Monster Load ~Over Hunter~   作:萃夢想天

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どうも皆様、お久しぶりです。
約一か月以上もSSを書かなかったため、こちらの作品で気分転換且つ
リハビリの意味を込めて更新することにしました。はは、泣きそう。

この作品を待っていてくださる方がいらっしゃったのなら、
大変光栄なことでありますが、不定期更新なので今後もお待たせするかと。


さて今回は、書籍版第四巻の内容を大きく変動させるものとなります。
もし書籍版をご覧になっていない方、あるいはアニメを未視聴の方など
おりましたら、ぜひ本家様を先に見ることをお勧めします。
ネタバレタグとあるように、盛大なネタバレをする可能性がありますので。


それでは、どうぞ!





トブの大森林・沼底の蒼き将軍

 

 

"異変"というものは、本来であれば中々気付きにくいものだ。

 

何かが変わっている場合もあれば、何もかもが変わっている場合もありうるのだから。

 

そしてそれは、誰の身にも起こりうるからこそ、無自覚に受け入れざるを得なくなってしまう。

 

 

これは、魔王が世界に君臨させられようとする裏側で起きた、知られざる"異変"を紡ぐ物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の両国、その中央を走る境界線たるアゼルリシア山脈。

その山脈の南端の麓に広がるは人類未踏の大森林、トブの大森林が轟音とともに鳴動している。

そんな大森林の北側には、およそ二十キロ四方のひょうたん型にみえる巨大な湖が存在していた。

ひっくり返した瓢箪のような湖は、上の湖と下の湖とに分かれているようで、上の大きな湖は

水深も深く森の奥側にあるため大型の生物が、下の湖はより小型の生物が生活の拠点にしている。

下の湖は上よりも水深が浅く、湖と湿地が入り混じった場所が広範囲に渡って点在しており、

そこの一区画には湿地であるにもかかわらず、酷く不格好なあばら家のような建物が建っていた。

いわゆる水上生活用の建造物らしく、家の土台を湿地の中に構えつつ、数本の丸太を突き刺した

上に家と思しき壁に囲まれた空間が存在している。その不安定な建物の中から、家主が姿を現す。

 

「___________うむ、今日も良い天気だ」

 

 

その出で立ちは普通の人間とは程遠い、全身を鱗に覆われた三白眼の異形【蜥蜴人(リザードマン)】だった。

 

蜥蜴人(リザードマン)とは、爬虫類と人間を掛け合わせたような亜人(デミヒューマン)と呼ばれる種族の内の一種であり、

言うなれば人間と同じレベルまで手足が発達し、二足歩行が可能になったトカゲのような生物だ。

小鬼(ゴブリン)人食い鬼(オーガ)と同じ亜人種として人間に(勝手に)分類されている彼らであるが、確かに人間ほど

進んだ技術や文化を持ってはいないとはいえ、彼らなりに洗練させてきた文明を有してはいる。

亜人だから人類の敵、亜人だから野蛮で悪辣、と言った印象は風評被害以外の何物でもないのだ。

亜人の中でも蜥蜴人は人間よりの部類で、言葉も解せば武器を持ち、魔法を操り商業も交わす。

ただ外見は完全に人型の蛇やワニそのものなので、初見では友好を結ぶことは至難の技だろうが。

 

そしてたった今家から出てきた彼、『ザリュース・シャシャ』は自身の黒鱗を照らす陽の光を

存分に浴びてから、今日も今日とて日課であり趣味であり一大事業である"彼ら"の元へ向かう。

湿地の泥濘(ぬかるみ)を水かきのついた両足でペタペタと踏みしめ歩くザリュースは、

今から向かう場所で本日の成果を目で見て確かめることが何よりの楽しみであった。

ザリュース属する緑爪(グリーンクロー)の村落を歩き続けた先には、湿地と湖が入り混じる

開けた場所があり、彼はそこを目的地としていた。途中、村の子供たちから蜥蜴人の主食たる

魚をねだられたり丁重に断ったりしたが、とにかく彼は辿り着いた。それなりの広さがある

湿地の中で、泥に汚れていない(蜥蜴人の感性で)清らかな池サイズの水たまりに立つ小屋へと。

彼が小屋へ近づくと、小屋の陰からにゅるりと大蛇の頭が四つも伸びてきて、接近してくる

ザリュースに気付くと甘えたような鳴き声を上げながら、体全体を揺すり彼の元へ歩み寄る。

 

