【SAO×AB】相似形の世界   作:鬱蝉

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宣言通り、やや長め。
前編。


八話 「助命無し(シネ・ミッスス)」

《タフ・ザ・コボルトグラディエイター》は三段、《ロイアル・コボルト・ライトハンド》は二段。しかし、そこらのMobと違ってバー段数が多い。

 

振り下ろしは大上段に構えている間、照準を行っているらしく、ギリギリまで引き付け、初動と「日向、これまさか両方とも同時に攻めてくるとか無いよな!?そしたら、詰むぞ!」

「流石に無いと信じたいが、俺が思うに最初は《ライトハンド》がアクティブで攻撃してきて、《ライトハンド》を倒せば《グラディエイター》が攻撃を始めるとかそんなところだと思うぞ!」

「そうであることを望むぜ!」

 

果たして日向の予測は的中し、攻撃をしてきたのは《ライトハンド》。《グラディエイター》は微動だにしなかった。《ライトハンド》の攻撃パターンは今の所、大剣の大上段からの振り下ろしと水平薙ぎの二つのみ。ダメージ量は不明。一撃死亡は無いと思われるが、積極的に受けたいものではない。

 

振り下ろしは大上段に構えている間、照準を行っているらしく、ギリギリまで引き付け、初動と同時に回避すれば何ら問題はない。

 

続いて水平薙ぎは一度射程に入れられるとそこから逃れるのは困難だが、しゃがむことで回避は可能だ。攻撃パターンとその対処法さえ分かれば兀々と削ることができる。

 

「日向、振り下ろし来るぞ!」

「了解!」

 

攻撃線上に入った日向は《ライトハンド》の動きに合わせ、難無くその攻撃を躱す。《ライトハンド》は地に大剣を叩き付けたまま動きを止めた。技後硬直だ。そのディレイを利用し、俺らは《ライトハンド》に左右から肉迫。振りかぶった《メタフォージドソード》で俺は右脚、日向は左脚を削ぐ。

 

そして、俺はその動作から流河の如き繋ぎでソードスキル《バーチカルアーク》を発動。一の太刀が《ライトハンド》の膝裏を切り裂き、返す刀の二の太刀がその巨体の後背に刀傷を刻む。まるで佐々木小次郎の巌流・燕返しである。しかし俺も例外ではなく技後硬直が発動し、その場に磔にされる。時を待たず《ライトハンド》の硬直が解除。このままでは恰好の的である。

 

だが問題はない。そのための日向だ。

 

硬直の縛りにない日向は、《ライトハンド》の背後から疾風の如く硬直状態の俺を小脇に抱えて回収し、即座に繰り出された横薙ぎの大太刀を屈んで回避する。そして俺の硬直も解け、着地。これまでの攻防で3割ほどのHPバーを削れた。依然、《グラディエイター》は手を出してこない。このままなら押し切れる!

 

「日向!もう一度脚だ、切り崩すぞ!」

「アイ・アイ・サー!」

 

今のアタックでヘイトを集めたのは俺だ。俺が引きつけ役となり、振り下ろされる剣を躱す。転瞬、技後硬直を見計らい、一気に接近。脚部に攻撃を叩き込む。そして俺が幾度目かのV字斬撃《バーチカルアーク》を浴びせた時――

 

どてん、と糸を切り離されたマリオネットの如く、《ライトハンド》がうつ伏せに倒れた。

 

「しめた!《転倒》だ、日向!」

「分かってんよ!」

 

《転倒》――それは、有脚且つその脚で自重を支えているモンスターに対し有効な攻撃手段である。

 

脚部に重点的にダメージを与えると、ある一定の被ダメージ量を超過した瞬間、そのモンスターは《転倒》と判定される。《転倒》と判定されたモンスターはその場に倒れ伏し、一切の攻撃・抵抗・回避を封じられ、プレイヤーにとっては好機となる。

 

俺と日向は《ライトハンド》に詰め寄り、《スラント》、《バーチカル》、《バーチカルアーク》。覚えたてのソードスキルを一斉に浴びせる。特に日向の勢いが凄まじかった。ソードスキルを連発しているにも関わらず、ほとんど硬直がなく、あたかもソードスキル同士を間隙なく繋ぎ合せているようだった。

 

