ソードアート・オンライン・リターン
番外編
「大嫌いの後の大好き」
ソードアート・オンラインの正式サービスが開始され、一万人ものプレイヤーがアインクラッドに囚われてから1年半ほど経ったある日の事だった。
アインクラッド最強の2大ギルドの一角、黒閃騎士団の団長にしてアインクラッド最強の剣士と名高き黒の剣士、キリトはこれまでの人生で最も強大なピンチに晒されていた。
「あ、あの……な? ユイ……」
「~~~~っ!! もう知らないです! パパなんて、パパなんて大嫌いです!!!」
「っ!!!」
走り去って行く愛娘の背中を見つめながら、アインクラッド最強の剣士はあっけなく崩れ落ちた。
「う、うそだろ……ユイが、き、きらいって……」
目に入れても痛くないというほど可愛いがっている大切な愛娘に、大嫌いと言われたショックからか、キリトは真っ白に燃え尽きて、打ちひしがれている。
いつも太陽の如き笑顔でパパ大好きと言われ続けたキリトが、ユイに大嫌いなどと言われた理由は簡単だ。
そもそもの始まりは1週間前、久しぶりにギルドの仕事を早く終えたキリトがホームにしている22層のログハウスに帰宅すると、いつもの様に抱きついてきたユイの頭を撫でていると、ユイが何か言い淀んでいるのに気付いたので、それを尋ねたのだ。
「えと、ですね……パパ、明日はお暇ですか?」
「明日? そうだなぁ……特に急ぎでやらないといけない事は無いから、大丈夫なはずだ」
「それなら! 明日一緒に遊びに行きませんか?」
「お? 良いよ、何処に行きたい?」
「フラワーガーデンに行きたいです! フラワーガーデンの一角に果物が採れる木があるんですよ!」
「へぇ、それは良いな! それじゃあ、明日は一緒にフラワーガーデンに行くか」
「はい!」
その日一日、ユイは翌日のキリトとのお出かけを楽しみにしていて、ご機嫌だった。
だが、その翌日の朝になって急に迷宮区の中からフロアボスの間が見つかったという報告を受けて、急ぎ攻略会議に参加しなければならなくなったのだ。
「ごめんなユイ……一緒にフラワーガーデンに行くって約束してたのに」
「いえ……パパはアインクラッドの希望ですし、プレイヤーの皆さんの為にも行ってきてください。ユイは良い子にしてお留守番してますから」
「本当にごめんな。でも多分明日ボス攻略になるだろうから、明後日はきっと行けると思う。明後日、一緒に行こうな」
どうしても攻略を優先しなければならない事をユイも理解しているからこそ、約束を守れなくなった事を怒るわけでも無く、多少の作り笑いではあったが、笑顔で送り出してくれた。
そして、攻略会議の翌日にはフロアボス戦が行われ、無事に次の階層へと攻略が進み、その翌日こそはユイとフラワーガーデンに行けるはずだったのだ。
だけど、その約束もまた、守ることができなかった。
「本当にすまないねキリト君、どうしても君が来てくれないと困る事態になってて」
「気にするなよディアベル、それより本当なのか? 攻略組の中からオレンジプレイヤーが出たって」
攻略組の緊急的事案という事で、この日もまた、ユイとの約束は守れなかった。
だからその次の日こそはと思ったのだが、今度はギルドの方で問題が発生し、アスナ一人では解決出来ない事態になったため、キリトも行く事になってしまった。
その次の日とそのまた次の日はどうしても外せない仕事があったので、約束する事が出来ず、こうしてユイとの約束が果たせないまま1週間が過ぎ、流石のユイにも我慢の限界が来てしまったのだ。
「おい~っす! キリト居るか~……って、うぉおおおお!? どうしたんだよキリト!?」
「く、クライン……ユイが、ユイがぁ」
「お、おめぇが泣くなんて、何があったんだよ?」
大粒の涙を流しながらすがり付いてきたキリトに驚きながらも、クラインは事情を聞き、ユイが何故キリトを嫌いなどと言ったのかを話だけで理解した。
「なるほどなぁ。確かにユイちゃん怒るわな、そりゃあ」
「うっ……グスッ、ユイ~」
「まぁ、だからっておめぇが全部悪いってわけでもねぇしなぁ……今度ばかりはタイミングが悪すぎたってとこか」
泣きながらユイの名を弱々しく呼び続けるキリトの姿を見て、これが攻略組最強ギルドの団長にしてアインクラッド最強の剣士なのかと思ってしまう。
もっとも、親馬鹿な姿をよく知っているので、愛娘に大嫌いなんて言われてしまえば、こうなるのも仕方が無いとも思ってしまった。
「シャキっとしろキリト! 今すぐ追い掛けてユイちゃんに精一杯謝って来い!」
「でも、ユイが俺の事嫌いって……大嫌いって」
「っとに親馬鹿が過ぎるなぁおめぇも、アスナさんも……大丈夫だって、ユイちゃん良い子だから、ちゃんと謝って、今度こそ約束を守れば許してくれるさ!」
「でも……」
