Monster Load ~Over Hunter~   作:萃夢想天

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どうも皆様、最近こちらにばかり手をつけたがる萃夢想天です。

皆様、明けましておめでとうございます。
本年もまた、この萃夢想天とその作品たちを、よろしくお願い致します!

まさか新年の挨拶をこの短編SSで書くことになろうとは………(苦笑


今回は、書籍版の第一巻と第二巻の内容を大きく変えるものとなります。
もし、書籍版をご覧になっていない方、もしくはアニメ本編を未視聴の方が
おられましたら、ぜひとも本家様をご覧になってからお越しください。

アニメ、書籍版、そのどちらもご存知の方々で読んでも構わないという方は、
私に第十位階魔法を直撃させてからお読みください(私は死にますが)


それでは、どうぞ!





トブの大森林・山なる獣の王

 

 

 

 

 

 

 

"異変"というものは、本来であれば中々気付きにくいものだ。

 

何かが変わっている場合もあれば、何もかもが変わっている場合もありうるのだから。

 

そしてそれは、誰の身にも起こりうるからこそ、無自覚に受け入れざるを得なくなってしまう。

 

 

これは、魔王が世界に君臨させられようとする裏側で起きた、知られざる"異変"を紡ぐ物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村娘であるエンリ・エモットの朝は早い。

 

家の近くにある井戸から水を汲むことで、彼女の一日が始まると言っても過言ではない。

およそ十四~十六歳ほどの少女が持つには重たげな桶に、せっせと水を汲み上げては、

自分たちが暮らす家の中にある大甕(おおがめ)を一杯にするまで、井戸と家との往復を繰り返す。

そうして三十分ほどかけて水を汲み終えると、すぐさま母親が作る朝食の手伝いへと向かい、

そこからさらに十分ほど後で、父親と妹が寝床から台所にやって来て、ようやく朝食となる。

 

エモット一家が暮らすこの平凡な村の名は、カルネ。何の変哲もないただの農業開拓村である。

 

人口およそ百二十人ほどの小さなこの村では、毎日誰も彼もが汗水垂らして働いており、

力のある男手は主に農業や林業、小動物の肉を得るための狩りなどをして暮らしている。

逆に女手は薬草の採取や男たちが狩り入れた食物や穀物を、食べやすいように手を加えることで、

それらを街の方に売りに行って少ない金を稼ぎ、男たちが使う農具などの修繕費に充てていた。

持ちつ持たれつ、一人の苦労を皆で負担する、まさしく辺境の村にありがちな情景が広がる村だ。

 

そんな平和ボケしていそうなカルネ村だが、実は結構な危険地帯に村を置いている。

彼らが暮らしている場所のすぐ横には、未だ人類未開の場所が多い『トブの大森林』が葉を広げ、

そこを住処としている小型のモンスターや亜人種などに、ちょっかいを出されたりしていた。

もちろん単なる村娘であるエンリにとって、小さかろうともモンスターは命を脅かす存在だ。

モンスターが蔓延る恐ろしい森であっても、金になる薬草や香木などが自生する有益の土地で

あることに変わりはないため、この村で生きる以上切っても切り離せない場所であるという事は、

一応理解はしていた。無論、自分から無闇に踏み込もうと勇ましい考えは浮かびすらしないが。

 

 

「………………………」

 

「おねーちゃん、おねーちゃん!」

 

「えっ? あ、なんだネムか。どうしたの?」

 

「おねーちゃん、何してるの?」

 

「ううん、何でもないの。ホラ、洗濯物たたむの、今日はネムの番でしょ?」

 

「はーい!」

 

 

ボーッと森の方を眺めていると、いつの間にか足元に来ていた妹のネムに声をかけられた。

妹はまだ十歳にもなっていないため、同年代の子供より背の高い自分と比べてもまだ低く、

足元に小さい子供特有のすばしっこさで寄られるとまるで気付かない。そんなどうでもいい

考察を頭の片隅に浮かべながら、エンリは姉らしく妹にやるべきことを与え、向かわせる。

 

エンリは本当に、ただ何となく森を眺めていただけだ。誰かに聞かれてもそう答えるだろう。

特に理由もなければ、森に思い入れがあるわけでもない。ただ、何となく見ていただけだ。

これ以上は時間を無駄にすると自分に喝を入れた彼女は、母親から朝食後の仕事として

自分たち一家が所有する畑の雑草取りを命じられていたため、畑のある方角へと足を向けた。

 

