菫を神宮君に会わせた日から二週間ほどがたった。それからも、昼休みに中庭で神宮君と和菓子を食べながら昼休みの終わりまでお話をすることは変わらない。
この二週間で休日に『あまね』に行くこともわたしの習慣になったりもした。神宮君のお母さんがわたしの負担にならないように、と値引きしてくれている為に懐が痛むことはない。
今日も昼休みにお話をして和菓子をもらってきた。そのために私は腕の中に見慣れた紙袋を抱えている。
部室に行く途中に菫と会って二人で部室に向かう。菫が私が抱えてる紙袋を見てから私の方を見る。欲しいのかな、と思い紙袋を差し出してみると、「いや、大丈夫だ」と断られる。じゃあどうしたんだろう? と首をかしげると、菫はフッと笑ってから「なんでもないさ」といって前を向く。
歩きながら今日の部活の予定について聞かされる。今日からは夏の大会の出場チームを決めるための選抜戦を行うようだ。前から選抜戦を行うことは聞いていたので特に驚くことはしないが。
菫に「調子はどうだ?」と聞かれる。春の大会までは私が大将だったが、夏からは淡が大将を務めるために私は先鋒を担当することになっている。選抜戦も大会の時と同じオーダーで試合をすることになるので今日からの選抜戦は私が一番槍だ。なので私の戦績でその後の菫たちの負担が重くなったり軽くなったりするのだ。
「うん、大丈夫」
「まあ、そうか」
ここ最近は調子がいい。菫もそれを分かっているのか簡単な返事しか返さなかった。
部室の前に着いてから、ドアを開けて入る。いつものように挨拶をされるので挨拶を返す。選抜戦の始まる時間までは自由に対局していいことになっているので、雀卓に座って対局している姿がちらほら見える。チラリと時計を見ると開始時間までまだ時間があるようなので、調整のためにわたしも一局打とうかな、と思い周りを見渡す。
「テルー! こっちで打とうよー!」
淡が大きく手を振りながらこっちに声をかけてくる。同じ卓に他の一軍のチームの子がいるようでわたしが入ればちょうど四人揃うようだ。コクリと頷いてから卓に近づく。「やったー! じゃあ席決めだ!」と喜んで風牌と一筒、二筒を用意して親を決める。その後に麻雀牌を自動卓に入れていく。入れた牌が中で混ぜられていくのと同時にすでに用意された牌が中から上がってくる。
「この後選抜戦だからねー、私とテルの調子を整えないと!」
そんなことしなくても余裕だけどー、と不敵な笑みを浮かべて付け加える。その言葉を聞いた残りの二人が顔を引きつらせているがよくあることだ。
起親を決めてから開面を行い、ドラを確認。配牌、理牌を終えてから対局を始める。
○
「ありがとうございました」
対局もつつがなく終わり、意気消沈している二人を横目に淡と一緒に卓を離れる。
「テル、最近は絶好調だねー」
「うん」
二人して菫のところへ向かう。菫もわたしたちが近づいてくることに気がついたようでこちらに反応を示してくる。
「照、淡。……まあ、お前らは大丈夫そうだな。今やってる対局が終わったら選抜戦を始めるから少し休憩していろ」
そういって隅にあるソファーを見る。「チーム虎姫」の残りの二人がすでに座っていたので淡とともに近づいてから座る。尭深がいつものようにお茶をくれたので、こちらも紙袋から和菓子を出して渡す。「ありがとうございます……」と受け取られてから、雑談を始める。
少し話をしていると、どうやらすべての対局が終わったようで菫が「集合!」と声を張る。
声に反応して部員全員が集まる。私たちもソファーから立ち上がり集合する。
「さて、それでは選抜戦を行う。まずはチームごとに分かれてくれ。……よし、分かれたな。選抜戦はリーグ形式の総当たりだ。リーグ表の通りに対局を行ってくれ。試合に出ない奴はしっかりと牌譜を取っておけよ」
準備を始めろ、と言った菫の言葉を皮切りに部員が各々の仕事を始めていく。私も先鋒なので対局の準備をする。
ああ、そういえば、と菫がみんなに聞こえるように言う。内容は「もし選抜戦が長引いたら土日まで使うことになる」とのことだった。
その言葉を聞いたわたしは少し考え込む。土日まで選抜戦を伸ばされるとちょっと困る。今週の休日は『あまね』に行く予定なのだ。
「どうした照?」