 

「よしよし。ロロロ、そら餌だ。喧嘩せずに分け合って食べるんだぞ?」

 

 

慣れた手つきで四つの頭を順番になでるザリュースは、家を出る時から背中に背負っていた

袋を地面に下ろし、紐を解いて袋の中身を相棒に見せつける。そこには大量の小魚があった。

魚を見るなり大はしゃぎする四つの頭、もといロロロと呼ばれたこの生物は本来、八つの頭を

持つ竜種の中でも特異な『多頭竜(ヒュドラ)』という存在なのだが、人間でいう奇形児にあたるらしく

親に捨てられたところをザリュースに拾われた。以来、彼らは兄弟のように仲良く育ってきた。

 

そんな相棒への餌やりを終えたザリュースは、ロロロの寝床である小屋からさらに進んだ湖畔の

奥へと歩を進める。生い茂る木々を不格好な足取りで避けながら道なりに行く彼は、ようやく

辿り着いた目的地に安堵の息を吐くと同時に目を見張った。他の蜥蜴人の背が見えたからだ。

まさか、そんな、と言葉にならない音を口内に留め、ザリュースは恐る恐る声をかけた。

 

 

「あ、兄者? そんなところで何をしているのだ?」

 

「………お前か」

 

 

太陽の光をギラギラと反射する同じ系統色の鱗を持つ彼こそ、ザリュースの属する緑爪(グリーンクロー)族の

長であり、実兄にあたる村の中心人物の『シャースーリュー・シャシャ』その人である。

 

他の同族よりも多くの修羅場をくぐり生き延びた事を証明する筋骨隆々の巨躯に、

誰もが目を見張る魔法の輝きを宿した大剣を背にする後ろ姿は、間違えるはずもない。

族長の証たる剣を携えた実の兄が腰を下ろす場所に並び、同じように座り込んだ。

 

 

「お前こそ、このような場所で何をしている?」

 

「それを聞いているのは兄者ではなく俺の方だ。族長がこんな辺鄙な所へ何用か」

 

「むぅ。随分と扱き下ろしてくれるではないか、弟よ」

 

 

朝早くに仕事場へ来てみれば、立場が上の兄がそこに来て座っていたとあれば、

村の皆に半ば軽視されているザリュースと言えど礼節を弁えねばと気を張るのは当然である。

そんな気難しい間柄の兄弟が共に見つめる先にあるのは、四方を囲むように湖畔に刺さった

太い木の棒と、よくよく見ると水中に張り巡らされた網。つまるところ、生け簀だった。

 

蜥蜴人は本来、狩りによって糧を得る種族であり、人間のように何かを育てて糧にするような

生産的文化など持ち合わせてはいない。しかし現在、村の問題となっている長期的な食糧難と

族長によって許されたザリュースの『旅人』として得た知識が、こうして形を成しているのだ。

 

「もしや摘み食いか?」

 

「族長たる俺がそのようなセコい真似などするか。ただ、飼育の具合はどうかと見に来た」

 

「……………流石は族長殿、真面目でいらっしゃる」

 

「弟よ、その眼はなんだその眼は! 兄の言葉を疑うのか‼」

「いやなに、飼育の様子を窺いに来ただけならばそれでよいのだ。仮にもし中にいる魚たちが

無事に肥え太っていたならば、驚かせてから食べさせてやろうとも思っていたのだが残念だ」

 

「む、むぅ」

 

 

