ソードアート・オンライン・リターン
第二十七話
「入り込む悪意」
遂に、アインクラッド最終決戦を迎えた。
黒の剣士キリトと、聖騎士ヒースクリフこと茅場晶彦との最終決戦、二つのユニークスキル、二刀流と神聖剣のぶつかり合いが、今ここで始まろうとしている。
「……」
「……」
魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを構えるキリト、盾を前面にして片手剣を構えるヒースクリフは互いに無言。
誰もが見守る中、遂にキリトが動き出した。
「はぁああっ!!」
右手のエンシュミオンを振り下ろし一閃、盾で受け止められるも続けざまにエンシュミオンを横薙ぎに振り、続くようにエクセリオンを横に一閃する。
やはり全て盾で受け止められ、逆にヒースクリフの剣が横からキリトに襲い掛かるがエクセリオンで受け止めてエンシュミオンで斬りかかった。
「ふっ! せぇえああっ!」
斬り掛かっては受け止められ、斬り返されれば受け止め、時には流す。そんな攻防が何度も続いた。
一方的にキリトが攻める展開にならないのはヒースクリフの凄いところだが、それでもキリトとて時にはヒヤッとする一撃を見舞うので、両者互角、一進一退の激しい戦いとなっている。
「(まだだ、もっと速く、もっともっと速く!!)」
二刀流の強みは二刀という手数の多さと、それを振るう速度にある。キリトの基本戦術は目にも止まらぬ高速連撃による追い込みであり、ヒースクリフの盾に阻まれていようと攻撃を続ける事に意味がある。
対するヒースクリフは盾で受け止めてからのカウンターが基本戦術であり、盾で受け止めて反撃しようにも次の攻撃が襲い掛かってくるキリトの猛攻に時々の反撃は出来ても殆ど防戦に徹するほか無い。
「くっ」
「ぜあああっ!!」
いつの間にか、ヒースクリフは反撃する事が無くなった。今では終わらないキリトの連撃を受け止める事に精一杯で、下手に反撃しようものならその隙を突いて致命的な一撃を貰ってしまう。
キリトの4年という経験はヒースクリフの最強のカウンターを防戦一方にまで追い込むほど、成長を促していたのだ。
「っ!! あああああっ!!!」
何度目かの攻防の末、遂にキリトは両手の剣をライトエフェクトによって輝かせた。
そして、その深蒼の輝きを見た瞬間、ヒースクリフの焦りの表情が一転して好機を得たと言わんばかりに歪む。
二刀流最上位スキル、ジ・イクリプス。超高速27連撃がヒースクリフを襲い掛かるが、その全てはソードスキルを開発したヒースクリフに軌道を読まれ、盾で難なく受け止められる。
最後の27連撃目が盾によって受け止められた時、ヒースクリフは最大のチャンスを掴んだ…筈だったのだが、次に見た光景で思わず驚愕してチャンスを逃してしまった。
「スターバースト・ストリーム!!」
「ば、馬鹿なっ!?」
突如、深蒼の輝きが青白い輝きに変化して、
キリトが開発した
それによって合計43連撃がヒースクリフを襲うのだが、途中で盾を大きく弾かれてしまい、決定的な隙が生まれる。
「はぁああああああっ!!!」
その隙を逃すキリトではなく、最後の一撃をヒースクリフの胸目掛けて突き刺そうとした……その時だ。
「「っ!?」」
突然、自分達を含めた全ての景色が一瞬だけノイズが走ったように止まった。
キリトのスターバースト・ストリームはキリト自身が何もしていないのに突然強制キャンセルされ、ヒースクリフの胸に突き刺さろうとしていたエンシュミオンの切っ先が鎧にぶつかった瞬間、二人は何かに弾かれたように後方へ吹き飛ばされてしまう。
「キリト君!?」
「キリト!」
一体何事かとキリトは慌てて起き上がり周囲を見ると、特に何も変化は無い。ただし、ヒースクリフだけは倒れたまま起き上がる事無く、全身がノイズに包まれてその姿を消した。
通常の死亡の様にポリゴンの粒子となって消えたのではない、ノイズに包まれて消えるという正体不明の現象に、誰もが混乱する中、突如キリトの意識が飛んだ。
何も無い。真っ白な空間、そこをキリトの意識は漂っていた。
床も壁も天井も無い、真っ白な無の空間、そこが何なのかキリトには凡そだが検討は付く。ここは、あの男の居る場所なのだと。
「居るんだろ? 茅場晶彦」
「久しぶりだね、キリト君」
キリトが声を掛けると、キリトの後ろに白衣姿の青年が現れる。
この世界の茅場晶彦ではない、キリトとアスナ、ユイと共に未来から戻ってきて、ヒースクリフと一体化せずに外部からの干渉を見張り続けていたはずの茅場晶彦だ。
「何が、起きたんだ?」
「…すまない、外部からの干渉はもう少し先の話だと思っていたのだが、どうやら向こうはアインクラッドの攻略が何処まで進んでいるのか調べる術があったらしい…結果として前回同様に外部からの干渉があった」
