演習場に到着すると今回の訓練を手伝ってくれる大井先生と龍驤さんは既に準備を終え、待機していた。
「きったかーみさーん!!」
「遅い!いつまで待たせんのや!」
大井先生は北上先輩を見るなり飛びつき、龍驤さんはご立腹のようだ。この菊月、待たせたことに関してはそれなりに罪悪感を感じている。
「すま……」
「店長、早速訓練内容について教えてくれませんか?北上さんをダシに私を呼ぶってことはそれなりのことをやるんですよね?」
むぅ……遮られてしまった。ここはしばらく黙っているのが吉というものだろうな。
「まあ、それなりにな。北上、長月お前らは適当なスペースを見つけて適当に始めててくれ。」
「はいよー」
北上先輩は長月を連れて沖のほうへ一足先に向かっていった。それを見送った店長はこちらを一瞥したあと、口を開いた。
「では、大井と龍驤には訓練内容を説明する。菊月は先にウォームアップを済ませておくように。」
「了解した。」
とりあえず、体を簡単にほぐすために準備運動を始める。艤装展開中は身体能力等が著しく上昇するが無理な動きをすれば身体にかかる負荷は相当なものであり、艤装を解除した瞬間、激しい痛みに襲われ動けなくなることもある。それを少しでも軽減するために準備運動が行われているそうだ。まあ、全て大井先生の受け売りだがな…。
大井先生は練習艦を経験があるため稀に新人の教導を行うことがある。実際、私と長月は彼女から鎮守府での過ごし方や艤装の操作法等を学んだ。
「ふぅ…こんなものか」
準備運動を終え、艤装を展開させる。装備の点検は明石さん達がしっかりやってくれるので割愛する。魔改造の痕跡も無さそうだ。
最後に艤装の動きを確認する。速力を段階的に上げたり、全速前進、中立、全速後進、急停止を試す。よし、問題ないようだ…。
丁度、店長も説明を終えたようで三人ともこちらへ向かってくる。店長も来れているのは一部の将校のみに許可されている特殊な艤装を使っているからだろう。一応、彼はここの提督より階級が上だったりする。なぜそれほどの男が酒保にいるのかは謎である…。
「なあ、菊月。キミほんとにこれやるん?」
龍驤さんが心配そうに聞いてきた。たしかに怖くないといったら嘘である。しかし、この菊月にも意地というものがある。
「構いません。この菊月どのような訓練にも耐え抜く所存です。」
「よう言った!菊月、コレ終わったら間宮で好きなもん奢ったるさかい気張りや。」
「やった!…ありがとうございます。」
おっと、素が出てしまった。彼女は上官である。気さくな方とはいえ言葉遣いは注意しなくてはな。
「……」
大井先生の方は先ほどからずっと黙ってこちらを見ている。心なしかいつもよりその表情は険しい。黙っている彼女を一瞥したあと、店長は号令をかける。
「さて、じゃあ訓練を開始する。全員準備はいいな?」
「「ハイ!!」」
「うし、訓練開始」
その言葉を合図に私と二人は一斉に距離をとる。龍驤さんは距離をとりつつ艦載機を発艦。全て攻撃機である。まるで落とせるものなら落としてみろと言っているようだった。
とりあえず私は主砲を機銃に切り替え、構える。しかし、敵は艦載機だけではなかった。私が機銃を撃とうとした瞬間、私は宙を飛んでいた。
「どこに目をつけてるのかしら?」
そう、大井先生の甲標的である。恐らく私が艦載機に目を向けた時に放ったのであろう。私は直ぐに体勢を立て直し、艤装と自身の服をチェックする。艦娘の身体は艤装の力で守られてるため、煤はつくが傷はつかない。かわりに艤装と服が破損するため攻撃を貰った際にはこの二点のみをチェックするのだ。また、痛覚はそのままなので大破すると動くのも辛い。
どうやら中破程度ですんだようだ。しかし、魚雷発射菅も持っていた機銃も壊れてしまった。仕方がないのでこの二つは消して10㎝高角砲を取り出して構え、魚雷に注意しながら艦載機を狙って撃つ。
「まあ、とりあえず体勢の立て直しは合格かなぁ~」
「甘いわね、魚雷食らった時点で不合格よ!あんな見え透いた手に引っ掛かるようじゃ、すぐに沈むわよ。」
内容まではわからないが二人は何かを話し合っている。その隙に私は痛む体を無理矢理動かし、上からの攻撃を避けつつ主砲を二人に向けて放つ。もちろん魚雷を警戒することも忘れない。しかし、高角砲は外れ、反動により動きが止まったところを背後から艦載機に強襲された。
今度こそ大破である。自分の無力さに思わず涙が出そうになる。
「一回目終了~。」
その声と同時に店長は私に何かをぶちまけた。その瞬間、今まで私を襲っていた痛みが消え、艤装も新品のように綺麗になった。どうやら高速修復剤を使われたらしい。