太い尻尾の先が力なくぺシぺシと泥濘に浸かるその様は、まるで叱られた子供のようである。

幾多の闘争の果てに、地位とより良い(メス)を得た部族の英雄その人であるなどと思えぬほどに

縮こまった背中を見つめ、我が兄ながら情けないと心中で呟いたザリュースは話題を変えた。

 

 

「まぁそれは冗談なのだが。しかし兄者、コレをどうみる」

 

「……………見事の一言に尽きる。お前の作った、この、何という名だったか」

 

「養殖場、か?」

 

 

自分が作り上げた生け簀、もとい蜥蜴人の主食たる魚の養殖場についての感想を聞こうと

横に座る兄に視線を投げかけるザリュース。彼の言葉を受け、シャースーリューは答えた。

 

 

「そう、それだ! 我らが部族で過去にこのような事を考え付き、作り上げた者はいない。

そしてコレの成功は既に多くの者が知っている。このまま順調に事が進めば、お前の作る

養殖場のもたらす成果を羨み、模倣しようとする者が現れるはずだ。そうなればきっと」

 

「食料の供給がより安定し、我らの部族は安泰となる、か」

 

「そうだ。それもこれも皆、お前が苦労に苦労を重ね、努力を実らせたが故の未来だ」

 

 

実兄としての、また族長としての惜しみない感謝の言葉を受け、ザリュースは柄にもなく

照れてしまったことを恥じるように爪で頬を掻く。そんな弟の態度が好ましく映った兄は、

村の仲間たちに信用されなくとも夢想を実現して見せた弟の所業を、改めて噛みしめる。

 

 

「思えば失敗の連続だったな、弟よ。何せ、我らには糧を育むなどの知識が無かった」

 

「…………そうだな。俺が旅先で出会った者たちに話を聞き、たったそれだけの実体が無い

言葉を基にして作り上げたのが事の始まりだ。今でこそ当たり前のようにここにあるが、

最初は囲いを作ることだって大変だったんだぞ。支柱と網で魚が暮らし良い場所に整える事

ですら、一年ばかりの時をかけてやっとだった。完成に喜ぶ間も無く、次の問題が見えた」

 

「ああ、魚たちの餌だったな」

 

「餌も何をくれても良いわけではない。何が魚に取って最適かつ最良なのかを全て試して、

これだと確信できる物を見つけるのに、いったいどれだけの魚が駄目になっただろうか」

 

「網をモンスターに破られたこともあったな、そういえば」

 

「ああ、あの時は堪えたな。それまでの苦労が水泡に帰したのだから」

 

「……………だが、ああ、お前はとうとうやってみせた。誇るがいい、我が自慢の弟よ。

ここにいる魚が全て、稚魚から育てられたのだと信じる者が、果たしてどれほどいるか」

 

苦悩と挫折に満ちた日々を懐かしみながら、それをまるで経験したかのように語っていく

シャースーリュー。兄の語りを聞きながら、ザリュースはもう一つあることを思い出していた。

魚たちが相次いで死んでいった時、偶然にも村の司祭を務める蜥蜴人が様子を見てくれた事。

相次ぐ調査で減ってしまった魚を補充したいと考えていた時、漁を終えた仲間から元気な稚魚を

何も言わずに譲ってもらった事。魚たちの餌用にと、慣れない森の狩りで得た果実をもらった事。

 

村の階級制度からは外れた、半ば追放されたと言ってもいい"旅人"たるザリュースに対して、

ここまで友好的な態度をとれるほどの余裕は、当時の村には無かったはずなのに。

しかし、いったい誰が裏から手を回してくれていたのかは、流石の自分でもすぐに分かった。

 

 

「……………ありがとう、兄者」

 

「俺が何をしたものか。ここにあるものは全て、お前の努力の成した結晶だ」

 

 

万感の思いを込めて口にした言葉を、シャースーリューは謙遜に過ぎないと軽く受け取り、

逆にザリュースの行いが如何に村への貢献となったかを誇らしげに告げる。

そこで話を終わらせた兄は、重い腰を上げて立ち上がり、村の方へと歩き去っていく。

終始本当のことは何一つ語らなかった兄の背中を、ザリュースは涙で滲んだ視界に焼き付ける。

 

