ソードアート・オンライン・リターン
第二十一話
「現れる聖剣と神剣」
キリトが魔剣エンシュミオンを展開したのと同時刻、浮遊城アインクラッド最上層の紅玉宮と、はじまりの街地下迷宮最下層の封印の間にて異変が起きていた。
紅玉宮の最奥に安置してある黄金の剣と、封印の間に封印されている純白の剣が同時に輝き、やがて宙に浮き上がると一瞬にしてその場から消えた。まるで、魔剣エンシュミオンに導かれるかの様に、真っ直ぐキリトの下へ向かって。
ギルティサイスの鎌が倒れて動けないキリトとアスナに向かって勢い良く振り下ろされる。その刃は残りHPが2割しか残っていない二人の命をあっさりと奪い去り、キリトとアスナをゲームからも、現実世界からも退場させる事だろう。
死を覚悟した2人を襲う刃は、そのまま2人の命を刈り取るかと思われたその時だった。2条の光が鎌を受け止め、逆に大きく弾き飛ばしたのは。
「な、何だ…!?」
「あれは…剣?」
キリトとアスナの前に現れた黄金の細剣と純白の片手剣、同時にその剣に手を伸ばし、柄を握った瞬間、2人のHPが急に全快する。
「これは…癒しの光なのか?」
「凄く、心地良い光…」
2人が剣の柄を握った瞬間、光が2人を包み込み、剣の名前が表示された。
キリトが握った純白の片手剣は、聖剣エクセリオン。魔剣エンシュミオンと対を成すアインクラッドで最も美しく、最も丈夫で、最も切れ味のある剣だ。
その刀身は新雪の如き白さで、薄いわけでも無いのに刀身自体が若干だが透けて向こう側が見えるほど。だがそれでいて耐久値はエンシュミオンよりも高いという最高スペックの剣だった。
「聖剣…エクセリオンか」
右手に魔剣エンシュミオン、左手に聖剣エクセリオンを握るキリトのスキル一覧には特殊な条件を満たしたが故に新たな二刀流のソードスキルが追加されていた。
アスナが握った黄金の細剣の名は神剣エクシード、黄金の見た目とは裏腹に羽のような軽さで、それでいて切れ味や耐久値はエクセリオンと同等か、それ以上という正に神剣の名に相応しい剣だった。
「神剣エクシード、これがわたしの、新しい力…」
アスナもまた、特殊条件を満たした事により、神速スキルに新たなソードスキルが追加される。
『Giruuuuuuu!!』
「「っ!」」
再びギルティサイスが横薙ぎに鎌を振るう全体攻撃を仕掛けてきた。
だが、アスナは神速の速さにより回避し、キリトは持ち前の反応速度を持って鎌の上に乗ると一気にギルティサイスの胴体まで走り寄る。
「ライトアンド……ダークネス!!」
キリトが習得した新たな二刀流ソードスキル、ライト・アンド・ダークネス。
魔剣エンシュミオンと聖剣エクセリオンを装備している時のみ使用可能な特殊ソードスキルで、超々高速60連撃を放つというエンシュミオンとエクセリオンの付加能力である持ち主の全パラメーターアップが無ければとてもではないが使えない最大奥義だ。
「ディユー・クラルテ!!」
更にギルティサイスの後ろからアスナが放つ神速の新たなソードスキル、ディユー・クラルテ。
神の光を冠するその技はキリトのライト・アンド・ダークネスと同じく神剣エクシードを装備している時のみ使用可能なスキルで、同じく60連撃の刺突を放つ。
その刺突は神速のスピードで放たれるが故に、連続刺突であるにも関わらず大量の光が同時に襲い掛かっている様に見えてしまう超神速の奥義だった。
『Gyiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii!!』
みるみる内にギルティサイスのHPがレッドゾーンに突入して、最後はキリトとアスナの丁度60連撃目が同時に決まると、ギルティサイスのHPは0になり、ポリゴンの粒子となって姿を消した。
「か、った…のか?」
「みたい…だね」
専用の鞘が無いエクセリオンとエクシードはアイテムストレージに収納し、改めてランベントライトとエリュシデータを拾った二人はユイとルイの待つコンソールの部屋に入る。
