放課後、昼休みに渡された紙袋を両手に抱えて廊下を歩く。
目的地である麻雀部の部室の前まで来て、部室のドアを開ける。パチ、パチとなっていた牌の音が次第に小さくなっていく。わたしの姿を確認した部員たちが立ち上がり、「おつかれさまです!」と挨拶をしてくる。部室に入るたびに大音量で挨拶されるのはいつものことなので軽い挨拶を返して部室の中を進んでいく。それと同時に小さくなっていた牌の音がしだいに大きくなっていく。
「照、来たか」
「菫……」
部室の中を少し進んだところにいた菫が声をかけてくる。どうやらほかの一軍の部員たちが対局しているのを見ていたようで牌譜をほかの部員に取るように指示をしてからこちらに近づいてきた。
「今日も菓子を持ってきてるのか、ん? その袋この前の和菓子か」
わたしの持つ紙袋に見覚えがあったようで、確認を取ってくる。
「うん、この前みたいに神宮君に分けてもらった。菫もいる?」
紙袋を見せつけるようにして聞いてみる。その問いに菫は少し笑いながら答えてくれた。
「いや、今は遠慮しておこう。小腹が空いたらいただくことにしよう」
「そう……、わかった。今日のスケジュールはどうなってるの?」
小腹が空いたらとのことなのでまた後で聞くことにしようと決め、今日の部活のスケジュールを聞くことにした。
今日はだな……と話し始める菫の話を聞いていると、トン、と後ろから軽い衝撃が来る。反射的に紙袋を少し強く抱える。同時に腰に手を回されているようで、首を後ろに動かすと見慣れた金色の髪が目に入る。
やっぱりか、と思いながら声をかける。
「淡、どうしたの?」
「テルー! げんきー?」
「うん、元気。淡は?」
「げんきー! そうだ! 一緒に打とうよ!」
ちょっと待って、と答えてから菫の方を見る。菫はあきれたような顔をして淡を一瞥してから一言。
「淡、今は照に今日の予定を伝えてるからもう少し待て」
「えー! いーじゃん、いーじゃん。どうせいつもと一緒でしょー」
淡がブーブーと不満そうに声を上げる。それに対し菫が「だとしても部長として部員に伝えなくてはだな……」と小言を呟く。
わたしは紙袋から桜餅を幾つか取り出して淡に渡す。
「まだ菫の話を聞いてないから、コレ食べて待ってて」
「えー! ん? おもち!」
始めはまだ不満げだったが、桜餅を見た瞬間に目を輝かせて声を上げる。わたしの手から桜餅を受け取るとトテトテとわたしから離れていく。後ろで「タカミー、お茶ちょうだいー」と聞こえるために尭深と一緒に食べるのだろう。
走り去っていく淡の姿を見送りながら菫が一度ため息をつく。
「すまない、照。あいつは元気が良すぎるな」
「そこがいいところでもある。『あまね』の和菓子も気に入ってくれてるみたいだし」
「それもそうか。その菓子は尭深にもずいぶんと気に入られてたからな」
そこで話を区切った菫は、話の続きだが、と前置きをしてから部活の予定を話し始める。淡の言う通りにいつもと変わらない内容だったがしっかりと話を聞いておく。途中から紙袋から煎餅を取り出して食べるのを始めたが、それに対して菫は何も言っては来ない。
どうやら予定についての話は終わったようで、菫が話題を変える。
「ああ、そうだ照。今度その神宮に礼を言っておいてくれ。『おいしかった』とな」
「うん、伝えとく」
たぶん「気にしないでいい」と返されるんだろうけど伝えておこう。
「しかし、本当に大丈夫なのか? 今回も結構な量だが、その店の菓子はずいぶんと高いんだろう?」
顔を顰めながら菫が聞いてくる。前回に持ってきたときに尭深が『あまね』についていろいろ話してくれたために、値段が高いということも知っているのだろう。そのためか今回持ってきた量を見て確認をしてくる。
「大丈夫。前も言ったけど余り物だったりするから気にしなくていいって神宮君が言ってた」
「む、そうか。いや、尭深から聞くと結構高価な和菓子らしいからな。その量を見ると少し不安になってな」
「明日からも分けてくれるって言ってた」
わたしがそう言うと菫の顔が固まった。ほどなくしてすぐに焦るように言葉をつなげていく。
「え!? いや、大丈夫なのか! それは!? 明日からもってことは毎日か? 本人がいいとは言っても高い物だろうソレ!」
「うん」
矢継ぎ早に確認を取ってくる菫に対してわたしは簡単な言葉で答える。菫が焦る姿はとても久しぶりに見たのでなんとなくうれしかった。
答えを聞いた菫が今度は考え込むように目頭を押さえる。
「今度、神宮という生徒に会わせてくれ。直接礼を言っておきたい」
「分けてもらってるのはわたしだからわたしから伝えておくよ?」
「そうは言うがこちらも照から貰ってるからな。明日の昼休みくらいに会わせてくれるか?」
昼休み、と言われて神宮君との会話を思い出した。明日から昼休みの途中から中庭で簡単なお茶会をする。と言うような会話だったが、そこでなんとなく菫の顔を見た。菫は「どうかしたか?」と聞いてくるが、それに対し「何でもない」と答えてから無意識に言葉をつなげる。
「でも、昼休みじゃなくて普通の休み時間にしない?」