 

「さて、一通り見たがどこも壊されていないな。良し!」

 

 

兄との会話を終えて数分、生け簀の点検と魚への餌槍を終えたザリュースは腰に手を当てつつ

大きく背伸びをして体をほぐす。体にかかる負荷もまた、己の成功を色濃く実感させるようで

心地よさを感じると笑みをこぼした彼だったが、すぐに表情を引き締めて眼光鋭く周囲を探る。

 

 

「………………なんだ?」

 

 

"旅人"として村を出て各地を渡り歩く過程で、ザリュースは村にこもったままでは決して出会う

ことがなかっただろう強敵とも戦った経験がある。それこそ、今まさに彼が腰に帯刀している

蜥蜴人族に四宝玉と称される伝説の武器、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)が無ければ何度命を落としたことだろうか。

兄とはまた違う領域で死線を掻い潜ってきた歴戦の猛者たる彼は、突如として辺りに漂い始めた

濃厚な、強者の気配とも言うべき何かを知覚して警戒心を最大にまで引き上げている。

 

そしてその気配が徐々に自分の住まう村落の方向へ向かっているのだと気付いたと同時に、

ザリュースは帯刀していたフロスト・ペインを抜き放ち、その異名に違わぬ氷属性を持つ剣が放つ

凍てつくような冷気を解放する。そのまま彼は、謎の気配が向かう先、村へと一目散に駆け出す。

 

 

「兄者‼ みんな‼」

 

 

身体の構造上の問題で未だに慣れない陸上での全力疾走により一早く村へと帰還したザリュース。

抜刀した状態で駆ける彼は、息を切らせながらも迫りつつある謎の脅威の存在を知らせようと

喉を鳴らそうとするが、それよりも早く村の中央に同胞たちが臨戦態勢で集結しているのを見た。

 

戦士たちは武器を取って低く唸り、戦士ではない雌や子供らは粗末なボロ小屋に身を潜めている。

そんな緊迫した状況に駆け付けたザリュースに気付き、シャースーリューや他の仲間たちも彼の

到着に一瞬だが表情を緩め、直後に再び引き締めなおした。脅威の気配は、まだ近くに居るのだ。

 

 

「………………………?」

 

 

張り詰めた緊張の糸を切らぬよう、静かに、だが素早く息を吐いたザリュースは改めて周辺に

視線を彷徨わせる。ドラゴンとまではいかずとも、それなりに頑強な蜥蜴人の鱗を貫通してなお

臓腑の奥にまで突き刺さるような、濃厚な脅威。武器を握る手が震えるのは、冷気だけが理由で

ないことを実感しつつ、汗ばんだ手でしっかりとフロスト・ペインを握り直して今一度構える。

 

その時、ザリュースは自分の体が震えていることに気付いた。否、それは体だけではない。

頭の先から足の爪先まで余すところなく揺さぶられていると知覚した時には、自分だけでなく

他の仲間たちも震えているのは自身ではなく、自分たちが両の足で立つ大地なのだと認識する。

直後、村の中心からやや外れた沼地の中から、ソレが旋回しながら這いずり地上に現れた。

 

 

「__________________‼」

 

 

瞬間的にザリュースは、シャースーリューは、その場の蜥蜴人全てが、生物の直感で理解する。

 

 

 

 

沼底より現れし蒼き鎧を持つソレには、何があろうと牙を剥いてはならぬ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から見て言えば、ザリュース達の村はまだ形を残している。死滅してはいなかった。

何の前触れもなく唐突に沼地から這い出てきた謎の生物は、武器を手に怯えながらも戦う意思を

絶やさずに立ち向かおうとしていた蜥蜴人たちを、完全に無視して気ままに行動し始めた。

まずは大型のドラゴンもかくやと言わんばかりの巨躯を揺らし、その重量を支えきる四つの脚を

器用に動かして移動を始め、周囲を囲む蜥蜴人の戦意もどこ吹く風でのんびり村を横断する。

そこまでならば蜥蜴人たちも臨戦態勢を解き、無害なモンスターの一種として受け入れていた

かもしれないが、なんとソレはあろうことか、ザリュースの生け簀へと歩を進めだしたのだ。

 

