海老名さん√がまちがっているわけがない。   作:あおだるま

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サイゼって怖い

 気まずい。

 

 アニメイトにいたときはテンションもおかしかったが、外に出て冷静になってみるとなんかだんだん死にたくなってきた。

 

『俺はあんたのことは何も知らない。海老名さんが何をもって俺を知っていると思い込んでいるのかは知らないが、勝手な押し付けは勘弁してほしい』

 

 あ、死にてえ。これはもうあれですね。黒歴史確定ですね。今までのなかでも奉仕部でのアレに次ぐレベルで恥ずかしい。いや、でも海老名さんも割と…

 

 横を見ると彼女も少し顔を紅くさせ、うつむきながら歩いている。あっれれー、おかしいなー。本当にちょっとかわいく見えてきた。…俺ちょろすぎないか?

 

 勘違いするな。別に海老名姫菜は特別な思いからああいう発言に至ったわけではない。

そう、彼女にとってあの修学旅行の出来事は少なからず異質なものだったのだ。一人悩み、抱え込んでいた。それを誰かさんがかってに全部ぶち壊して無茶苦茶にした。時とともにその特殊性のみが浮き彫りになり、特別だと勘違いしているだけだ。吊り橋効果と何ら変わらない。でも吊り橋効果って、吊り橋を二人で渡るっていうシチュエーションの時点で割ともうイケる関係性なんじゃないですかね。

 

「と、ところで!」

 

 海老名さんはわざとらしく手をたたく。

 

「これからどうしよっか。ヒキタニ君はなんか用事とかある?」

 

「は?普通に帰るだろ。この辺だと同じ高校の人間もいるかもしれんしな」

 

 今はアニメイトを出て駐輪場に向かって駅前を歩いている。今日は学校が早く終わり部活のない生徒たちが多いのか、制服姿の連中が多い。どこで誰と出くわすかわかったものではない。いや、俺の知り合いなど数えるのに両の指で事足りるほどしかいないが、海老名さんはそんなことはないだろうし、俺と歩いていることは彼女の学校生活に良い影響は与えまい。それで新しいクラスでの彼女の立場が微妙なものになっても寝覚めが悪い。…まあ俺とて折本と出くわした前例もあるし、あまりこういうところには長居したくない。特に横に女の子(そこそこの美少女)がいるとなるとなおさら、何を思われるかわかったものではない。

 

「えー、せっかくここまで来たんだし、どっか寄っていかない?時間はまだ大丈夫でしょう?疲れたしお茶でも飲もうよ」

 …疲れたなら帰るのが正解じゃないですか。

「俺が海老名さんとこれ以上行動を共にする理由がない。アニメイトに行ったのはお互いに行く予定があったからだろ」

 

「お茶するのに理由もないでしょ。それとも、お茶に行かない理由はあるの?」

 

 ぐぬぬ。

 

 別に先ほど俺が挙げた理由を説明する必要はないし、したくない。ここは「疲れた」やら「面倒」やら言ってしまえばいい。…本当に行きたくないなら。

 だが、どうもそのように拒絶する気にはなれなかった。さっき彼女の思っていることを聞いたことに対して引け目を感じているのかもしれない。

 

 まあ、ちょうど腹も減ってるしな。

 

「…サイゼでいいか?」

 

「うん♪」

 

 ここで全く文句が出てこないのは、女子としては素晴らしい。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー。お客様何名様ですか?」

 

 さすがに先ほどのアニメイトとは違って、店員のお姉さんは愛想がいい。俺は人差し指を立てる。

 

「はい、一名様ですね。ではこちr…」

 

「ちょ、ヒキタニ君。わたし、わたし」

 

 海老名さんが自らを指さす。しまった。ソロサイゼがデフォルト過ぎて無意識のうちに訓練されたやり取りになってしまった。ソロサイゼがデフォルト過ぎるってかっけえな。材木座?いっつも一人って店員に伝えてるけど、席に座ると目の前にいるから不思議だよね。

