【SAO×AB】相似形の世界   作:鬱蝉

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二話 「運命強制力(オポチュニズム)」

「日向ァァァァァァァァァッ!?」

 

叫んでから失言に気付いた。そうだ。こいつは死後の世界で会った日向秀樹とは全く別人、転生後の日向なのだ。俺みたいに転生前の記憶を継承しているとも限らない。まぁ、こいつも俺みたいに名前は変わっているだろうし(俺は奇跡的に下の名前が同じだったが)、そん時はそん時で適当に誤魔化せばーー

 

「音無ィィィィィィィィィィィィィッ!?」

 

「何たる御都合主義だ!」

 

日向はあろうことか俺の転生前の名を呼んだ。無論、転生前の面影を僅かに残しているとは言え、俺の生前、死後の世界における名前ーー《音無結弦》を即座に言える者は居ない。そもそも《音無結弦》はとっくの昔に死んだのだ。考えつく人間すら居まい。

 

そう、つまり俺の《音無結弦》という名を知っているのは死後の世界の人間だけだ。つまりコイツは正真正銘、他人の空似ですら無く、日向秀樹であって……

 

「日向お前!こっちの世界でもまた会えると信じてたぜ!」

 

「あたぼうよ親友!俺らの絆が一回転生したぐらいで途絶える訳がないだろ!」

 

俺らは熱い抱擁を交わした。まるで青春スポ根ドラマのワンシーンのようだった。

 

「ところでだ、日向ーー

 

何でお前ネカマプレイしてたんだ」

 

感動の再会もそこそこに俺は核心的地雷を踏み抜いた。

 

「………………」

 

冷や汗を流し、顔面蒼白で固まる日向。

 

「い、いや、その何と言いますか……そのぉ」

 

日向はしどろもどろになりつつ言葉を濁す。

 

「さぁ、答えろよ。漢、日向秀樹に他人に隠さねばならないような疚しいことは無いだろ?」

 

これでもかとばかりに詰め寄る俺。

 

「い、いや、だってさ。ほら、リアルだって居るでしょ?そういう人。何というか、動いている女性キャラの姿を見たいとかっていう理由でさ」

 

「ああ、確かにいる。別に悪くない理由だと思うぜ?でもよ、このゲーム、一人称視点だからお前でお前の姿は見ることはできない筈だが?」

 

「………………」

 

今度こそ言葉を失い、黙する日向。

 

「で、どういう目的だったんだ?お前が自らの肉体を女にしてまでやりたかったことは何だ?自家発電か?自身の肉体が女体化している事実を快楽とし、餌とし、己の性的ベクトルでの欲求を満たしたかったのか?言ってみろよ?日向」

 

かつて戦った朋友を言葉責めで崖っぷちまで追い詰めていく俺。日向は悪魔でも見ているかのような表情をしていた。

 

「わ、分かった、言うよ……」

 

日向は渋々口を割った。

 

「実はさ、俺このゲームの中で目立ちたかったんだよね」

 

「ほう、というと?」

 

「だからさ、~の姫とかって居るだろう?男性プレイヤーでプレイしてると相当な腕前がな無い限り自分の名前は売れない。けれど女性プレイヤーだったらさ!パーティー、ひいてはギルドの姫として名前が知れたりするじゃないか!だからそのためにわざわざ女性のアバターでログインして信者(かこい)の男共を集めてワッショイしてもらおうとしてたんだぜ」

 

「つまりお前がさっき俺に話しかけたのも?」

 

「ああ、何か悲観そうな顔してたから最悪弱みに付け込んで信者(かこい)にしちまおうと」

 

コイツただのゲスかよ。最早、俺の記憶の中の美少女像は跡形もなく消し飛んでいた。

 

「オーケーオーケー日向、たった今お前に関する長年の疑問が氷解したよ。やっぱお前コッチか!」

 

「ちげーよッ!」

 

口元に手を翳して言う俺に、反論する日向。

 

「分かった。この件はお前がホモセクシュアルということで手を打つとしてーー「打つなッ!」ーー一応聞くけどこれさ、デスゲームなんだよな?」

 

「………………」

 

僅かな沈黙。

 

「………………あ」

 

「忘れてたッ!このゲーム、ゲームオーバーになったら生身も死ぬんだッ!」

 

「悔しいが俺も失念していたッ!」

 

何だかんだ言って、かつての竹馬の友との会話は楽しく、ゲームオーバー=現実における死という阿呆な設定を忘れるほどだった。

 

「どうすんだよ、日向!このゲームの中で死んだら現実の俺らもそのまま死んじまうんだぞ!」

 

「死ぬって言われたってよォ!………………俺ら既に一回死んでるし」

 

「だよなー」

 

「死んだらさ、またあの世界に行けるのかな……?」

 

「…………おいお前!今一瞬、死んでもいいかなとか思ってねぇよな!」

 

「べ、別に思って無いしぃ?」

 

目を逸らし、口笛を吹く日向。

 

「言っとくが、向こうにいってもNPCぐらいしか居ないからな?」

 

「し、知ってるさ……」

 

日向は、言葉の割にはやけに落ち込んでいた。

 

「でもさ、俺もう一回会いてぇよ。ユイとかさ、ゆりっぺとかさ、天使とかさ、大山とか松下五段とかTKとか直……あいつは別にいいか」

 

「酷ぇなオイ!」

 

さらりと直井を除外した日向に思わず突っ込む俺。もし、この世界で直井と再会出来たら必ずチクってやろう。そう決意した。

 

「ところで音無。俺とフレンド登録しないか?」

 

「フレンド登録?それは何のメリットがあるんだ?」

 

何の気なしに返答したつもりだが、日向は冷ややかな目で俺を見つめ返した。

 

