俺と日向は西フィールドに向け、歩みを進めていた。
どうやらはじまりの街周辺の雑魚Mobは上昇志向のプレイヤー達によってあらかた狩り尽くされてしまったらしく、モンスターPopと狩りの均衡が飽和量限界を超えてしまい、今にもプレイヤー同士の抗争が始まらんとしていた。
勿論、俺達はそんな下らんのに巻き込まれるのは御免なので少し遠出にはなるが、早々にはじまりの街周辺に見切りをつけ、遥々西フィールドに向かっている途中だった。
ここら辺の冷静な判断も死後の世界でSSS団の仲間と共に闘った経験が血肉となって染み付いた結果だろう。本当に、ゆりには感謝してもし切れない。
「残念ながら、モンスターの情報に関しては一切なしだぜ。リアルみたいに攻略wikiをウィンドウで開きながらプレイできたら幾分楽か……」
「まぁ、贅沢は言うもんじゃないぞ。だとしたらこの世界における攻略情報の伝達はどうするんだろうな。まさか口頭ってのはあるわけないだろうし、元々プレイヤーを閉じ込めるという目的で作られたゲームだ。よもや天才プログラマーの茅場晶彦がそこらの措置を忘れるとは思えんが。見たところチャットとかは存在しないし……」
俺は右手でメニュー画面を弄りつつ言う。
「さあね、もしかしたら出版物が出せるんじゃないか?」
「成程、それは有り得るな。世界観にもマッチしている。珍しく冴えてるぜ、日向」
「そいつは語弊があるぞ、音無。珍しく、じゃなくて、常に、だぜ」
「…………」
無視ってやった。
「無視んな!」
当然の反応だな。
無視ついでに俺は辺りを見回してみた。今の所、モンスターとのエンカウントは無い。随分と進んだつもりだが、俺らの現在居る場所も既に他プレイヤーの手が伸びているだろうか。
「ところで日向。話は大きく変わるが、お前今は何で名前なんだ?」
すると日向は絶望の色に塗られた悲壮感に溢れる表情をした。
しまった。今のは誤解されちまう言い方だったな。
「わ、悪い悪い。言い方が悪かった。俺が聞いてるのはお前のアバターネームじゃなくてリアルでの名前のことだ」
実際、ネットゲーム界隈でプレイヤーのリアルネームを聞き出すような行為はノーマナー極まりないものなのだが、言っても俺らの仲だ。多少は良いだろう。
「おお、そうだ。忘れてたぜ。聞いて驚くな?今の名前は日向(ひゅうが)秀樹っつうんだ」
「マジか」
俺は純粋に驚いた。俺みたいに名前が同じだけでも充分に奇跡ではないかと思っていたが、上がいたな。まさかの読み方違いの同じ文字とは。
「そういや、お前の名前もまだ聞いてなかったな」
「そうだな、今は合歓結弦っていう名前だ」
「ねむ、か。随分と変わったな。どっちで呼べばいい?」
「音無で頼むよ。お前も日向(ひなた)のままで良いよな?」
「勿論だ」
俺らは互いに微笑した。
ところが暫く歩いていると、
「………………」
「………………」
ヤバい。話題が尽きた。
適当に話題を振ろうにも、そんな話題すら思い浮かばない。どうしたものか。久し振りの再会に、積もる話もあるだろうに。隣を見れば、日向も気まずそうな雰囲気を醸し出している。
「な、なぁ、音無」
「お、おう、どうした日向」
「何か、歌でも歌おうぜ」
「どうしてそうなった!?」
いや、しかし、これも日向がこの微妙な空気を打破すべく出してくれた提案。もしかしたらこの空気も何とかなるやも……
「よし、じゃあまずお前から歌ってくれ。良さげなタイミングで俺が繋ぐから」
「オーケイ」
日向は鼻で軽く息を吸った。
「守るも攻むるも黒鐵(くろがね)の~ハイ」
「え、え!?……浮かべる城ぞ頼みなる~……?」
