【SAO×AB】相似形の世界   作:鬱蝉

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九話「試合終了(バトル・イズ・オーヴァー)」

ルーチンワークめいた攻防がこれまた続いたが、HPが半分を切った当たりで敵が未知のソードスキルを繰り出してきた。《グラディエイター》が大きく後方に跳躍する。俺と日向も今までに無かった行動パターンなので、何かと身構える。すると《グラディエイター》は刀身は地に水平、剣先を正面に、剣を携えた腕を大きく引き、突きの構えをとった。

 

刹那――剛腕から放たれる豪速の突き技。同時に槍の如く穿たれる空気の塊。

 

――直撃はマズイッ!

 

俺も日向も意識することなく本能的に横っ飛びで回避する。暴風の魔槍がギリギリのところを掠めた。

しかし、

 

「どわぁぁ――ッ!」

 

飛翔する突きから撒き散らされる気流は、周囲の大気をも薙ぎ払った。それも攻撃をギリギリで回避した俺のみならず、余裕を持って避けていた日向ですら抗う術なく木枯らしのように宙を舞った。

 

直後、背中に衝撃。

 

「カハ……ッ」

 

肺の空気を全て吐き出させられ、意識がぐわんと揺れる。ところが、突風は止まない。どころか尚も威力を増す。前は荒れ狂う突風、後ろは壁に挟まれ、ぺちゃんこに押しつぶされる。想像以上のダメージだ。HPバーがみるみる減少する。

おまけに呼吸ができない。ただでさえ肺に空気が無いってのに、供給すら許されない。苦しい。

 

この世界に窒息死はあるのだろうか――

 

そんな思考が脳裏をよぎった時、ようやく風が止んだ。直ちにHPバーを確認した。3割ほど減少している。

 

あれは――超広範囲攻撃。

 

そして、傍に居ただけでこの被ダメージ。もし、あの突き攻撃をまともに受けていたらどうなっていたのだろう……想像するだに恐ろしかった。あの突き、というよりそれによって二次的に引き起こされる突風から免れる方法は今のところ匍匐になるぐらいしか思いつかない。今の技、一体どのくらいの頻度で放ってくるのだろう。

 

幸い、先の技が再び発動することはなかった。HPの半減をトリガーに発動するものだったらしい。しかし、戦闘も後半戦に突入し、敵の攻撃も苛烈化した。剣を両手で持ったまま、独楽のように回転し、部屋内を動き回ったり、抜刀術に二の太刀が増えたりしたが、冷静になれば対処できないものではなかった。

 

そして、《グラディエイター》のHPバーが一割を切る。

 

《グラディエイター》が全ての装甲を外した。残ったのは股間部を覆う布地のみ。

 

「なんだあれ……剣闘士としてのアイデンティティを失ってないか?」

 

「しらね」

 

疲れが来てたのか、俺は思考を放棄した。

 

あらゆる防具を脱ぎ去り、すっぽんぽんになった《グラディエイター》は、パルテノン神殿の柱並の太さを持つその脚で地を蹴ると、目にも留らぬ速度で駆けた。

 

「な……」

 

「はや――――ガハッ」

 

声を漏らすことも許されず、不可視の衝撃をどてっ腹で受ける俺。《グラディエイター》のアッパーを喰らったのだ。意識を置いてきたかのような速度で高く、高く吹き飛ぶ身体。知覚が速度に追いついていない。そしてまたもや壁に叩きつけられる。

 

「日向躱せェェッ!」

 

地上で日向が割れんばかりの声量で叫んだ。

 

目の前には拳を振りかぶり、追撃をかける《グラディエイター》の姿。俺は壁の跳ねっ返りを食らい、またしても宙に投げ出される。空中では回避不可能。マズった……転々とする戦闘展開に追い付くのに必死で回復を疎かにしていた。

 

既に俺のHPは四割を切っていた。奴の攻撃力は破格だ。今からアイテムストレージを開き、オブジェクト化し、自身に使用するまでどのくらいの時間を要するだろうか。恐らく間に合わない。その前に、壁に止まった蚊を叩き殺すように奴は俺を殴りつぶすだろう。

 

俺の脳裏に死の一文字がよぎる――

 

いや、何を諦めているんだ俺は。馬鹿じゃないのか。一刻も早く現実世界に帰りたいから俺はここに居たんじゃあないか。こんな所で諦めて何となる。両親にも、学友にももう一度会いたいし、迷惑をかけたことを謝罪したい。何よりリアルの日向と会って死後の世界ぶりに馬鹿をやりたい。

 

考えろ、俺。この危機的状況を脱する方法を――!その時、俺の脳裏に電流が迸った。これしかない。

 

