少しひらけた旧高速道路跡の真ん中に、ヒロとロミオは神機兵を連れ立って目標位置を目指す。
人を模して造られたとはいえ、その姿は想像の世界の巨人といった方が良いだろう。肩に担ぐ神機も、軽く2mは越している。
遠隔操作といっても、ある程度は自分の考えで動く無人制御神機兵。というのも、荒神に対抗すべく、簡易ながらも学習型人工知能が搭載されているからだ。
そのあまりに違和感のない動きに、ロミオはしばらく眺めてから、ヒロに喋りかける。
「なぁなぁ、ヒロ。これって、本当に人、入ってないんだよな?」
「そうですね。それ以前に、ここまで人間の動きを再現されると、逆に怖いですよね」
ヒロも苦笑しながら、1度神機兵の顔を見上げてみる。
動きはあっても、感情は無いと見てとれるその無機質な目に、味方であるとわかっていても、こっちが落ち着けないのが本当のところだ。
「・・・・やっぱり、怖いですね」
「なー。当たり前だけど、なんも喋んないし・・」
そんな雑談の最中、急に神機兵が足を止める。それを目的のポイントについたと判断してから、ヒロとロミオは神機を構え、周りへと警戒する。
数分経ってから、二人の無線に声が入る。
『皆、配置に着いたようだな。本日は運が良いのか、目的の荒神以外は少数しか確認していない。だが油断はするな。あくまでも神機兵との戦闘は、1対1で行わせるように配慮してくれ』
『了解だ』
『りょーかい!』
『了解です』
「了解ー!」
「了解」
それぞれの返事に、ジュリウスはフッと笑みを浮かべてから、無線を九条博士へと繋ぐ。
「配置、完了いたしました。お願いします」
『わかりました。では・・・、おっ・・βに接近するオラクル反応あり。おぉ、αにも!さぁ、見せて下さい。私の最高傑作!』
向かってくるシユウの動きに警戒するギルとナナ。が、そんな矢先に、神機兵は突然動き出し、シユウへと突進を始める。
「あー・・行っちゃったけど、これは1対1だから良いんだよね?」
「戦闘の邪魔をしなきゃいいんだ。突っ立ってるよりは、俺達も即介入できる位置には、行ってもいいと思うぞ?」
だからと言って急がないという感じで歩き出すギルに、笑いながらナナも付いて歩き出す。
「そだねー!って・・わっ!凄い!」
「・・・ほー」
神機兵が接触したと思った瞬間、二人の目の前でシユウが吹っ飛ばされていたからだ。傍目から見るその状況は、敵であっても心配したくなるほどに、瓦礫に叩きつけられていた。
ブゥオンッザスッ!
まだ距離もある状態なのに、神機兵の振るった神機は、空を割く音までもこちらに響かせる。単純なパワーだけならば、ゴッドイーターなんて軽く凌駕しているのではと思わせる。
「・・・護衛、いる?」
「一応警戒は解くなよ」
「りょーかい」
二人が呆れかえる程あっさりと、シユウはその動きを沈黙させて、神機兵は何事もなかったかのように、ゆっくりと定位置に帰って来るのだった。
神機兵β近辺に現れた小型を倒し終わってから、ヒロは神機兵の近くに待機させていたロミオの元へと駈け寄る。
すると、何故か心此処にあらずといった感じで、ロミオは周りの警戒も忘れて立ち尽くしている。気になったヒロは足早にロミオの隣に立って、神機兵に目をやってから、驚きに眼を大きく開く。
ザシュッザシュッ
ガフゥッガゥッ
俯せに倒れたコンゴウに跨り、神機兵はその手に握る神機で、背中を何度も刺し貫いていたからだ。
その光景に、恐怖とは別の感情が込み上げてきてか、ヒロは神機を握る手に緊張を走らせる。
「・・・な、なぁ・・・、これ・・・本当に・・・。いや・・・・」
「・・いいですよ。多分・・・、僕も同じこと・・、考えてますから」
そんなヒロの共感の言葉に、1度唾を飲み込んでから、ロミオは再び喋り始める。
「荒神を倒すって・・・いう意味じゃさ、俺達も・・・同じだと、思うんだ。だけどさ、これは・・・・もう、人間が荒神と戦ってるっていう風に、見えないっていうか・・」
「・・・きっとこれが・・・、綺麗事ですけど・・・、兵士と、兵器の違いなのかも・・・しれません」
