ソードアート・オンライン・リターン
第二十五話
「苛烈極まるボス戦」
第75層迷宮区ボスの部屋の扉前、最後のクォーターポイントとなる75層ボス攻略を行うため、キリト達、攻略組合計60名が終結していた。
キリトとヒースクリフを先頭に、黒閃騎士団、血盟騎士団、聖竜連合、アインクラッド解放軍、風林火山、月夜の黒猫団、黄金林檎、多くのソロプレイヤー達、皆が一様に気合十分の面持ちでボスの部屋の扉を見つめている。
「皆、覚悟はよろしいかな?」
「此処を潜ればもう逃げる事は出来ない、逃げるなら、今の内だ」
ヒースクリフとキリトの確認を込めた問いかけに、誰一人として逃げ出す者は居ない。寧ろ、今更何を言うのかと、早く開けろとでも言いた気な表情をしている。
「ならば、行くぞ!」
ヒースクリフが扉を開ける。ゆっくりと開かれている扉を前に、全員が武器を構え、突入準備を整えて、完全に扉が開かれた瞬間、集まった全プレイヤーがボスの部屋に飛び込んだ。
全員が中に入ると、扉は自動で閉じて、これで誰一人この部屋から逃げられない状態になった。薄暗い部屋の中には何も居ない、しかしキリトと明日奈には解る……この部屋の、天井に、奴は居ると。
キリトとアスナの耳が、微かに聞こえる音を拾い、上を見上げれば…大きな骨でできたムカデ……スカル・リーパーが逆さまになってこちらを睨みつけていた。
「上よ!」
アスナの声に、全員が上を見上げた時、奴は一気に落ちてきた。
天井から床までの距離はあるが、あの巨体、体重は相当なものだろう、自由落下の速度は速い。
「固まるな! 距離を取れ!」
ヒースクリフの指示で全員がバラバラに距離を取るが、何名かがスカル・リーパーの姿に恐怖を覚え、足が竦んで動けなくなっている。
前と何も変わらない状況にキリトが急ぎ声を掛けるも、間に合わなかった。
落ちてきたスカル・リーパーから逃げようとした二人のソロプレイヤーが鎌の餌食となり、一撃でその命をポリゴンの粒子となって散らしてしまう。
「くそっ! 止まるな! みんな動け!!」
巨体に似合わぬ素速い動きでスカル・リーパーは動き回り、逃げ惑うプレイヤーを捕捉すると近づいて鎌を振るった。
一人、また一人と一撃を持って命を散らして行く中、ヒースクリフが一人を助けるも回り込まれて助けたプレイヤーが殺される。
キリトとアスナも、クラインやケイタ達も動いて危なく殺される所だったプレイヤーを救出するが、それでも何名かは犠牲となってしまった。
「ヒースクリフ! 俺とアンタ、それとアスナで鎌を!」
「了解した!」
「クライン! 他の全員の指揮を任せる! 鎌を俺達に任せて両サイドから攻めろ!!」
「わ、わかった!!」
正直、鎌の攻撃を抑えるので精一杯になるキリトは全ての指揮権をクラインに渡し、エリュシデータとダークリパルサーを構えてスカル・リーパーの鎌を受け止めた。
もう片方の鎌はヒースクリフの盾が抑え、アスナがキリトの受け止めている鎌を弾き、その隙にキリトも一撃を加えるも、再び動き出したスカル・リーパーを追いながら鎌を抑え、細かな一撃を加えるのが限界だ。
「うぉおおおおおおっ!!」
「だぁあああらあああああああっ!!!」
クラインが上手くスカル・リーパーの真下に潜り込み刀のソードスキル、浮舟による下段からの斬り上げを行い、その上からはエギルが両手斧のソードスキル、スマッシュによる強力な一撃を叩き込んだ。
「はぁあああああ!!」
繰り出される鎌の連撃を避けながらキリトが一気に突っ込み、胴体に二刀流ソードスキル、ダブルサーキュラーを叩き込んで、スカル・リーパーが仰け反った隙にアスナとヒースクリフがそれぞれソードスキルを発動させた。
