和菓子   作:見波コウ

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第一話

「えっと……み、宮永さん? ど、どうかしたのかな?」

 

 目の前にいる女子におそるおそる問いかける。

 そもそもこの状況は何なんだ。ベンチに座っている僕の前に彼女が立ちこちらを見続けている。僕は彼女に何かしただろうか? いや、同じクラスではあるがそれ以外で僕と彼女に接点は無かったはずだ。

 

「……」

 

 僕の問いに彼女は何も答えない。表情も変えずにただずっとこちらを見続けるだけだ。

 彼女――宮永さんはこの白糸台高校では一番の有名人だろう。

 宮永照。白糸台高校三年で昨年、一昨年と連続で全国優勝している麻雀部のエースで前年度個人戦チャンピオン。

 僕自身、麻雀はルールを軽く覚えている程度なのであまり詳しくはないが、それでも彼女が他者と一線を画す存在であることは理解できる。雑誌やテレビで取材を受けてメディアへの露出もあるので色々なところで名前や功績を見聞きするのが大きな理由だろう。

 

 そんな宮永さんと僕の接点といえば先も言ったように単にクラスが同じということしかない。別にクラスメイトだからといって話したりしたこともない。僕としては有名人がクラスメイトでいると言った認識だ。

 しかし、彼女が何も話さないために本当に僕が宮永さんに何かしてしまったのではないかと思ってしまう。ここ最近の記憶を掘り返していると、ふと彼女がこちらを向いてはいるが僕を見てはいないことに気がついた。

 宮永さんの視線をたどっていくと僕の右手に行き着いた。正確には右手に持っている物にだが。

 軽く右手を少し動かしてる。――スススッと彼女の目が僕の右手の動きに倣うように動く。

 逆方向に動かしてみる。――また先ほどのように右手の動きに付いてくる。

 今度は右手に持っている物を左手に持っている紙袋に仕舞おうとしてみる。――相変わらず視線が追従してくるが、その時の表情が心なしか悲しそうに見える。本当に心なしかだけど。

 とりあえず右手を元の位置に戻す。そうすると彼女の表情も先ほどまでと変わらない起伏の少ない表情に戻る。

 

「……」

 

 微妙な空気が流れ、気まずい状況に陥ってしまった為に、とりあえず空気を変えなければと思い、左手の紙袋を彼女に差し出しながら口に出す。

 

「え、えっと、食べるかい?」

「たべる」

 

 即答だった。むしろ僕の言葉を遮っていたかもしれない。おそらくだが目が輝いている。なんか自分の中の彼女のイメージが崩れていっているような気もするが、まともに話したことがない人のイメージなんてこんなものか、と思い直して紙袋を彼女に渡す。その紙袋には『和菓子屋 あまね』と書かれている。

 

「じゃあ、適当に好きなもの取っていっていいよ。食べたい分好きなだけね」

「すきなだけ?」

「好きなだけ」

「じゃあ、まずはコレから」

 

 そういって紙袋の中からどら焼きを取り出しつつ僕の隣に腰を下ろす。そのままどら焼きを食べ始めるかと思いきや紙袋を差し出してくる。その行動の意図が読めずに困惑していると、

 

「もともとあなたのものだからあなたの食べたいものを教えて。わたしは余ったものから選ぶ」

「ああ、僕はもうこれだけで十分だよ、飽きてきちゃってね。というよりどら焼きを選んだ後でそのセリフを言うんだね」

「コレが一番食べてみたかった。……飽きたってこんなに買っているのに?」

 

 紙袋の中にはまだある程度の数が残っていた。その紙袋を覗きつつそう聞いてきた。

 

「いや、買ってないんだよ。店の仕込みの時に形が崩れたりしたものを持ってきているだけだから」

「仕込み?」

「うん、僕の家はその紙袋に書いてある和菓子屋なんだ。だから家で余ったものだったり、仕込みで失敗したものをこうして持ってきてるんだよ」

 

 だから気にしないで食べていいよ、と言うと宮永さんは持っているどら焼きと僕を交互に見た後に、

 

「じゃあ、いただきます」

 

と一言言ってからどら焼きを食べ始めた。

 

 

 

 

 モソモソと小動物のようにどら焼きを食べている宮永さんを横目に僕も手に持っていたどら焼きを一口頬張る。いつも通り変わらない味だ。そろそろ流石に飽きてきたな、と考えていると、

 

「おいしい……」

 

 隣の宮永さんが呟いた。

 

「それはよかった。一応、店の人気商品だからね」

「『あまね』のどら焼きは一度食べてみたかった。満足」

 

 そう言う彼女の表情はとても穏やかな笑顔で、初めてみる表情だった。

 無意識の内にその表情を見つめてしまっていた。別に彼女の笑顔を見たことが無いと言うわけではない。クラスメイトから見せてもらった雑誌にも笑顔の写真が載っていたし、たまたま付けたテレビで記者と笑顔で問答しているのも見たことがある。

 ただ、今まで見たことのある彼女の笑顔より、もっと自然でもっと自分のために笑ったのだとすぐに解った。

 作り笑いって案外すぐ分かるものなのかな、と思っていると、

 

「……どうしたの?」

 

 ずっと視線を感じていたのだろう。宮永さんが首をコテン、と傾げながら聞いてくる。

 

「あっ、いや、えっと、あー、ウチの店のこと知ってたんだ」

 

 まさか、「あなたの笑顔に見とれていました」なんてことは言えないので、取り繕うかのように話題を逸らす。

 誤魔化せたのかは解らないが宮永さんは特に言及もせずに僕に言葉を返してくれた。

 

「たぶんだけど名前だけなら知っている人多いんじゃ無いかな。和菓子のお店として有名だし、テレビ番組で見たこともある」

 

