Monster Load ~Over Hunter~   作:萃夢想天

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どうも皆様、お久しぶりの萃夢想天です。

皆様はいかがお過ごしでしょうか?
最近は梅雨と初夏の境界が曖昧になっているようで、雨が降った
直後の日照りで蒸し暑さが倍増する日々が続いているそうですよ。
夏といえば、私が体調を崩しやすくなる季節でございますゆえ、
どうか皆様、くれぐれもご自愛くださいませ。

さて最近になってまた熱が上がってきたモンハンワールド、
私も操虫棍で狩れるようになった傍からナナ様が実装されました。
ですが、ええ、何ですかアレ。誰ですかアレ。
某地下世界の裏ボスケルトンばりの高速スリップダメぶつけてくる
ケモ奥様なんて私知りませんよ? 理不尽ノヴァに何度キレたことか。

でもあの理不尽さが古龍なんだよね、と再確認させられました。
私のこの作品であんなのだしたら、三日で世界滅びますねぇ……。


前振りが長くなりましたが、それでは、どうぞ!





カッツェ平野・我が呼声に汝は轟く 【前編】

 

 

 

 

 

 

 

 

"異変"というものは、本来であれば中々気付きにくいものだ。

 

 

 

何かが変わっている場合もあれば、何もかもが変わっている場合もありうるのだから。

 

 

 

そしてそれは、誰の身にも起こりうるからこそ、無自覚に受け入れざるを得なくなってしまう。

 

 

 

 

これは、魔王が世界に君臨させられようとする裏側で起きた、知られざる"異変"を紡ぐ物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フェメール伯爵からの追加依頼だぁ?」

 

 

繁栄が約束されたことで活気に満ちる街の一画、そこに居を構える〝歌う林檎亭〟の一席から

呆れたような男の声が漏れ出す。自分が耳にした言葉が理解できないのか、したくないのか、

頭部中央を逆立たせたくすんだ金髪が男の心情を表すように、しなりと小さく折れ曲がる。

 

この男の名は、ヘッケラン・ターマイト。街中でも武器を腰に添えていることからも見て

分かる通りの冒険者__________ではなく、冒険者崩れの意味合いを持つ『ワーカー』だ。

 

冒険者とは、冒険者組合からの仲介によってモンスター討伐や護衛などの依頼を受けて稼ぎを

得ている真っ当な職人だが、ワーカーは冒険者に課せられる責務や規則を破る者の総称である。

 

 

この言い方ではならず者か悪賊の類と誤解されてしまうため、分かりやすい例を挙げよう。

 

例えば、ある村でモンスターに襲われた少年が大怪我を負ったとする。その村を偶然訪れた

冒険者が見返りを求めずに治癒魔法を行使して怪我を治療すること。これは違反と見做される。

 

通常、治癒魔法での治療行為は神殿の管轄であるため、彼らの管轄に分類される物事に冒険者が

手を出すことは組合の規則によって禁じられているからだ。無論この規則は神殿が治癒魔法にて

患者の傷を癒すことの見返り(金銭や奉納品)を独占する為でなく、政治方面から距離を取って

なおかつ神官の育成やアンデッド討伐で発生する出費等、循環を滞りなくする為である。

 

要するに、規則に縛られる代わりに安定性と確実性を得られる冒険者として生きる事を捨て、

どんな危険や罠があろうと、報酬によっては命を懸けても自分のやりたいことをやる傭兵だ。

 

 

さて、そんなワーカーとして日々を生きる青年ヘッケランは、やはり呆れかえっていた。

理由は彼の反応の通り。つい先程まで、依頼人からの依頼で自然発生するアンデッドを間引く

仕事を受けて、無数の骸骨(スケルトン)動死体(ゾンビ)と戯れてきたばかりだったのに。仕事終わりの一杯で

気持ちよくなる予定が御破算になってしまい、挙句に追加の依頼人は先の件と同一人物である。

疲れ知らずのアンデッドを蹴散らして疲労困憊の彼は、しばらく死者の相手は控えたかった。

 

 

「いったい何考えてんだあのデブ………魅力的に肥え太った御貴族様はよ」

 

「そんなこと私に聞かれても分かんないわよ。疲れてんのは私も一緒」

 

 

