【SAO×AB】相似形の世界   作:鬱蝉

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六話 「対処的適応(マージ)」

2022年4月8日午前7時14分。

 

アインクラッド第一層始まりの街。

 

俺は眠っていた日向を起こす。日向は目を擦って微睡んでいた様子だったが、大きな欠伸を一つすると、すぐに覚醒し起き上がった。この仮想世界において寝ボケだとか眠気を引き摺るとかいった感覚はあるのだろうか?少なくとも俺はそういった感覚は無かったが。

 

「ふンッ~~~~!ふぅ……おぉ、音無。おはよう」

 

「ああ、おはよう。よく眠れたか」

 

「んー。正直寝たり起こされたりで身体が怠い」

 

確かに、人間はレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返すといやでも睡眠状態が不安定になってしまう。これが俗に金縛りの原因とも云われる所以なのだが。

 

「まぁ、この生活も最初で最後だ。今日は早いうちに宿をとっておこう」

 

「そうだな」

 

俺らは昨夜と同じ露天商からパンを買うと、その場で食し、他プレイヤーが引いた隙を見計らって予め押さえていた廉価な宿屋に向かった。残念ながらチェックインは午後五時からで、予約は出来ないそうだ。

 

「仕方ねぇな。じゃあ五時になったらどっちかが引き返してチェックインを済ませるってことで」

 

「了解」

 

西フィールドへ続く門までを歩いていると、NPCの出店の前で大勢のプレイヤーが長蛇の列を成していた。

 

「何だありゃ」

 

日向が口にする。

 

「俺が見てくるよ」

 

言って俺は並んでいるプレイヤーの内でも当たり障りの無さそうなプレイヤーを捕まえて声を掛けた。

 

「この列は何なんですか?」

 

「あぁこれか?何かプレイヤーが有志で攻略情報を出版にしてNPCに委託販売させてるらしいんだ」

 

成程、日向の見立てに間違いはなく、この世界ではプレイヤーが出版物を出すことが出来、NPCに委託販売させることも可能なようだ。

 

「ありがとう」

 

そう言って俺は日向の下に戻ると、先程聞いた旨を話した。

 

「そうか。で、どうする。買っていくか?」

 

「いんや、やめとくわ。流石にあの列に並ぶのはきついぜ」

 

「オーケイ。じゃあ先を急ぐか」

 

俺らは門を抜け、再び西フィールドへと向かった。

 

今日もはじまりの街周辺では沢山のプレイヤーによる狩り場の奪い合いが行われていた。

 

これは今朝知ったばかりなのだが、はじまりの街周辺と西フィールドではPopするモンスターが違うようだ。西フィールドが《フレンジーボア》なのに対し、はじまりの街周辺では《フレンジーボア》の下位互換である《ワイルドボア》というものが出現するらしい。《ワイルドボア》は有り体に言えば、《フレンジーボア》から突進を引いたものであり、その分、獲得経験値も下がる。

 

西フィールドに着くと、昨日は人が数える程しか居なかったが、今日は数百人単位で犇めいていた。聞くに定石としては、はじまりの街周辺の《ワイルドボア》でレベルを2まで上げてから西フィールドの《フレンジーボア》狩りをするそうだ。ソースは先の攻略本らしい。

 

しかし、前述の通り《ワイルドボア》では獲得経験値が低く、ここに居る、二日目から《フレンジーボア》狩りを始めたプレイヤー徹夜で《ワイルドボア》狩りをしてレベルをようやっと2まで上げたらしい。俺が初っ端から《フレンジーボア》を狩っていたと聞くと、「君はβテスターか」と聞かれたので否定すると驚かれた。

 

今日のところ狩り場を巡った小競り合いなどは起きなかったものの明日からは更にプレイヤーが増え、諍いの発生する蓋然性は高まるだろう。

 

日も暮れて、俺達ははじまりの街まで帰還した。一日中レベリングをした結果、俺も日向もレベルが3まで上昇し、俺の経験値メーターは七割、日向の経験値メーターは八割まで溜まり、明日中にはレベル4まで到達可能だろうが、恐らくレベル4以降は経験値メーターの上昇も止まり、西フィールドでレベルを上げることは困難だろう。別の狩り場を探さなくては。

 

午後八時。今日は昨日の三倍近いコルを入手していたため少し弾んだ夜食をし、余った金でスモールソードよりもスペックの高い《メタフォージドソード(Meta forged sword)》(直訳:高位の鍛造を施した剣)と《ライトアーマー》を二人とも購入し、途中で日向に抜けてもらい、チェックインをしていた宿屋に着いた。

 

正直夜になってもやることなどないので、明日は朝一でレベリングをしようと決め(Mob凶暴化の解除は午前五時)、迷わず就寝した。

 

寝る前に少しだが、こんな会話をした。

 

「お前、料理するのか?」

 

「いや特に……どうして急にそんなことを?」

 

「いや、確かお前料理スキル取ってたよな。どうせ使わないんなら別のにしろよ。無用の臓物だぜ?」

 

「確かに、一理あるな。あと《無用の長物》な」

 

「し、知ってたし!」

 

起床は午前五時。絶好のタイミングでの起床だった。俺は涎を垂らして眠っている日向を叩き起し、ライトアーマーを装着し、宿を後にした。この宿、不便なことに何泊というのを指定できず、毎回毎回入室の手続きをせねばならないのだ。昨日は日向に行ってもらったので今日は俺が行ってやろうと思う。