《ライトハンド》のHPバーはみるみる減少していき、ついに全体の半分を切った。

と、同時。脊髄を魔女の舌で直接舐め上げられたような、おぞましい程の悪寒が走った。その悪寒の根源は――《グラディエイター》。

 

俺がふと其方を見遣ると、今まで暗色を溜めていた《グラディエイター》の双眸が、紅晶石のように煌々と紅蓮に燃えていた。

 

予感が、確信へと転じた。

 

「日向ァッ!」

 

不味い。今の転倒時の攻撃によって一番ヘイトを集めたのは、日向だ。

 

須臾(しゅゆ)――それは10^-15(1000兆分の1)であることを示す漢字文化圏における数の単位である。古代中国の《算学啓蒙》などの書物に使われた単語だが、日常生活では基本使われない数字だ。

 

しかし俺は、その須臾を垣間見た。と、いうよりその結果を垣間見た。余りに一瞬、いや一須臾のこと過ぎて俺の視界が断片的に捉えた光景しか語ることはできないが。まず、《グラディエイター》の大剣が鞘走った。いや、そのように見えたのだ。悪く言えば、結果だけを見て過程を推測した、とも言える。

 

直後、剣撃の波濤が放たれた。一直線上に走った剣波――定向性を持った斬撃衝撃波の線が飛来し、日向を襲った。

 

剣波は肉眼で視認することが出来た。動きも追うことができる。しかし、見てからでは遅かった。

 

《グラディエイター》の放った斬撃は転倒中の《ライトハンド》を器用に避け、傍らに居た日向を回避の暇すら与えず、吹き飛ばした。

 

――抜刀術ッ!

 

または居合術とも呼ばれるそれは、納刀した状態の刀を鞘から抜き放つ際の動作で攻撃を加えるものである。

 

一般的に、その剣筋を捉えることは難しく、まさしく残されるのは斬られた結果のみである。

 

「日向ァッ!」

 

俺は《ライトハンド》を捨て置き、後方10メートル近く飛翔した日向に駆け寄った。

 

残HPを見る暇も惜しく、手持ちの回復ポーションをぶっかけた。

 

「日向!」

 

必死に呼びかけると、

 

「お……おう、大丈夫だ」

 

ややあって応えを得られた。良かった、無事だ。俺は動作には見せないが、内心、安堵に胸を撫で下ろす。

 

見れば、日向のHPバー減少は四割で止まっており、そこから徐々にHPは回復を始めた。本当に助かった。

 

「しっかし、たまげたなぁ……マージンを取れていたとはいえ、ここまで一度にHPを削られるたぁ……」

「日向、駄弁っている場合じゃない。《ライトハンド》が起きるぞ」

 

そう俺が窘めると同時、《ライトハンド》の巨躯がむっくりと起き上がった。

 

「日向、どうやらあの《グラディエイター》は腹心たる《ライトハンド》のHP減少に伴い、さっきのような横槍を入れてくるみたいだ。サインは奴の眼が赤く光ったとき、一度攻撃動作を許せば回避はほぼ不可能だ」

「オーケイ、理解した」

 

日向と最低限の事務的会話を済ませると、言葉無しに《ライトハンド》を左右から攻撃する。振り下ろされる大太刀を舞うように躱し、大腿に《バーチカル》を叩き込む。ちらと《ライトハンド》の顔を覗き込むと、奴は日向の方を凝視していた。タゲ取り、って奴か?よく分からん。

 

しかし、好機とばかりに硬直が解けた俺は再度《バーチカル》を浴びせる。日向も流れる動作で《バーチカル》から《バーチカルアーク》を決めていた。

 

うん?アイツ、《バーチカル》の後に硬直がなかった気がするが……?システムバグだろうか。

 

そして、《ライトハンド》のHPバーが四割を切り、《グラディエイター》の双眸が赤く燃えた。

 

「日向、来るぞ!」

「あいよ、分かってんよ!」

 

ターゲットはまたもや日向。しかし、日向は飄々と答える。今度は問題なさそうだ。

 

《ライトハンド》も攻撃線上にあったため身を翻し、日向も、いつまで照準が続くか分からないのでとりあえず左右に大きく逃げる。おいおい!俺に重なってくるなよ!