これに気付いたザリュースとシャースーリューは解きかけていた戦意を再燃させ、それ以上は

進ませぬと決死の覚悟を以て渾身の一撃を叩き込んだが、ソレは意に介さずに歩脚を止めない。

族長と"旅人"に出遅れる形で攻撃を加え始めた他の蜥蜴人たちも、ギシギシと関節部を鳴らして

泥濘をゆっくりと進むソレを止められなかった。そしてついに生け簀へ到達してしまったソレは、

四つの脚とは違い、族長が背負うものよりも何倍も分厚く鋭い剣のような二つの腕を振るった。

 

ザリュースは積み上げてきた結晶がいとも容易く破壊され、今日まで心血を注いで肥えさせた

村の仲間の糧となるはずだった魚を奪われ、我が物顔で蹂躙するソレを許せるはずもなかった。

 

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁああああ‼‼」

 

 

思考回路が怒りに埋め尽くされた彼は、フロスト・ペインを手に蒼い鎧のソレに斬りかかる。

これまで数多の強敵を共に屠ってきた氷属性の相棒に、自分と、兄と、仲間たちの想いを乗せて

繰り出した最高最大の一撃は、それでも構わずに魚を食い貪るソレを止められはしなかった。

 

しかし、このザリュースの一撃が、ソレの機嫌を損ねる結末を生み出してしまう。

 

己の一撃を以てしても身じろぎ一つしない脅威を前に、ほとんどの蜥蜴人は勝利を諦めたが、

言葉も通じなければ闘争の本質が異なる彼らの本能的な投降を、ソレは躊躇なく斬り捨てる。

 

蜥蜴人の成熟した雄が三人ほどの大きさをした、両腕の大剣が振り下ろされるたびに血花が咲き、

圧倒的な物量と膂力によって人としてそこに居た同胞が、次の瞬間に砕けた鱗と肉塊に変貌した。

瞬きほどの合間に起きた出来事に状況把握が間に合わず、続けざまに鬱陶しい小蠅を払うように

振るわれた右の剛腕により、槍を構えていた二人の同胞の体が横一文字に分断させられてしまう。

 

「な、なんだコイツは………‼」

 

「手を出すな! 下手に刺激するとこちらが危ない、急ぎ村に戻るのだ‼」

 

 

煩わし気に腕を振っただけで、屈強な戦士たちが無残な血肉の塊と成り果てた現実を前にして、

族長としての責任感からかシャースーリューは一早く意識を取り戻し、全員に撤退命令を下す。

彼の号令を待っていたように逃げ出す仲間たちを見送るシャースーリューだったが、ただ一人、

傍若無人に生け簀を食い荒らす蒼い鎧を睨みつける弟を見やり、念を押すように声をかけた。

 

 

「撤退しろザリュース! お前の気持ちは分かるが、だからこそここでお前が死んではならん!」

 

「………………ああ」

 

 

フロスト・ペインの柄を壊れそうなほどに力を込めて握りしめる弟の背中を、兄としてではなく

族長として引き留めた彼は、どこからともなく現れた謎の巨大生物を一瞥し、村へ逃げ帰った。

 

 

その後、彼らは村の中で一番大きな小屋の中に集まり、族長以下八名ほどの重要な階級を持つ

者たちだけの緊急会議を開くことにした。議題は言うまでもなく、先の蒼い鎧への対策である。

族長であるシャースーリューが上座に座り、集結した戦士長、祭司長、狩猟班の生き残りたち、

古き知恵を持つ老齢の長老会、さらには"旅人"であるザリュースまでもが腰を下ろしていた。

 