 何の番組だったっけ……、と宮永さんは思い出そうとするが、どうやら思い出せなかったらしくそのままどら焼きを食べることを再開した。

 

「そうなのかな。あんまり客として学校の生徒を見たこと無いけど」

「高校生にはちょっと高いと思う。食べたいって子はいると思うけどなかなか手が出ない。わたしもその一人」

 

 宮永さんは残念そうに眉をひそめる。

 彼女の言うとおりに『あまね』の商品の価格は高めに設定されている。和菓子の老舗として有名でもちろん味も値段相応の絶品だ。社会人ならお偉いさんに渡すだけで好印象を与える商品だそうだ。しかし、高校生はいわば育ち盛りで遊び盛りである。もちろんおいしいものも食べたいだろうが、遊びにもお金を使いたいだろう。しかし、こういう和菓子屋でなおかつ値段も高めなら高校生くらいならば興味を持たずにスルーしていそうなものだけど。

 

「そっか。たしかに高いか」

「うん、高い。でもやっぱりその分おいしい」

 

 話しながらも、どら焼きに手を付けていた彼女はどら焼きを食べ終わったようで、紙袋から今度は饅頭を取り出し包装紙を剥がしはじめる。そして、小さな口で饅頭を一口食べる。

 

「さっき飽きたって言ってたけど、結構贅沢な悩みだと思う。こんなにおいしいのに」

 

 別に非難されている訳では無いのだろう。彼女自身思ったことを口に出しただけ、と言う感じだ。

 

「そうはいっても小さい頃からずっと食べていればね」

 

 飽きが来てしまうのだ。もちろん、たまにメニューが変わったりすることはあるのだが、それでも定番メニューは変わらない為にどうしても口にする機会が多くなってしまう。

 

「ところで、聞きづらいのだけど」

 

 と、宮永さんがこちらを見ながら言葉を紡ぐ。その最中にも手に持っている饅頭を食べることは続けているが。

 どうしたの、と返すと

 

「あなたの名前を教えて欲しい。それと、どこのクラスなのかも」

 

 そういえば僕は宮永さんを知っているが彼女は僕のことを知らないのか。いや、でも同じクラスってことくらいは知っていて欲しかったかな。そんなにクラス内で陰薄いかな、普通に友達はいるんだけど。

 

神宮(じんぐう)(みなと)。クラスは一応宮永さんと同じクラスだよ」

 

 彼女の希望に応え、饅頭を小動物のように食べている宮永さんに自分の名前とクラスを口にしたが、クラスが同じというのを耳にした宮永さんの動きが止まり、ギギギーっとこちらに顔を向ける。

 

「えっと、その、クラスの人と話す機会とか少なくて、なんというか……ごめんなさい」

 

 和菓子まで貰ったのに……、と陰りの見える表情で言う。

 

「別にいいんだけど……、そんなに謝られるようなことでも無いし」

「でも神宮君はわたしのこと知っていたし」

 

 そこで自分を比較対象に出すのはどうなんだろうか。この学校の生徒なら皆知ってると思うのだけれども。それでも、

 

「流石に有名人だし知ってるよ。僕もクラスの女子で名前をしらない子とかもいるし、そんなに気にしなくてもいいよ」

 

 優しい子なんだな、と思い、クラス内で話したことがない人はそんな物だよ、と軽くフォローを入れておく。

 それにしても、本当に思い描いていたイメージと違うなあ、そもそもこっちが勝手にイメージを植え付けていただけだけども。

 

「あっ」

 

 ふいに宮永さんが声を上げる。どうしたの? と聞くと校舎に付いている時計に目を向けて、

 

「そろそろ昼休みが終わっちゃう」

 

 と呟いた。

 

「本当だ。次の授業は移動教室だったよね、少し早めに戻らないと」

 

 そう言ってベンチから立ち上がった僕に続くように宮永さんも「そうだね」と口にしながら立ち上がる。が、そこで彼女から先程と同じような声があがる。

 今度はどうしたんだろう、と宮永さんの方を見ると紙袋をジッと見つめている。そして、彼女の視線がこちらへ向き、僕と目が合う。その後にまた紙袋に視線を向ける。また僕のほうを見る。視線が重なる。この動作が幾度か繰り返される。そんな様子を見て思わずクスリと笑ってしまった。

 

「残りが欲しかったならそのまま持っていっても構わないよ。もし食べきれなったりしたら友達に分けるなり、なんだったら捨てちゃっても、ね」

「捨てたりはしない、わたし一人で食べられるから。でも、ありがとう」

「そっか、じゃあ教室に戻ろうか」

「うん」

 

 傍目から見たら体よく和菓子を押し付けたように見えるかもしれないが、彼女も嬉しそうだし、母からも「友達に分けてもいいから」と言われているのだ。問題はないだろう。

 

「そういえば次の授業の課題だけど――」

 

 二人で教室に戻るまでに当たり障りのない話題で会話をしていく。宮永さんもしっかりと反応をして返事をしてくれている。目線は紙袋に向いたままだが。

 教室に着いてお互いが自分の席に行く為に別れるまではその状態が続いた。とは言え、有名人の彼女と行動しているのは目立つようで教室に向かう際の廊下などでは色々な視線を向けられた。実際、学校で一番の有名人な女子生徒がただの男子生徒と歩いていたら理由はどうあれ目を引くのだろう。

 中には親の敵でも見るかのように僕のことを睨みつけている女子生徒もいた。宮永さんは同性からも人気があるんだね。ところで僕はこれを理由に刺されたりしないよね。……そこは首を傾げるんだ。まぁ大丈夫だと思うけど。

 


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