神宮君にはも前もってメールで伝えてあるので、もし行けなくなったりしたら申し訳ない。彼なら「気にしないで」と言いそうなものだけど。でもだからといって土日に延びるのはいやだ、何より楽しみなのだ。
「おい、照。大丈夫か?」
「……うん。先鋒戦でみんなトバそう」
「は?」
「じゃあ、菫。行ってくる」
後ろから「おい、ちょっと待て!」と声が聞こえるが、対局の終わった後でいいだろう。そう思った私は対戦相手が座っている雀卓に座り、対局を始めた。
○
選抜戦は今日のうちに終わり、土日に持ち越されることはなかった。結果は私たちの「チーム虎姫」が夏の大会にエントリーをすることになった。結局、先鋒戦でトバそうと意気込んでいたが、各チームの持ち点の八割程度を削るまでしかできなかった。まあ、それでも後続のメンバーでトバす事ができたのでわたしとしては大満足だ。ただ、大将の淡は自分の出番が減って不満げだったが、お菓子をあげることで機嫌が直ったのでよしとしよう。
「で、結局お前なんであんなことしたんだ?」
「あんなこと?」
部活も終わり、一緒に帰っていた菫からそんな質問が飛んでくる。
「先鋒戦で他家をトバそうとしてただろ」
「長引くと土日に延びるって言ってたから……」
そう言うと菫が不思議そうな顔をする。
「なんだ、休日に予定でもあったのか」
「『あまね』に行こうかなって思ってて」
わたしの答えを聞いた菫は苦々しく顔を歪める。そしてため息をついてから一言。
「お前な……」
「ん?」
「いや、伸びると言っても土日が全て潰れる訳じゃないだろうに」
「たしかにそうだけど……」
だからいい、という物ではないのだ。なんとなくだけども。
少し考え込んでいるわたしだったが菫が言葉を発したので意識をそちらに向けた。
「そういえば照。お前、昼休みに毎日神宮と中庭で菓子を食べながら話しているだろう」
菫が行った言葉にわたしは驚いた。菫には昼休みに神宮君からお菓子を貰っていることは話したが、その後二人で話していることまでは伝えていないはずだ。
「なんでしってるの?」
そう聞いたわたしに対し菫が目頭を押さえる。
「なんでって、おそらくだが結構な数の生徒が知っているぞ」
「そうなの?」
「ああ」
神宮君がなんか言ったのかな、と思っていると、
「別に神宮が何か言ったりしたわけじゃないぞ」
何で考えていることが分かったんだろう。
「じゃあ、なんで」
「前から思っていたが、お前は自分の事に無頓着すぎだ」
そういった菫は眉をひそめてから続きを話す。
「学校で一番有名なお前が中庭で男子と同じベンチに座っているんだ、それも毎日。簡単に広まるだろうよ」
私も見つけたときは淡に言ってしまったがな、と小さく言ってからさらに言葉を続ける。
「その様子だと気づいてないだろうが、昼休みに中庭にいる生徒の数が日に日に減っていっていてな」
「?」
「お前たちの邪魔をしないように気を遣う生徒が何人かいるんだよ」
なんでそんなこと、と言うと「ああ、なんでだろうな」と投げやりに返される。
それからお互いに何も言わない時間が続く。が、菫が大きくため息をついてからこちらに言ってくる。
「本当は当人の問題だからどうこう言うつもりはなかったんだが……」
さすがに二週間近く見せつけられたらな、そう前置きをしてから話し始める。
「お前たち二人の関係はどうなっているんだ」
「関係って?」
「いや、だからだな……」
そう言いよどんでから、一度息を吐く。
「お前は神宮のことをどう思っているんだ?」
「神宮君のこと?」
「正直、私の目から見たらお前らが好き合っているようにしか見えないんだが」
「……」
正直に言うと少し前から自分の気持ちが分からなくなっていた。神宮君と一緒に昼休みを過ごすのは凄く楽しい。それこそ昼休みが始まるのを楽しみにしているくらいだ。
だからこそ、菫に会わせる時間は昼休みではなく普通の休み時間に、と提案したし、みんなと昼食を食べた後も早めに中庭に行ったりもしていたのだ。
今日の選抜戦でもそうだ。『あまね』で彼と会う時間が無くなるのはいやだったから、連荘を重ねて点数を大きく削ったりしたのだ。
あれ? と疑問が浮かんだ。これってわたしは神宮君の事が好きなのだろうか?