そして始められた会議は、熾烈を極めた。あの場に居合わせた狩猟班の生き残りたちや戦士長は

口をそろえて「戦ってはならない」の一点張りで、逆に祭司長や長老会の面々は直にその脅威と

対面していないためか、「魔法や呪術ならばあるいは」と半ば日和った提案を推しだすばかり。

普段ならば自ら武器を取って戦う機会の少ない祭司長らが逃げ腰になり、それを戦士長のような

血気盛んな猛者がなじり、戦う事を推奨するのだが、今回ばかりはその立場が逆転している。

 

いつまで経ってもまとまらない議論に痺れを切らした族長が、各階級の長一人一人に意見を出す

ようにと凄味を利かせ、各陣営内で話し合う時間を設け、最終的な結論として提唱させた。

 

祭司長らは依然として「魔法などによる非物理攻撃」による戦闘の推奨。

戦士長や狩猟班も頑として譲らず、「アレとは戦ってはならぬ」と身震いしつつ語る。

ところが長老会はやはりと言うべきか、「ひとまず様子を窺うべきでは」などと言い出した。

 

 

そんな様子に溜息をついたシャースーリューは、首をもたげて反対側に座る弟に尋ねる。

 

 

「……………お前はどう思う?」

 

「族長⁉ "旅人"に意見を求めるなど!」

「構わんだろう、フロスト・ペインに選ばれた雄の言葉だ。聞く価値はある」

 

「しかしじゃな、"旅人"がこのような会議に参列すること自体が」

 

「__________騒がしい。族長たる俺の言葉が聞こえなかったか」

 

 

一気に喧噪が広まった議会に尻尾を打ち付け、絶対的な力と権力の象徴たる自らの言葉で

あることを今一度知らしめた族長の決定に、"旅人"を軽視する長老会の面々が押し黙った。

静けさが小屋の中に充満したのを確認してから、族長は改めて"旅人"たる彼に意見を求める。

 

 

「さてザリュースよ、お前の言葉を聞かせてくれ」

 

「…………俺は、戦って生き残る事を選ぶ」

 

 

弟の覚悟に満ちた言葉を聞き、兄としての、族長としての彼はそれ以上の言葉を飲み込んだ。

水平に保たれた天秤を揺らすような発言を受けて、否定派である戦士長たちが声を荒げようと

した直後、それを察していたかのようにザリュースが手を掲げ、一同の注目を集めて語りだす。

 

「だが、このまま挑んでも容易く皆殺しにされるだけだ。それが分からぬほど愚かではない」

 

「うむ。やはりお前は"旅人"だが馬鹿ではない、ではどうするというのだ」

 

「ヤツには俺のフロスト・ペインも、兄者の一撃も通じなかった。となれば、この村にいる

誰の攻撃も効果があるとは思えない。つまり、ヤツの防御を上回る力が必要になるわけだ」

 

「しからばザリュースよ、その力をどう手に入れる?」

 

 

一つ一つの事実を再確認させるようなザリュースの口ぶりに、その場にいた戦士長や狩猟班は

おろか、魔法攻撃が通じぬはずがないと高を括っていた祭司長らですらも顔を青くし始める。

自分たちの村に差し迫る脅威の恐ろしさをまざまざと思い知らされた彼らを代表して、族長の

シャースーリューは自分たちには無い知識を持つ"旅人"の、弟の次なる言葉を待ちわびる。

 

彼らの視線が一心に集まるのを感じながら、ザリュースは意を決して歴史を変える一言を発した。

 

 

 

 

 

「…………皆、かつての戦いを、覚えているか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソレはふと、目を覚ました。

 

眼と呼ぶにはあまりにも小さく、あまりにも異質な、黒い真珠にも見えるそれを動かして

周囲を注意深く見回す。内に沸き起こる生物として至極当然の欲求、空腹を感じたまま。

自分自身ですら重いと感じられる巨体に、自らの弱点を守るための"殻"を背負っているソレは、

四つの脚を器用に動かして立ち上がり、この数日間まるで変わらない一つの事実に落胆した。

 