俺は咄嗟に壁を蹴った。しかし、今の俺では筋力パラメータが圧倒的に低く、大した跳躍は得られず、前方に向け少し跳んだだけであった。しかも、俺は未だ奴の拳の射線上。命中は免れない。

 

だが、それでいい。

 

俺は迫る奴の拳に足を付けると、再び反対――つまり壁の方向へと再跳躍する。方向転換し、眼前に迫った壁をもう一度蹴り、再々跳躍。更に拳撃の直進エネルギーを転用することで、筋力パラメータの不足をカバーし、より大きい跳躍に。つまりは三角飛びの要領だ。一回目に壁を蹴り跳躍することで、二回目に拳を蹴る時の壁と拳の間隙を広く確保し、以降の跳躍を可能とした。

 

俺の足下で《グラディエイター》の体重を乗せた必殺拳が壁に激突し、反動で《グラディエイター》が硬直する。十分な跳躍エネルギーを得た俺は敵の顔左側面まで飛び、右手で耳に捕まる。運動エネルギーは尚継続し、右手を支点に時計回りに身体を回転させる。その最中、俺は《メタフォージドソード》の剣先を彼奴の耳後ろの隆起した骨に向け、勢いのままに突き立てた。

 

直後、がくッと。

 

《グラディエイター》の身体が膝から崩れ落ち、地に跪いた。項垂れ、両腕はだらんと垂れ、まさに操り師を失くした人形のようだ。

 

「乳様突起……人体急所の一つ。刺されれば、全身の運動神経が麻痺する、ってね。今だ、日向ッ!殺れッ!」

 

まさかそこまで再現しているとは。正直、賭けだったが。

 

「おうよ!」

 

そこからは日向の連撃が光った。段々と《グラディエイター》のHPが減っていく。俺は、この高さだと地面に落ちたら落下ダメージで御陀仏なので(右手が塞がっていてアイテムストレージも開けないし)、右手で耳に捕まったまま、とりあえず同じところを数回ぐしぐしと刺しといた。

 

《グラディエイター》は自身の麻痺が解けるのを待つことなく、情報の海に溶けた。ポリゴンの破片が爆ぜ、

 

「うわぁぁぁぁ――――ッ!」

 

同時に支えを失った俺は重力に従い、自由落下する。やべぇ、これ死ぬんじゃね、と走馬灯が脳内を巡った時、ぼすんと誰かに受け止められた。まぁ、言うまでもなく日向なのだが。

 

「……助かった」

 

「だろ?俺に感謝しろよ」

 

日向の顔がとても近くにある。俺は自分の状態を再確認した。日向に《お姫様抱っこ》されている。

 

「日向、一秒以内に下ろせ。そしてお前やっぱこれかぁッ!」

 

「違ぇっつてんだろッ!あと命の恩人に少しは感謝しろッ!」

 

片手を口元に翳す俺と、キレる日向。そして口調の割には優しく俺を地面に下ろしてくれる日向。

 

直後、小気味の良いSEと共にリザルトのウィンドウが表示される。獲得経験値・コルは二人で山分けだが、俺達はその《一人当たり》の量に驚いた。

 

「うぉぉ……マジかよ。一回の戦闘でこの量!」

 

「そりゃクソ大変だったが、これは期待値以上だ」

 

経験値メーターが凄まじい速度で伸び、レベル5を突破し、そのメーターもすぐ満タンとなり、レベル6を半ばまで切り、程無くして停止。これまでの《フレンジーボア》狩りを三桁続けてもここまでは行かないだろう。

 

「流石ボス戦ウマウマだぁッ!」

 

日向がエキサイトする。更に大量の金も流れ込んだ。

 

「うぉぉ!これで豪勢な飯が食えるッ!」

 

「待て待てこれからアイテムドロップだ」

 

LA以外のノーマルアイテムドロップはアイテム一つごとに毎回所有者を決める必要がある。

まずは《ライトハンド》のドロップアイテムからだ。

 

一つ目、《回復ポーション》×10

 

「喜んでいいのかよく分からない数量だな、やるよ」

 

「あいよ」

 

所有者:日向

 

二つ目、《エルンカの実(青)》

 

「敏捷性を一時的に増強するアイテムだな」

 

「やるよ」

 

「さんくす」

 

所有者;音無

 

三つ目、《剣の紋章》

 

「装備不可、使用不可、完全に売却か記念品専用のアイテムだな」

 

「お前が持っておけよ」

 

「あいよ」

 

所有者:日向

 

「次はLAボーナスみたいだな」

 

「楽しみだぜ」

 

LAボーナス、《ロイアルティ》

 

「うほッ、剣じゃん」

 

「どれ、ステータス見せてみ」

 

「ん」

 

日向がタップでアイテム情報のウィンドウを開く。

 