 

「はい、では二名様ですね。こちらへどうぞ」

 

 店員は気にすることもなく案内する。まだ5時過ぎということもあり店内には多少の余裕があるようだ。何も言わずとも禁煙席に通される。

 

「ではご注文お決まりになりましたらお呼びください」

 

 

 

 

 

 

「えーっと、どうしよっかな…あ、メニュー見る?」

 

「いや、もう決まってるからいい」

 

「メニュー見てもないのに?」

 

「俺が年に何回サイゼに一人で来てると思ってるんだ。プロのサイゼリアンなら、頼むものは曜日別に決まっている」

 

 でも実際、ファミレスでメニュー見るのって誰かと一緒に見るのが楽しいからだろう。それこそ一人であのでかいメニューを広げても虚しさが襲ってくるだけだ。だからおれこと比企谷八幡は、サイゼにも食券システムを導入することをここに提案します。

 

「へー。私はそこまで来ないかな。大体一人なの?」

 

「さっき言ったようにな。…ああ、戸塚とはたまに来るかな」

 

 

 

「と、とつはち!?」

 

 ぶはー!!!!と、いつもの彼女。私としてははちとつだと思うのだけれど。心の中で渾身の物まねを披露する。…だめだ、雪ノ下に殺される。

 

「戸塚が部活が早く終わったときとかな。疲れてるらしいからか知らんが、あいつ結構食うぞ」

 

 華奢でごはんもしっかり食べるとか、どこのヒロインですか、まったく。本当にけしからん。

 

「も、もしかして、あーんとか?」

 

 ハアハアと呼吸が荒い。怖い、怖いよ。

 

「しねえよ。でも戸塚が口についたソースをナプキンでふいてくれた時はプロポーズを決意したな」

 

「ぶっはー!!!キマシタワーーー!!!!!!」

 

 ちょ、まじで鼻血出してんじゃねえか。あーしさんいつも大変なんだな。このテンションを毎回かいがいしく世話してあげるとか、あの人マジおかん。

 

「ほれ、これでふけって」

 

 慌ててナプキンを差し出す。

 

「うん、ありがとー」

 

 海老名さんが落ち着くのを待ち、店員を呼んで注文する。たらこスパとか食べてこの人夕飯はいるのかしらん?俺はもちろんミラノ風ドリア。100週回ってむしろドリア。

 海老名さんがドリンクバーも頼んだので、つられて頼んだ。しまった、長居することになるかもしれない。ちなみにドリンクバーの原価は一杯七円らしいので、サイゼなら30杯近く飲まないと元は取れない計算になる。うん、長居する必要ないね。

 

「じゃあ俺ドリンクバー行ってくるわ。海老名さん何飲む?」

 

「あ、ありがとう。じゃあウーロン茶でお願い」

 

「はいよ」

 

 ドリンクバーへ向かう。割と遠い。

 

「えーと、ウーロン茶ウーロン茶…」

 

 ウーロン茶とはなかなか健康志向だ。おれはドリンクバーではコーラ。マックスコーヒーはさすがにないので、より糖分が採れそうなものを選ぶ。

 

 背後から人が来たので横にずれる。うっわ、ビッチっぽい、な…。

  

「あれー、ヒッキーだー!」

 まさかのガハマさんでした。

 

「お、おう。どうしたんだこんなとこで」

 

「別にこんなとこってわけでもないじゃん?サイゼ普通に来るし」

 

「だ、だな」

 

 別に悪いことをしているわけではないのだが、どうにも落ち着かない。俺の様子に違和感を覚えたのか、由比ヶ浜は不思議そうに俺を見る。

 

「どーしたの、ヒッキーなんかおかしくない?」

 

 なんでこのあほの子はこんな時だけ鋭いの。

 

「ばっか、お前俺がおかしいのはいつものことだろうが。むしろ俺がキョドってない時のほうがおかしいまである」

 

 自分で言っていて視線が泳ぐ。俺は何を言ってるんだ。無駄に自らを傷つけている気がする。

 