完全に動かなくなってからも刺し続ける神機兵。その姿に、何故か今頃になって、ヒロとロミオは『戦争』というモノを、意識させられたのだった。
今だ標的を確認できないでいる、シエルと神機兵γ。
実験時間の終了が近付いている中、一人持ち場を任されたシエルは、薄く雲のかかった空を見上げる。
『そんなことでは駄目だ!お前は兵士だ!戦うことを考えろ!命令に従え!!』
「・・っ!」
急に昔のことを思い出してしまうシエル。
それはきっと、今日の空が、殴られすぎて意識が朦朧としている時に、懲罰房の小窓から見た空に、似ていたからだろう。
別に自分の過去に嘆いたりはしない。両親が亡くなった時に、自分で選んだ道だからだ。
でも、フライアに来てからは、少しだけ何かが変わったのかもしれない。
(何か、諦めかけた何かが、この手に・・・)
少しぼーっと考え事をしていたその時、
キュウゥゥゥゥンッ
「え?・・」
妙な音と共に、目の前の神機兵の目から、光が消えたのだ。
『何だ?・・何なんだ?・・・・・・いったい、どういうことなんだ!?』
「落ち着いて下さい!九条博士!・・・くっ、駄目か」
急に焦りを口に出すばかりで、用途を得ない九条。もう聞いても無駄だと判断してから、ジュリウスは現場のブラッドへと無線を繋ぐ。
「こちらジュリウス。状況が知りたい。α班から、順に頼む」
『こちらα班、ギル。神機兵が急に動かなくなりやがった。どういうことか、こっちが知りたい』
『β班、ヒロです。こっちも同じく、神機兵が急に停止しました』
『γ班、シエル。同じく神機兵が沈黙。こちらは荒神との接触もありませんので、外部からの衝撃などでの故障ではないと判断します』
運ばれた3体とも、ほぼ同時に停止。この事実に、ジュリウスは眉間に皺を寄せてから少し考えてから、実験時間と照らし合わせて指示を出す。
「一先ずの実験のデータは取れたと判断する。何か事が起こる前に、神機兵の回収を行い、そこから離脱しろ。迎えが来るまで、引き続き神機兵の護衛にあたってくれ。すぐに、向かわせる」
『α班、了解だ』
『β班、了解』
『γ班、了解しました』
指示を終えてから一息つき、少し動揺した気持ちを落ち着けるように、ジュリウスはゆっくりと深呼吸をする。
しかし、不測の事態には、大抵追い打ちがかかる。
「・・・っ!ジュリウス隊長!これを!」
目の前で連絡を回していたフランが、焦った様子で、周辺地域のレーダーを見せる。
回収作業を終えたギルが、ナナの元へと駈け寄る。
「ねぇ、ギル。あれ・・・」
ナナの指す方向に、災厄を降らすモノが、ゆっくりと近付いてくる。
「赤い積乱雲・・・。くそっ!ジュリウス!もう、見えてるぞ!」
『わかっている。念のためだ。作業効率を上げる為、お前達は次のβ班の元に向かってくれ』
「わかった!おい、ナナ!ヒロたちのところへ行くぞ!」
「りょーかい!」
ナナを連れ立って走りながら、ギルはシエルの話した赤い雨のことを思い出す。
『触れれば、高い確率で発症し、・・・・その致死率は、100%と言われています』
黒蛛病の恐ろしさに、歯をギリッと鳴らしてから、ギルは走る足に更に力を籠める。
『ジュリウス!もうそんなに時間がねぇよ!シエルの方にも、別で回収に行けないのかよ!?』
「すまないロミオ。今避ける人員が無いんだ。・・くそっ・・・・」
赤い積乱雲は、刻一刻と近付いてくる。シエルの方を回収する頃には、実験地域一帯は、赤い雨に覆われる。
(限界だな・・・。なら・・)
大きく息を吐いてから、ジュリウスは新たな指示を出すべく、インカムのマイクを口元に寄せる。
「もういい。総員、そこから離脱しろ。これ以上は危険だ。回収班には、赤い雨が過ぎてから・・」
「待て!!」
急にロビーに響き渡る声に、ジュリウスの言葉はかき消される。それに驚き振り向いた先に、普段顔もろくに見せに来ないグレムが、足取りゆっくりと受付前までやってきたのだ。
「ジュリウス君。君は今、何を言おうとしていたのかね?」
特にこちらの言い分を聞く気もないのに、グレムは言葉だけは飾って質問してくる。時間との争いに苛立っているが、ジュリウスもそこは落ち着いて口を開く。
