「照、遅くなった。待たせたな」
「ううん、大丈夫」
部活が終わり、私と照以外の部員が挨拶をして部室から出て行くのを確認してから声をかける。じゃあ、帰ろう、と照が立ち上がる。二人で部室から出て鍵をかけ、鍵がかかっているかを確認するために幾度かドアを動かす。しっかりと鍵はかかっているようなので大丈夫だろう。
部室の鍵を返却して、二人で帰路につく。
「部長は大変だね」
歩きながら照が私に言ってくる。
「まあ、確かにな。なんなら変わってみるか?」
「わたしには出来ない」
照の言葉に冗談交じりに返すと、首を横に振りながらそう答える。
「そうか? 皆しっかりと付いてきてくれると思うがな」
おそらく、照が部長だったとしても皆をまとめることは出来るだろう。私より口下手なところはあるが、それでも皆を引っ張るだけの力はあるはずだ。
「そんなことない」
だが、本人はそう思っていないようで、否定的な反応が戻ってくる。それに対して「そうか」と返し、照が「そう」と返事をする。
「……それで、話があるんだろう」
「うん」
照が私に何か言いたいのだろうというのはなんとなく察しが付いていた。私の言葉に返事をした照はそのまま話し始める。
「本当はまだ言うつもりじゃなかったけど、今日の部活で色々知られちゃったし、それに菫のおかげでもあるから」
「昨日のデートのことか」
「うん、それと今のわたしの気持ち」
照が私の方を見る。そして、目を閉じて一回深呼吸をする。深呼吸の後に目を開けて私の目と目を合わせる。
「わたしは神宮君が好き」
そう言ってきた照の目を私はジッと見つめる。しっかりとこちらを見つめる目は前のように不安で揺らいでいない。
「……そうか」
コイツが自分の気持ちをしっかりと自覚したのなら良かった。変に気がつかずにそのまますれ違いなんてことが起きたらイヤだからな。
「菫のおかげ、前に菫と話していなかったらこの気持ちに気がつけなかった」
照は「だから、ありがとう」と付け加える。
「私は……」
そう言ってからいったん言葉を区切る。照が言葉を待っているようでこちらの様子を伺っている。
「お前のことを親友だと思っている。お前と知り合って今年で三年目だが、色々あったし色々話を聞かせてもらった。その色々を踏まえて言わせてもらうが、私はお前に幸せになって欲しい」
私の言葉を聞いた照は少し目を見開いてから「……ありがとう」と言ってくる。
少し気恥ずかしい気分だが本心だ。だから、
「だから私はお前の恋愛を応援するし、協力できることなら協力しよう」
まあ、私が協力できる内容ならいいんだがな、と付け加えるように言う。実際に何か頼まれても協力できるかは分からないのが少し不甲斐無いがそれでも出来ることはしよう思う。
「昨日、神宮君と水族館に行った」
照がいきなりそんなことを言ってくる。さっき部室で話題になった内容だったためそのことは知っている。
「それは知っているが、何かあったのか?」
ううん、ちがう、と頭を振ってから言葉を続ける。
「もっと一緒にいたいって思った」
「そ、そうか……」
いきなりそんな事を言われても困る。今になって思ったが、もしかして今後こんな風に色々聞かされるのだろうか。とはいえまだ話の途中だ、気を取り直して話の続きを聞く。
「私は神宮君が好き。でも、これからどうすればいい?」
「どうすれば?」
そう聞いた私に「うん」と言ってからさらに言葉を繋ぐ。
「なんだか、何をすればいいのかがわからない」
照は不安げな瞳でこちらを見てくる。
「神宮君は優しい。そんなところも好きだし、一緒に話しているだけで凄く楽しい」
そういった照の顔には笑みが浮かんでいる。幸せそうな顔をするものだ。
「だから、今日の昼休みも一緒に過ごして凄く楽しかった。でも……」
そう言って照は自分の左手を見て、閉じたり開いたりを繰り返し、
「なんか……物足りなかった」
消え入るような声でそう言った。
「……私はお前じゃないからなぜそう思ったのかまでは分からないが、そうだな、なら二人で昼食をとるのはどうだ?」
「二人で?」
「ああ、今は昼食を終えたら二人でいるのだろう? いっそのこと昼休みをあいつと過ごすのはどうだ?」
デートをした後に前のように過ごして物足りないと感じるのだ。もっと一緒にいたいのではないかと思うのだが。
「二人で、昼休みを……」
照は少し考えてから、でも、と言ってこちらを見る。
「神宮君だって一緒にお昼を食べてる友達がいる」
「聞いてみればいい、あいつが断るとは思わないがな」
自分からデートに誘った相手が昼食を食べようと言ってくるのだ。おそらく断らないだろう。
私の言葉を聞いた照は、
「じゃあ、聞いてみようかな」
と小さく呟く。私は足を止めてから照に言葉をかける。
「まあ、やれるだけやってみろ」
照と分かれる場所まで来ていたのでここでお別れだ。照も足を止めて私の方を見てから礼を言ってくる。
「今日はありがとう。菫には助けてもらってばっかだね」
「気にするな、その分大会で働いてもらうさ」
「うん、まかせて」
互いに軽く言葉を交わして、別れの挨拶を行う。
それじゃあ、といって自分の帰路につく照を見ながら、あいつも変わったなと独りごちる。なにより、笑顔が増えた。
フッと笑ってから自宅に向かうために足を向ける。親友が幸せそうな顔をしているのを喜ばない訳がない。照と神宮がお互いに想いあっている事は端から見ていても分かる。あとは当人がどう行動するかだ。だが、あいつらのことだ。悪い方面には動かないだろう。私はしっかりとそれを見届けよう。
〇
朝、登校しながら、昨日菫と話したことを思い出す。昼食に神宮君を誘うというものだ。
下駄箱で靴を履き替えてから自分のクラスへ向かう。教室のドアを開けて入り口付近の席に彼が座っているのを確認して挨拶をする。
「おはよう、神宮君」
「うん、おはよう宮永さん」
私の言葉に彼は振り向いてから返事をしてくれる。いつもの光景になってきてはいるが、それがとても心地良い。
「神宮君」
と彼に話しかける。名前を呼ばれた彼はこっちの言葉を待っている。
「その、今日のお昼一緒に食べない?」
私の言葉に彼は少し驚いたような表情をしてから、優しく笑ってから一言。
「わかったよ、それじゃあ一緒に食べようか」
その返事を聞いて自分の顔が自然に笑顔になるのが分かった。うん、と返事をしてから席へ向かう。席に着いてから菫にメールで「昼食は神宮君と食べることになった」と連絡を送る。少しすると返信がきたようで携帯に通知が来る。メールを見てみると「了解した。淡には私が伝えておこう」と書かれていた。
携帯をしまってから時計を見る。まだ学校の授業が始まるまで時間がある。時計を見ながらいつも以上に昼休みになるのを楽しみにしている自分がいることに気がついた。
うん、やっぱりそうだ。彼と一緒にいる時間が待ち遠しい。もし、彼が許してくれるのなら明日からも一緒に食べたいな。
そんなことを思いながら朝読書で読む予定の本を取り出す。続きを読むために栞の挟んでいるページを開き栞を手に取る。チラリと神宮君の方を一瞥する。彼は近くの席の友達と話しているようでわたしが見ていることには気がついていないようだ。視線を栞に戻してから目を閉じてこの栞を買ってもらったときのことを思い出す。そうするだけで胸の奥が暖かくなる。
栞をいったん机の上に置き本の続きを読み始める。明日からも一緒に食べようと言ったら受けてくれるかなという考えが頭によぎった。