「お前……友達になるかをメリットデメリットで決めるのか?」

 

「い、いや、そういう訳じゃなかったんだ。単に面倒な手続きを踏むのが嫌なだけで……」

 

「ほう、お前にとって友達になることはそんなに面倒臭いことだったのか……そうかそうか、つまりはお前はそう言う奴だったのか」

 

エーミールかよ、という突っ込みを飲み込みつつ。

 

「ほ、本当に違うんだ」

 

「何が違うんだ?言ってみろよ」

 

「そ、それは……」

 

今度は俺がしどろもどろになる番だった。恐る恐る日向を見返すと、日向は笑顔でこちらを向いていた。

 

「冗談さ。単にお前に意趣返しをしたかっただけだよ」「お、おい、焦らせんなよ……」

 

「悪りぃ悪りぃ」

 

日向はおどけて言う。

 

「フレンドになると、フレンド間でのメッセージが送れるようになるらしいぜ。別段フレンドでなくとも名前さえ覚えてりゃインスタントメッセージという簡易メールが送れるようだが、迷惑メール防止のために同じ階層にいるプレイヤーだけにしか送れず、そのうえ届いたかどうかすら確かめられないっつうデメリットを孕んでいるようなんだ」

 

「よく知っているな」

 

俺は素直に感嘆した。

 

「ははっ、余りにも楽しみ過ぎてよ、公式サイトのゲーム仕様とかの説明文をアホみたいに読んだからな。あと因みにだが、フレンドになると同じ階層ならお互いの位置座標がマップ上に表示されるらしいな」

 

「ほぉ、そいつは便利だなぁ」

 

「だろ?俄然フレンド登録する気になったよな?」

 

「あぁ、勿論だ」

 

俺と日向はグーでタッチを交わした。

 

「じゃあ俺の方から申請送るからお前の方で承認してくれ」

 

「了解」

 

日向は右手の二指を空間上で滑らすとメニュー画面を表示し、操作を始めた。因みに日向のメニュー画面は俺には見えない。

プライバシー保護のためのそういう仕様なのだ。

 

「送ったぞ」

 

僅かなラグの後、ピロンと音を立てて、視界の端にメッセージ受信の通知が現れた。俺は流れるように承認ボタンを押す。直後、《Regenwurmさんをフレンドに登録しました。》というウィンドウが出現した。

 

「おい日向、この"Regenwurm"ってのがお前の名前か?」

 

「ああその通り!お前もお目が高いなぁ。そこに着目するとは流石俺の認めた男だ。《レーゲンヴルム》!ネットでいい感じのアバター名を調べてたら出て来たんだが、いやぁいつ見てもカッチョいいね~」

 

日向が鼻高々に言う。俺は冷ややかに一瞥を呉れた。

「お前、"Regenwurm"って単語の意味分かってるのか?」

 

「いやよく分からないが……まぁ、語感的にドイツ語だろ?そうだな聞いた感じ戦闘機の名前っぽいよな!」「ミミズだ」

 

「へっ?」

日向が思わず聞き返した。

 

「"Regenwurm"はな《ミミズ》って意味なんだよ」

 

「…………」

 

今度こそ日向の表情が、ゴルゴンに睨まれたかのように凍った。

 

「ご、ごめんもう一回言って?」

 

「ミミズ」

 

「え、嘘」

 

「ミミズだ。何度でも言ってやる。それはミミズだ」

 

「…………」

 

遂に発する言葉も失った様子だ。

 

「お前、本当にちゃんと調べたのか?」

 

俺は憐憫の視線を日向に遣る。

 

「う、ううん、なんかね、かっこいいなまえはないかなってね、ちえぶくろでそうだんしたの、そしたらね、このなまえだけかいとうされててね、で、なんかね、きいたかんじかっこよかったから……」

 

「特に日本語訳を調べもせずに採用した、と」

 

「……うん」

 

すでに日向の顔から血色らしき物は喪われていた。それに口調も若干《アルジャーノンに花束を》っぽくなってるし。

 

「取り敢えずお前に言いたいのはこれだけだ。Du bist mir einer, was?(お前、馬鹿じゃないの?)」

 

敢えてドイツ語で罵る俺。

 

「最後の方、何言ってたか分からないが、とにかく俺を馬鹿にしていることはわかった」

 

「お、正解。よく分かったな褒めてやる」

 

「分かるわッ!というかお前よくドイツ語とか分かるよな」

 

「まぁ、ほら?俺これでも医師を志してるだろ?」

 

「あぁ、確かそうだったな」

 

「やっぱりその関係上、ドイツ語を勉強しとこうと思って」

 

「えっ!で、ドイツ語覚えたのか!?」

 

「おぉ」

 

「お前今歳いくつだよ」

 

「この前大学入試の結果が出た」

 

「てことは高校生!?俺と同い年!?それで二カ国語マスター!?」

 

「いや英語もだから実質トリリンガルだ」

 

「…………」

 

声すら出ない日向。

正直俺もここまで驚かれるとは思っても見なかった。いやぁ、勉強ってしておくもんだな。

 

「まぁいい、俺がバイリンガルだろうが、トリリンガルだろうが、お前がミミズだろうが、ミミズじゃなかろうが俺にはどうでもいいからな」

 

「え、それはそれで地味に傷つくんだが」

 

お、少し気を取り直したか。ならそれが一番だ。

 

「さぁ、まずは手頃なところでレベリングでもしないか?」

 

「おう、それが無難だな。マップガイドに従うんだったら西フィールドって所が良さげだぜ」

 

「相承知、じゃあ行くぞミミズ」

 

日向に呼びかけると見せかけ、さりげなく心の不発弾を爆発処理していく俺。

日向は暫しの硬直の後、意気消沈の体で俺に追随した。


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