しかし、その時にはもう、何もかもが遅すぎた。

その日、その時、その瞬間。

 

本来であれば、あと一週間は後に起こるはずだった出来事の、引き金が引かれた。

 

 

「_________なに、この声」

 

 

常に自然と共に暮らしてきたエンリたちは、五感が鋭い。とはいえ人間種的に見るのなら、

ほとんど誤差のようなものなのだが、そのわずかばかりの差が、彼女の聴覚に音を届けた。

今までの生活の中では、聞いたことのない声だった。とても引きつった、嫌な感じの声。

 

例えるのなら、今まさに命を絶たれようとする瞬間に獣が発する、断末魔のような。

 

そこまで思考が至ったエンリは、すぐさま音の聞こえた方向に視線を向け、驚愕した。

 

 

「も、モルダーさん!」

 

 

こんな辺境の小さな村で暮らしていれば、同じ村に住む人など、家族同然に覚えられる。

そしてたった今、エンリの目の前で、見知った仲である近所の男性が切り殺された。

相手は馬に乗り、どことなく平べったいような、統一感のある鎧や剣などをまとっていた。

村の外の出来事や、このカルネ村を領内に有するリ・エスティーゼ王国の政治などには

一切興味関心のない彼女であっても、知り合いを殺した連中が敵国のバハルス帝国軍の

ものであることは察することが出来た。そして、自分たちが襲われているという事も。

 

エンリは身体の向きを変えて、自分の家がある方向へと全速力で駆け出し始める。

今家には、母親と妹がいる。父親は既に畑仕事に出ているが、こんな事態になった以上、

家に戻って来ているだろう。そう考えたからこそ、彼女は迷いのない行動が取れた。

息が切れて胸が苦しくなるのも構わず、彼女はひたすらに家族の無事を祈って駆ける。

 

しかし、やはり現実とは、残酷の二文字に尽きた。

 

 

「おかあ、さん…………おとうさん」

 

エンリの両親は、家の前の路地で血を流して倒れていた。二人、重なるようにして。

母親の方は、地面にうつ伏せになっているので表情が分からないが、父親の方はまるで

妻を最後まで守り抜こうとするように、エンリの母親に上からかぶさって倒れている。

愛する家族を己が身を挺して守り抜いた男の表情は、晴れやかどころか苦悶に歪んでいた。

今なお鎧の騎士たちに滅多刺しにされている父の変わり果てた姿に、エンリは声すら出せず、

ただ二人の大人の身体から赤い液体が流れ出ていくのを、見つめることしかできなかった。

 

しかし、ここに至ってもまだ、現実を名乗る神とやらは、非情であった。

 

 

「キャーッ‼」

 

「ぁ……ネム、ネム⁉」

 

「おねーちゃん! おねーちゃん‼」

 

「ネムッ!」

 

 

両親の衣服を染める赤に茫然としていたところに、聞き慣れた幼い女の子の声が響く。

エンリはこの声を良く知っていた。いや、忘れるはずがない。この、この声の主だけは。

我に返った彼女は、思わず出してしまった声に反応した騎士たちからすぐに離れて、

近くから聞こえてくる妹の声を聞き、十秒足らずで見つけて合流することが出来た。

 

 

「おねーちゃん!」

 

「ネム! 行くよ‼」

 

 

しかし、狭い村の中で大声を出すようなことをすれば、見つけてくれと言っているも同然。

声につられて村人を殺していた騎士たちが顔を出し、姉妹を見つけるとすぐに顔色を変え、

追いかけ始める。かくして、エモット姉妹は命がけの奔走を繰り広げることとなった。

 

だが、鎧というハンデはあっても、成人男性と齢十六の子供の足では、勝負にならない。

 

すぐに追いついた二人の鎧の騎士が、既に人を斬って血糊や肉油がこびりついて薄汚れた

剣を腰から抜き放ち、背中を見せてひたすら前方へ走る姉妹へと、その凶器を振るった。

 

 

「きゃあッ‼」

 

「おねーちゃん!」

 

 

鈍く光る切っ先が振り下ろされる直前、ギリギリでそれに勘付いたエンリがネムを庇って、

その背中に痛々しい切り傷を刻まれてしまい、少女の悲鳴と共に、鮮血が大地に伝い落ちる。

野蛮な輝きを放つ剣を肩越しに見つめることしかできない姉妹は、ただ恐怖に震えていた。

 

