和菓子   作:見波コウ

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第四話

 宮永さんと連絡先を交換した日の夜。早速彼女からメールが届いた。内容を見てみると「明日の休み時間に友達が会いたいと言っている」との旨のメールだった。やりとりを続けていくうちに、彼女が所属している麻雀部の部長が会って礼を言いたいとのことらしい。

 僕自身気にしていないし、そもそも宮永さんに上げたものなのでそれを彼女がそれを部員に分け与えようと自由なのだ。

 そのことを伝えると、「神宮君ならそう言うと思ってた」と返信が届く。だが、それでもその部長である弘世菫さんは礼を言いたいらしい。

 確かに真面目そうな雰囲気はあったけど、と送ると「菫のこと、しってるの?」と返してくる。

 

「話したことはないけど見たことくらいはあるよ。全国優勝している部活の部長だし、壮行会でも壇上に上がってたからね。それに時々クラスに来て宮永さんと話してるよね?」

「たしかに言われてみれば」

 

 そう納得した彼女と適当な話題でやりとりを幾度か繰り返し、最後に「おやすみ、また明日」と送ってから携帯を机の上に置く。

 数分後に携帯が震え、宮永さんから「うん、おやすみなさい」と返信が来た。

 

 

 

 

 昨日の部室で照と話したように、今日は休み時間に例の神宮湊という生徒に会いに行く。

 照が言うにはおそらく礼はいらないと言われるだろう、とのことだが、これからも照が部活に菓子を持ってくることを考えるとどうやっても私たちに分けられるだろう。一度くらいは顔を合わせて礼を言っておかなければ失礼という物だ。

 昨日のうちに照には二時限目が終わったら教室に行くと伝えてあるために、次の休み時間に照のクラスに行くことになる。教師から課せられた範囲の問題を解き終わった為に、答え合わせの時間まで照から聞いた神宮湊の印象を思い出す。

 本人の顔は知らないので男子生徒だと言うことしかわからないが、照曰く、「いい人」「優しい」「話しやすい」とのことなので悪い奴ではないのだろう。麻雀の関係ないことで照の観察眼が働くかはわからないが、それでも悪い奴に着いていくようなことはしないはずだ。……たぶん、菓子などで釣られなければ……。ん? 神宮湊は和菓子を照にあげているわけだから、菓子で釣ってるのか? いや、何を言ってるんだ私は。これから礼を言いに行く人に対してどんな印象を持とうとしているんだ。

 考えを振り払うように頭を横に振り、実際に会ってみれば分かる、と結論づけてから時計を見る。ちょうど答え合わせの時間になったようで、教室内を徘徊していた教師が教壇に立ち、問題の解答と解説をしていく。特にこれといった大きな間違いなどもなく正解が大半を占めたので、この単元は問題なさそうだ、と安堵する。

 全ての問題の解説が終わるのと同時に終業のチャイムが鳴る。使っていた教科書を片付けてから次の授業で使う教材を用意する。一息ついてから席を立つ。教室を出てから照のクラスに足を向けた。

 

 

 

 

 照のクラスの授業が長引いてないかを確認してから教室のドアを開ける。この教室に入るときは照に用事があるときのみなので自然と照の席に目を持って行く。しかし、いつもなら座っている照の席にだれもいないので少し困惑する。もしかしてトイレにでも行ったのだろうか、と思っているとすぐ近くから声をかけられる。

 

「あ、菫、こっち」

 

 聞き慣れた声だったためにすぐに声の主はわかった。声のした方に顔を向けると予想通りに照が立っていた。それと同時に会いに来たであろう生徒の姿を見ることもできた。 照が立っているすぐそばのに席に座っている男子生徒。どうやら照はこの生徒の席でこの生徒と話していたために自分の席にいなかったようだ。席がちょうど教室の入り口の付近にあるために、教室に入ったときに照の席を見た私の視界に入らなかったらしい。

 照がその生徒の方を向き私が来たことを告げ、その際に名前を呼んだためにその生徒が神宮湊だと理解した。

 

「神宮君。菫が来た」

「え、あ、早いね。もう来たんだ」

 

