんなやり取りが可笑しいのか、リッカは笑いだす。
「あははっ、素直で良いじゃない。あー、自己紹介は不要だよ。あらかじめもらった資料に目を通して、ちゃんと顔と名前と神機は一致してるから」
「そう・・、ですか・・」
さっさと話を進めるリッカに、ジュリウスも完全にタイミングを逃し、レンカは眉間を押さえて溜息を吐く。
「君が隊長のジュリウス君。それで、左からシエルちゃん、ギルバート君、ナナちゃん、ロミオ君・・・・そして、ヒロ君」
本当に覚えてると皆が驚いてる中、リッカはわざと最後に呼んだ、ヒロの前まで歩いて行く。何事かと思い、1歩退いてしまうヒロを逃がすまいと、素早く正面に立ってから、じっくりと見回す。
その状況に取り残された他の面々も、どうしようと迷っていると、何かを納得したように、リッカはヒロに優しく微笑んで見せる。
「あ・・・・あの・・」
「うん。・・・うちの旦那様の言った通り、中々良い顔してるね、君」
「へ?・・・・旦那、様?」
またとんでもない言葉が飛び出したと、全員が固まってしまう中、言われたヒロは顔をギギギっと音がしそうなゆっくりとした動作で横にし、よく理解できませんという意思表示をする。
「あの・・・・、その・・」
「会ったんでしょ?2年位前に」
「誰と・・・ですか?」
「うちの旦那様。・・・神薙ユウ君に」
さらっと言ったものだから、皆一斉に5歳児が描いた絵のような、愉快な表情になり、
《ええぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!!!!》
と叫んだのだった。
再びエントランスに戻ってからエレベーターに乗り込み、一同2階の居住エリアに降りる。疲れた顔で・・。
皆の表情に気を遣ってか、レンカが申し訳なさそうに話し掛ける。
「あの・・・本当にすいませんでした。リッカさんは・・、かなり明るい方と言いますか・・、冗談好きと言いますか・・」
「え?じゃあ、さっきのユウさんが旦那様っていう話もですか?」
皆が聞きたかった、今日1番の驚きをヒロが聞いてくれたので、全員が歩きながらもレンカに注目する。
レンカの方も少し疲れていたのか、1度大きく息を吐いてから、質問に答える。
「あれに関しては、ノーとも言えますし、イエスとも言えます」
「それってー、どういうことですかー?」
「つまり、結婚はされてませんが、結婚を前提にお付き合いなさっているので・・・、まぁユウさんにこれ以上女の人のファンがつかないように、牽制しているとでも、思って下されば・・」
その答えに何度か頷いてから、ロミオが手を上げて、ちゃんと核心に触れる。
「ようするに、リッカさんの彼氏は、あの神薙ユウさんなんですよね?」
「はい。その通りです」
「わぁ~・・・・。英雄の彼女さんと、会っちゃった・・」
それぞれの反応を見せる中、目的地に到着し、レンカはその場所の紹介に入る。
「こちらがブラッドの皆さんにご利用いただく、宿舎となっております。各個人に1部屋ずつ準備しましたので、どこでもお好きなところをご利用ください」
「お気遣い、痛みります。ですが、我々は、フライアでの寝泊りで構わないのですが・・」
ジュリウスの言葉に笑顔を見せてから、レンカは返事を返す。
「今後任務に赴く際に、極東の受付をご利用いただくように手配してあります。馴染みのオペレーターのフランさんにも、こちらに滞在の間は極東の方に入っていただきます。フライアとの行き来は苦だと思い、そちらのラケル博士の承認も得て、準備しました。勿論、フライアとの行き来は自由ですので、もし落ち着いて睡眠がとれないなどの不備がございましたら、フライアの方でもお休みいただけます」
「そこまで・・・。何から何まで、ありがとうございます」
深々頭を下げるジュリウス。それに倣って、皆も頭を下げてお礼を言う。それを制してから、レンカは話を続ける。
「極東滞在の間は、使える施設をすべて開放します。訓練所や、資料室、休憩所、団欒室など、自由にご利用ください。・・・・以上で予定は終了です。本日はお疲れさまでした。後はごゆっくりお休みください」
そう言ってレンカは一礼し、その場を去ろうとして、思い出したかのように振り返る。
「あ、それと食事は団欒室でできますので、部屋の中の時間を確認して、それに合わせてご利用ください。それと・・、本日は皆さん以外にも特別な客人を招いておりますので、トラブルだけは避けていただけると・・」
「空木君」
「レンカさん」
言葉尻を遮られ、レンカが声の方に顔を向ける。それから、笑顔でちょうどいいといった表情を見せる。
「どうも。お二人共ご部沙汰してます」
「ご部沙汰って・・、何ですか?その爺臭い敬語」
「ちょっと、サツキ!?」
その声に聞き覚えがあるのか、シエルとギル以外のブラッドは徐々に視界に入ってくる映像に、目を大きく開く。
「うっそー・・」
「まさか・・」
「凄い・・偶然だな」
「何が・・でしょう?」
「・・・さぁな」
「あわ・・あわわ・・はわ・・」
ブラッドがそれぞれの反応を見せる中、渦中の人はその姿を皆の前に現す。
「そんな敬語使ってると、さっさと年取っちゃいますよ?って・・・あら」
「どうしたの、サツキ?・・あ・・・」
「丁度お二人の話をしていたところです。こちら、フライア所属部隊のブラッドの皆さんです」
簡単に紹介してもらってる間、ロミオは感動からか驚きからか、半分気絶しかかっている。自分の憧れの人に、再び出会えたのだから。
二人に事情を説明し終えたのか、レンカはブラッドの方を向いてから、二人を紹介する。
「こちらが、皆さんとは別に本日から滞在される、葦原ユノさんと、高峰サツキさんです」
「どうも~」
「初めまして」
ユノの笑顔の挨拶に、持ち応えていたロミオの意識はぷつっと切れて、その場にひっくり返った。
「あらら、気絶しちゃってる・・」
「あ、あの、大丈夫でしょうか?」
「すぐに医務室へ!」
「あ、気ぃ遣わなくても平気なんで・・こいつ」
「あ~・・、先輩、白目むいちゃってる」
「今日一日、色々衝撃的なこと、あったしね・・」
「ですが・・・何故か、幸せそうに見えます」
「まったく・・・、困ったやつだよ。お前は」
どんどん、世界観をめちゃくちゃにしてる気がする。
でも、成長したリッカさんは、ユウを好きなこと以外、こんな感じだと思う!