「おぉ!今の《メタフォージドソード》よりスペック高いな。いいなぁくれよ」

 

「やらん」

 

所有者:日向

 

続いて《グラディエイター》のドロップアイテム。

 

一つ目、《グラディエイター・ヘルメット》

 

「……なんかダサい、やる」

 

「えぇ!?」

 

所有者:日向

 

二つ目、《グラディエイター・アーマー》

 

「……チェストプレートか。貰うぞ」

 

「あぁ」

 

所有者:音無

 

三つ目、《グラディエイター・ブーツ》

 

「……やる。さして重量の割にスペックがよくない」

 

「おぉ」

 

所有者:日向

 

四つ目、《グラディエイター・レザー》

 

「やる」

 

「即決だな。んん?この布どっかで――あぁッ!これアイツが股間に付けてた!ばっちぃ、いらねぇよッ!」

 

「も、ら、え」

 

「えぇ……」

 

所有者:日向

 

「次はLAボーナスだな」

 

「てかあれってどっちが倒したんだ?」

 

俺はリザルトを見る。

 

「一応、俺になってるっぽいぞ」

 

なんか悪いな。俺、耳にぶら下がって、ぐさぐさ刺してるだけだったのに。

 

LAボーナス《キック・バック・ショット・ダガー》

 

「なんか長いな」

 

「あぁ、レッド・ホ〇ト・チリ・ペッ〇ーみたいだな」

 

「黙れ」

 

所有者:音無

 

「にしてもこのダガーがLAボーナスか?にしては時化てるなぁ」

 

「待て待て。まずはスペックを見ようぜ」

 

俺はアイテムストレージからアイテム情報を開く。

 

《Kick Back Shot Dagger》

 

(他ステータス略)ノックバック+5付加

 

「ノックバック、っつうと後ろ向きに仰け反らせるアレか?」

 

「そうみたいだな。でもそれって凄いのか?」

 

「なんなら俺で試してみるか?多少の痛みは我慢するぜ」

 

日向が提案する。

 

「分かったそこに立ってろ」

 

俺は自分の武器ストレージから《キック・バック・ショ――長いな、便宜上《KBSD》と略そう。で、《KBSD》を装備すると、圏外なのでもしものことが無いよう慎重に日向の肩口に刺した。瞬間、日向が何かに押されたように後退し、たたらを踏んだ。《KBSD》が日向の方から抜ける。

 

「へぇ、大したものだな。そんな強く刺してないのに結構ノックバックが効いてる実践でどう役立つか分からないが、まぁ足手まといになることはないだろうな」

俺は《KBSD》の代わりに《メタフォージドソード》を装備し直した。

 

「音無、帰ろうか。そろそろ日も暮れるし、長いこと圏外に居て良いこともないしな」

 

「そうだな」

 

俺は一も二もなく了解し、日向と並んでボス部屋を後にする。長く薄暗い洞穴を抜けると、外はもう夕焼けだった。

 

「疲れたな」

 

「おう」

 

「まぁ、ガッポリ経験値貰えたし、損は無かったな」

 

「あぁ」

 

「あぁ~疲れた。さぁ、早く宿に帰って寝ようぜ」

 

「そうだな、でも日向――――俺ら宿取ってないぞ」

 

「………………あ」

 

「………………」

 

恐ろしく冷めた空気が俺達の間に流れた。

 

俺達は猛ダッシュでトールバーナの街に帰還し、入れる宿を探した。俺達の雑魚寝エンドを希望した方々には申し訳ないが、トールバーナのプレイヤー人口が少なかったのも幸いして俺達は無事宿に入ることができた。寝る前に今日のことを軽く振りかえったが、結局総括として思ったことは二人パーティーでのボス攻略は良くない、ということだ。剣呑剣呑。

 

因みに後から分かったこととして、あの《グラディエイター》が使っていたソードスキルを紹介しておこう。

 

まず、《ライトハンド》戦の際に横槍を入れてきたあの抜刀術は――《空絶(からたち)》

 

次、《グラディエイター》戦最初の抜刀術は――《無影無踪(むえいむそう)》

その次、《グラディエイター》が独楽のように回転した技は――《轆轤断頭(ろくろだんとう)》

 

最後の超広範囲の突き技は――《暴風(あからしまかぜ)》

 

別に記憶に留めても何の利益にもならないだろうから忘れた方がいい、以上。




主人公を勝たせるためなら大抵の矛盾を許容し、大抵のことはまかり通させましょうとも。そう、その気になれば初心者2人でフィールドボスだって倒せる(迫真)

あと、言い忘れておりましたが、当作品では原作にないキャラ、武器、アイテム、ソードスキル等々、平然と登場しますのでご留意を。

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