最近、俺たちの働く土木現場に天使のように可愛らしい少女がやってくる。
金髪の小柄な女の子。冒険者のようで何時も手甲とマントをつけて歩いてくる。そしてサッと木の影とかに隠れるんだ。バレバレだけど。
そんな姿が可愛すぎて俺達はみんなあの子が大好きだ。愛でていると言ってもいい。
俺のことをアクアの奴がロリコン引きニートとか呼んでいるが決してそんな不純な気持ちではない。これはあの子を守ってあげたいという紳士的で崇高な想いなのだから!
そして今日も朝、彼女は俺たちの仕事っぷりを遠くから眺めている。
「アルマちゃーん!」
「ッ!?」
あはは、名前呼ばれただけですぐに隠れちゃうなんて恥ずかしりやさんだな。
「……うわー、何今のドン引きなんですけど。めっちゃキモい顔してたんですけど。通報しちゃおうかしらこのロリニート」
「おいお前。俺は働いているからニートじゃないしロリコンでもない。ただの紳士だ。それにアルマちゃんは俺に会いに来てくれてるんだぞ。挨拶をして何が悪い」
「はぁ!?この人自意識過剰なんですけど! ありえないんですけど! アルマちゃんは私に会いに来てくれてるのよ! きっと私がアクシズ教団の御神体、女神アクアだって気付いちゃったんだわ! だから私の信者になるために毎日通ってるのよ!!」
「なわけあるかこの駄女神が!」
「絶対にそうよこのロリニート!」
ちなみにこの争いは俺たちだけで起こっているわけではない。この現場の人間みんながこんな感じである。
アルマちゃん可愛いようぉハァハァ……。
そう、彼女の名前はアルマ。俺が冒険者登録をしたあの日、列の前に並んでいた小さな女の子だ。
アルマちゃんはアクセルの街で今一番人気の女の子だ。人当たりもいいし礼儀正しい。お年寄りに優しく街で困った人を見るとすぐに手助けをしに走り回っている。どっかの駄女神よりも女神のような女の子だ。
しかも冒険者だ。ギルドのクエスト掲示板の前にはいつも朝一番に駆け寄ってくるし皆が嫌がるクエストも進んで請けようとしている。危険なクエストも選んでるんので受付のお姉さんに何時も止められているが。
そんな、街の誰しもが愛する少女、アルマちゃんが毎日工事現場で働く俺たちを見ている。俺、を! 見ている。様な気がする。
これはアレかな? 立っちゃったんじゃないかな? フ・ラ・グ! いやー、やっぱりあの時かな? ギルドで初めて会ったあの時に運命感じちゃったかなーぁ?
「……あのー。サトウ・カズマさん、ちょっといいですか?」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
アルマちゃんが俺のすぐそばに!? 何時の間に近づいたんだこの子!
「こ、この子気配が全然感じられなかったんだけど!? 女神である私にも気取られないなんて一体何者!?」
「初めまして。アルマです」
「あ、はい」
普通に挨拶されたわ。というか、俺の名前を知ってるのね。やっぱりここ最近の視線は俺に用があったのか。
「サトウ・カズマさん。お仕事が終わりましたら少し付き合ってもらえませんか?」
「「なんですと!?」」
俺とアクアの声が重なった。声どころか、動きまで揃って仰け反る。
日本の母さん。俺、異世界で女の子にナンパされました。
さて、サトウ・カズマを連れ出すにはどうしようかと悩んだが……面倒になったので正面から引っ張ってくることにした。多分こいつら駆け引きとかするだけ無駄な気がする。
話しかけたところ、二人は明日から冒険者として活動を始めるつもりだったので今日でこの外壁工事の仕事を辞めるつもりだったんだそうな。これから日当を貰ったらその金で装備を買って昼からクエストを受けに行くらしい。
……そうか、やっとか。やっと魔王討伐の冒険に戻ってくれるのか……今日の『面談』は優しくしてやろう。
アクアは杖を。サトウ・カズマは短剣を買うそうなので、武器屋でアクアが杖を選んでるうちに彼を連れ出すことにした。
「ちょっと来てください」
「うんわかった」
え? 何この子。素直すぎないか? 普通もうちょっと警戒しないんだろうか? 私達、さっき話したばかりだろう?
私の誘いに二つ返事で付き従う少年に一抹の不安を覚えたが、まぁ都合がいいので良しとしよう……いいんだよね?