 

___________ここは何処だ?

 

 

地中を掘り進み、自身が過ごしやすそうな環境が近いと踏んだ地点から地上に進出してから、

早くも数日が経過しているのだが、一向にこの不可解さが払拭されることはなかった。

 

そもそも自分は、半ば枯れかけの針葉樹林と時折毒の瘴気を吐き出す汚らしい泥沼がある

場所に縄張りを敷いていたはずだったにもかかわらず、ここ数日の移動でも発見できない。

ソレの食性は雑食であるため、食うに困ることはないと楽観視していたことはあったが、

まさか目が覚めたら見知らぬ場所に自分がいるなどという事態は、予想がつかなかった。

それでも、堅牢な甲殻に唯一包まれていない自身の弱点を守る、巨大な巻貝状の"殻"が

無くなっていなかったことだけは不幸中の幸いであったが、ソレは現状を受け入れている。

 

食については心配してもいなかったが、どうやらこの辺りは魚が住まう湖や川があるらしく、

付近には鬱蒼と生い茂る森林も見えるため、キノコ類や果実、それに群がる小動物も数多く

生息している以上、やはり困ることはなさそうだ。味の好みはあるが、要は食べられれば良い。

 

続けて縄張りとなる住処の問題だが、これもやはり運が良いと言うべきか、一番最初に地上へ

出た際に小奇麗な湖と湿地帯、毒などはないが肥沃な泥沼がそこらじゅうにあるのを確認した。

右も左も勝手が分からぬ見知らぬ土地であれど、ここまで至れり尽くせりな以上、文句はない。

 

 

___________また来たのか

 

 

否、文句というより、厄介事ならば一つだけあった。

 

基本的には温厚な性格であるソレは、あまり積極的に闘争を仕掛けるような真似はしないが、

興味すら抱いていないにも関わらず、向こうから攻めてくる場合だけは別だと豹変する。

具体的に言えば、歯牙にもかけぬような十把一絡げな存在が、何度も何度もちょっかいをかけて

くる場合などが該当する。何もしなければ良いものを、と思いながらもソレはその両腕を振るう。

 

左の腕を上に構えながら、右の腕を体の内側へ向けて豪快に振るい抜くと、たったそれだけで

今日も今日とて懲りずにやってきたトカゲに似た連中が、上下二つに分裂して冷たく成り果てる。

以前はそれだけやれば勝手に逃げ出していったのだが、最近は数を増やして逃げることをしなく

なっているらしい。食事時に限って現れるため、ソレからしたら鬱陶しいことこの上ない連中だ。

 

続けて一際大柄の一匹が唸り声をあげながら突っ込んでくるが、例え殴られても痛みはおろか、

何かが触れたのだな程度にしか感じない。しかし、そんな程度でも、食らってやる義理はない。

 

「今日こそテメェの硬ぇ殻、ぶっ壊してやる‼」

 

「よせ、ゼンベル! 無闇に突っ込むな! クルシュ、援護を頼む!」

 

「ああもう、あの筋肉馬鹿! ザリュースの頼みじゃなかったら助けないんだから!」

 

大柄の一匹に続いて、自分の目の前に普通の一匹と白い小柄な一匹が現れるが、脅威足りえず。

体格に見合った極太の棍棒を打ち込もうと接近してきた一匹に、ソレは両腕を顔面の前に揃えて

待ち構え、最接近してきたと同時に一瞬で腕を突き出し引き戻す。ものの見事なカウンターを

受けた大柄のは派手に吹き飛ばされ、残る二匹を両腕の射程圏内に捉えたソレは動き出した。

 

眼前の二匹に注目していると、どうやら茂みに隠れていたらしい他の有象無象が飛び出してきて、

手にした武器を構えて一斉に攻撃を加え始める。無論、ソレの蒼い鎧には傷一つすらつかないが。

しかしソレはふと、とある一匹が手に持つ武器を黒く小さな瞳で見やり、ある存在を思い出す。

 