「戦闘時間は…5分か。さて、二人とも感想は?」
店長が二人に問いかける。私は5分しかもたなかったのか…。
「全てにおいて遅いし、一つのことに捕らわれすぎて周りが見えてないわね。」
「ん~、ウチも大井とほとんど同じ感想やけど…強いて言うなら反動を計算に入れて動いて無いのがアカンなぁ、あんなん的やで的。まあ、大井の雷撃食らった際の立て直しの速さはえかったよ。」
二人の感想を聞く。速さが売りの駆逐艦が的と言われては駆逐艦失格である。
「…菊月は如月の戦闘を見たことあるか?」
店長が二人の感想を聞いたあと少し考え、私に聞いた。
「あるぞ、如月は私の憧れだ。」
如月は凄い。睦月が敵に突撃しやすいよう敵意を自分に向け、睦月を守っている。睦月型は装甲が他の駆逐艦に比べて薄い。その中で敵意を一身に受けているのだ、その心の強さを私は妹として誇りに思う。
「なら、如月の動きをお前なりに真似てみろ。」
「私が如月を?」
無理だ。私は彼女ほど優雅に立ち回れる自信が無い。
「そうだ。先程、龍驤も言っていたがお前は立ち直りが速い。つまり、思考の切り替えが上手いってことだ。そこに如月の護衛艦としての動き、敵の動きを先読みして動きを封じる戦い方を真似ればそれなりに戦えるだろう。」
「誰もビビりで泥臭いあんたに心の強さとか優雅さとかは求めて無いわよ。」
私の心を読んだかのように大井先生が言う。ビビり…、泥臭い…。
「大井言い過ぎだ。さて、それじゃあ二回目やるぞ。次はもう少し持てよ?」
所定の位置に着き、開始の合図が出される。龍驤さんは艦載機を、大井先生は魚雷を放つ。私は先程のように機銃を構え、艦載機に向けて放つことで牽制、魚雷に意識を切り替える。魚雷は三本、隙間を斜めに進むことで距離を詰めつつ避ける。
「ふうん……。」
「これならどうや!」
さらに艦載機を発艦する龍驤さん、爆戦である。攻撃機と組合わさると厄介だ。大井先生も砲撃を混ぜ始め、徐々に被弾が増えていく。
「くっ!」
如月ならどうする?頭の中で彼女の動きを再現し、私に反映させる。考えながらも動くことは止めない。
策はある。チャンスは数分後、艦載機の攻撃が止むときだ。それまではなるべく被弾を抑えつつ、距離を詰める。
「大井、一旦引き上げるからちと頼むで」
「わかったわ。ったく!ちょこまかとウザいわね…」
龍驤さんが艦載機を引き上げ始めた。
「行けっ!」
主砲を一発、狙いは龍驤さん。
「危なっ!」
当たらなかったが龍驤さんが怯んだ。その隙に最大戦速で大井先生に近づき、主砲を構える。彼女は魚雷を放って応戦しようとするが私は魚雷をジャンプでかわし、その横を通りすぎる。狙いは龍驤さんのみである。
「なっ!?」
そのまま龍驤さんの巻物目掛けて主砲をもう一発撃ち、その反動で方向転換しながら思考を大井先生に切り替える。
「やるじゃない、私の魚雷を読んでたわね。」
彼女は構えを解いて私に話しかける。
「はい、近づくに連れて魚雷を放つ頻度が増えていたのでたぶん魚雷で来ると思いました。」
「それじゃあ私じゃなくて龍驤さんを狙った理由は?」
「姉なら、如月ならそうすると思ったからです。」
姉は基本的に戦闘機が嫌いなので空母から片付ける。それに魚雷や砲撃と違って艦載機の攻撃は面だから避けるのが大変なのだ。
「まあ、合格かしら…。ただ、読みが甘いわね。」
「そやね」
頭に突きつけられる固い感触。
「ウチ、一応砲撃戦も可能なんやで?」
その言葉と同時に固い何かも離れる。振り向いて確認すると副砲だった。
「そんなん、お前しかやらんけどな」
「いや、赤城や瑞鶴もやるで?瑞鶴なんかわざわざ赤城に教わってたし…そもそも赤城やウチに教えたの君やん。」
「んなもん忘れたわ。とりあえず菊月よかったぞ。」
そう言って私の頭に手を置く店長。
「だが、後ろを取られてしまったぞ?」
「アレは龍驤のイタズラだ。勝利条件は一発入れることだし,そもそも大井も龍驤も手加減してるからな?」
「そういうことよ、じゃなきゃ私が横を抜かせるわけないじゃない。」
納得いかない私を諌める店長と大井先生。わかってるとはいえ、面と向かって手加減していると言われると釈然としないものがある。
「まあ、やる気があるのはええことやん?まだまだこれから長いしなぁ」
「そうだな、やっと訓練がまともに始まったわけだ。」
そうなのだ、これをずっと続けなくてはならないのを私はすっかり忘れていた。
「さあ、続けましょうか?」
笑顔で私に言う大井先生。私はその顔を一週間は忘れられなかった…。
3話予定が4話になりそうです…。