私も今度見に行く予定です。
《キバオウ》はサボテンのようなヘアスタイルをした男だった。
キバオウの発言に傾聴していたプレイヤーは皆一様に「誰だ?そんなプレイヤー」という顔をしていた。正直、俺も分からない。
「しらばっくれても無駄やッ!」
キバオウは苛立たしげに叫んだ。いや、しらばっくれると言われてもアンタの表現じゃ一体全体誰のことを指しているのか分からねぇよ。
「チュートリアルが終わった後、はじまりの街にいるビギナーを見捨てて、我先にとクエストや狩り場を独占しおったド腐れ共がッ!」
あー。やっと分かった。つまり《キバオウ》は彼らのことを言っているのだ。それを理解したのはディアベルも同じのようで。
「キバオウさん……君が言っている人達とはつまり、βテスターのことかい?」
ディアベルがそう訊くと、キバオウは意気軒昂と語り出した。
「そうやッ!そいつらのせいで今、生命の碑には既に二千の名が刻まれとる!糞βテスターがビギナーを早々に見限り、自分勝手なプレイをした結果がこれやッ!」
「……つまり、キバオウさんはβテスターによる謝罪を要求する、と?」
激情に駆られたキバオウに対し、リーダーの器を見せてかディアベルは冷静を保って対処した。
「それだけやないで。ここにいるだけで構わんから、βテスターの持っている全武装、全アイテム、全マネー、全情報を全て吐いてもらう」
その言葉に、会場は度肝を抜かれたようで僅かな風のさざめきさえ耳に届くほどに静まった。
彼の言い分を要約すると、βテスター達はビギナーがこのゲームのシステムにあたふたしているのを良いことにクエストや狩り場を独占、またそれによって得られるレア武装、レアアイテム、多額のコルすらも独占している。そのためなロークオリティの武装やアイテムしか持っていない多くのプレイヤーが亡くなった。だからβテスターは謝って持ってる物全部出せ。
と、そういうことだ。
「いや、何言ってんの?あのサボテン」
「あぁ、ガキがエゴな超理論で駄々をこねてあるようにしか思えない」
「全くだぜ」
「ほんそれ」
「事が起こった後では詮無いことですしね」
日向と俺の感想にクラインとキリト、ビーチェが同意する。
ついに演壇にまで上ったキバオウは尚も山鳥の尾のように長々と能書きを垂れていた。
「大体、現時点ではβテスターが最高戦力なんだぜ?そんな奴らの戦力削って何になるんだよ」
珍しく日向がまともなことを言った。
「要するにアイツはプレイヤー達の《均衡化》をさせたいんだと思うぜ」
「均衡化?」
俺の言葉にクラインが反応した。
「見えざる手って知ってるか?神の見えざる手」
クライン、キリトは首を振った。アスナは知っている風だったが、反応はなかった。代わりにビーチェが発言をした。
「知ってます。アダム・スミスの著書《国富論》第四編第二章に登場する経済学用語ですよね?英語では《Invisible hand》。人の手が加わらずとも需要と供給を常に均衡に保つ市場メカニズムの自動調節機能のことだったはず」
普通に詳しかった。
「で、それがどうかしたんだ」
キリトが話の続きを促す。
「いや、まぁ、人ってものは《持ちすぎる者》と《持たなすぎる者》を甚く嫌う傾向にあるわけだ。例えば《とても頭のいい奴》と《とても頭の悪い奴》。いずれも大衆からは爪弾きにされやすい。このきらいは《平均的な人間》にほど強く、同時に大衆から好まれる人間も《平均的な人間》だ。故に人間たちは無意識の内に全ての人間を《平均化》、つまりは《均衡化》しようと望む。クラスで成績優秀な子を集団いじめで貶めようとすることも、運動の出来ない子に対し、出来る奴が自分と同レベルの仕事を要求することも云わば、この《均衡化》だったりするわけだ。ではこの《均衡化》は一体何に因るものかというと、《神》というには大仰だ。差し詰め、《人間心理》と言ったところか。嫉妬や憎悪、侮蔑、過大評価、といった劣等優等意識から生まれる《人間心理の見えざる手》。《キバオウ》にしたってそうだろう。アイツはビギナープレイヤーよりも遙かに多い情報量とマネー、ハイクオリティなアイテムを所持しているβテスターに対して劣等意識を持ってるんだ。でなきゃ本来要求するものは謝罪だけでいいはずだろ?要するにアイツは多くのビギナープレイヤーの死を錦の御旗に――」
ふと隣を見れば、五人とも(アスナですら)唖然として俺を見ていた。しまった。弁舌が過ぎたな。文系を軽く齧った理系の悪い癖だ。
「――すまない。さっきまでのことは忘れてくれ」