部屋の中では様子を見守っていたユイとルイが待っており、二人とも泣きながらキリトとアスナに抱きついて暫くそのまま泣き続けた。
仕方が無いだろう。キリトもアスナも、危なく死ぬところだったのだから、それを見ていたユイとルイにとっては恐怖以外の何者でもない。
「心配掛けてごめんねユイちゃん、ルイちゃん」
「もう大丈夫だから、な?」
「パパ、ママ…怖かったです、2人が、死んじゃうんじゃないかって……」
「お父さん、お母さん……死んじゃ、や…」
ユイとルイが泣き止むまで抱きしめながら頭を撫で続け、漸く落ち着いてから改めて部屋の中央にあるコンソールの前に立った。
キリトとルイが前に出て先にルイがコンソールに触れるとGM権限を発動、同時に現れたキーボードをキリトが操作してSAOのシステムからユイとルイのコアプログラムを切り離し、プレイヤーキリト:桐ヶ谷和人とプレイヤーアスナ:結城明日奈のナーブギアにあるローカルメモリにそれぞれ保存する。
キリトの方にはユイを、アスナの方にはルイを保存して全ての作業を終えると一度ユイとルイの姿が消えてクリスタルの状態になった。
「え? ユイちゃん!? ルイちゃん!?」
「大丈夫、システムから切り離してナーブギアにコアプログラムを保存したから2人がアイテム状態になっただけ、クリスタルに触れれば…ほら」
キリトがユイとルイの心であるクリスタルに触れると、二つのクリスタルが発光して、再びユイとルイが姿を現した。
これで全ての作業が完全に終了した事になり、SAOクリア後も2人が消える事は無くなった。
「どうだ? ユイ、ルイ」
「問題、ない…GM権限は、前より、規模縮小…」
「わたしも問題ないですね…あれ? わたしにもGM権限が?」
「ああ、ユイにもルイと同等のGM権限をコピーしたんだ。まぁ、それでも前ほどの権限は無いけど、なんでもスーパーアカウントとやらよりは下の権限らしい」
この世界にスーパーアカウントを持つ人間は居ないみたいなので、実質的にユイとルイの権限がヒースクリフのGM権限に次ぐ権限という事になる。
「さてと、やる事は全部終えたし帰るか…腹減ったぁ」
「もうキリト君ったらー」
「ユイもお腹空きましたー」
「お姉ちゃん…お父さん、みたい」
最近ユイは本当にキリトに似てきた。寝起きや食欲旺盛なところ、暇な時は何処でも寝るところ、本当に全てキリトと同じ。
だけど、アスナに似てきたところだってある。自信を持って何かを言うときに腰に手を当てて胸を反らすところ何かがアスナの仕草そのもので、いい感じにユイはキリトとアスナの子供になってきている。
ルイもこれから先、キリトとアスナに似てくるのだろう。ユイはキリトに似たのだから、アスナはなるべくルイは自分に似ているところが多くなる様、子育てをしようと心に誓うのであった。
ホームに戻ってきて、漸く一息付いた4人は早速だが手に入れたばかりの剣、聖剣エクセリオンと神剣エクシードについて話し合う事となった。
魔剣エンシュミオンは元々未来の茅場晶彦がエリュシデータとダークリパルサーから作り出した魔剣の筈で、それに共鳴する剣など存在するわけがないのに、何故エンシュミオンに共鳴してこの二本は現れたのか。
「魔剣、エンシュミオンは…本来、第100層のフロアボス前に、条件を満たす事で入手出来る、イベント限定武器」
「エンシュミオンを装備する事と、あと何かもう一つ、特殊な要素を満たす事でエクセリオンとエクシードは封印が解かれてエンシュミオンの持ち主の所に現れるみたいです」
ルイもユイも、その特殊な要素については不明との事だ。2人の権限ではそこまで詳しい事は調べられないらしい。
「まぁ、どんな理由でも構わないか、強力な剣が手に入ったんだ…これはヒースクリフとの戦いに大きな戦力武器になってくれる筈だ」
「そうだね、エクセリオンとエンシュミオンを装備しているとき限定のソードスキルも凄い強力だもん。60連撃は圧巻だよねー」
「ああ、それに“アレ”…システム外スキル“スキル・キャンセラー”と組み合わせれば更に連撃が可能だ」