アスナは細剣ソードスキル、オーバーラジェーションによる10連撃を、ヒースクリフは神聖剣のソードスキル、ゴスペル・スクエアによる4連撃を叩き込み、右サイドからはサチの槍とキバオウの両手剣による最上位ソードスキル、ディメンション・スタンピードによる6連撃とカラミティ・ディザスターによる6連撃が、左サイドからはディアベルとグリセルダによる片手剣最上位ソードスキル、ファントム・レイブによる6連撃がそれぞれ決まる。
「ピナ! 皆の回復をお願い!」
「きゅる!」
後方ではシリカがピナにHPが減っている人への回復を指示して、尚且つ近づいてきた尻尾に対して短剣の最上位ソードスキル、エターナル・サイクロンによる4連撃で迎撃しつつ、部下のテイマー隊への指示も同時進行していた。
だが、皆がこれだけ攻撃してもスカル・リーパーのHPは未だ5%も減っておらず、更に抑えきれない鎌や尻尾による一撃でまた一人、更に一人と、犠牲者が出てしまう。
「くっ…! (まずい、犠牲者が出すぎだ! このままじゃ本当にヤバイ!!)」
やはりクォーターポイントは前回よりもボスが強化されているのが原因か、スカル・リーパーの防御力の高さが異常だ。
あれだけ最上位スキルや連撃を受けておきながら未だにHPが漸く5%削る事が出来た程度なんて、ハッキリ言って最悪の一言だった。
出来ればヒースクリフに手の内を晒したくはない、だけどこのままでは犠牲者が出る一方で、下手をすれば負けて全滅という恐れすらある。
ならば、もう迷っている時間なんて、あるわけがない。
「アスナ! ヒースクリフ! 30秒でいい! 時間を稼いでくれ!!」
「うん!」
「任されよう!」
鎌を弾いて後方へと後退したキリトはシステムメニューを開き、装備一覧からエリュシデータとダークリパルサーを外して、新しく魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを装備する。
エリュシデータとダークリパルサーが消えて、新たに背中に現れた重みを確認したキリトはメニューを閉じると背中の鞘からエンシュミオンとエクセリオンを抜き放つと再びスカル・リーパーへと突撃した。
「うぉおおおおおお!!」
全パラメーターアップの恩恵により、速度も攻撃力も上がったキリトが超高速の一撃を叩き込み、流れるような動作でソードスキル、シャインサーキュラーを発動、15連撃による大ダメージがスカル・リーパーに決まった。
「キリト君…その剣は」
「俺の、切り札だ」
「キリト君、もう出すの?」
「ああ、アスナも出すなら出して良いぜ」
「わかった」
今度はアスナが後方へと後退したので、キリトとヒースクリフで鎌を抑え始めた。
剣二本のキリトとは違い、剣一本のアスナはキリトよりも早く装備変更を終えて、ランベントライトから神剣エクシードを装備して戻ってくる。
既にスキルもユニークスキル神速に変更してあるのだろう、今のアスナの動きは誰の視界にも映らない。
「おや、アスナ君もユニークスキルを取得していたのか」
「ええ、最近になって神速を手に入れました」
「ほほう」
これでこの場にはユニークスキル使いが3人になった。
神聖剣のヒースクリフ、二刀流のキリト、神速のアスナ、この状況を変える最強の3人が万全の状態となってスカル・リーパーの前に立つ。
「行くぞ! アスナ、スイッチ!!」
「せぇええああああああ!!」
振り下ろされた鎌を弾き飛ばしたキリトの前にアスナが出てエクシードの刀身をライトエフェクトによって輝かせた。
そこから放たれるは神速の一撃、神速のソードスキル、アーンジュ・ルミエール。一筋の光となって黄金の軌跡を残しながら敵を貫く一撃だけのソードスキルだが、フラッシングペネトレイターとは違い最上位スキルでもないのに、その威力はフラッシングペネトレイターを上回る。