 

ゲーマーはなかなか朝に弱い。故に早朝の始まりの街は人通りが少ない。この機会だと思い、俺は昨日のNPCの出店に寄り、攻略本を購入した。購入したというより貰った、だ。何せ攻略本はタダだったのだから。

 

攻略本には第一層でのレべリングの方法やフィールドボス、階層ボスの情報が事細かに記されていた。著者欄には《Argo》――アルゴと記名されていた。個人出版でこの情報量とは……。これが一般プレイヤーの為せる業とは思えない。間違いなくβテスターだろう。このデスゲームにおいて、情報は命の次に高い価値を持つ。そんな貴重なものをこんな大勢にそれも無料で配布するとは。かなり懐の深い奴である。

 

朝食を購入し、その場で食した俺達は他には目も呉れず、西フィールドへ向かった。しばらくレべリングを行っていると、小気味のいいSEと共に日向と俺のレベルが上昇し、レベル4となった。

 

午前11時を回ると、プレイヤーが増え始め、正午にはモンスターの獲り合いが始まった。圏外で争いに巻き込まれたら堪ったもんじゃないと思い、俺らはすごすごと西フィールドを辞した。

 

始まりの街からはもう一つ、トールバーナへ続く道がある。ただこの街でレべリングを行うには、第一層迷宮区のある森フィールドは第一層にしてはそこそこレベルが高めのモンスターが配置されており、マージンはレベル3となかなかに高い。

 

おそらく俺や日向のようにレベル4まで達しているプレイヤーはほんの一握りだろうし、レベル3に達しているプレイヤーもSAOの総プレイヤー数から比べると微々たる数だろう。

 

「音無、トールバーナに行かないか?」

 

日向がそう提案してきた。レベルマージンも心配は無さそうだし、俺は一も二もなく了解した。

 

トールバーナに着いた。

 

南ヨーロッパ風の街並みが広がっており、具体的な地名を挙げるならプロヴァンスに似ている。ゲームデザイナーによる意匠を凝らしたアンティークデザインに目を奪われた。プレイヤーに聞き込みをしたが、トールバーナにいるプレイヤー数は数百人程度だが、その中でも森フィールドのレベルマージンを取れているのは殆ど居らず、レべリングをしようにもマージンを取れていないプレイヤーにとってはモンスターを倒すことすらできず、集団で囲んでもやっと、と言ったところらしい。

 

攻略本で調べたところ、この森フィールドにPopする主なモンスターは《ダイアーウルフ》。名前の通り、オオカミがモデルの赤毛のモンスターだ。

 

「おっほー!こいつ赤い髪してんな。そんならこいつのことは音無と呼ぼ――グバホッ!」

 

「もう一度言ってみろ。無麻酔でお前の口を極太丸針と10号縫合糸を使って縫い合わせてやる」

 

「なんかよく分からないけどすいませんっしたッ!」

 

無言の腹パンの後、恫喝。

 

流石、元野球部。挨拶と謝罪だけは良い声出しやがる。そういえば、日向は今でも野球をやってるのだろうか。その旨を聞いてみると、

 

「あぁ……学校の部活とかには参加してなかったが、近所の草野球チームで楽しくやってるよ」

 

と答えた。

 

成程、日向にはそれがいいかも知れん。日向の未練とはセカンドフライを取れなかったことであり、その弱みに付け込まれて薬物乱用を犯してしまった。

 

そのそもそもの原因は甲子園優勝という心の重圧にあった。近所の草野球チームみたいな緩いスタンスでやってる所ではまずそんな心配は無いだろう。それに、アイツに上下関係とか似合わないし。

 

話が逸れたな。森フィールドの出現モンスターまでは話したんだったか。では次だ。

 

森フィールドを迷宮区に向かうルートから逸れ、東へ向かうと洞穴がある。そこはフィールドボスダンジョンであり、フィールドボスの《マザーウルフ》が待ち構えており、レベル2,3程もあれば余裕で倒せる――筈だったのだが、

 

平均レベル2の四人パーティーが討伐に向かったところ、情報とは全く違うモンスターが出現して、犠牲者は出なかったもののあえなく潰走する羽目になったという。しかも伝聞情報では、フィールドボスには強力な取り巻きが一体付いているという。攻略本の情報では《マザーウルフ》一体のみとしか記されていない。フィールドボス討伐のクエストは広場の掲示板で受注できるらしい。俺達は直ちに広場へ急行した。

 

トールバーナからは《クエスト》と呼ばれる――まぁ、説明しなくでも分かるだろうが、そういうものが受けられるようになる。掲示板には幾つかのクエストが並んでいたが、難易度の高い順でソート検索すると、当のクエストがトップに表示された。

 

クエスト名は、《森に潜む刺客》。如何にもそれらしい名前である。

 

「どうする日向。行くか?」

 

「そうだな、まだ午後一時だし、偵察がてらちょろっと行きますか。正直、さっきの情報じゃ不確的要素が多いし」

 

「百聞は一見に如かず、だな」

 

「そうそう、ツーシーム、ツーブリーフって奴?」

 

「お前……"To see is to believe"って言いたいのか?」

 

なんで球種と二つのブリーフが出てくるんだよ。

くだらない会話をしながら俺たちは森フィールドを進んだ。




亀の兆候が見え隠れし始めた……。
こんな感じで音無・日向の平凡な攻略を書いてくつもりです。
過度な期待はしないでください。

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