「浮かべるその城、日の本の~」
「皇國(みくに)の四方を守るべしーーって何で《軍艦行進曲》なんだよッ!」
俺は勢いで突っ込んだ。
「いやだって、今の雰囲気にぴったり来んじゃんよー」
「いやそうだけど!そうだけどさ!」
仮にそうだとして、でもやっぱり選曲がおかしい!お前絶対カラオケとかに行って引かれる奴だわ。
「じゃあ何歌えばいいんだよ」
「ほらもっとさ、あるだろ?ポップな曲調の歌とか」
「オーケイ理解した」
日向は再びを息を吸った。
「ママレード&シュガーソング、ピーナッツ&ビターステップ♪」
そうそう、そういう奴だよ!やっぱりU〇Gはいいね。
「甘くて苦くて目が回りそうです♪」
「南南西を目指してパーティーを続けよう♪」
「世界中を驚かせてしまう夜になる♪」
「「I feel 上々 連鎖になってリフレクダァァァァッ!?」」
突如俺らの視界にモンスターの影が割り込んできた。あぁ、阿呆だ俺ら、歌に夢中になって周囲の警戒が散漫になっていた。
現れたのは、青い体毛のイノシシだった。イノシシ――偶蹄目イノシシ科の哺乳類だ。
「うお!何だコイツ」
俺は叫んだ。
日向はイノシシにフォーカスしつつ、答える。
「《フレンジーボア》っつう名前みたいだな」
「ほぉ……にしても毛の色が日向とおんなじだな。よし今度からコイツは日向と呼称しよう」
「やめろッ!――ふおッ!」
日向が突如横っ飛びした。
軽口を叩いている間に《フレンジーボア》は日向に向け、突進をかましてきたのだ。
猪突猛進という四字熟語がとても似合う光景だ。
こいつ突進をしてくるのか。イメージ通りっつたらイメージ通りだが。
「それともお前の方を《フレンジーボア》と呼ぶか……どっちがいい?」
「どっちもヤダよッ!俺にこれ以上不名誉な渾名をつけるなッ!」
「すまんすまん」
軽く流す俺。だが、もう軽口を叩く余裕は無さそうだな。
《フレンジーボア》が四脚で踏ん張り、突進のスピードに制動をかける。足元で土煙が上った。
また突進か。しかし、先程見た限りでは奴の突進はあくまでも直線的。タイミングさえ読めれば回避は容易だ。
そのうえ、奴は一度攻撃対象を捕捉したなら、例えその対象の至近に別のプレイヤーが居たとしても攻撃対象を乗り換えることはない。
先刻のファーストコンタクトでそれだけは分かった。日向も理解している筈だ。
この戦況分析も死後の世界での経験の賜物かもしれない。
俺は日向に手短に伝える。
「一人が囮!もう一人は横から!」
「分かってる。俺も同じことを言おうとしたところさ」
流石、日向だ。SSS古参の一人というのは伊達じゃない。
言い終わるのと同時に《フレンジーボア》は180°転身する。奴から見て、俺は右、日向は左。
俺の右隣で日向が初期装備の《スモールソードを》横水平に構え、僅かに引いた。
奴の文字通りの猪首が回頭し、その赤い双眼が捉えたのは――
俺かッ!
直後に《フレンジーボア》、疾走開始。
その距離、10メートルもあるかないか。さりとて猛獣の脚力侮るべからず。
一瞬にして、その距離を半分に縮められる。本当ならもう避けてやりたいが、まだだ。この距離で避けてしまうと、回避した俺を補足したまま追尾してしまう。
もっと、もっと奴をギリギリまで引きつけねば。
その距離――4メートル。
日向が更に剣を引く。
――3メートル。
日向が前に出した右足に重心が乗る。
――2メートル。
俺も回避の為、回避方向と逆の足に重心を乗せる。
――1メートル。
その時、日向の剣に輝きが灯った。なんだあれは……?
そして、日向が剣を振った。
一旦、投稿を中断します。また別日に。