 

___________ああ、ソレは嫌いだ(・・・・・・)

 

 

全身を鉱物や他の生物の匂いが染み込んだ鎧で覆い、同じく多種多様な死臭をこびりつかせた

武器を構えて、幾度となく己の命を脅かしたちっぽけな存在。眼前の有象無象はよく似ている。

切り口を焼き焦がさんとする炎の剣。

触れた途端に芯から凍てつく氷の槍。

遥か遠くから電光を迸らせる雷の筒。

己を凌駕する魂の咆哮が宿る龍の槌。

 

かつて対峙した存在たちは、その全てが自身の命を奪うことができる強さをもって現れた。

己の両腕と同等かそれ以上の鋭さを誇る剣で斬られ。

己の弱点を守る"殻"すら容易く打ち砕く槌で殴られ。

己の堅牢な蒼い鎧を正確に穿ち貫き通す槍に刺され。

己の武器が一切届かぬ彼方より放たれる弾に撃たれ。

 

幾度となく自らを死の淵に追いやってきた存在たちは、あまねく命を貪り、刈り取っていた。

 

 

___________ソレは嫌いだ(・・・・・・)

 

 

片腕を無作為に振るうだけで粉微塵になるような矮小な命に、本気など出すつもりはなかった。

一手間で片が付くというのなら、それ以上の労力を用いるなど言語道断。力の無駄遣いだろう。

 

けれど、もしも。だが、しかし。

 

 

ソレはふと思い至った。

 

武器を手に持ち、鎧で身を覆い、自分よりも遥かに小さな存在が力を以て自らの命を脅かす。

そんな存在に、ソレは心当たりがあった。あり過ぎた、故にソレは黒い瞳を血走らせ、吠える。

 

 

___________狩られる前に、狩れ

 

 

無益な争いを好まない温厚な性格だったソレは、もはや一切の情け容赦を捨て去る決意を固めた。

 

見知らぬ土地であれど、恵まれた環境であれど、異なる種族として生物が生きているのなら。

敵と認識せざるを得ない。敵であるならば、戦うしかない。戦うならば、狩り尽くすしかない。

 

 

ギュイイイ、ギュァァァアアアアア‼‼

 

 

両の腕にしまい込むようにして隠していた大太刀(ハサミ)を、我が力を知らしめるべく高々と掲げ、

ありとあらゆる生物の原型からかけ離れた形状の口腔からは、不快な音で弾ける水泡が溢れ出る。

数百年を超えてなおも細胞に刻まれた原初の姿、その証明たる"(ヤド)"を背負う圧巻の風貌に加え、

およそこの世界にある如何なる鋼も寄せ付けぬ、空より青く、海より蒼い全身を覆い尽くす甲殻。

 

 

 

 

予期せぬ天災の如き怪物の襲来より、一週間。

このままでは滅ぶのみと確信し、袂を分かった全蜥蜴人の部族が今一度集い、決戦を仕掛け三日。

 

 

かつて、とある世界で【鎌蟹・ショウグンギザミ】と呼ばれ、畏れられていた明蒼色のソレは、

一族全ての命運と未来を勝ち取ろうと奮起する蜥蜴人の決意を受け、武器を手に取り現れ続ける

彼らを敵と認識して以降、その一切合切を分け隔てなく斬り捨て、あわや絶滅にまで追い込んだ。

 

八つの部族が互いに生き残るべく争っていた大森林の湖には、今や泥底に座する将軍が陣を敷く。

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

いやー、久々の作品でリハビリ兼ねてた割には書けましたね!
原作があるとやはり書きやすいと言うのもあるのでしょうけど、
それでも原作からはかけ離れたストーリー展開になってしまってます。

あ、今回はあまりグロくありませんでしたね、すみません。
いつの日か、評議国を襲うビーストマンを襲うゴーヤデチさんを
書きたいとは思ってます。はてさて、いつになるのやら(遠い目


それでは皆様、次回をお楽しみに!


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