上手く行けば最大120連撃も可能となる。それは事実上最大連撃のスキルとなるだろう、キリトにとって最大の切り札だ。
「でもキリト君が今の所スキル・キャンセラーで繋げられるのってジ・イクリプスからスターバースト・ストリームが一番成功率高いんだよね?」
「ああ、それに次いでスターバースト・ストリームからスターバースト・ストリームにってのが高い。ジ・イクリプスからジ・イクリプスにってはまだ一度も成功した事が無いな」
元々は未来においてキリトがヒースクリフとの戦いの最中にスキルを発動し掛けてライトエフェクトが発生したのを無理やり押さえ込んでスキル発動をキャンセルしたのがスキル・キャンセラーの由来だ。
ソードスキルが完全に発動してしまえば途中でキャンセルするなど普通であれば誰も考えないし、先ず無理だろうと思う。だけどキリトはライトエフェクトまでしたスキル発動を押さえ込む事が出来たのだから、もしかしたら発動中でもキャンセル可能なのではないかと考えた。
そして結果として物凄い練習を必要とはしたが、可能だったので、それを利用して連撃の最後にスキルを強制キャンセルし、同時に新しくスキルを発動させるという荒業を生み出したのだ。
「タイミング間違えたらスキル後の硬直で動けなくなるけどなー」
「そのタイミングもキリト君は何度も練習して間違えない様にしたんでしょ?」
「ああ、ただ同時に新しくスキル発動ってのがまた難しい」
スキル・キャンセラーにより発動中のスキルをキャンセルして、キャンセルしたのと同時に新しくソードスキルを発動させるというのは中々に難しい。
なるべく隙間無く発動させなければならにので、本当に100分の1秒、1000分の1秒単位の世界での調整になる。ヒースクリフとの戦いを想定していなければとてもではないがキリトも開発しようとは思わなかっただろう。
「ネックなのは、ヒースクリフは、ソードスキル開発者…内容は全て読まれる事」
「でもスキルキャンセラーの利点にはキャンセル後のスキルが何になるのかはパパ次第なので、相手の意表を突けるという点があります」
特に初見なら絶大な効果を示すだろう。ヒースクリフとの戦いにおいても、かなりのアドバンテージを持てるはずだ。
「とりあえず当面の目標はジ・イクリプスからジ・イクリプスに繋げられるようになる事と、ライトアンド・ダークネスからライトアンド・ダークネスに繋げられる様になる事か…間に合うかな?」
「間に合わせるんでしょ? キリト君なら」
「…ああ、そうだな」
キリトの肩に頭を預けて聞いてくるアスナに、キリトは彼女の肩を抱いて頷いた。そんな2人を見てユイとルイは自分達もと、2人の膝の上に飛び乗り、家族4人…飽きる事無くギュッと抱き合うのだった。
第55層グランザム、血盟騎士団本部内団長執務室、そこにヒースクリフは居た。
「む、何か今……少し、調べてみるか」
一瞬感じた違和感、まるでこの世界に、何かが介入しようとしている様な、そんな違和感を感じた。これはGM権限でも最大の物を持つ彼だからこそ感じたものなのだが、その違和感が何やら嫌な予感を感じさせたので、早急に調べる必要があると、団長室の奥、隠し扉の向こう側に設置してあるシステムコンソールの所へ向かう。
「おっと、折角作った味噌ラーメンを忘れるところだった」
デスクの上に置かれたままになっている食べかけのラーメンが入った丼を持って、改めてヒースクリフはシステムコンソールの所まで歩いていった。
「異常は無い、か……となると、ゲーム外の事か? 一度ログアウトして調べてみる必要がありそうだ」
仕方が無いと、ヒースクリフは食べかけのラーメンを急いで食べ終えてシステムメニューを開くと、他のプレイヤーには存在していないログアウトのポップを表示、そのままそれをタッチしてアバターヒースクリフはそのまま眠りに、中身である茅場晶彦は現実へと戻るのであった。
次回はついに74層迷宮区を突破し、キリトがHPギリギリで漸く倒した蒼い悪魔の登場です。