酒の席で飲み潰れる以外の理由で机に突っ伏したヘッケランの向かいから、若い女の声が響く。

どこか蠱惑的な雰囲気を醸す赤紫の髪に、人間ではありえないほど先端が尖った森精霊(エルフ)()

女性ならば必ずあるべき特有の豊かさが上にも下にもない、金床のようにのっぺりな肢体。

 

それらこそ、ヘッケランの良く知る彼女、半森精霊(ハーフエルフ)のイミーナだ。

 

彼女もまた先程までヘッケランと共にアンデッドと戯れ、動死体に矢をプレゼントしてきた

ばかりだった。彼女の声が不満気なのも、見飽きた場所へのとんぼ返りに対するものだろう。

なにせカッツェ平野は、ほぼ一年中アンデッドが彷徨う濃霧の荒野であり、四方八方から常に

生きる者を憎む死者の怨嗟が絶えず、それが集まることでより強大なアンデッドが生まれる。

まさに死の螺旋とも呼べる負の循環が構築されている場所なのだ。好き好んで行く訳がない。

 

唯一女性らしさが表に現れている艶やかな唇の端から、こぼれ出る溜め息を意にも介さない

イミーナに、「そりゃそうだけどよ」と納得のいかないヘッケランが口を尖らせ顔を背けた。

 

ワーカーたちは基本的に、仕事を受けるか断るかの二択しかない。そこは冒険者と同じだが、

彼らの場合は断る方を選択することが滅多にない。冒険者とは違い、彼らに組合の仲介はなく、

それ故に仕事の依頼はほとんど自分たちのツテで手繰り寄せるしかない。よって命惜しさに

依頼を断り続ければ、「他のワーカーに依頼する方がマシ」と認識を決定づけられてしまう。

だから危険だと知っていても彼らは依頼を受け、代わりに多額の報酬を要求するのだ。

 

これは依頼する側の人間にもメリットはある。冒険者には依頼できないような汚い仕事や

要人の暗殺、他国への間者や密偵等にワーカーのような連中はもってこいだからである。

 

こうした現実を誰よりも理解しているからこそ、ヘッケランは「やらない」とは言わない。

そして長い付き合いであるイミーナもまた、「断る?」などと口にしない。

 

 

「まぁ依頼内容見れば、このアホみたいなとんぼ返りにも説明がつくけど」

 

「ん、そう言えばまだ聞いてなかったな。どんな依頼だったんだ?」

 

「ロバーとアルシェの二人が来てからにしましょ。二度話すのは面倒だもん」

 

 

依頼内容を確認すべくヘッケランは尋ねたが、イミーナは残る二人の仲間が合流してから

話すと切り捨て、先に注文していた安物の葡萄酒を嚥下して喉を潤す。

男顔負けのいい飲みっぷりを披露する彼女を横目で見やり、ワザとらしい咳払いを一つ

こぼすと、案の定不機嫌な顔を隠そうともせずに「なによ」と視線を投げかけてきた。

元々の切れ目も相まって凄まじい形相に一瞬怯むも、ヘッケランは意地と度胸で食い下がる。

 

 

「その、ほら、なんだ。この間も領主の護衛依頼で他の同業者とやりあったろ?」

 

「それがなによ?」

 

「だからさ、あー。んんーと…………こうして二人きりになる時間、取れなかったじゃん」

 

「言われてみればそうね。で、だから何なの?」

 

「いや、あのさ。もうここまで言えば分かってもらえないですかね?」

 

「言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ意気地なし」

 

 

酒が入っているせいか、普段よりも彼女の反応がつれないと落ち込みかけたヘッケラン

だが、よくよく考えるといつもこれくらい冷徹な感じだったな、と逆に気を持ち直す。

かえって意気地なしと煽られたことで、彼の中にある男の部分が吹っ切れた。

 

 

「まだ詳しく聞いてないから言い切り難いけど、もし時間が取れるようだったらさ。

三日くらい仕事休んで気分転換しないか? っつーか気分転換させてくれ頼むから」

 

「気分転換、ね? ここまできてアンタ、まだケツ叩かなきゃダメな優男なの?」

 

「だぁーっ! お願いだイミーナ、もう二週間以上もしてない(・・・・)だろ! だからさ!」

 