今日はいつもと同じように、平和な一日になるはずだったのに。

 

今日もいつもと同じように、当たり前の日常だったはずなのに。

 

エンリは背中から自身に訴えかけてくる、焼けるような剣の傷と恐怖に耐えられるように、

奥歯を目いっぱい噛みしめて、ギリリと音が漏れ出すほどに食いしばり、目をつぶる。

せめて妹だけは守ろうと、これまで必死につれてきた妹を自分の腕の中に引き込み包んだ。

父と母が自分たちを守ってくれたように、何の力もない自分でも、たった一人の妹だけは。

 

(___________神様‼)

 

 

力のない少女は、祈らずにはいられなかった。迫りくる死の恐怖に、抗えないのだから。

けれど彼女は気付いていない。今後の人生においても、気付くことは決してないだろう。

 

彼女が祈った神とやらこそが、この非情で無情な現実を見せつけた者の正体であることに。

 

 

(誰か、誰か………助けて‼)

 

 

ただの村娘は、乞わずにはいられなかった。この状況から、自分たちを救ってくれる存在を。

しかして、凡庸な村娘の切なる懇願は、"死の超越者"ではない神に聞き届けられた。

 

 

『むぅ? お主たちは、何者でござるか?』

 

「ひィィッ‼」

 

「うわあぁぁああ‼」

 

「__________え?」

 

 

妹を庇い丸めた背中から聞こえてくるのは、つい先程まで自分たちを追っていた騎士の悲鳴。

ただの村人を追い詰めた状況で、間抜けな悲鳴を上げる騎士がいるだろうか。答えは否だ。

何が起きたのかと気になったエンリは、小刻みに震える身体でありながらも、目を開いた。

 

そして、彼女は目撃した。

 

 

『その佇まいを見る限り、戦いに身を置くものでござるな?』

 

 

全身を鋭い毛皮で覆い、異常に長い尾をもち、見る者を威圧する瞳を持った四足の巨獣を。

 

「な、なんだコイツ!」

 

「ま、ま、魔獣だぁ‼」

 

大の大人の背丈を軽々見下ろす体躯のその獣を、怯えだした騎士の一人が魔獣と呼んだことで、

何かと勉強面に疎いエンリでも、あることを思い出すことが出来た。それは、一つの伝説。

 

このカルネ村が開拓されて以来、小鬼(ゴブリン)人喰い大鬼(オーガ)などの亜人種やモンスターからの被害は

何度かあったものの、それらは年々減っていき、最近では異形をほとんど見かけなくなっていた。

それには、れっきとした理由がある。カルネ村がある場所は、広大なトブの大森林の外円の端。

そしてこの辺りには数百年前から、とある強大な魔獣が住み着き、縄張りとしているのだという

伝説があった。エンリはその伝説に謳われた四足の魔獣の姿を、目の前の巨獣に照らし合わせる。

 

 

(さながら数百年は生きているであろう巨体に、白銀の毛、蛇のような長い尾………間違いない!)

 

 

伝え聞いていた伝承通りの外見と合致したことで、四足で大地を踏み鳴らす眼前の巨獣が、

トブの大森林の南部を縄張りとする『森の賢王』と呼ばれる魔獣なのだと、エンリは理解した。

そして彼女は次に、魔獣が先程から言葉を話していることに気付き、一か八かの賭けに出る。

 

 

「も、森の賢王様! どうか、どうかお助けください‼」

 

『む? そなたは?』

 

「あ、あなた様の住む森の外れにある村の者です。今、そこの暴漢に襲われているのです‼」

 

『ふむぅ………(それがし)は人間同士のいざこざなどにまるで興味はござらんが………』

 

「そ、そんな……」

 

『しかし、某の住処の近くで人間が騒ぐのは捨て置けぬ。弱き者よ、そなたのその願いは、

この森の賢王が請け負ったでござる‼』

 

 

涙ながらにエンリは語り、襲われるかもしれないという恐怖の中で、己の腹を割ってみせた。

非力な彼女だからなのか、それともそういう星の元に生まれたからなのか、どちらにせよ

彼女の懇願は眼前の魔獣に聞き届けられた。機嫌を損ねたら喰われるかもしれないという

恐怖に怯えながらも自身の賭けに打ち勝った彼女は、その反動からか涙と共に失禁する。

そんな酷い状態の姉妹を於いて、状況は一変した。

 

