和菓子   作:見波コウ

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第六話

 休日。僕は部活などに所属していないために朝から店の手伝いをすることになっている。時計を見ると朝の六時。まだ少し眠気が残っているが、おそらくリビングでは母さんが朝食を作っているだろう。

 部屋から出て階段を降りてからリビングを覗く。思った通りに母さんが朝食を作っていたので「おはよう」と声をかける。挨拶を返されて「顔を洗ってきなさい」と言われる。言われるままに洗面所で顔を洗ってからリビングに戻る。それと同時に父さんが階段を降りてくる。互いに挨拶をしてから父さんは洗面所へ、僕はリビングに入る。

 テーブルには朝食が用意されていて、いくつかあるおかずが個性的な香りを放っている。席に着くと朝食を用意し終えた母さんが席に着き、遅れて父さんが席に着く。

 いただきます、と手を合わせてから朝食に手をつけていく。

 

「湊、聞いていなかったのだけれど、今日も来るのかしら?」

 

 朝のニュースに見ながら朝食を食べていると、母さんが聞いてくる。

 

「宮永さんのこと? メールでは来るって言ってたけど」

 

 数日前にメールで「今週は土曜日と日曜日の両方に『あまね』に行く」とメールが来ていた。こちらとしては色々ありがたいのだが、大丈夫なのだろうか。母さんが値引きしているとはいえ毎週来るとなると金銭的に負担になったりしないのだろうか?

 

「それじゃあ休憩時間は宮永さんが来てからにすればいいのね?」

 

 確認を取るようにそう言ってくる。

 『あまね』では店頭販売もしているが、買った和菓子を店内、もしくは店外の飲食スペースで食べることもできる。宮永さんは初めて来た日から店内で食べているので、母さんと父さんはそれに合わせて僕の休憩時間を調整してくれているのだ。そして休憩時間に宮永さんと話しながら和菓子を食べるのがいつもの光景のようになっていた。

 両親と宮永さんが会ったときはたいそう驚かれた物だ。もともと学校に持って行っている和菓子を分け与えている人がいることは伝えていたが、その人物が雑誌やテレビで取り上げられている高校生チャンピオンだとは夢にも思わなかったそうだ。

 その後、宮永さんが小動物のように和菓子を食べる姿を見て母さんがいたく気に入ったらしく、値下げをするわ、学校に持って行く和菓子に宮永さんの好きな物を多めに入れようとするわといろいろなことをやっている。

 

「まあ、うん、そうだね。そうしてくれると助かるかな」

 

 そう返事をしてから、そういえばメールには土日の両方に来るって書いてあったな、と思い返す。白糸台の麻雀部は毎週土曜と日曜のどちらかが休みだそうで、彼女はその空いた日に来てくれていた。

 一応伝えておこうか、と口を開く。

 

「なんか明日も来るってさ」

「明日も?」

「うん、たぶん今週は土日で休みなんだと思う」 

 

 へえ、と答えてから母さんがなにか考え込む、そして、

 

「じゃあ、明日は休みにしてあげるからデートに行ってきなさいよ」

 

 何の気なしに言ってきた。

 うぐっ、と食べているものを詰まらせそうにしながらもなんとか返事をする。

 

「何度も言ってるけど宮永さんとはそういう関係じゃ無いんだけど」

 

 確かに宮永さんに対しては好意的な感情を持っている事は認めるが、だが、それがそういうものなのかは自分でも分かっていない。なにぶん経験が無いのだ。

 

「何言ってるの、男と女が二人きりで出かけたらそれはもうデートよ」

「そもそも宮永さんはウチの和菓子を食べに来るわけだし」

 

 それなら商品いくつか持っていって良いから、そう言って自分の使った食器を洗い場に持って行く。無理矢理話を切られたようで、父さんの方を見ると、無言で首を横に振っている。どうやら明日の分の給料はもらえないようだ。

 デートっていわれても、と一人困惑に陥る。しかし、母さんの「食べ終わったなら食器持ってきて、今日は早めに仕込みしておきたいから」という言葉を無視するわけにもいかず、考えを一度頭の隅に追いやった。

 

 

 

 

 昼頃になると、休日というのも相まってお客さんが増え始める。店内で食べているお客さんにお茶を出していると、母さんが呼ぶ声が聞こえる。それに反応して作業場に戻る。

 

「さっき宮永さんがきたからもう休憩入っていいわよ」

 