 その受け答えをさらにおかしいと思ったのか、由比ヶ浜は俺に疑惑の目を向ける。

 

「ヒッキーやっぱおかしい。なーんか隠してない?」

 

「べ、別に何も?お前に隠すことなんて何もないぞ」

 

「…ほんと?」

 

 捨てられた子犬のような目でこちらの様子をうかがう。ああ、心が痛む。だが、決して嘘はついていない。本当のことを言っていないだけだ。

 

「ああ、本当だ。」

 

「…じゃあ、さ」

 

 由比ヶ浜は一呼吸置く。

 

「今日は一人?」

 

 げ。

 

「えっと…」

 

「あ、誰かと一緒なの?」

 

「ま、まあそうとも言えるような。」

 

「中二とか、彩ちゃんとかかな?」

 

「ま、まあそんなところだ」

 

 やはり俺の態度を不審に感じているようだ。ふーん、と俺を一瞥し、とびきりの笑顔をつくる。あれれ、目が笑ってませんけど。

 

「じゃ、一緒のテーブルにしない?そんなに大人数じゃないでしょ?」

 

「それはだめだ!」

 

「…」

 

「…」

 しまった。

 

 いよいよ由比ヶ浜も俺が何かを隠していると確信したらしい。俺の来た方向に行こうとする。

 

「ちょ、まてって、由比ヶ浜。お前も誰かと一緒にいるんだろ?邪魔しちゃ悪いし、それに俺がいても空気が悪くなるだけだぞ。だから自分の席に戻ろう。な?」

 

「…後ろめたいことしてる男は口数が多くなるって、ママ言ってた」

 

 とんだ英才教育だ。ゆいがはママ、ほわんとしてる風で娘になんてこと教えてんだ。

 

「い、いいから戻れって」

 

「別にちょっと行くぐらい、いいじゃん!」

 

 若干の押し問答があり、人目を集めてきた。まずい、目立つ前に戻らねば…

 

「ヒキタニくーん、やっぱりレモンティーにしてもらっても…」

 

「由比ヶ浜さん、あなた満足にドリンクバーも…」

 

 沈黙が降りる。

 

 ふと外を見ると、雨粒が窓をたたいていた。さああという音が耳につく。

 

 口火を切ったのは雪ノ下だった。わーい、すっごい笑顔。

 

「あら、比企谷君、ごきげんよう。こんなところで、海老名さんと、いったい何をしているのかしら」

 

 学年主席、理解が早すぎる。

 

「ちょ、姫菜!!??え、なんでヒッキーといっしょに、あれ、だってヒッキーさっき彩ちゃんと中二と来てるって…」

 

 信じてたのかよ。どんだけいい子なんだよこの子。

 

 海老名さんを見ると、たははー、と苦笑している。チラっとこちらを見ているが、由比ヶ浜だけならまだしも、この氷の女王を俺が出し抜けると思うか?

 

「海老名さん、もしかしてこのゲスの極み・ガヤくんに何か脅しでも受けてここにいるのかしら?」

 

「おい、ガヤ君って誰だよ。いや確かに大体の場合において俺はガヤだが、今回ばかりは当事者は俺以外いないし、ガヤはお前…」

 

「比企谷君」

 

 こちらを向き、にっこりと笑う。

 

 「少し黙りなさい?」

 

 はい。ごめんなさい殴らないで。

 

 ふー、と一息つき、また海老名さんの方を向く。

 

「で、海老名さん。ここでゲスガヤくんといったい何をしていたのかしら。もし依頼についてだったら、部長である私も同席させていただきたいのだけれ…」

 

「ううん」

 

 海老名さんは雪の下の言葉を遮り、首を横に振る。

 

「デートだよ」

 

 ドリンクバー一帯の空気が凍り付く。

 

 あ、走馬燈ってこういうことなんだな。17年間の人生を高速で振り返りながら、比企谷八幡は死を覚悟した。

 


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