エンリの願いを承諾した森の賢王は、その巨体からは想像もできない速度で大地を駆けて、

一人と一匹の会話を突っ立って聞いていた騎士の一人の目と鼻の先にまでたどり着く。

気付いたら鼻先に魔獣の息がかかるほどの距離にまで接近された騎士は、生物としての本能的

恐怖に逆らう事が出来ず、持っていた剣を放り投げて一目散に背中を見せて逃げ出そうとした。

 

逃走のための一歩。

 

たったそれだけが、名も知らぬ騎士に許された、生き物としての最後の行動であった。

 

 

『相手に背を向けて敗走とは、武士の恥でござるよっ!』

 

魔獣がその言葉を言い切るか否かという瞬間で、剣を捨てた騎士の首から上が宙に舞っていき、

色だけは鮮やかな赤い線と共に放物線を描き、やがて重力に従って鉄兜が中身ごと地に落ちる。

一瞬、そして一閃。

 

巨大な白銀の魔獣が尻尾を一薙ぎしただけで、騎士の首から上はひしゃげて引き千切れてた。

顔の右半分は歪んだ鉄兜の中で肉と骨の混合物と化し、赤い肉汁が残った左半分を汚している。

幸いエンリもネムもその状態の騎士を見ずに済んだが、それでも魔獣の一撃が騎士の身体を

二つに分離させたことは分かっていた。普通なら恐怖に怯えるだけだが、今は少し違う。

 

父と母と、村の皆の敵が、こんなにもあっさり死んだのか。

 

それまで暴力に屈することしかできなかった村娘が最初に抱いたのは、呆気なさであった。

何とも言えない虚脱感を抱いているうちに、魔獣はもう一人の騎士をその前脚の鋭い爪によって

惨たらしく引き裂き終えており、平穏な日常では嗅ぐことのない臓物の香りが周囲に充満する。

 

 

「うぁ………ぉえ」

 

『どうでござるか、村娘よ。望み通り、暴漢は蹴散らしてやったでござる』

 

胸を張るように立ち上がった魔獣に、再び恐怖心を掻き立てられたエンリだったがそれも一瞬。

すぐに彼女の思考は、助かった自分たち姉妹から、まだ安否の知れない村へと向けられた。

 

 

「あ、あの、賢王様! よろしければ、私たちの村もお救いください!」

 

『む、この二人だけではなかったのでござるか。任されよう』

 

「ありがとうございます!」

 

 

どうにか魔獣の協力も得ることが出来、エンリはこれでひとまずは安心だと胸を撫で下ろす。

その後、彼女が妹を連れて村に戻ると、鎧の騎士がことごとく駆逐し尽くされていた。

 

生き残った村の皆を広場に集め、騎士の侵略から村を救ってくれた魔獣に村人は感謝の意を

述べようとしたのだが、ここでカルネ村の村長が皆を手で抑え、代わりにあることを尋ねた。

 

 

「森の賢王様、この村を救っていただいたことには、感謝の言葉もございません。

ですがその、あなた様ほどの魔獣が何故、縄張りであるトブの森の奥からこのような端へと

来られたのでしょうか。不躾ですが、その理由をお聞かせ願えませんでしょうか」

 

村長の言葉を聞き、村の誰もが降って湧いた疑問に顔色を変える。

そんな中で、ただ一人(一匹)だけ冷静だった魔獣が、初めて困ったような声で語り始めた。

 

 

『実は………某が今まで縄張りとしていた場所を、追い出されてしまったのでござる』

 

「な、なんですと⁉」

 

「賢王様を追い出すなんて、どんな化け物だよ……」

 

『うむ、まさにアレは怪物でござった。某も長年生きて、多くの輩と命の奪い合いをした事は

あったでござるが…………まさか本気を出しても戦いにすらならぬ相手がいるとは』

 

「そ、そんな事が……」

 

 

賢王の話は、カルネ村の人々を震撼させた。

 

彼ら人間から見れば、森の賢王と呼ばれる目の前の魔獣は、恐ろしく強い存在である。

例えその外見が、とある世界では『ジャンガリアンハムスター』と呼ばれる愛玩用小動物に

酷似していたとしても、この世界では圧倒的威圧感を放つ、強大で威厳ある大魔獣なのだ。

 