 そう言われて制服の和帽子を取られる。ほら早くいって、と加えられて作業場から追い出される。

 制服から着替える為に更衣室に向かっていると、後ろから「ちゃんと誘うのよー」と声が聞こえた。

 ……完全に忘れてた。いや、これどうしよう。もちろん誘いたくないなどということじゃない、さっきも言ったが、宮永さんに対しては好意的な感情を持っていることは自覚しているので、二人でどこかに出かけることが出来るのならうれしいし、彼女の新しい一面を見れるかもしれないので楽しいだろう。

 でも誘うっていってもどうすればいいんだろう? 普通に言えばいいのかな、今まで二人で菓子を食べて話すだけだったけど誘ったら了承してもらえるんだろうか。

 いや、そもそも明日が休みかどうかも明確には分からないじゃないか、もしかしたら午前中だけだったりして午後に来るって事かもしれないし。

 なんて葛藤していたが、宮永さんを待たせるのは悪い、と思って制服を脱いでから店内に戻る。

 

「こんにちは、宮永さん」

 

 店内では宮永さんがもう席に座っていて、買ったであろう商品を机の上に置いている。少し遠目から見ていてもそれを開ける様子が無い。もしかして自分の事を待っていてくれているのだろうか、と思ってしまう。

 

「あ、神宮君。こんにちは」

「ごめんね、ちょっと待たせちゃったかな」

 

 ううん、大丈夫、と端的に返される。ならよかった、と言いながら宮永さんを一瞥する。今日の彼女は白いのブラウスに淡いピンク色のロングスカートというシンプルな装いで店に来ていた。

 お茶を彼女の前に置きながら、「隣、いいかな」と聞くと「どうぞ」と少しだけ横にずれる。

 

「毎週、ありがとうね」

「気にしないで、わたしが自分の意思で来てる。神宮君もわたしの為に休憩時間合わせてくれてるし、むしろ礼を言いたいのはわたしの方」

 

 そういった彼女はこちらに向かって優しく微笑んだ。なんとも気恥ずかしくなり、目をそらして「母さんが色々融通聞かせてくれてるからね」と返す。

 

「神宮君のお母さん、いい人だよね。優しいし」

「まあ、ね。でも怒ると怖かったりするよ」

「そうなんだ、あんまり想像できないかも」

 

 滅多に怒らないけどね、と言ってからお茶を飲む。どうも喉が渇く。

 宮永さんの方は買ったお菓子を取り出してから食べ始めていた。

 少ししてから、宮永さんが「そういえば」と口を開く。

 

「報告って言うのかな? 菫たちと夏の大会に出ることになった」

「それってたしか、前に言ってた『チーム虎姫』でってこと?」

「うん。昨日選抜戦があってそこで決まった」

 

 やっぱり強いんだな、彼女の強さを再確認した。

 

「それじゃあ、夏の大会に向けて練習だね」

「やることはいつもと変わらないけど」

 

 ちょっとだけわたしたちのチームが中心になるかな、とぼやく。

 大会前の練習というので少し気になったことを聞いてみる。

 

「大会前の練習となると、土日の両方に部活があったりするのかな?」

「そんなことない。休みは大事って菫が言ってた」

 

 顧問の先生とかじゃないんだ、と思ったが口に出すことはしなかった。

 

「神宮君は……」

 

 宮永さんがそこで言葉を区切ってからこちらを見てくる。すこし言いよどんでから言葉を続ける。

 

「休日に会えなくなるのはイヤ?」

 

 そう言ってきた彼女の目が不安そうに揺れているのが分かった。というか、自分の考えがまとまらない。だが何か言わなければと口を開く。

 

「イヤっていうか、まあ、もう習慣みたいになってるし……、確かに寂しいというか物足りなくなるというか……」

「わたしはイヤ。休日にココで神宮君と話すのを楽しみにしてる」

 

 宮永さんの目はもうさっきのように揺れてはいなかった。が、僕の方は恥ずかしくて仕方が無かった。「自分と話すのを楽しみにしている」なんて言われたらそうなるだろう。無意識的に手を口の近くに持っていってから、しっかりと答える。

 

「そう、だね。僕もこの時間は楽しみにしてるから、無くなるのはイヤ、かな」

 

 僕の言葉を聞いた宮永さんはうれしそうに表情が明るくなる。「なんかごめんね」と彼女に言うと、「なにが?」と返ってくる。

 

「はっきりしないっていうか、なんていうかこう、ね」

「わたしだっていつも人と話すのに苦労してる。誰にだってそういうときもある」

 

 そうはいうけども今日の宮永さんはいつもよりも言葉多めな感じで少し戸惑っているんだけど。少し視線を周りに向けてみると、母さんがこちらを覗いているのが見えた。目だけで「早く誘いなさい」と言ってるのが分かった。まったくもって分かりたくなかったけど。