「………もっと他になかったの? 及第点にも届かない。全然ダメね」

 

 

テーブルを叩き壊さん勢いで頭を下げるヘッケランに対し、未だ葡萄酒の入った容器から

手を離さないイミーナは切れ味鋭い目を細め、眼前のどうしようもない男に発破をかける。

とはいえ、彼女自身も半森精霊という身ではあれど、彼の提案を断る気は一切無かった。

人間ほど執着が強くないとはいっても、通じ合う仲だ。ムードを望んで何が悪い。

 

そんな複雑な女心など露知らず、ぶつぶつと歯切れの悪い男は突っ伏したまま呻くだけ。

仕方ない、今回だけは妥協してやるか。毎度御約束の言葉で自分を納得させた彼女は、

良い台詞が浮かばず頭を抱え始めた目の前の男に顔を寄せ、耳元で囁くように告げた。

 

 

「依頼は二日後で報酬も美味しいから、四日後に良い宿取っておいてね。いい?」

 

 

先程のやり取りからは考えられない真逆の発言と、酒のせいと誤魔化されそうな赤い頬を

鍛えた視覚と聴覚でバッチリ捉えたヘッケランは、数瞬の後に椅子を蹴飛ばし立ち上がる。

照れ隠しなのか中身が既に空の容器を仰っている彼女に、彼は期待に震える声で問い返す。

 

 

「い、いいんだな? 今言ったよな、宿さえ取ればシてくれるんだな⁉」

 

「お、大きな声で言わないでよバカ! それに、そういうのを女にわざわざ言わせる?」

 

「二週間分だからな! スッゴイことするからな! それでもいいんだよな?」

 

 

期待のあまりに爆発しそうな胸の高鳴りを抑えきれずにまくしたてるヘッケラン。

追加の葡萄酒を頼みながら「煽りすぎちゃったかな」と男の性欲を侮ったことを若干

後悔し始めているイミーナ。しかし、吐いた唾は呑めぬ。燃え上がる火は消し難い。

ますます頬を赤らめる彼女の様子に確信を抱いた男が、彼女の手を取ろうとする。

 

 

「スッゴイことって何の事?」

 

「「うわぁッ⁉」」

 

 

白く細い指と彼の指が絡み合うまさにその瞬間、思わぬ横やりが二人の時間を割いた。

慌てて距離を取ろうとする彼らの様に、声をかけた少女_______アルシェが首を傾げる。

 

 

「イミーナ、スッゴイことってどんなこと?」

 

「ああ、アルシェ。二人に声をかけるのは少し待ちましょうと言ったでしょう」

 

「ロバーが酔っ払い相手に丁寧に対応してるから」

 

「ア、ア、アルシェ! 驚かすなよバカ! ロバーお前も!」

 

 

さっきまでとは違う理由で早まる鼓動を押さえつけるヘッケランの物言いに対して、

声をかけただけで罵倒されるのは納得いかないと軽く頬を膨らませ抗議するアルシェ。

そんな小柄な少女の背後から、がっしりした体躯を持つ優しげな瞳の男が現れる。

早口でまくしたてられた罵倒にもその男_______ロバーデイクことロバーは動じない。

 

 

「落ち着いて下さいヘッケラン。寧ろ私はアルシェに待つよう言ったのです」

 

「なっ、んだと。ホントか?」

 

「ええ。久々の二人きりを邪魔しては悪いと思いまして。お節介でしたか?」

 

「おま………! え、待て待て! ロバー、お前いつから俺とイミーナの仲を⁉」

 

「それこそ今更です。公衆の面前で、彼女を裸に剥いた後を考えて楽しむ卑劣漢の

姿を見ても動じない程度には、ええ。そういう関係は神も御認めになるところでは

あるのですが、節度と場所を弁えていただかないと。アルシェもいるんですよ?」

 

「~~~~~~~~~~ッッ‼」

 

 

ヘッケランでは話にならないと判断したアルシェが、顔を真っ赤にしたイミーナに

質問攻めをしている隙を突いて、ロバーは渦中の男に聞こえる声量で言動を窘める。

当のヘッケランはというと、仲間であるロバーにもうまく隠し通せていたと考えていた

イミーナとの関係を知られていた挙句、気を遣われたことへの羞恥心で蹲っていた。

心に負った恥という名の傷の回復を待ち、仲間が揃ったことでようやく彼ら四人は

ワーカーチーム『フォーサイト』として活動を開始する。

 