 そう言った神宮は座っていた体をこちらに向けて「ああ、本当だ」といってから立ち上がる。私と目線が同じくらいの高さなので身長が近いのだろう。

 

「えっと、神宮湊です。なんかわざわざお礼を言うために来てくれたみたいだけど……」

「ああ、麻雀部部長の弘世菫だ。照からはそこまでしなくてもいいと言われたが一応な」

 

 互いに自己紹介を済ませる。ほんの少ししか話していないが、なるほど、と思った。単純に顔を見て優しそうな人だ思ったのと、話す際のトーンが理由だ。照が言っていたことは間違っていないのだろう。

 

「君が照にあげた菓子を私たち部員もいくつか食べさせて貰ったからな。その時に後輩が値が張る物だと教えてくれてな」

「宮永さんにも言ったけど店の余り物とかだからね、そんなに気にしなくてもいいよ」

「どうやらそうらしいな。だが、今後も照に分けるそうじゃないか。本当にいいのか?」

 

 数回あげるのといつまでかは分からないが今後もあげるというのでは負担が違うだろうと疑問を投げかける。

 それに対して、神宮は苦笑いを浮かべて答えてくれた。

 

「いや、まあ、正直言うと味に飽きてきていてね、宮永さんに分けるのは問題ないというか、僕としてもおいしそうに食べてくれるしいいかなって」

「うん、おいしい」

「ふむ、まあ当人たちがいいのならいいのか? 神宮の負担にもなってないようだしな」

 

 二人とも特に問題はないという顔をしているので私が変に口を出すのも無粋だろう。時計を見るとまだ時間に余裕はあるが、目的である礼を言うこともしたし、お節介かもしれないが神宮湊がどういう人かというのを確認したため、そろそろお暇することにする。

 

「では、私はそろそろクラスに戻ろう。もし時間があったら今度部室に顔を出してくれ、ほかの奴らからも礼を言わせたい」

「そこまでしてくれなくてもいいんだけど……。わかったよ、時間があるときにお邪魔させてもらおうかな」

「そのときは照に言ってくれ、案内も照にさせるから」

「まかせて」

 

 やりとりを交わしてから教室を後にする。その際に多くの周りの視線が自分たちに向けられていたことに気がついた。確かに照と私と一緒に話す人がいたら注目もされるか。場所を変えてからの方が良かったかもしれないな。配慮が足りなかったか。

 

 

 

 

 昼休み。食堂で照と淡と昼食を取る。淡が不意に口を開く。

 

「ねーテルー」

「どうしたの?」

「今日はお菓子もらってないの? 昨日はもらえるって言ってたけど」

 

 確かに、と思った。今日の休み時間に会ったときに神宮の机の上に紙袋がおいてあったのでてっきり私が教室を出た後に貰ったのだと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

「神宮君からは昼休みにもらうことになってる」

 

 淡の質問に対し照が時計を一瞥してから答える。

 

「昼休みって今だよ?」

「うん。お昼ご飯を食べ終わったら渡してもらえる」

「へー」

 

 心なしかワクワクしているように見える照に淡は興味なさげに返事をする。しかし昼食後か……。

 

「時間は大丈夫なのか? さっき時計を見ていたようだが」

 

 そう質問してみると、照は「時間とかは特に決めてない」と返してくる。

 

「だが、照の言ったとおりの人間だったな。神宮は」

 

 私の放った言葉に反応したのは照ではなく淡の方だった。

 

「菫せんぱい会ったの?」

「ああ、今日の休み時間にな。悪い奴じゃなかったぞ」

「むぅー」

 

 拗ねるような声を出してむくれる淡がなんだかおかしくてクスリと笑ってしまった。

 それから話が麻雀の話題に変わり、今後の大会の話やほかのメンバーの話をしながら昼食を取った。

 

「それじゃあ、わたしはこれで。ごちそうさまでした」

 

 照がそう言って学食のトレーを持って席を立つ。

 

「テル、もういっちゃうの?」

「うん、話し相手なら菫がしてくれるよ」

「は? お、おい、照!」

「やったー! 菫せんぱい話しましょー!」

 

