ソードアート・オンライン・リターン
第三十九話
「欲望の終わり」
アインクラッド攻略も佳境に入った。
つい先日、97層の攻略が終わり、フロアボスを倒して98層の転移門をアクティベートしたので、残すは98層と99層のフロアボスのみ。
そして100層に辿り着けばソードアート・オンライン最終ボスが待っている。
だが、その前にキリト達にはやらなければならない事が残っていた。
「ようキリト、あれからアルベリヒの野郎について情報は入ってきたのか?」
「いや、まだだ」
22層のログハウスに来ていたクラインがキリトにそう尋ねたので、キリトも現状の情報を教える。
あの日、アルベリヒが逃亡してから今日まで、彼とその手下達はアインクラッド全体での目撃情報が完全に途絶えてしまったのだ。
生命の碑にある名前に横線が入っていない事から生きているのは間違い無いが、一度も姿が確認されていないというのは不気味だった。
「恐らくあの部屋以外にも奴らの潜伏場所があったんだろう。ただ、ユイやルイ、ストレアの情報網を駆使しても見つけられないって事はスーパーアカウントを使って何か細工をしているって事かな」
既にクラインにはユイとルイ、ストレアがただのプライベートチャイルドやプレイヤーではなく、SAOのメンタルヘルスカウンセリングプログラムであるという事は教えてある。
最初こそ驚いていたクラインだが、ユイ達の人柄を知るからこそ今までと何一つ変わらず接してくれていて、それに何より彼女達が居るならキリトは絶対に負けない、絶対に負けられない、そう断言してくれた。
「確か、ユイちゃん達の持ってるアカウントより上なんだよな? 奴の持つアカウントの権限ってのは」
「ああ、だからスーパーアカウントを使って隠れているのなら、ユイ達の権限ではまず見つからないだろう」
だけど、こうして待っていてはSAOが攻略されてしまい、現実世界にアルベリヒを裁く事無く帰ることになってしまう。
奴に囚われた人達のためにも、それだけは絶対に避けなければならない。しかし、攻略をこれ以上遅らせるのももう限界なので、残り半月、最低でも1ヶ月以内にはSAOをクリアしなければならないのも事実。
ではどうするべきか、そんな事で悩んでいると、キリトにメールが入った。
「アルゴからだ」
何事かと確認してみれば、98層の迷宮区でフロアボスの部屋を見つけたという報せだった。
遂に99層へ向かうための扉が見つかり、恐らくは明日にでも98層フロアボス戦が始まる。アルベリヒの事に集中するより、こちらに集中せざるを得なくなる。
「クライン、アルベリヒの事はまた後でにして、とりあえずギルドに戻れ。俺もギルドに報告しなきゃ」
「だな、明日は99層アクティベートだ!」
クラインが帰宅した後、キリトはギルド本部へ行って98層フロアボスの間が見つかった事を幹部に報告、明日には攻略会議と、そのまま攻略になるであろう旨を伝えたのだった。
98層フロアボスの名はカイザードラゴン。その名の通りドラゴンだが、今の攻略組のレベルならクォーターポイントでもない限り負けることは無かった。
事実、カイザードラゴンを一人の犠牲者も出す事無く倒し、98層を無事にクリアしたのだから、残り2層、攻略組全体にも希望が見えてきたという顔をする者が増えている。
「お疲れさま、キリト君」
「ああ、アスナもお疲れ」
ボス戦が終わり、いよいよ99層のアクティベートに行こうという時だった。ボスの間に突如侵入してきた集団が現れたのは。
その集団は今まで行方不明だったギルド・ティターニアであり、その先頭に立つのは件の事件の首謀者、アルベリヒだ。
「てめぇ! のこのこと攻略組の精鋭が集まるこの場所に何の用だ!!」
クラインが代表して前に出ると、刀を構えながらアルベリヒたちの目的を尋ねた。
対するアルベリヒは相変わらずクラインを、そしてこの場に集まる攻略組の精鋭たちを見下した眼差しで冷笑を浮かべながら今までと変わらない豪華絢爛な細剣と、何処か禍々しい片手剣を構えている。