頼りになるリーダーであり前衛補助のヘッケラン。

弓の名手として後方支援と遊撃を務めるイミーナ。

信仰形魔法詠唱者兼前衛を任されるロバーデイク。

十代半ばにして第三位階魔法を操る天才アルシェ。

 

その身にまとうギラついた雰囲気さえ隠せば、一流の冒険者と遜色がないほどに

バランスよく構成された彼らは、これまでも数多くの依頼をこなしてきた。

依頼主からの無茶とも言える依頼も、報酬金につられて手を出して痛い目を見たり、

時には同業者に依頼の横取りをされかけ、不毛な殺し合いをさせられたりと様々に。

そして今回のは自分たちの懐をどれだけ厚くしてくれるものかと期待を寄せていた。

冷静さを取り戻した男と合流した仲間二人に、イミーナは追加依頼の内容を告げる。

 

 

「依頼主はさっきのアンデッド退治に引き続きフェメール伯爵。ウラは取れてるわ」

 

「ガセ掴まされてないだろうな?」

 

「依頼を持ち込んだヤツを軽く痛めつけたら、案の定だったわよ」

 

「お前な………これ以上役人に敵を増やすなよ、な?」

 

「まあまあ、その話は後にして。まずは依頼の話を」

 

 

依頼主本人がノコノコとやってくるわけもなく、おそらく捕まえられても響かないほどの

末端を遣いに寄越したのだろうが、公的権力をもつ相手には気を遣えと諭すヘッケラン。

このままでは仲が良すぎる二人の言い合いになると察したロバーデイクの絶妙な仲介に

より、話の腰を折られずに済んだ。咳払いで体裁を繕い、イミーナは再び語り出す。

 

 

「それもそうね。んんっ、えーと、追加依頼の内容は『色鮮やかなる大鳥の捕獲』よ」

 

「なんだ? その、色鮮やかなる大鳥ってのは」

 

「私も初めて聞いたから断ろうとしたんだけど、報酬が結構な額だったからさ。念の為に

検討するって言って貰っておいたわけ。依頼の期間は二日後からって書いてあるし」

 

 

予想していたのとは違った依頼内容に首を傾げるヘッケラン。これまで数多くの依頼を

受けてきて、生物の捕獲をしたことは数回程度しかないが、今回の依頼は今までのものと

どこか違うと訝しむ。同様に表情が芳しくないロバーデイクに心当たりを尋ねてみる。

 

 

「なぁロバー、お前は聞いたことあるか? その大鳥とやらの話」

 

「いえ、残念ながら。しかも場所が場所ですので、噂の信憑性すら確かめにくい」

 

「………アンデッドが自然に大量発生する呪われた土地。そんな場所に大きな鳥が?」

 

「アルシェの疑問も最もだ。てか伯爵も伯爵で、事前調査期間とかは一切無しか」

 

「うん。二日じゃ短すぎるって言ったんだけど、そこがどうも妙なのよね」

 

 

通常、生物の捕獲依頼を出すのであれば、その生物の事を詳しく調べた情報か最悪でも

噂話あたりを提供するのが常識だ。ここを隠すとなると、捕獲とは別目的があることを

暗に伝えるようなもので、警戒されるからだ。だが今回は情報もなく、情報を集める為の

猶予期間すら与えられないとなると、流石におかしいと気付く。

 

そこを突こうとしたヘッケランだったが、同様の違和感を感じていたイミーナが何か

訳を知っていそうな呟きをもらしたのを捉えた。

 

 

「妙って、何が妙なんだ?」

 

「実は、同様の依頼を他のワーカーにも流してるらしいのよ」

 

「他の奴らにも? 何だそりゃ」

 

「ふむ。他のワーカーにも話が伝わっているとなると、仮にその全てが依頼を受けた場合、

同業者同士による潰し合いが起こるか………あるいは」

 

「互いの利益の為に結託した複数のチームによって、支払う金額が増えるだけ?」

 