そう言うと、皆戸惑いつつも演壇で弁論捲くし立てるキバオウを遠い目で眺め始めた。流石のディアベルも眉をしかめ、この横暴なロジックに困った顔をした。会場にも似た空気が流れている。そう、俺達には皆、βテスターという存在を一概に否定することのできない物的証拠を所持しているのだ。
「ちょっと、発言いいかな」
プレイヤーの中からそんな声と共に手が一つ挙がった。キバオウの御高説を遮る形となったが、収拾がつかなくなっていたディアベルは助かったというような顔をしていた。
「構いませんよね、キバオウさん?……、発言どうぞ」
キバオウに有無を言わせず、手を挙げたプレイヤーに発言権を譲った。キバオウは不服といったようだったが、さすがに自重してか渋々従う。
立ち上がったのは禿頭の、ネグロイドの男性だった。
「口を挟んで失礼。俺はエギルという者だが、まずはこれを見てくれ」
そう言って、エギルは一つの冊子を見せた。恐らく、キバオウ以外のここに居るプレイヤーは皆、見たことがあるものだろう。
「何やねん、それは」
「攻略本だ」
そう、それは《アルゴ》という者の手によって著された第一層の攻略本だ。
「そ、それが何やっちゅうんねん」
「これはβテスターによって書かれたものだ」
「な、何ぃ!」
やはり攻略本の存在を知らなかったのか、《攻略本》という単語が飛び出した時点から狼狽した様子のキバオウだったが、βテスターの手によるものという事実に、遂に明確な動揺を示した。
「知らないのか?この攻略会議はこの攻略本を基にして行われている」
キバオウは無言の驚愕を見せた。
「その通りだよ。キバオウさん」
ディアベルも助け舟を入れる。
「それにこの冊子はNPCの出店で無料で配布されている。今もそこの店で貰えるはずだ」
そう言ってエギルは広場の一角を指差した。
「こういう冊子を出版するのもタダではない。ちゃんと然るべき金額を払う必要がある。そのうえ、これには莫大な量の情報が記載されている。ここに居るプレイヤーが安全に攻略ないしレべリングが出来たのも、これのおかげと言っても過言ではない。それに攻略に励む者のみならず、はじまりの街に留まっている人達ですらこの攻略本を持っていると聞く。果たしてそれだけの量を出版するのに一体幾許の費用を要するか……それでもアンタはβテスターがビギナーを見捨てたと言うのか?はっきり言うぞ。これが無ければ今頃、生命の碑には現在の数倍近い名前が刻まれていた」
エギルの問い詰めに対し、先ほどまで揚々と手前勝手な理論を振るっていたキバオウも答えを窮した。
「そ、そんなん、たったの一握りやないかいッ!」
「キバオウさん、アンタは今まで何人のβテスターを見た?」
「ぐ…………」
「恐らくだが、アンタは一部の、狩り場やクエストを独占しているβテスターしか見ていないはずだ。一部の悪い点を見つけたら、皆が皆そういう奴らだと決めつけてしまうのは人間心理として仕方がないことだとは思うが、目の前にビギナー達を支援しているβテスターが実際にいるということを証明する物品があるし、ここの会場に居るβテスターの中にだってビギナーを主導し、彼らを死なせないように日夜尽力している奴もいるはずだ。それなのにも関わらず、アンタはまだそんなことを言うのか?」
「…………」
エギルの正論に、キバオウは反駁の言葉も見つからず、沈黙した。俺は素直にエギルという人物に関心した。
さて、これで一件落着。ディアベルも安堵の表情で今度こそ会議を締めにかかった時、
「待ちぃやッ!アンタはんの言う通り、ビギナーを援助しているβテスターが居ることは認めるで。やけど、一部の身勝手なβテスターのせい死んでいった奴も居るやろがッ!そいつらへの詫びも込めて持ってるモン置いて行きィ!それが死んでいった奴らの総意でもあるやろッ!」
何たることかキバオウは尚も喚きだした。会場に居るプレイヤーも「これは駄目だ」と諦念の雰囲気が漂い始めた。ディアベルは額に手を当て、エギルもやれやれと肩をすくめた。彼らですら対処に困っている。それもそうだ。キバオウの言っていることは稚拙極まりない《子どもの理論》だ。それじゃあ理詰めの論破が通用するはずもない。
論議は完全に泥沼化し、終わりが見えなくなっている。このままディアベルが強制終了させてもいいのだが、それだと大きな禍恨を残したまま明日の攻略を迎えてしまうことになる。それはマズイ。
そして俺は自分でも驚く程、滅多にとらない行動をする。
「発言いいですか?」
投稿に大分時間が空いて申し訳ありません。何分学生なもので試験勉強に右往左往していたもので……。
最近一段落したのでまた書き溜め増やしていきます。