「赤い雨です、グレム局長。これ以上の現場での作業は、無理と判断したので、隊長として、部下に撤退を命じようと・・」
「はぁ・・・。君は、私の言ったことが、理解できなかったのかね?」
「・・・と、申しますと?」
溜息交じりに返された言葉に、苛立ちが増しながらも、ジュリウスはあくまで冷静に聞き返す。
それに対し、さも当たり前の如く、グレムは非道な命を下す。
「私は、神機兵を守れと言ったんだ。お前達が離れている間に、荒神に壊されるともしれんだろう。どんな不足な事態が起こったとしても、お前達は、ただその命令に従っていればいいんだ。わかったか?」
「なっ・・・」
驚きのあまり、一瞬声を失ってから、ジュリウスはすぐに言い返しにかかる。
「馬鹿な!赤い雨の危険性は、あなたも良く知っているはず!あれに触れたら、人間がどうなるかを・・」
「それが、どうしたというんだ。お前達兵士と違って、そうそう替えのきくモノじゃないんだよ、アレは。わからないか?これは、命令だぞ!?神機兵を守れ!!」
ダンッ
「ふざけるな!」
その物言いに、いい加減頭に血が上ったのか、ジュリウスは受付台を殴りつけ、怒りを露わに声を荒げた。
「現場にいるのは、私の部下だ!こんなことで、部下に死ねと命令できるものか!」
「こんなことだと?・・・このガキ・・」
睨み合いが続く中、無線の信号音が鳴り、シエルの声がスピーカーから流れる。
『隊長・・・。あなたの命令には、従えません』
「なっ!?・・シエル!」
説得の声を掛けるより先に、シエルは続けて話し出す。
『現在、この護衛任務に関し、1部隊の隊長の御言葉より、最高責任者であるグレム局長の御言葉の方を、最優先と考えます。よって、護衛任務は続行。回収が終わり次第、他の隊員のみ下がらせてください。・・・私は、残ります』
「待て!・・シエル・・・シエル!」
伝え終わったと判断したのか、シエルからの反応は得られない。フランの方に顔を向けると、フランは悲しげな顔で、首を横に振る。
「シエルさんは、無線を切られました・・。多分・・・」
「・・・・くそっ!」
悔しさに顔を歪めるジュリウスとは相反して、グレムは満足気に笑いながら口を開く。
「はっはっはっ!いやー、実に教育の行き届いた、良い犬を飼ってるじゃないか、ジュリウス君。誇っていいぞ?優秀な部下だとな。はっはっはっはっ!」
「くっ・・・!」
その暴言に食って掛かろうとするジュリウスを制止する様に、再び無線の信号音が鳴り、なにやら後ろが騒がしい中、ナナが喋りかけてくる。
『あのさー・・・・隊長』
またも何か問題かと、ジュリウスは焦りを隠さずにナナへと話し掛ける。
「どうした、ナナ!?」
『・・・・ヒロ・・えっと、副隊長がさー・・』
「ヒロが、どうした!?」
『・・・・・・・・・・・・神機兵に乗って、行っちゃった・・』
「なっ!?」
「なんだと!?」
ジュリウスだけではなく、高笑いを決め込んでいたグレムまでも、驚きに声を発してしまう。
『多分ね・・・、シエルちゃんのところに、行ったんだと思う』
「っ!!」
「くそっ!何てやつだ!!」
まさかの報告に、ジュリウスは歓喜に肩を震わせ、逆にグレムの方が怒りに震えだす。それから吐き捨てるように「くそっ」と叫んでから、グレムはジュリウスを睨んでから口を開く。
「・・・・・ジュリウス君。君の部下がやったことだ。それなりの処罰を、君も覚悟するんだな」
「・・・・・なんなりと」
いつもの落ち着いた表情が余計に腹ただしいのか、「ふんっ」と鼻を鳴らしてから、グレムはその場から去って行った。
急に静かになったロビーで、フランが心配そうな表情で、ジュリウスへ声を掛けようとしていると、急に声を出して、彼はわざと響くように大きな声で笑った。
それから、インカムのマイクを口元に寄せて、ブラッドに無線で指示を出す。
「全員、今すぐその場から離脱しろ」
『・・・ヒロ達は、どうする?』
ギルの問いに、おさまらない笑いを嚙み殺しながら、ジュリウスは答える。
「二人なら、大丈夫だ。すぐに無事に、生きて帰って来る」
なんか、ガンダムっぽくなっちゃったなー。
まぁ、同じ戦争の話だし・・・いっか!