「その通りですアルシェ。いやはや、伯爵ともあろうものが王国との戦争も間近に控える

この時期に、散財する余裕がお有りとは。いえ、違う。そうでもしないといけないほどの?」

 

「伯爵がワーカーを募って飼う鳥を見繕わせるってか? 人と金遣いの荒いこった」

 

 

四人はそれぞれ異なる印象を、その依頼から感じ取る。この世界ではまだ、高度な情報共有を

行えるだけの技術が確立していないため、それぞれの思惑がすれ違うことなど多々あるのだ。

しかし、それにしても今回の依頼は謎が多過ぎると、イミーナは眉根を寄せて皺を深める。

彼女らが現在腰を下ろしているこの『バハルス帝国』では、冒険者よりも帝国軍の兵士たちが

台頭しているため、冒険者に依頼するようなことも軍部が手広くこなしてしまっている。

それこそ冒険者の専売特許たる、モンスターの討伐すらも。カッツェ平野に自然大量発生する

アンデッドの相手も、普通なら兵士たちの軍事訓練となるはずなのに。今回は違った。

 

帝国軍が力を入れている「とある事情」を知らなくても、帝国での暮らしに慣れた者ならば、

『アンデッドは帝国軍人の相手』という共通認識を得る為、わざわざ相手にする必要がない。

にも関わらず、伯爵からアンデッドの討伐依頼が舞い込んだのも、今考えれば不自然なのだ。

 

大人三人がしかめっ面で謎を解き明かそうと悩む中、ここでアルシェがポツリと呟いた。

 

 

「…………この依頼、伯爵の背後に帝国の上層部が絡んでる?」

 

 

単なる思い付きの一つであったソレは、黙りこくっていた四人の中で浸透し、爆発する。

 

 

「どういうことよアルシェ! 帝国の上層部って、国防庁とか魔法庁とかってこと⁉」

 

「イミーナ、どうか落ち着いて。アルシェ、どうしてその考えに至ったのでしょうか」

 

「サンキュー、ロバー。んでアルシェ、何か証拠でもあるのか?」

 

 

にわかに騒がしくなるテーブルに周囲から視線が突き刺さるが、構わず話は続けられた。

 

 

「うん。ある。もしかしたら、その大鳥というのが、何かの暗号かもしれない」

 

「暗号?」

 

「カッツェ平野は王国との戦争時にだけ、何故か晴れる。アンデッドもどこかへ消える。

戦争の舞台の中心であるあの平野に何かを仕掛けて、今度の戦争で勝ちに行くのかも」

 

「…………矛盾している点は見当たりませんね」

 

 

丁寧に揃えられた顎鬚に触れながら、ロバーデイクがアルシェの話した推測に穴がない

ことを確かめる。残る二人も幼さが残る少女の言い分に対して、言葉を挟む余地無しと

首を縦に振って頷き合うのみ。訂正もなさそうと確認した彼女は、さらに続ける。

 

 

「フェメール伯爵は確か、帝国魔法庁の資金提供者。帝国は他国に比べて魔法の開発に

力を入れているし、最強の魔法詠唱者のフールーダ様もいるから媚売りに丁度良い」

 

「なんか、アレだな。そう考えるとそうとしか考えられなくなるな」

 

「どこにも変だと思えるような部分が無い分、余計にね」

 

「あと、もしかしたらその大鳥が、カッツェ平野の謎の鍵ということも在り得る」

 

「謎というと、アンデッドが自然発生し、戦争の時だけ霧が晴れることですか?」

 

「うん。魔法庁が目を付けたけど、戦争前に大きな動きを見せれば王国に気付かれて、

開戦が早まってしまうかもしれないから。あえて個人の依頼としてワーカーを雇う」

 

「理に叶い過ぎて、そうとしか考えられなくなっちゃったわ」

 

 

淡々と語られた仮説ではあったものの、その内容は決して子供の妄言と一蹴できるような

安いものではなかった。寧ろ四人は、それこそが隠された真実であると認識してしまう。

自分たちだけならともかく、他の同業者まで巻き込んでのことであれば納得がいく。

 