 

「えっと、あのさ」

 

 どう誘うかなども考えていないが、一度言葉に出してしまえば言うしか無くなるだろう、という精神でとりあえず口を開く。

 

「明日も来るって話だけど、部活は無いの?」

「昨日、選抜戦をしたから今週は休みだって、もし昨日のうちに終わらなかったら続きを休日使ってやったみたい」

 

 ああ、なるほど。もし伸びた時用にの予定はあったけど、昨日のうちに終わったから休みになったのか。

 

「じゃあ、明日は完全にオフ?」

「うん、そうだけど……」

「えっと、僕も明日は休みなんだけど、その、どっか行かない?」

 

 自分が言葉を発した瞬間に、菓子を食べていた宮永さんの動きがピタリと止まった。

 正直、自分が今言ったばかりの言葉が思い出せないレベルで頭の中が混乱しているわけだが。

 宮永さんの返事を待ってるが、返事が来ない。彼女の方を見ると、手に持っていた菓子を机の上に置いて少し俯いているように見える。

 少ししてから彼女が口を開く。

 

「それは、その……、デートのお誘いってことで、いい……の?」

「え、いや、その……」

 

 正面切って確認されるとは思ってもいなかったために、返す言葉が出てこない。

 しどろもどろになりながらも宮永さんを見てみると、頬が赤くなっているのが見えてしまった。

 

「あ……その、はい……そう取ってもらって……構いません」

 

 片手で顔を隠して少し彼女から目を背ける。鏡を見なくても分かる。絶対に自分の顔が赤いだろう。

 そうしていると宮永さんが、クスリと笑った為に、恥ずかしながらもそちらを向く。

 

「うん……、大丈夫。うん、明日、でかけよう」

 

 彼女はこちらを向いて赤みが残っている笑顔でそう言ってきた。それをみてこっちがまた恥ずかしくなる。

 

「じゃあ、その、よろしく」

 

「こちらこそ」

 

 そう言って彼女は前を向いて菓子を食べ始める。気がつくと自分の喉がカラカラなことに気がつきお茶を一気に飲む。飲み干したお茶がぬるくなっていたので空気を変えることを目的に「お茶、新しいの入れるね」といってから席を立つ。

 厨房のほうからお茶を新しくいれてもらっている最中に、いったん自分の気持ちを落ち着かせる。落ち着いてきたところに新しいお茶を渡され、机に戻る。宮永さんの方も顔の赤さが落ち着いており、こちらの「はい、新しいお茶」という言葉にもいつもの調子で返してくれた。

 

 

 

 

「それは、その……、デートのお誘いってことで、いい……の?」

 

 神宮君の言ってきた言葉に一瞬思考が止まってしまったが、なんとかその言葉をひねり出した。こんなことを聞き返すのは不躾かもしれないが、昨日菫と話してから色々と考えるようになってしまってつい聞いてしまった。

 しかし、わたし自身この言葉を言うのには恥ずかしかったのか、それとも勇気が必要だったのか、顔が熱を持っていくのを感じる。それがなんとも恥ずかしくて、すこし顔を下に向ける。

 わたしの質問に対して、彼は何かを言いよどむようにしているが、何かに気づいたように、

 

「あ……その、はい……そう取ってもらって……構いません」

 

 と言ってきた。チラリと彼の方を見てみると、顔を隠してわたしから顔を背けていた。そして、手の隙間から見えた横顔が真っ赤に染まっているのが見えて、「恥ずかしいのはわたしだけじゃ無いんだ」と感じて小さく笑ってしまった。

 それに反応したのかは分からないが神宮君がこちらを向いたので、了承の意を伝える。

 

「じゃあ、その、よろしく」

 

「こちらこそ」

 

 改めてお互いに言葉を交わす。わたしは気持ちを落ち着かせる為に、食べている途中だったお菓子を食べることにした。

 

「新しいお茶いれるね」

 

 不意に神宮君がそう言って席を立つ。わたしの分を含めた二人分の湯呑みをもって席を離れていく。その背中を見送りながら顔に手を当てる。じんわりとした暖かさが手に伝わって、まだ顔が赤いんだ、と他人事のように感じた。それでもいったん落ち着かせようと深呼吸をする。何度か深呼吸を繰り返して落ち着いた頃に神宮君が帰ってきた。

 

「はい、新しいお茶」

「ありがとう」

 

 お茶を持ってきてくれたことにお礼を言って、お茶を受け取る。湯呑みに触れた際に、さっき自分の顔を触った時と似たような感覚が手を伝わってきて、気恥ずかしい気分になった。


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