ストック増えじ
森フィールドを歩いていると、《ダイアーウルフ》とエンカウントした。
まずはアルゴリズムを確かめるため、俺が囮になる。結果、攻撃パターンは今のところ飛びついての噛みつき攻撃と判明した。そうなれば、処理は簡単である。ある程度のレベルと初期装備より上位の武装さえあれば造作もなかった。
戦闘終了。
「うぉぉ…経験値上昇がすげぇ」
俺も自分のウィンドウを見てみる。
「確かに…こりゃ、レベル1の時ぐらいはあるぞ」
《ダイアーウルフ》の獲得経験値は《フレンジーボア》の三倍以上はあった。
俺達は道中で五体の《ダイアーウルフ》とエンカウントし、三体を俺、二体を日向が討伐。経験値メーターはレベル4にも関わらず、両者五割を切っていた。
「この調子だと案外楽にレベル5まで行けそうだな」
「ああ」
そして、件の洞穴に到着した。
「日向、回復potは持ったか?」
「あぁ、20はあるぜ」
「ふむ……多少心もとない気はするが、いざとなれば逃げればいいか」
「じゃあ、行くぜ?」
「おう」
俺達を呑み込まんとする大穴の奥で、未知の恐怖がこちらを覗いていた。
洞穴の中では前後以外の全ての空間が閉鎖されているため僅かな足音でさえ増幅され反響する。ふと隣を見ると、日向が肩を震わせていた。
「どうした?ビビったか」
「いや、寒い」
言われて気づく。確かにここは寒い。森の中は涼しいと言えたが、ここはただただ寒い。見れば俺の産毛も逆立っていた。
「しかし、音無。この先、本当に大丈夫なのか?」
「と、言うと?」
「確か、この森フィールドは罠モンスターが出現するって話だ。俺達が進んでいるこの一本道も、正規ルートと見せかけて実は罠だったり」
「そうか……」
日向の言う通り、ここは慎重に行かざるを得ない。ここは既に圏外。俺達を護るアンチクリミナルコードは無いのだ。
「じゃあ、こうしよう。日向、行け。俺はここで待機してる」
「んで?それでどうするんだ」
俺は日向の肩に優しく手を置く。
「日向……炭坑の金糸雀(カナリア)って知ってるか?」
「音無てめぇ、さらっと俺を人身御供にする宣言してんじゃねぇッ!」
「おいおい、冗談だよ。ここまで来たなら死なば諸共だ」
「いや、それも十分嫌なんだが」
軽口を叩きつつ、俺達は洞穴の奥へと進んだ。
進んだ先で、岐路に突き当たった。左右二股の分かれ道である。
「どうする音無。一人一人で分かれるか、それとも二人で一つずつ試すか」
「いやこれ、絶対どちらか一つ罠だろう。待て、俺に良い方法がある」
俺は屈むと、そこら辺に落ちていた石くれの内、適当な大きさの物を手に取る。
それを俺は左の道へ投げた。出来るだけ力一杯に。投擲された石は洞窟の闇に消えていき、地面で跳ね返る度に反響を残した。洞穴の奥の奥で石の跳ねる音は反射を続け、長い残響を生んだ。
続いて右だ。同じ様に右の道へ石を投擲すると、途中までは反響を確認できたが、暫くするとカラカラと頼りない音を立て、残響は消えた。
「よし、間違いない。日向!正しい道はひだ――」
ガシャァァ――――ァァン!……
甲高い轟音が響いた。右の道からだと分かった。何か重量のある金属製の物体が地面に落ちたような音だった。
さて、まかり間違って俺達が右の道を進んでいれば、果たしてどうなっていたか。
「――な、なぁ?日向。わざわざ行かない方が良かっただろう?」
「そ、そうだな……あぁぁ、キンタマが縮み上がるかと思った」
恐懼に冷や汗が垂れる俺達。
「さ、さあ、行こうか。日向」
「お、おう」
気温とはまた別種の空寒さを覚えながら、俺達は左の分岐路を先へ進んだ。
洞穴の最奥部を目指す最中、日向がこんな提案をして来た。
「音無。パーティー登録しないか?」