「いやいや、まさかこんなにも早く攻略が進んでしまうとは予想外でして。困るんですよ、攻略なんてされたら、僕の研究が進まないじゃないですか。だから、アナタ方は邪魔なんです、消えて貰いますよ」
この為に、アルベリヒはティターニアのメンバー全員のレベルを200以上に、自身のレベルを300に設定し、更に入手困難な激レア装備を全員に与えている。
そして、彼自身の自信の元となっているのは、恐らくはその右手に持っている禍々しい片手剣なのだろう。
「特に、キリト君。君は僕が今度こそこの手で殺してあげよう。もう今までみたいなマグレが通じると思わない事だな」
「……須郷、お前はまだ俺達に勝てると思ってるみたいだけど、いい加減に現実を見てみろよ。お前の腕では俺達に勝てやしない」
「ふん、そのセリフ……これを見てもまだ言えるかな? システムコマンド! 管理者権限発動、98層フロアボスの間に居るティターニア所属外の全プレイヤーを麻痺状態に」
その瞬間、キリトも含めた全攻略組プレイヤーのステータスが麻痺状態になり、その場に倒れて身動きが取れなくなってしまった。
「なっ、てめぇ!!」
「うご、けない……」
最悪の状況になった。
アルベリヒはスーパーアカウントの管理者権限を発動し、その権限でもって全プレイヤーを麻痺状態にしたのだ。
これでは誰も動けず、為すがままに……殺される。
「そうそう、君たち凡人に良い事を教えてあげようか。この片手剣、実は99層の隠れクエストでのみ低確率で入手可能な武器でね。この剣で斬られたモンスター、プレイヤーのHPを強制的に0にする効果があるんだ」
それは、この世界における最悪のチート武器。
あの剣で斬られれば最後、例えキリトであろうと、HPを0にされてこの世界からも、現実世界からもログアウトする事になってしまう。
「須郷さん、貴方って人は……っ!」
「ふふん、ああ明日奈さんは殺しませんよ。アナタは私の花嫁になるお人だ。私の実験で人格を弄り、そしていずれは結城家を、レクト社を我が物にするのですからねぇ」
「っ! ふざけないで! 誰がアナタなんかと!!」
色欲に染まった目を、アスナに向けるアルベリヒは何を思ったのか、彼女に近づき隣で倒れているキリトを一瞥すると、アスナの頬に触れた。
逃げようとするアスナだが、その身体は麻痺の効果によって動く事が出来ず、されるがままに頬に触れられてしまう。
「ああ、現実と同じ……美しい肌だ。もうすぐ、これが僕の物になるのだと思うと、興奮してきますよ。何なら、今からここで身動き出来ないアナタを犯しても良いですねぇ」
「……須郷、その汚い手で、アスナに触れるな」
「あん? ふん、小僧……誰に口を利いているのか理解しているのか? お前は僕に生かされているんだって自覚した方がいい。じゃないと、殺してしまうよ?」
「……こっちのセリフだ……須郷、これ以上アスナに触れるな……殺すぞ!」
「殺す? 僕を? ハハハハハッ! 面白い冗談だねぇ! 身動き出来ない君が、どうやって僕を殺すって!? やってみたまえよ! ほら!!」
アルベリヒは、自分が地雷を踏んだという事に気付いていない。
自分の持つスーパーアカウントを過信し、自分を絶対の存在だと思い、そして何もかも自分の思うがままだと勘違いしている。
だから、キリトは多くの目があるこの状況であっても、使う事を決断した。この男は、もうこれ以上野放しにして良い男じゃない。
「システムコマンド!!」
「っ!?」
「管理者権限変更、ID……ヒースクリフ!!」
その瞬間、アルベリヒにあった管理者権限が消えた。
そして、キリトの持つカウンターアカウントによって、この場に居る全員の麻痺が消え去り、同時にアルベリヒの持つスーパーアカウントは、その効果を失った。
「管理者権限発動、スーパーアカウント権限者をアルベリヒからストレアへ移行。ストレア!!」
「うん! システムコマンド! 管理者権限発動! ペインアブソーバーをレベル0に!!」
「なっ、なぁ!? ぼ、僕の権限が!? な、何故だ!? 小僧、貴様何をした!!」
