果たして、そこにいたのは中学生ぐらいの少年とフードを深く被った男――いや女か?喉仏が出てないし。いや、でも喉仏は外見判断の確たるファクターとはなり得ないか。それと二十代前半ぐらいの無精髭を生やした男が一人。残る一人は奇遇にもつい先程見かけた女性プレイヤーだった。
「初めまして。アンタらも余り組か?」
中学生くらいの男子が俺に話しかけてくる。
おいおい少年、タメ口かよ、と思いつつもゲーム内でそんなのをいちいち気にするのも詮無きことと思い、胸中だけに留めておく。
「まあな、ちょうど二人。俺らが組めば一応のところパーティーは全組完成かな」
「そのようだな。おっと、取り敢えずを自己紹介しようぜ。こっちは全員済ませてるが、アンタ達とは初対面だからな」
そういって彼は自分の胸に手を置いた。
「まずは俺からだ。俺の名前は《キリト》だ。このフードの子は《アスナ》」
《キリト》がそう紹介すると《アスナ》と呼ばれた女子――やはり女だったか――は軽く会釈した。
「次に――」
「よッ!俺は《クライン》っつうんだ」
「そう、このむさ苦しいのが《クライン》」
「おい、その言い方は酷いってもんだぜキリの字」
「すまないね」
《クライン》の抗議を適当に流すキリト。
「そして、この女の人は……えぇと何だっけ?《ビートライス》?」
キリトが疑問形で紹介した少女。齢は俺や日向と同じくらいか。全身のスキャンニングによって現実世界と全く変わらない肉体を得ているはずなのに、その肢体は人の造りしアバターかと見紛うほど黄金比の具現であり、極めつけは北国の雪のような透徹の白を帯びた髪。
かつての死後の世界における天使――立華かなでを彷彿とさせた。その少女は適当な紹介をしたキリトを見遣ると、唇をすぼめてこう言った。
「キリトさん。読み方も間違ってますし、出来れば愛称で私を呼んでください。私は《ビーチェ》――B、I、C、E、《Bice》です。そちらのお二方もどうぞ宜しく」
ビーチェ――イタリア人の女性につける名か。でもこれって、まさしく何か別の名前の愛称だった気が……ElizabethにおけるBethみたいな。はて、何だったか。
「なんでぇい」
すると、クラインが不満そうに言った。
「そんなに呼ばれるのが嫌なら何だってそんな名前にしたんだ?端っから《ビーチェ》にしとけばいいじゃないか」
「それは……」
追及されて少女、ビーチェは口を濁した。
「ま、まぁまぁその辺にしといてあげませんか?誰にだって他人に話したくないことの一つや二つ、ありますって」
「そうだぜ、クライン。やめとけよ」
キリトも乗じて、止めに入る。
「そ、そうか。す、すまなかったな《ビーチェ》」
「い、いえ。お気になさらず」
「ほーらよ、クライン。お前そんなんだから女の子にモテないんだぜ」
「てめぇキリト!言いやがったなぁ」
「あはは」
仲良さそうで、何よりだ。
「おっとアンタ達の紹介がまだだったな、頼む」
キリトの言に従って、まずは俺から自己紹介をする。
「俺は《オトナシ》だ。宜しく」
俺は日向に目配せし、自己紹介を促す。
「俺は《レーゲ……そのレ、レーレー……」
あそうか、コイツ、格好つけてドイツ語ネームにして見事大爆死した恥ずかしい奴だったわ。
「レー……レー……」
「レー?レー、何だよ」
言い淀む日向に苛立たしげに催促するクライン。んむ、ここは親友としてフォローしてあやるべきか。
「あ、ああ、すまない!コイツ、今頃になって厨二病を発症して、自分の名前を邪気眼ネームにした挙げ句、そのことを今更になって恥ずかしがってる残念な奴なんだ。どうかそのことを察して、彼の名前には触れてやらず、どうか《ヒナタ》と呼んでやってほしい」
俺が慌てて弁明すると、皆事情を察してくれたのか、
「そうか、宜しくな《ヒナタ》」
「おう!《ヒナタ》宜しく」
「今後とも宜しくお願いします、《ヒナタ》さん。それに《オトナシ》さんも」
あっさりと受け入れてくれた。
「音無ぃ……」
俺の横では、邇邇芸命(ニニギノミコト)の天孫降臨を見仰ぐかのように俺を見つめていた。やめてくれ、その、気持ち悪いです。
「はいはい皆さん!」
そこで演壇に立ったディアベルが柏手を打ち、皆の注意を惹きつけた。
「皆、六人パーティーのメンバーが決まったようだね。今、そこにいる人達と明日パーティーを組んでもらうことになるから当日になって混乱しないように名前を覚えて帰ってくれ!出来ればフレンド登録もしていてくれると嬉しい!」
ディアベルがそう言うので、皆一斉にウィンドウを開き、空で文字をひたすら打ち始める。
「俺達はすでにフレンド相互しているから後はアンタ達だ」
「じゃあ俺達が打つからそっちで承認してくれ」
俺は四人からプレイヤーネームのスペルを教えてもらい、自分のフレンド申請の記入欄に打ち込む。
キリトは、《Kirito》。
アスナは、《Asuna》。
クラインは、《Klein》。
ビーチェは、《Beatrice》。
んん、確かにこれは《ビートライス》と読めてしまうが、勿論そんな読み方では無かった筈。はて、何だったか。
「何だ、これ。何て読むんだ?R、E、G、E、N、W――」
「キリト……《ヒナタ》だ。もう一度言った方がいいか?」
「いや、いい」
日向の事情を思い出してか、俺に気圧されてか、キリトは黙した。
その後、ディアベルは構成された八パーティーにそれぞれA~H班を割り振り、攻略時の各々の配置決め、また攻略本を基に第一層ボス《イルファング・ザ・コボルトロード》の討伐についての指示を行い、会議も大詰めといったところでディアベルが締めに入る。
「よぉし!やるべきことはやり尽くしたかな。じゃあ本会議はここでお開きということで――」
「ちょっと待ってくれんか!」
ディアベルが閉会の辞を述べようとしているところにドスの聞いた声が割って入った。
「君は?」
ディアベルは横槍を入れられたことにも気を立てず、そのプレイヤーの名を問うた。
「ワイは《キバオウ》っていうモンや。率直に言わしてもらうで。まずはこの中にプレイヤーの生き死に関わらず全員に頭を下げなならん奴がおるやろ」
ヴァレンタインデーに上げるつもりが、2日遅れとなってしまい……
書き溜めも漸減する一方……やらねば