「何だ、フレンドの次はパーティーか。とことん他人と関係を持っておかなきゃ不安なのか?」
「違ぇよ、これにもちゃんとメリットはあるんだ」
「ほぅ、言ってみろよ」
「簡単に言うと、複数人でパーティー登録した場合、ボス級モンスターを討伐した際の獲得経験値・コルがパーティー内で分配されるんだ。まぁ、LAボーナスとかは倒した奴の所有物になるがな」
成程な。
「ということはつまりアレか?例えパーティーの中にサボタージュを働いていた奴がいたとしても、討伐に大きく貢献した奴がいたとしても、容赦なく利益は均等分配される、と。何だか社会主義的っていうか、マルクス主義的っていうか、旧ソ連の集団農業を彷彿とさせるな」
「………………」
核心を突かれ、黙する日向。
「いやでもさ、音無――」
「いいぞ、別に」
「――へ?」
「それは逆に言えば、俺がサボってもいいってことだろ?」
俺はニヤリと笑った。
「てめぇサボったらぶっ飛ばすからな!」
日向も何だかんだ嬉しそうにパーティー登録を行った。
洞穴を更に奥へ進んだ結果、開けた空間に行き着いた。間違いない此処がフィールドボスの部屋だ。
「音無。この先にフィールドボスが居るんだよな……?」
「まぁ、そうなるだろうな」
「どうしよう。俺ボス級となんて戦ったことねぇよ」
「それは俺もだ。何だ?日向、怖じ気付いたか?今なら引き返すことも出来るが」
「ば、ばっきゃろぉい!そんなぐずぐずしてたら他のプレイヤーにボス奪られちまうだろうが!」
「じゃあ行くぞ、マージンは取れてるし。いざとなったら逃げれるだろ」
「あ、待ってぇ、音無ィ!」
ここまで来て往生際悪く愚図る日向を捨て置き、俺はボス部屋の空間に一歩、足を踏み入れた。
ボッ、と左右の壁に対称に設置された松明に、手前から奥へ向かって火が灯る。その松明の仄明かりが照らし出したのはフィールドボスの姿。それは、獣人。しかし実際は獣人ではなく、地の妖精であり、RPGでは俗に《コボルト》と呼ばれる種族だ。
部屋の最奥に鎮座するコボルト。重厚な鉄製の兜、チェストプレート、籠手、レギンス、ブーツと必要最低限の防具で固められたその肉体は筋骨隆々。左手にバックラー、腰の鞘に無骨な大剣を装備したそのコボルトはまさしく――剣闘士。
俺はその剣闘士に視線をフォーカスした。予想通りというか、表示されたモンスター名も《Tough The Kobold Gladiator》――《タフ・ザ・コボルトグラディエイター》(直訳:不屈の地精剣闘士)。
《コボルトグラディエイター》が大きく吼え、大気が振動する。それに追従するかのように側に仕えていたコボルトも咆哮する。俺は素早く其方に視線を遣り、モンスター名を確認する。
《loyal kobold right-hand》――《ロイアル・コボルト・ライトハンド》(直訳:忠臣なる地精の懐刀)。
《グラディエイター》と類似した防具装備を帯びているが、その剣はグラディエイターのそれより小振りだ。
両者、空気を震わせる摩擦音ともにその巨剣を鞘から抜き去る。松明の炎が淀みない刀身の中で揺れる。《グラディエイター》はその場に屹立し、《ライトハンド》は俺達に歩み寄る。
「日向、来るぞ」
「ああ……」
俺達が厳かに遣り取りを済ませると同時、コボルト達の頭上にHPバーが出現した。
書いた時点でもう少し文量はありましたが、戦闘前で切ります。ただでさえ無味乾燥な物語に牛の歩みの如し更新速度、いちいち細かく話を割ってる狡猾さに加えて、読者に前の話を読み返させる暇を負わせては何となく罪の意識に押し潰されそうで……次回は恐らく長いでしょう。できるだけ前後編の最低限の分割で行きたい、と。
行きたい(願望)