異性に対する「好き」という気持ちは分からない。今までそのような経験が無かったから。でも恋愛の描写がある話は今まで読んだ本の中にもあるし、テレビでやっているドラマなどでも見たことがある。
頬が熱を持つのを感じた。もしかして、と考えてしまう。一度考え出すと止まらないようで、わたしが神宮君のことが「好き」なのかどうか分からなくなってくる。
「菫……」
「ん、なんだ?」
「……『好き』って……何?」
そう聞かれた菫は目を細めてわたしをジッと見る。
「私自身そういう経験が無いから分からないが……」
そういって、もし例えばだが、と言葉を続ける。
「昼休みにベンチであいつの隣にいるのがお前じゃ無くて他の女子だったらどうだ?」
そう言われて少し想像してみる。いつも彼と自分が過ごしているベンチに自分ではなく他の女子が座って彼と楽しそうに話している。
胸がざわつき、体温が下がったような気がした。手で胸を押さえて振り払うように頭を振る。
「……いやだ」
その答えにフッと笑ってから「ならたぶんそうなんだろう」と言ってくる。
「そんな簡単に……」
「私自身経験が無いと言っただろう。だが第三者から見てお前らの関係はそういうものに見えるがな」
じゃあ、と私は言う。そこから続けて言う言葉は自分でも消え入るような声なのが分かった。
「わたしは……神宮君が好き……?」
「まだ疑問系か」
そんな小さな声でも菫には聞こえていたようで反応を示してくる。
「焚き付けといてなんだが、お前のペースで進めばいいだろう。時間をかけてゆっくり気持ちの再確認をしてもいいし、いっその事あいつに告白してみるのも手だ」
「……好きかどうかも分からないのに」
「さっきも言ったが第三者からはそういう関係に見えてるんだ。本当のところは当人のみぞ知るって事なんだろうがな」
菫の言った言葉を聞いてみて、とても気になったことができた。口に出すのも恥ずかしかったが、もうここまで来たのならばいっそのこと聞いた方がいいだろう。
「その、神宮君はわたしの事……」
どう思ってるのかな、と言うと、
「言ったかもしれないが私から見たらお前たち二人は好き合っているようにしか見えないからな」
その言葉に顔が熱くなる。
「まあ、実際のところは分からないがな」
そういって菫が足を止める。どうしたのだろうと思って菫の方を振り向く。
「ほら、私はここまでだ。考え込むのもいいが事故に遭ったりするなよ」
どうやら、いつの間にか菫と分かれる場所まで来ていたようで菫がそんなことを言ってくる。
「……うん。気をつける。なんかいろいろありがとう」
「気にするな、見ていてやきもきしたから首を突っ込んだだけだ」
「それでも、ありがとう」
そう答えてから別れの挨拶をして、菫の去って行く後ろ姿を見送る。
正直まだ神宮君のことを「好き」と言い切れないが、それでも自分が分からなくなっていた気持ちに対して少しでも向き合うことができたのは大きな進歩だろう。
菫の姿が見えなくなってから自宅に足を向ける。その最中の私は明日『あまね』行く際にどんな服を着ていこうか、どんな話をしようかと考えていた。