「サトウ・カズマさん。貴方と二人きりで話したいことがあります」
「なんなりと」
え、即答……。
なんなのこの子? なんでこんなに従順なんだろう? 私が何をした?
サトウ・カズマの私を見る目もどこか変だ。何か決意を秘めたような強い輝きが見えるのに忌避感しか感じない。視線は私の顔、目をまっすぐ見ているが、時折上下に泳いでいる。なんだ? どこを見ているんだ?
「それでは、その、私の後ろに付いてきてください」
「どこまでも」
だからなんで!?
アクアを放置することに一切の躊躇のない彼が非常に不気味だった。私の後ろを歩いてもらい共に武器屋から出る。
その瞬間、世界が書き変わった。
「え?」
「そこに座ってください」
ぽかんとした顔は驚いているところだろう。無理もない。武器屋から出たら景色が変わっていたのだから。
ここは私の世界。青い空と草原が広がる地球と同じ広さの空間。
弱体化させられたとはいえ神様だ。人間一人を自分の内側に引き寄せることくらい造作もない。……いえ、見栄をはりました。成功してよかったー。正直出来るかどうか内心ドキドキでした。
なんか、『魂』のの監視が弱まってないか? 天界で何かあったのだろうか?
「椅子とテーブルを用意しました。そちらへ」
「あ、は、はい」
状況が飲み込めそうにないサトウ・カズマに着席を促す。飲み込める訳がない。いきなり目の前で世界を移動したのだ。落ち着いて会話をするためになんとか落ち着かせねば……。
とりあえず笑顔で応対しよう。
足の長い丸テーブルを中心に向かい合って椅子に座り合う私達。
「落ち着いて、私の話を聞いてください」
「存分に語り合いましょう」
この子ちょろすぎて怖い。
「改めて自己紹介させていただきます。私は『理』の神アルマ。さしずめ、この魔王討伐ツアーの主催者の一人です」
「アルマちゃんって女神様だったの!?」
め、女神……まぁ、女、だしな、今………女神か、私が。
「いきなりのことで信用していただけないかもしれませんが……」
「信じます」
おい。無駄にキリッとした顔で答えるな。
「そう、私、アルマは神です。ですがそのことはどうかご内密にお願いします。これはお忍びの視察ですので」
「お忍び、ですか?」
「はい。ですので、女神アクアにも内緒ですよ?」
「二人だけの内緒ですね!」
………あ、うん。なんでサムズアップ? 顔も締まりがないし……、何がそんなに嬉しいんだろうか?
「今回カズマさんにお話を伺ったのは、これが転生者を対象にした勤務実態調査だからです」
「勤務実態調査!?」
驚くカズマをよそに私は一枚の書類を取り出してテーブルの上に置く。そこにはいくつかの質問事項がイエス・ノーで答えるように書かれている。
質問内容は主に、天界側の転生者たちへの対応についてである。
つまりアクアの勤務態度。
カズマが書類を上から下まで読んだ辺りでペンを渡す。それを受け取ると何やらものすごい勢いで書き込み始める。
「……あの、何か思うところが?」
「ちょっと恨みつらみが」
何をしたアクアーーーーーッ!!!
武器屋を出ると、そこは草原でした。
なんと、天使だと思ってたアルマちゃんが女神様だった。なんだ、何も変わらないじゃないか。
いや待て俺。そう簡単に納得していいのか? 考えてみろ。女神ってアレだぞ? 馬小屋で、最近俺の隣で腹出して寝てる駄女神だぞ?
……比べるまでもなくこちらの方が本物の女神様です。
いやないわー。アクアとアルマちゃんのどっちが女神って、悩む必要すらないわー。
冒険者ギルドの天使ことアルマちゃん。彼女はもう俺の、いやこのアクセルの街のアイドルである。男も女も関係なく、皆が彼女を愛でている。
その正体が女神様? むしろ納得だわ。こんな世界をいきなり作り出す時点でアクア以上の神様ってことだし。
しかも俺が戸惑いを感じる度に見せてくれるあの慈悲深い笑顔! これが女神でなくてなんだというのか!!
そして渡されたのが……生々しい『勤務実態調査シート』。神様の世界って会社みたいだよな。アクアにも後輩が居るって言うし……OLなのか女神って。
まぁアルマちゃん、いやアルマ様が書けというなら喜んで書かせてもらうけど……んんッ?