国としての動きに巻き込まれることに抵抗はあったものの、報酬金は見逃せる額ではなく、

さらに言えばこのバハルス帝国自体も住みやすく「人間にとっては」良い国である。

リーダーたるヘッケランは、リスクとリターンを脳内で天秤にかけ、真剣に悩み抜く。

すると仮説を語りきってから黙していたアルシェが、何故か申し訳なさそうに呟いた。

 

 

「私は、この仕事を受けたいと思っている」

 

「ん? ああ、そりゃまぁ。前金で百枚、捕獲できれば上乗せで三百枚だもんな」

 

「予想通りで大鳥の捕獲が偽情報であっても、目的を達成したなら報酬を貰えるのだと

解釈してよいでしょう。亡者たちに神罰を下すのは手間ですが、おつりがきますとも」

 

「正直、こっちに旨みの有り過ぎる話は怪しいんだけど、まぁ報酬も高いからいいか」

 

 

俯いているアルシェの賛成の一言に、残る三人も同調する。彼女はその反応を予想して

いなかったのか、凛々しいながらも幼さの残る顔を上げて目を見開き固まった。

 

今回の依頼はアルシェ自身が語ったように、裏で帝国そのものが動いているかもしれない

重大な案件であり、判断一つが命に直結するワーカーは軽はずみに受けるものではない。

自分よりもこの世界で長く生きている三人がそんなことも知らないはずがないと動揺する

アルシェに、ヘッケランは髪を乱暴に掻き毟って一拍置き、諭すように話し出す。

 

 

「なぁアルシェ、一つ聞いてもいいか?」

 

「な、なに?」

 

「アルシェがこのフォーサイトに加わって結構経つ。一緒にかなりの依頼をこなしてきた。

報酬は何があろうと四人で山分け。お前はそのルールを律儀に守ってきた」

 

「ヘッケラン、何が言いたいの?」

 

「こんな汚い世界とは縁遠いような性格のお前だ。金遣いが荒いはずがねぇ」

 

「っ!」

 

「四等分してるとはいえそれなりの額の報酬金。装備を整える分でも有り余るくらいの

金額は渡してるはずだよな。だったらなんで、出会った時と装備が変わってねぇんだ?」

 

 

最初こそ遠回しだったが、ヘッケランの直接的になった発言にアルシェは肩を跳ね上げた。

弓の名手イミーナでなくとも分かるほどの動揺が、彼女の反応から見て取れる。

それと同じように、フォーサイトの面々の中では明らかに装備の古さも一目瞭然だった。

 

その役職上、確かに魔法詠唱者の装備が傷つくことは少ない。魔法による遠距離攻撃や

味方の前衛に守られながらの回復や補助が主な仕事、直接的な戦闘とはほぼ無縁である。

それでも、死と隣り合わせの激しい戦闘を幾つも潜り抜ければ、自然と装備は破損し、

修理あるいは新品と買い替えねばならなくなる。だが、彼女の装備は変化が一切ない。

ブーツには穴が開き、スカートの裾や服の端などはほつれ放題。唯一の物理攻撃手段として

手にしている木製の杖でさえ、チームに加わった当時の半分ほどに擦り減っているのだ。

 

アルシェ自身は三人の事を信頼できる仲間と見なしているが、彼らは仲間以上に彼女の事を

可愛らしい妹分のように思っている。そんな少女の装備がいつまで経っても良くならない。

装備の改良に回す金は充分にあるはず。なら、いったい何が原因でそうなっているのか。

今回の依頼の不可解さを前に、リーダーたるヘッケランはついに問い質すことにしたのだ。

 

年の離れた大人の、それも男に咎められていい気はしないが、それは相手もお互い様。

ヘッケランとて、好き好んで年端もいかぬ少女に慣れない詰問を浴びせているわけである。

そうしてしばらくの間、四人を静寂が包み込む。やがて意を決したように、少女が口を開く。

 

 

「ごめん、なさい。装備は自分の命に関わるから、ちゃんとしろって言われてたのに」

 

「アルシェ。私たちは怒っているのでも、呆れているのでもありません。無論、装備を変えない

あなたを足手まといであるとも考えていません。その訳を知りたい、それだけなのです」

 

「ナイスフォローだロバー。そういうこった、アルシェ。話しちゃくれないか?」

 

 