「安心しろって! 何か用事が入ったら俺が代役してやるからよ!」
幸い、アスナやキリトの補佐をしているイヴが居ればクラインでも何とかなるだろう。そうすればキリトは何の心配も無くユイと一緒に出かけられる。
「行って来い、お姫様はきっとお前を待ってるからよ」
「……わかった」
念のため装備を整えたキリトは足早にホームを出ようとしたのだが、ふと足を止めて顔だけクラインの方を向くと、少しだけ照れ臭そうにする。
「クライン」
「あん?」
「サンキューな」
「……へっ! さっさと行ってきやがれ!」
クラインを残し、キリトはホームを出た。
ユイの足ならそんなに遠くには行ってないだろうと思い、索敵スキルをフル活用して行方を捜索すると、幸いにも直ぐ見つかった。
ホームの直ぐ近くにある大きな湖、その傍にある大木の陰に隠れるようにユイが座り込んでいる。
「ユイ」
「っ!」
座ったまま顔を腕で隠し、キリトの方を見ようともしない。
話しかけても反応はするが無視しているらしく、うんともすんとも言わないので、キリトはユイの右隣に腰掛けて左手をユイの頭の上に乗せた。
「ごめんなユイ……何度も約束破って、1週間も約束守れなくて。ホント、駄目なパパでごめん」
「……いえ、私こそ、我が侭でごめんなさい。パパが忙しいって事くらい、よく知っているはずなのに」
「そんな事無いよ……ユイは俺の大事な娘で、俺はユイのパパなんだから、むしろ我が侭くらい言ってくれないと心配になる」
優しくユイの頭を撫でながら、ようやく顔を上げた愛娘を今度はギュッと抱きしめる。そして抱きしめながら艶やかな黒髪を梳くように撫でてあげた。
「ユイ……これから、フラワーガーデンに行こうか」
「これから、ですか?」
「ああ、これから……ママのお弁当は無いから、一緒にユイの言ってた果物を採って食べよう?」
「……パパにあ~んしてあげたいです」
「お、なら俺もユイにあ~んしてあげないとな」
お互いにクスクスと笑い合い、キリトはユイを抱っこしたまま立ち上がると、コラルの村目指して歩き始めた。
「パパ」
「何だ?」
「手を繋いで歩きたいです」
「……よし」
ユイを下ろして手を繋いだ。
手を繋いでコラルの村へと入り、転移門を利用してフラワーガーデンへと向かう。
「わぁ……!」
「相変わらず人が沢山居るなぁ」
一面の花畑には相変わらずカップルが多く訪れており、至る所に男女連れが思い思いの時間を過ごしていた。
キリトは早速ユイと共に果物の生っている木の所へ向かうと、ユイが言ってた通り、その木にはリンゴのような形の果物が沢山生っているではないか。
「へぇ……これはすごいな」
「この木から採れる果物はアップルベリーと言いまして、A級食材の一つとして数えられてるんですよ」
「A級か……なら味は確かなんだな」
少し高い所に生っているみたいなので、ユイを肩車すると丁度届いた。
ユイに二人分のアップルベリーをいくつか採ってもらい、木の下に並んで座って採れたての実を頂く。味はリンゴのような瑞々しさと触感がある苺のような味で、中々美味だ。
「美味いな、これ」
「美味いしいですねー」
シャクシャクと食べ進め、二人とも一個完食すると、次へと手を伸ばす。
ふと、キリトはアイテムストレージから短剣をオブジェクト化してアップルベリーを切ると、切ったアップルベリーを一つ、ユイの口元へ持って行った。
「ほらユイ、あ~ん」
「あ~……ん、ん~! おいしいです~!」
「だな」
「えっと……んっしょ!」
ユイは手に持っていたアップルベリーを力一杯左右に割り、片方をキリトの口元へ差し出す。
「パパ! あ~んしてください」
「あ~ん……うん! 美味いなぁ」
それからしばらく、二人はお腹一杯になるまでアップルベリーを食べると、いくつかアスナへのお土産にしてフラワーガーデンを見て周り、夕方まで親子の時間を楽しんだ。
そろそろ帰る時間になり、転移門に向かっていたキリトとユイだったが、突然ユイが足を止めたので、キリトも足を止め、ユイの方を振り向くと、ユイは勢い良くキリトの腕に抱きついてくる。
「おっと……どうした? ユイ」
「いえ、なんとなくこうしたくなって……パパ」
「ん?」
「大嫌いって言ったの、あれ嘘です」
「うん」
「パパ」
「何だい?」
「大好きです!!」
「ああ、パパもユイが大好きだよ」
夕暮れに照らされ、二人の親子の影がゆっくりと転移門へと向かって歩き出した。
「それで? お腹一杯アップルベリー食べて夕飯は入らない、と?」
「ごめんなさい、アスナ」
「ごめんなさい、ママ」
帰ったらアップルベリーの食べすぎで夕飯が入らなくなったことで、アスナに二人して叱られたのは言うまでも無い。
次回は本編です。
今回の番外編は本編のネタが浮かばず、余興的な意味で書いたものですので、あしからず。