そんな存在が、"本気を出しても戦いにすらならない相手"がいると言っている。

 

人間種全体から見れば、間違いなく怪物(モンスター)と呼んで然るべき脅威であろう。

 

賢王の話に顔色を青くする村人たちを見ながら、賢王は自分が縄張りとして支配していた場所の

方角をチラリと見てから、深い溜息をついた。

 

もうあそこには、戻れないだろうという悲しい確信と共に。

 

賢王と謳われた"彼女"の日常が壊されたのは、今より5時間ほど前の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カルネ村が鎧の騎士たちの侵略を受ける、およそ五時間ほど前のトブの大森林。

広大な森の南部側に位置する比較的開けた場所で、ソレはふと目を覚ました。

 

 

__________ここは何処だ?

 

 

目を開いて周囲を見渡したソレは、自分のいる場所が変化していることに気付いた。

辺り一面が緑に覆われている。それは変わらない。前にいた場所も、緑が豊かだった。

けれど少し違う。何がどう違うのかを説明することはできないが、どこか妙に感じる。

何かがおかしいことに目ざとく気付いたソレは、その巨体を揺らして二本足で起きて、

もう一度周囲を良く観察してみるものの、やはり一度も見たことのない場所であると感じた。

 

__________ここは何処だ?

 

 

本来であれば、近くに澄み渡った川があり、目を見張る滝が音を立てて水飛沫を上げている

場所を縄張りにしていたソレは、急激に変化した環境に混乱し、少し興奮気味になる。

するとソレの背中からは蒸気が噴出し、もやもやと白い湯気を立ち昇らせて木々に溶けた。

 

__________何か食べたい

 

 

興奮気味になったせいか、はたまたそれで眠りから覚めたのか、ソレは空腹を感じていた。

普段であるならばよい。巨大な切り株がある場所の近くにある倒木にかじりつけたのなら、

ソレが今感じている空腹は満たされていただろう。しかし今、どこにあるかが分からない。

周囲に生えている木を倒して貪ってもよいが、ソレは苔が生えるほど年月の経った倒木が

好みであるため、まだ生気の残っている倒れた直後の木を食べるのは、避けたかった。

 

とりあえず周辺を探ってみようと歩き出したソレは、茂みの奥から何者かに奇襲を受ける。

 

 

『ほほぅ、某の攻撃を受けてもびくともせぬとは、お主中々の腕前にござるな』

 

 

どこからか響いてくる独特な声と口調だったが、ソレはその声に意識を裂くことなどなく、

自分が生きるために良さそうな倒木を探していた。そうしていると、再び奇襲を浴びせられる。

鞭のような尾が凄まじい速さでソレに襲い掛かるも、ソレはまるで危機感を抱いていない。

そしてそれを証明するかのように、何者かの攻撃は強靭にして剛健なソレの外皮に阻まれた。

 

 

『一度ならず二度までも………この森の賢王と呼ばれた某を相手によくぞ!』

 

__________何だコイツは

 

 

茂みの奥からの奇襲が通じないと見るや堂々と現れた獣に、ソレはようやく気付いた。

相手は攻撃のつもりであっても、ソレの武骨かつ堅牢である重外皮にはまるで通用せず、

その結果として存在すら認識できていなかったのだ。ここに至って初めて、ソレは相手を見た。

 

しかし、相手の姿を目にしたところで、ソレは警戒心の欠片すら湧かない。

 

敵とすら認識できない程度であれば、相手にする必要はない。ならば当初の目的であった、

食料にちょうど良さそうな倒木の捜索に戻ろうと、ソレは身体を翻して反対方向を向く。

けれどそれは、この世界で賢王と恐れられた愛くるしい魔獣の、逆鱗に触れた。

 

 

『どこへ行くでござるか! 某の縄張りへ侵入しておいて、みすみす帰すと?』

 

 

頭に響くような声と同時に、しなる尻尾がソレの足や極太の尻尾の付け根を強襲するも、

倒木探しに意識を傾けていたソレからしてみれば、目障りかつ苛立たし事この上ない。

ここで初めてソレは、森の賢王を相手どることに決めた。

 

 

ブオオオォォォオオォォオオオッ‼

 

 