誰に対しても常に公平で紳士的、話し方も丁寧で柔和なロバーデイクの助け舟を受けて、

念を押すように語り掛ける。ヘッケランとロバーデイクの偏にこちらを案じる優しい表情に、

アルシェはついに折れ小さく首肯を返し、そこからポツポツと己が半生を語り明かした。

 

自分が、帝国の鮮血帝の大粛清によって爵位を剥奪された、元貴族の長女である事。

没落している家はそれを認めず、意味もなく高額な物を買い漁り借金を膨らませている事。

家にはまだ幼い双子の妹がいて、自分一人だけ家を見捨てて逃げることが出来ない事。

膨れ続ける借金を返済する為に、装備の充実という選択肢を捨てて貯蓄を渡している事。

 

基本的に冒険者やワーカーは、同じチームの仲間であっても素性の詮索は厳禁としている。

チームである以上、互いに命を預けられる存在でなければならず、小さな不破から生じた

軋轢で足並みが乱れ、空中分解で全滅といった悲惨な最期が、後を絶たなかったからだ。

だからこれまで、ヘッケランたちはアルシェの装備の事を黙っていたが、その謎がようやく

明らかとなり、決して博打や知らないところで金を流されていたわけではないと証明された。

 

逆に、可愛い妹分にここまでの苦労を強いる彼女の両親に対して、殺意すら抱き始める。

 

 

「借金の肩代わりくらい、俺らでもしてやれるぞ。他には、腕の立つ暗殺者の紹介とか?」

 

「あっさり殺すのはアルシェに対して失礼でしょ。拷問好きな連中今どこにいたっけ?」

 

「本来なら、神の教えを説き正しい道へ導くべきですが。まずは神の拳と鞭が必要ですね」

 

「み、みんな落ち着いて! もう少しで借金は返済できるから、殺し屋の紹介も要らない!」

 

 

にわかに殺気立った三人の大人たちを、可憐な少女が懸命に宥める図が酒場の席に浮かぶ。

ついには「周りから変な目で見られるから止めて」というアルシェの道徳的な説得により、

どうにか三人を落ち着けることに成功する。座り直した三人は、気を取り直して話を戻す。

 

 

「とにかくだ! 今回の依頼、アルシェの借金問題を抜きにしても、俺は受けたい」

 

「私はさっき言った通り」

 

「右に同じく。ところで私、先日癒した方からお礼を頂いたので、今回の報酬は遠慮します」

 

「マジか、そりゃ困ったな。三等分か、どうするイミーナ?」

 

「今は欲しい物が無いし、適当でいいわよ。機嫌も良いし、少なくても文句言わないかも」

 

「だってさ。おいアルシェ、貰い手がいない分の報酬金、どうしたらいい?」

 

「____________みんな、ありがと」

 

 

依頼を受ける方針を定め、報酬を取り分をどうするかを決める話になった途端、三人が

目くばせで何かを伝え合い、唐突に今回の報酬金の受け取りを辞退し始めた。

あまりにもわざとらしい三文芝居ではあったが、そこには自分を気遣う温かな思いやりに

溢れていることを理解したアルシェは、瞳の端から滴をこぼし、一言感謝を述べる。

 

妹分の少女が震える声で伝えた感謝に、三人の大人たちはこれ以上ない笑みを浮かべた。

 

 

「さて、それじゃ依頼の二日後にカッツェ平野に向かう。準備を怠るなよ!」

 

 

話し合いの最後をリーダーらしく締めたヘッケラン。一同は彼の言葉に力強くうなずく。

こうして、帝国のワーカーチームのひとつ、フォーサイトもこの依頼への参加を決定した。

 

その判断が過ちであったと気付くのは、二日後、霧深い呪われた平野でのことだった。

 

 




いかがだったでしょうか?

実は今回、書いている途中までは一回で終わらせる予定だったのですが、
時間が無いこともあり、日を改めて書いているうちに
「せや、前後編に分けたろ!」と小狡いことを考え付いた次第でして。
急遽、前編後編と話を切り分けることにしました。

というわけで次回は、帝国ワーカーチームがカッツェ平野で
モンスターとガチバトルする後編になります。
しばらくリアルで嫌なこと続きだったので、憂さ晴らしをするかのように
グロ表現に力を入れていく予定です。


それでは皆様、次回の更新をお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに質問や批評なども募集しております!

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