数十分に渡る戦闘が暫く続き、《コボルドロード》のHPバーも二段削り、その三段目も九割以上削れ、もうそろそろ最終段に突入しようとしている。これまで《センチネル》の妨害が入ることはほとんどなかった。《センチネル》排除のE~G隊の仕事ぶりが窺えた。後方支援のH班もパーティーの全体的なレベル不足を補って余りある仕事のこなし用だった。分担が上手く、なおかつ無駄なく回復を済ませている。
これはイケる、俺もそう思った……が。
よもやこの後、あのようなことが起ころうとは。
ボスのHPバーが最終段に突入し、バーの色が赤みがかった黄色へ変ずる。現在に至るまで誰一人、HPが半分を切ったことがない。レイド全員、このままなら勝てると思い、歓喜の感情が伝播、プレイヤーの表情は、笑みを浮かべたものとなる。
大抵のボスはHPが赤に突入すると、そのアルゴリズムに変化が生じる。例えば、ステータスの上昇や、攻撃パターンの変化、そして武器の換装。攻略本によれば、《コボルドロード》の場合、武器が斧から湾刀(タルワール)に変わる。
その後もHPは順調に削られ、遂に――
「バーが赤に突入したぞッ!」
その時が来た。このHP残量ならば、あとソードスキル1,2回程度でボスのHPを全損させられる。
勝った――ッ!
プレイヤー皆が一同にそう確信した。
そして、この男もそう思ったようだ。
突如、プレイヤーの中からサバンナの獲物を狩る捕食動物(プレデター)めいて高速で飛びだす影があった。
青髪の騎士然とした鋼の鎧を纏うプレイヤー――ディアベルである。
俺は扇のように展開した、その左翼側からその光景を目にした。ディアベルの行動は、彼が、己は《コボルドロード》を倒せると確信したためのものである。いや、過信とも言っていいかもしれない。故に彼は気づかなかった。
《コボルドロード》が、湾刀(タルワール)ではなく刀を装備していることに――
過信は油断を生み、油断は悔悟を生み、悔悟は破滅を生む。
プレイヤーの間を微弱な電流のような《悪い予感》が駆け抜けた。
「ディアベルさん逃げろ!」
プレイヤーの一人が大声をあげた。この状況で茫然自失とすることなく、冷静にディアベルに対し、注意勧告を行った彼には賞賛を送るべきだろう。
しかしその勧告虚しく、ディアベルは自らの疾走に制動をかけることができなかった。すると次々と、ディアベルのパーティーメンバーが彼を追うように前へと歩み出た。
「駄目だ行くなッ!」
叫んだのは日向だ。だが、没我の表情で自らのリーダーを求め奔る彼らを止めることはできなかった。
刹那――斬撃閃く。
その凄絶なまでの斬撃衝撃によってディアベルが高く宙を舞い、その余波で、前進していたディアベル隊のみならず俺達さえも後方へ吹き飛ばされた。
――カタナ系ソードスキル《旋車》。
前に居たディアベルの隊は少なからずダメージを受けたが、俺達はさほどの量にもならなかった。しかし、ディアベルは違う。その膨大な斬撃エネルギーを直で身に受けた。彼のHPバーはみるみる減少し、半分を切り、黄色まで持っていかれる。
「何だこれは――攻略本と違うぞッ!」
日向が喚く。
「言ってる場合か!今はディアベルさんをどうにかしないと殺られるぞッ!」
誇張でも脚色でもない。
現に、宙高くで踊らされるディアベルの真下では《コボルドロード》がスキル後の硬直を終え、ソードスキル発動の予備動作を行い、見敵殲滅の最終段階に入っていた。
一撃で、半分以上HPを削るゲテモノのソードスキルである。二撃目を喰らえば、恐らく命はない。
迷いなく日向とキリトとアスナが駆けた。
しかし、間に合わない……ッ!
奴は地面すれすれに野太刀を構えている。
おそらく斬り上げ、二の太刀はないだろう。
せめて彼を、その必殺の一撃の攻撃線上から外せれば……。
しかし、どうする?空中に居る以上は回避行動とることはできない。
防御行動も、ディアベル自身が先の攻撃でスタンしていて取れそうにない。
どうにかして彼をあの地点から退かせることができれば……だが、どうやって退かせる。
いっそう剣圧で吹き飛ばすか?
いや何を言ってるんだッ、俺は。
ん?
吹き飛ばす。
直後、脳味噌を鉄鎚で直に叩かれたような衝撃が奔る。
一瞬の動作でストレージを開き、ある物をオブジェクト化させる。
「あったッ!KBSD!」
KBSDというのは俺がつけた略称で、その正称は《キック・バック・ショット・ダガー》。その付与能力は――
――ノックバック+5!
前にも言ったが、ノックバックはダメージを与えた対象を仰け反らせるというもの。以前、日向による実験で、ダメージにならないようなダメージでも一歩二歩と仰け反らせることが可能ということが判明した。こいつを使えば……!
だが、宙を舞うディアベルに対し、このダガーを直接刺すことは不可能。だから俺は、
投剣を使うッ!
偶然にも俺は少し前、日向を真似て実用性を重視し、料理スキルを捨て、投剣スキルを習得していたのだ。おまけに俺はここ数日間、投剣の練習ばかりしていた。スキル熟練度もそこそこ上がっているうえ、腕にも覚えがある。ここで遣るしかないッ!
俺が剣を構えた直後、《コボルドロード》の野太刀が振り上がり始めた。
もはや、呼吸を整えるだとか、精神を集中するだとか、そんなことしている暇はないッ!
「すまん、ディアベルさん!」
俺は、刹那のうちに狙いを定め、ダガーを投擲した。狙いは距離があるためにディアベルのやや上。俺の腕から放たれたダガーは、この世界の重力に従い、楕円軌道の放物線を描き――
――ディアベルの大腿に突き刺さった。
そしてノックバック発動。ディアベルの肉体が、がくんと震えるように後方へ飛び、《コボルドロード》の野太刀はディアベルの青い頭髪の先端を掠めただけであった。
「やったッ」
死後の世界の野球大会では上手くピッチングできなかったからな。名誉挽回とまでは言わんが。格好いいところは見せられたかな。誰にとは言わんが。
俺の反対方向に弾かれたディアベルは、ちょうど右翼側の日向の方へ落下する。
「日向ァッ!受け取れッ」
「任せろいッ」
そう言って、半ばスライディングで落下地点に飛び込んだ日向は、ディアベルを受け止めた。
「ナイス、セカンドフライ!」
「喧しいわッ」
軽く冗句を言い合う。
「すぐに後退させ、回復を!」
俺は早口で命じる。
直後、《コボルドロード》の肉体に輝線が幾本も奔る。
ディアベル救出のため駆け込んでいたキリト・アスナ両名が、その疾駆を止めることなく、攻撃へと持ち込んだのだ。
二人にとっては、所謂トドメの一撃という奴だったのだろう。長時間の硬直覚悟のソードスキルを叩き込んでいた。
《コボルドロード》のHPバーは瞬く間に減少しーー
ーー1ドット分を残して、停止した。
改行は基本読む時に見やすくする為のものですが、もっと演出面で活用できないものか、と考えてます。自省するに私には戦闘描写の疾走感に欠けるもので……せめて補う程度のものがあれば、と。
あ、ディアベルさん生存ルートです。やったね