顔面の両側に広がった角の先を地面に向けてから、空を見上げるようにしてのその咆哮は、

今目の前にいる森の賢王だけでなく、トブの大森林に暮らす全ての生き物への威嚇を兼ねた。

ソレの咆哮は樹齢百年を越す木々を震わせ、その枝先から映える葉を散り散りにさせて、

さらには大地を激しく上下に揺さぶったと思いきや、小動物たちの鼓膜が避けて失神していく。

 

『はわ、はわわわ…………』

 

 

かくいう森の賢王も、例外ではない。未だかつて相手にしたことのない強さを持つ敵に出会い、

強者と戦いたいという彼女の短絡的な行動が過ちであったと、事ここに至って気付かされた。

生物の本能が高らかに警鐘を鳴らす。森の賢王の中で叫ぶ生存本能が、「逃げろ」と泣き喚く。

しかしながら、極度の緊張と恐慌が四つの足の自由を全て奪い、思うように動けないようにする。

ついさっきまで、強さにものを言わせて奪い取る側であったと認識していた森の賢王だったが、

目の前まで歩いて近づいてきたソレの雄々しい姿を見上げ、その陰に気付き、理解した。

 

今この瞬間、狩る側(たちば)狩られる側になっ(ぎゃくてんし)たということを。

 

 

ソレの尻尾の先にある巨大な槌のようなコブが、ソレの巨体のさらに上に振りかぶられており、

後はそれが振り下ろされるだけとなっている。賢王の身体の三分の二はあるほどの、その槌が。

あれだけのものが直撃すれば、さしもの自分も無傷では済まないだろうと直感で悟った賢王は、

飛び退いて回避する、というよりも逃走に近い跳躍で大きく横へ移動し、一目散に駆け出す。

 

その直後、大地を揺るがす轟音と共に、大森林の一角に地割れが起きた。

 

 

『ひぃぃぃいいぃぃ‼ 怖いでござるぅぅ‼』

 

 

戦意を喪失した賢王は、背後を振り返る勇気も持たず、ただソレから離れたい一心で駆けた。

自身の四つの脚が千切れんばかりの回転で動かし続け、目を開けた先には人間がいた。

 

これが、森の賢王の口からカルネ村の人々に語られた、トブの大森林の新たな伝説である。

 

のちに大森林の奥から響く衝突音と木の倒れる音は、この謎の怪物の仕業であると村の誰もが

信じ切り、機嫌を損ねて村を粉々にされないようにと怯え、しばらく村に厄介になることにした

賢王の話から抜粋し、森の新たな頂点のことを、『山の如き獣の王』と名付け恐れ敬った。

 

 

カルネ村が帝国の騎士に偽装した集団に襲われて、約一か月。

森の賢王と呼ばれた魔獣が、住み良い縄張りを追われて、約一月半。

 

 

かつてとある世界で、【尾槌竜・ドボルベルク】と呼ばれていた深緑の巨体を持つソレは、

トブの大森林の三割を半年足らずでその腹に収め、古よりこの地に封印されていた破滅の魔樹、

『ザイトルクワエ』という巨大樹を文字通りに喰らい尽くし、新たなる王として君臨した。

 

その後、薬草採取の護衛で雇われた冒険者がソレを目撃した際に、こう述べたと言う。

 

 

「鬱蒼と木々が生い茂る森の中で、ひと際大きな"山"が動いていた」

 

 

今日もまた、トブの大森林に、大地を揺るがす尾槌の音が鳴り響く。

 

 









いかがだったでしょうか?
今回はあまりグロやら無双をしませんでした。少し手抜きでしたかね。

さて今回は、3rd時代に全ハンターを物欲センサーで地獄に堕としていった
『仙骨の番人』こと、ドボルベルクおじ様です。ええ、私も泣きを見ました。

この話を思いついた理由は実に単純。
ベルク爺は木がお好き=木がいっぱい生えたとこにしかいかない
ならば森がいいだろう=オバロ世界で大森林と言えば
こんなふざけた方程式理論に基づいて、ハムスケは犠牲になりました……。
ま、まぁ流石に魔王様のペットを殺すわけにはいかなかったので、
肉団子(R-18G)になる予定だった彼女を急遽、生かす方針に変えました。

ハムスケ、本当は雌らしいですね。知った時驚きました。


それではまた次回を、お楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!

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