最早、閃光のアスナではなく、神光のアスナという名がふさわしい一撃だ。
「負けていられないな、ぬん!」
アスナの一撃を見て、闘志を燃やしたのか、ヒースクリフは盾で受け止めた鎌を弾いて右手に握る片手剣の刀身を赤いライトエフェクトによって輝かせる。
ヒースクリフの最強奥義、神聖剣の最上位スキル、アカシック・アーマゲドンが発動して、強大なダメージが与えられた。
「俺も、少し熱くなってきたかな…行くぞ!!」
ヒースクリフが最上位スキルを使った、他の皆も最上位スキルを使っているのに触発されたのか、キリトもまた、両手の剣をライトエフェクトによって輝かせると、二刀流最上位スキル、ジ・イクリプスを発動する。
二刀流が誇る超高速の27連撃、その全てが魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオン、そしてアスナが偶然ゲットしてキリトが装備している剣士の極みによる恩恵、大幅な攻撃力のプラス補正によって今までで一番の大ダメージを与えられた。
「だけど、これで漸くHPバー一本を削っただけか……」
5本もあったHPバーが一本消えて、残るは4本。まだまだ先は長い上に、また一人、尻尾の一撃で犠牲者が出てしまった。
これ以上の犠牲を出さない為に切り札を切ったのに、犠牲者を止める事が出来ないという現実が、キリトに重く圧し掛かってくる。
「ダメだ、強すぎる…っ!」
今まで戦ったどの敵よりも、どのボスよりも強い。50層の時の様に異常な防御力を下げる方法がある訳でもなく、かといって闇雲に攻撃しても時間が掛かる上に、犠牲者が増える一方だ。
犠牲を仕方がないと割り切るのは簡単だ。だけど、それをしてしまえば今までのキリトの行動の全てを否定してしまう事になる。……過去へと戻ってきた意味を、無くしてしまう。
「キリト君! 危ない!!」
「っ! しまっ!?」
戦いの最中に考え事をしてしまったのは完全にキリトの油断だ。その油断が凶器となってキリトを襲い掛かった、それだけの事なのだが、その一撃は重すぎた。
ギリギリでエンシュミオンとエクセリオンを構える事で防御する事は出来たが、大きく弾き飛ばされてしまい、壁に叩きつけられたキリトはHPが一気にレッドゾーンへと突入する。
「キリト!」
「キリトさん!」
クラインとシリカの声が聞こえる。だけど、今の一撃で意識が朦朧としてきたキリトの耳には遠くから聞こえているようで、視界がどんどん暗くなっていく。
こんな所で意識を失う訳にはいかない。だけど、身体が動いてくれない、瞼が上がってくれない、意識が、沈もうとしているのを止めてくれない。
「キリト君!!」
だけど、アスナの悲鳴のような声だけは、ハッキリと聞こえた。
愛する声、ずっと一緒に居ようと約束した、あの愛しい声が、沈み掛けていたキリトの意識を一気に浮上させる。
「っ!」
目の前に迫った鎌、それを身体を捻ることで避けて、床を転がりながら体制を整えて立ち上がると、見下ろしてくるスカル・リーパーの顔を見上げ、大きく息を吸って、吐いて…何度か目を閉じて深呼吸をすると、目を見開いた途端、キリトの中で何かが切れた。
「っ! うおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
ボスの部屋全体に響き渡るキリトの怒声、今までの戦いの最中にしていた焦りの表情は一変して、怒りと憎しみに染まった憎悪の表情になる。
75層ボス、ザ・スカル・リーパーとの戦いは、いよいよ佳境へと迫っていた。
キリト、ブチ切れました。
原作フェアリーダンス編でもキリト言ってましたよね? 戦闘中にブチ切れて我を忘れるってww
まぁ、そんな訳で、キリトはピンチに陥って嫁の声で覚醒です。