自分でも何でそんなことを言ったのかわからない。ただ、なんとなく不安な気持ちになったのは確かだった。
「そうか、まあ確かに礼を言うだけだからな。昼休みを使うまでもないか」
わたしの心情を知ってか知らずか、菫は昼休みに会いに行くことを止めたようで、「じゃあ、明日の休み時間に会いに行くよ」と言ってくる。了承の意を伝える。ちょうど先ほどまで食べていた煎餅が尽きたので紙袋から別の菓子を取り出そうとしていると、
「テルー! 菫せんぱーい!」
声のした方と見てみると、部室の隅に置かれているローテーブルの周りのソファーにわたしと菫を除いた「チーム虎姫」のメンバーの三人が座っていた。
「こっちでお茶しましょー」
手招きしながら淡がそう言ってくる。菫と一度顔を見合わせてから二人で淡のところに行く。
三人の元に着いて、ソファーに座ると尭深が「どうぞ……」といってお茶を出してくる。礼を言ってから紙袋を机の上に置く。尭深が紙袋を見てからわたしの方を見て、
「淡ちゃんから貰ったから、もしかしたらと思ったんですけど『あまね』の和菓子だったんですね」
先ほど淡に渡した桜餅のことを言っているんだろう。尭深は菫にもお茶を出してからソファーに腰を下ろす。菫も礼を言ってからソファー座り、淡に対して言葉を投げかける。
「淡、さっき照と打ちたいと言ってただろう。それはどこに行ったんだ」
「いーじゃないですか、まだまだ時間はあるんですし」
「いや、大星、先輩と打つ約束したのならちゃんと守れよ」
亦野が淡に対して苦言を呈するが、淡は「だいじょうぶですよ、ねーテルー」と言いながらこっちにすり寄ってくる。
わたしとしても麻雀する以外にもみんなでこうやって話すのも好きだから構わないのだけれど。
構わない、といってから紙袋の中からいくつかの和菓子を取りだして机の上に広げる。それに亦野が反応する。
「これってこの前に尭深が言ってた『あまね』って店の菓子ですか?」
「うん。友達から分けてもらったから、そういえば前の時はいなかったっけ?」
「はい、その日はちょっと休んでいたので」
確かにいなかったな……、と思い出しながら適当に菓子を配っていく。各々礼を言ってから各自食べ始める。皆思い思いに感想を口にしながら食べているが、尭深だけ言葉を発さずに黙々と食べている。
わたしも自分の元にある菓子を一口かじる。やっぱりおいしい、と味わいながら尭深が入れてくれたお茶を飲む。先週の時も思ったがお茶と和菓子はよく合う。
「先輩」
と、尭深が声をかけてくる。「なに?」と返すと、彼女から質問が飛んでくる。
「今日のも先週言ってた人からもらったんですか?」
「うん、クラスメイトの神宮君。明日からも分けてもらうことになってる」
そう言うと淡が反応する。
「明日からも貰えるの!? いい人だねそのジングウって人!」
「私たちにじゃなく照にだがな」
菫が「勘違いしているようだが」と言ってから訂正をする。その後にそうだよな、と確認してくる。
「そうだね。でも、うん、いい人。優しいし、話しやすい。それに、いろいろ気を遣ってくれる」
答えたわたしの顔を淡がじっと見つめてくる。そして、ムッとした表情を作ってからわたしの太ももに顔を当ててきた。名前を呼んでも「ムーッ! ムーッ!」と唸るだけで離れない。
困ったわたしは菫に「どうしたのかな?」聞いてみる。菫はフッと笑ってから一言。
「大方、お前がとられたと思ってるんだろう」
「とられた?」
「ああ、まあ私も少し意外だったがな」
「?」
言ってることの意味が分からず首をかしげるわたしを見て、また菫がフッと笑う。そして頷きながら、
「そうか、でもそのほうがお前らしいかもな」
と一人で納得している。なんなんだろう、と残りの二人の方を見て見るが、亦野は苦笑いをして「ハハハ……」と顔をそらす。尭深が座っていたところを見て見るが、尭深は席を立ってお茶を入れなおしていた。
なんとなく皆答えてくれなさそうなので、まあ別にいいか、と疑問の解決を放棄する。
いまだにわたしの太ももの上で唸り続けている淡を一瞥してからお菓子をつまむ。空いてるほうの手を淡の頭に載せて左右に動かす。ほんの少しすると淡の声がおさまる。すると、ガバッと顔を上げてから拗ねたように言う。
「やっぱりそのジングウってわるい人!」
その言葉を聞いた亦野が吹きだし、菫がククッと口を手で隠して笑う。そして、「そうだな、悪い奴だな」と淡に同調する。
「そうだよね!」
「いや、冗談だが」
淡は、裏切られた! という顔をしてから、「テルー!」と言いながらまたわたしの太ももに頭を当ててきた。さっきみたいに唸り声が聞こえる。
「淡、食べにくい」
「ムーッ! ムーッ!」
離れる様子がない淡を見て、また同じように頭をなでる。ただそれでも先ほどのように復活はしないようで唸り続けている。仕方がない、あきらめよう。
そんなわたしと淡の様子をみて、亦野が大笑いして、菫も楽しそうに見つめる。
その様子を横目に見ながら淡をなでる作業を続け、いつ神宮君のお店に行こうかな……とわたしは考えていた。