 

そして、神速の抜刀術が放たれる。

 

怒涛の剣波は、奴の瞳が赤く光った時点で日向の立っていた地点を通過していった。成程、照準はあの時点で終了なのか。それさえ分かれば後は作業だ。

 

先の工程を繰り返し、着実に《ライトハンド》のHPを削る。残りHPが一割を切ったとき、《ライトハンド》は剣と盾を捨て、徒手で突進・打撃攻撃を始め、捨て身の特攻をかましてきたものの、生憎その手には慣れているので冷静に対応ができた。

 

「LAは俺が取るぞ、いいな!」

「いいぜ」

 

俺は《ライトハンド》の正面から斬り込み、その正中線に沿って大きな斬撃を刻みつけた。

 

パリィン……とガラスの砕けるような音と共に《ライトハンド》がポリゴンの破片となって消滅した。

 

「はぁ……」

 

本当なら一息ついて、ぐでぇとしたいところだが、そうも行かない。敵はあと一体残っている。

 

直後、地震かと思うほどの震動が起こった。それも断続的に。

 

「おわぁあ!」

「何だ何だ……!」

日向と俺も驚愕と戦慄に声を上げる。

 

その正体はすぐに分かった。《タフ・ザ・コボルトグラディエイター》が俺達に歩み寄っている。つまりこの振動は奴の歩行の際の着地衝撃だ。

 

「スケールがデカすぎんだろ……!」

 

日向が思わず戦慄く。

 

素早く《グラディエイター》が動いた。豪速の突撃と共に鞘から刀身が奔る。

 

「また抜刀術か!」

 

疾走と抜刀の膨大な運動エネルギーを受け、大剣の振り払われる速度は魔速へと昇華する。一瞬にして眼前までの接近を許し、巨剣は下段から上段へ、空気を圧し斬るが如く薙がれた。

 

「狙いはお前だッ!」

 

日向が叫ぶ。しかし、錯愕の剣速は回避に能わず、俺は咄嗟に両手で握りしめた《メタフォージドソード》で受ける。

 

一瞬、両者のパワーが拮抗したかに思えたが、刹那の幻想だった。《グラディエイター》の怪物じみた――というか文字通り怪物の馬力で、俺はそのまま弾き飛ばされ、背中から壁にたたきつけられる。HPが数ドット減った。

 

先程の抜刀はソードスキルだったのか、《グラディエイター》は剣を振り抜いたまま技後硬直を受けていた。俺が攻撃を受けている間にも日向は抜け目なく奴に近づいており、硬直の隙を狙ってソードスキルをありったけ叩き込んでいた。俺は……この距離なら行っても間に合わないか。出来ればこのまま距離をとって敵の出方を見る。

 

敵の硬直が解け、日向もバックステップで距離をとる。既に敵のHPは5%ほど削られている。図体の割に防御力が低いのか。これなら単純計算で、一回の攻防当たり二人合わせて全体の一割削れる計算だ。

 

《グラディエイター》も居合で踏み込んだ分、後ろ退りで間合いを確保する。次いで己の剣を身体の真正面に立てて右手側に寄せ、左足を前に出して構えた。これは、剣道や薙刀で言うところの八相の構えか?一体、何が飛び出す……?

 

すると《グラディエイター》は驀進をしつつ、大剣を一薙ぎ、二薙ぎと振るいながら、短めの斬撃を幾つも繰り出した。奴の走行ルート上には腑の悪いことに俺と日向両方とも居る。理解したぞ、巨体を活かした踏みつけをしながら、中距離攻撃に剣で斬りつけるという目論見か。

 

「日向!すぐに攻撃線から外れろ!」

 

言うまでもなく、既に日向は安全圏へ避難済み。ある程度、距離をとっていたため楽ではあった。俺も言わずもがなだ。既に攻撃対象は目前に居ないのにも関わらず、哀れAIの傀儡となって猛進を続ける《グラディエイター》は正面の壁に勢いを減殺出来ずに激突し、動きを暫時止めた。

 

チャンス――!幸い壁まで吹っ飛ばされていたため奴に一番近いのは俺。奴の脚に連続の剣撃と締めにお馴染みの《バーチカルアーク》を叩き込む。遅れて日向が来たが、敵に通常斬撃を二、三回与えるだけで《グラディエイター》は直ぐに再起した。

 

「音無」

「ああ」

 

日向は笑いながら言う。

 

「奴さん、相当間抜けみたいだぜ」

 

お前が言うな、というツッコミはそっと胸の中に仕舞った。




戦闘描写の難しさ……

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