「…それで?」
「勿論、全力で防いだ…が、完全に防ぐ事は不可能だったようだ。どうにも向こうは複数犯のようでね、君達プレイヤーの死亡を抑えるので殆ど精一杯だった」
死亡を抑えられただけでも在り難い話だ。
だが、となるとやはり横槍の犯人は何かしらをしたという事になる。
「向こうは私の邪魔が入ったことで途中から諦めたらしいな、厄介な置き土産をして干渉を止めてきた」
「置き土産?」
「気をつけたまえキリト君、アインクラッドに善からぬ悪意が入り込んだ。もはや私には止められない、君に何とかしてほしい」
見れば茅場晶彦の体は先ほどから何処か透けている上に全身に時々だがノイズが走っているのに気付いた。
恐らく横槍を妨害するのに随分と無茶をしていたようだ。
「お前は?」
「私は前に言ったね、私の存在を賭けてでも止めてみせると、今回の事で私という魂は限界を迎えたようだ」
それはつまり、茅場晶彦という未来の魂の消失を意味している。
「な、なんとかならないのか!?」
「既に手遅れだ…だからこそ、君に全てを託したい。これを受け取りなさい」
茅場晶彦がキリトの手を強引にだが握り、何かをキリトに譲渡した。それが何なのか、今のキリトには理解出来ないのだが、何か重要なものだという事だけは判る。
「奴らはスーパーアカウントを手に入れた様だ…だからこそ、君にこれを授ける。この世界の私が持つマスターアカウントの一つ下のアカウント、ヒースクリフが消えた今、スーパーアカウントに対抗出来る唯一のアカウント、カウンターアカウントを」
「カウンターアカウント?」
「そうだ、マスターアカウントの様にプレイヤーをログアウトすることは出来ない。だけど、スーパーアカウントによって弄られた設定を打ち消す事が出来る唯一のアカウントだ。これがあればスーパーアカウントで強制麻痺にされても、打ち消す事が出来る」
勿論、マスターアカウントからの指令による麻痺は打ち消せないが、スーパーアカウントに対しては絶対の力を持つ。
「ただし、無闇に使わないようにしたまえ。それは他のプレイヤーに見せると危険な諸刃の剣でもある…無駄な争いは避けたいだろう?」
「だな、俺が茅場晶彦と裏で繋がっていたなんて思われたら大変だ」
もれなく犯罪者の仲間入り、茅場晶彦という犯罪者と共犯した男のレッテルが貼られてしまう。
「これから100層を目指せば良いのか?」
「そうだね、ログアウトするのであればそれが一番だ。その途中で恐らくは今回の騒動の黒幕も現れるだろう」
「そっか、なら責任重大だ」
黒閃騎士団を作っておいて良かった。ギルドの総力を持って敵の調査も出来るだろうが、それは向こうからの接触があるまで待つよう茅場晶彦に止められる。
「必ず接触してくるだろう、彼はそういう男だ」
「正体、知ってるのか?」
「ああ、だが教えては面白くない…君自身の手で、正解に辿り着く事を祈っているよ」
「相変わらず性格最悪だなアンタ」
「褒め言葉として受け取ろう…さて、そろそろ時間のようだ」
茅場晶彦の言う通り、彼の身体はもう殆ど消えかかっていて、今にも消えてなくなりそうだ。
「最後にアドバイスをしよう」
「アドバイス?」
「MHCP02に、会いたまえ」
それだけ言い残し、茅場晶彦は完全にこの世から消滅してしまった。
そして、キリトの意識もまた、戻って行く。最後に見せた茅場晶彦の表情、まるでライバルを応援しているかのような、男の表情だったのを思い出し、少しだけ、穏やかな気持ちでキリトは目を閉じるのだった。
意識を取り戻したキリトは、意識を失ってからほんの数秒程度しか時間が経ってという事に気付いて周囲を見渡すと、はやりヒースクリフの姿は消えており、全員が困惑した表情で話し合っていた。
「キリト君、大丈夫?」
「ああ、それより後で話があるんだ」
「もしかして…会ってきたの?」
「ああ……そして、もうアイツは、この世に存在しない」
「そんな…」
アスナにとっては長い付き合いのあった男だ。やはり少しはショックを受けたらしい。
だけど、今はそんな事を気にしている暇など無い。ヒースクリフが消えて、誰一人ログアウトする気配が無いのであれば、76層のアクティベートに行かなければならないのだ。
「おい、キリトよぉ…どうするんだ?」
「どうするって、あいつが消えて、それでもログアウトしていない以上は次の層に進むしか道は無いぜ?」
「だよなぁ…はぁ、仕方がねぇか」
こうして、アインクラッド攻略組は76層主街区、アークソフィアの転移門をアクティベートし、次なる階層へと進んだ。
SAO開始から2年、戦いは更に激化の一途を辿る。
次回からはSAOIM編、別名インフィニティ・モーメント編となります。