「簡単な話だ……俺にもあったんだよ、特別なアカウントが。お前の持っていたスーパーアカウントにのみ対抗出来る、スーパーアカウントに対してだけ有効なアカウント、カウンターアカウントをな」
「な、何だと!?」
「さて、須郷……今、ペインアブソーバーをレベル0に設定してある。これでこの世界での痛みは現実の痛みと何も変わらない。そろそろ決着を付けるときだぜ」
立ち上がりながら、エリシュデータとダークリパルサーを抜いたキリトは、うろたえるアルベリヒと対峙する。
その周りでも、次々と攻略組の面々が立ち上がり、既にティターニアのメンバーが逃げられないよう入り口を塞いでいた。
「な、こ、この……っ! 良いだろう! そんなに死にたいのなら、僕がこの手で殺してやる!!」
片手剣を構え、突撃してきたアルベリヒに対して、キリトはダークリパルサーで受け止め、エリシュデータで斬り掛かる。
だが、いい加減にアルベリヒも学習したのか、今まではこれで終わったであろうキリトの攻撃を細剣で受け止め、距離を取った。
「へぇ、少しはまともに戦えるようになったみたいだな」
「ふん、僕を今までの僕と同じだと思うなよ小僧。今の僕は君に負けるなんてあり得ない!」
「そうかい、なら……っ!」
両手の剣をライトエフェクトによって輝かせると、一気にキリトがアルベリヒに突進した。
二刀流の突撃スキル、ダブルサーキュラーをアルベリヒは両手剣と細剣をクロスすることで受け止めると、スキル後の硬直で動けないキリトに片手剣による斬撃で決着としようとしたのだが、それは甘い。
「ふっ!」
「ナニィッ!?」
ダブルサーキュラーは二刀流スキルの中でも低位に位置するスキルだ。当然だが上位のスキルに比べれば硬直時間は短い。
ギリギリで硬直が解けたキリトはその場にしゃがみ込んで背中の鞘を地面にぶつけ、上にずらす事で鞘で剣を受け止めるという荒業を見せた。
「はぁああああああ!!」
そこから、キリトの猛攻が始まった。
アルベリヒの剣を受け止めて直ぐ、キリトはスキルを発動。二刀流上位スキルの一つであり、スターバースト・ストリームの一つ下に位置する同じく16連撃の大技、ナイトメア・レインによる連撃が始まったのだ。
次々と襲い掛かる連撃の嵐にアルベリヒは何とか細剣と片手剣で受け止めては流そうとしていたのだが、彼の実力では全てを受け止めるのは不可能。
「ひ、ヒィイイイイッ!?」
瞬く間に両手の剣を破壊され、腰を抜かして座り込んだアルベリヒに、16連撃目の一撃を叩き込み、両手でガードしようとしたアルベリヒから、その両腕を奪い去った。
「ひ、ひぎゃあああああああっ!! ぼ、僕の腕がぁああああああああ!?」
「喚くなよ須郷……お前に捕まった人達の苦しみは、その程度じゃない!!」
「ヒッ!?」
エリシュデータとダークリパルサーをアルベリヒの両太ももに突き刺し、動けなくする。
見れば他のティターニアのメンバーも既に血盟騎士団とアインクラッド解放軍によって拘束されているので、後はアルベリヒだけだ。
「い、痛い……っ! 痛いぃいいいいいっ!!!」
「へん! 自業自得だぜ、てめぇはその痛みを味わって、存分に恐怖って言葉を思い知りやがれ」
ご丁寧にクラインの言葉の後に、聖竜連合の面々が次々とアルベリヒに強引にポーションを飲ませている。
HPが減っては回復して、また減っては回復して、両腕を失った痛みと両足を貫かれ続ける痛みによって、アルベリヒは発狂したように泣き喚いていた。
「須郷、現実世界に戻ったら法の裁きがお前を待っているぜ……そうだろう? ヒースクリフ」
『っ!?』
キリトの言葉に全員が驚き、そしてキリトが眼を向けた先に全員が振り向いた。
そこには、赤い鎧を着込んだ銀髪の男、忘れもしない……ヒースクリフが立っていたのだ。
「やぁ、久しぶりだね諸君」
変わらない表情、変わらない声、変わらない雰囲気、何もかもが75層フロアボスの間で消えたときのままだ。
そして、このタイミングで消えた最終ボスの登場が何を意味するのか、それはまだ、誰にも分からない。
次回はついに現れたヒースクリフ、その登場が何を意味するのかが語られます。