 それじゃあ、と言ってから照が離れていく。あいつ、さりげなく私に淡を押しつけたぞ。

 それからは淡の話に付き合わされた。最近の流行がどうとか、最近友達と食べにいった店のパフェがおいしかっただのいろいろと聞かされた。途中、流れを変えてやろうと思って勉強の話題を出してみたが物の見事に無視をされた。

 解放されたのは昼休みの残り時間が十分くらいしか残ってない時間になってからだった。これもまた唐突に「このあと体育だった! 着替えなきゃ!」と言って私が何かを言う暇なく食堂から出て行ってしまった。

 

「台風みたいな奴だな……」

 

 一人で呟いてからトレーを持って返却口に向かう。なんか今日はやけに疲れたな……。

 食堂から出て教室に向かう。その途中、階段を上がっている最中に窓から中庭を見てみると、知っている二人がベンチに座っている姿が見えた。

 一人はさっき一緒に昼食を食べた照。もう一人は今日の休み時間に照のクラスで顔を合わせた神宮だった。

 座っている二人は間に紙袋を置いて何かを食べている。おそらく和菓子なんだろうな、と思いつつもう少し観察を続けてみる。

 菓子を食べながら二人で時々言葉を交わしている。まるでデートみたいじゃないか、と思ったのと同時に昨日の照との会話を思い出す。

 

「なるほど、昼休みじゃなくて普通の休み時間がいいって言った理由はこういう事か」

 

 なんとなく微笑ましい気分になり、笑みが浮かんだ。

 そこで、後ろから声がかかる。

 

「あれ? 菫せんぱーい何してるんですかー?」

「淡……」

 

 声の主は淡で一緒に二人の女子がいた。おそらくクラスメイトなのだろう体操服を着ている。

 

「ひ、弘世先輩! こんにちは!」

 

 そのうちの一人が挨拶をしてくる。それに続くようにもう一人の子も挨拶をして、こちらを見てくる。

 

「ああ、こんにちは」

 

 挨拶を返すと、二人の頬が染めて「はい!」と言ってくる。やっぱり慣れないな、こういう視線は。

 そこで、淡がしびれを切らして言葉をかけてくる。

 

「せんぱーい、何してたんですかー」

「ん? ああ、ちょっと見てみろ」

 

 そういって中庭の方を指さしてみる。淡は「なになに?」と言いながら窓に近づいていく。クラスメイトの二人も窓には近づかないが遠慮がちにのぞき見ている。

 淡が「むー」と目を細めて中庭をみてから、

 

「あ! テル! ……と誰?」

 

 と言葉を漏らした。後ろの二人も「宮永先輩?」と声を出した。

 

「あいつが神宮だよ」

「わるい人!」

「悪い奴じゃないぞ、どちらかと言えばいい奴だ」

「むー」

 

 むくれながら窓枠に体をぐでっと乗せる淡。そして小さな声で、

 

「なんかテルー楽しそう……」

 

 と呟く。その表情がなんとも寂しげな物だったから軽く頭をなでる。

 

「なんですかー?」

「別に照が私たちを蔑ろにしたりはしないさ、そういう奴じゃないって事は知ってるだろ?」

「そうだけどぉ」

 

 なんか納得できない……、と唸ってる淡をなでていると、淡のクラスメイトから「あの……」と声をかけられる。顔を向けると、

 

「宮永先輩ってあの男の人と付き合ってるんですか?」

 

 と聞かれる。

 正直、私にもあの二人の距離感がどうなっているかは分からないのだが、

 

「いや、今はそんな関係じゃないだろうな。今後どうなるかは分からんがな」

 

 そう返すと、その子は「それって……」と呟く。

 

「まあ、ああいうのは当人の問題だ。私たちがどうこう言う問題じゃないさ。それより、いいのか? もう少しで昼休みが終わってしまうぞ」

 

 私の言葉を聞いた三人が「本当だ!」といって慌てながら階段を下っていく。去り際にクラスメイトの子が「失礼します」と言って、淡が「部活の時間にー」と手を振って去って行く。

 その様子を見届けてから中庭の方を見ると、二人がベンチから立ち上がって離れていく姿が見えた。

 

「なんだか、今日だけじゃなく今後も疲れそうだな……」

 

 私もクラスに戻るか、次の授業の準備もしてなかったしな。


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