『1.あなたの担当女神は死亡後の心的ケアをきちんと行いましたか?』
『2.異世界への転生への概要はきちんと説明されましたか?』
『3.担当女神の対応は貴方から見て適切でしたか?』
『4.異世界への転生後、貴方は不自由な思いをしましたか?』
『5.担当女神への不満を感じましたか?』
…………かつてここまでペンを握る手に力を込めたことがあっただろうか! という勢いで答えましたとも!!
返ってきた書類を見て私は卒倒するかと思った。
『1.あなたの担当女神は死亡後の心的ケアをきちんと行いましたか?』
・ノー
『2.異世界への転生への概要はきちんと説明されましたか?』
・ノー
『3.担当女神の対応は貴方から見て適切でしたか?』
・ノー
『4.異世界への転生後、貴方は不自由な思いをしましたか?』
・イエス
『5.担当女神への不満を感じましたか?』
・イエス
「……あの、カズマさん? これは、その、なんと言いますか……質問をさせていただいても?」
「はい、どうぞ」
駄目だ、喉がカラカラする。部下のしでかしたことにどう対応すればいいのか……いや、私は人類の守護神、最後の砦! 神様はこんな逆境でめげたりはしないのだ!
「最初の質問への回答なのですが、これはどういう経緯でそう思われましたか?」
「死因を馬鹿にされた挙句大爆笑の後にストレス発散になったと告げられました」
ぎゃふん!
「つ、次の質問ですが、」
「説明の途中に書類の項目を隠されたり質問をはぐらかされました」
キャン!
「……次」
「ポテチ食べながらさっさとしろとなじられました」
にゃん!
「……つぎぃ」
「こっちの世界に持ってこれる『者』として選んだのにちっとも役に立ちません」
そ、そういう理由でこちらの世界に来てたのかアイツ。
「そして最後! 不満たりたりじゃぁあの駄女神がぁああああああああああああああ!!!」
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさーーいっ!」
しばらくお待ちください。
「いやまあ、でも。まだ異世界での暮らしも始まったばかりですし、これからも初クエストなんでなんとか頑張っていきますよ」
「ありがとうございます。しかし改めて謝罪を。うちの女神がご迷惑をおかけしました」
アルマ様が頭を下げて謝罪する。アクアよりも偉い神様だって言ってたのに随分と腰が低い。
まだ小さいからアクアみたいに図々しく威張ったりするなんてこと覚えていないんだろう。このまま純粋なまま成長してもらいたいものだな。
「カズマさん。実は貴方のことはこの二週間ずっと見させてもらいました」
知っています。実は、なんて言っているがバレてないと思っているのは貴方だけです。
「貴方は可笑しな人ですね。アクアを駄女神と呼びながらも見捨てない」
捨てたいとは何度も思いましたよ?
「貴方の死因、トラクターをトラックと勘違いした挙句に引かれたと思い込んで失禁しながら意識を失い、そのままショック死という他に類を見ない珍事でしたが」
やめて。何か書類をペラペラめくりながら読み上げないで。しかもそれ遠まわしに馬鹿にされてないっすかね?
「それでも、貴方の誰かを守りたいという想いは本物でした」
……え?
「サトウ・カズマさん。貴方はグダグダ文句を口から垂れ流し女神を貶しながらも見捨てず、利益を独占しようとしませんでした」
まぁ、確かに。アクアは俺の所有物なんだからあいつが稼いだ金も暴論を振りかざせば俺のもなんだけど、それを奪い取るほど落ちぶれちゃいない。
「『理』の神アルマの名において、女神アクアを貴方の正式な『特典』と認めます。これからは二人、力を合わせて魔王討伐を目指してください」
神々しい(神様なんだから当たり前か)までの後光を発しながらアルマ様は俺にそう告げた。おかしいな? あまり嬉しくない。
そうか、だって俺が駄女神の面倒を見ることが正式に決まったようなものだからか。そ・れ・は! 嬉しくねーーーーーッだろうがッ!
「すいません! アクアの出した迷惑の分だけ何か特典を補填してください!!」
「は? え、えええええええええええ!? そ、それはちょっと……い、いえ分かりました。なら、私の権限で叶えられる範囲のことまでなら……」
「俺の妹になってください!!!!」
「……あんだって?」
「……カズマ! カズマ!! ナニ店の入口で寝てんのよ! 恥ずかしいわねぇ!!」
「? アクア? あれ、俺どうして……? って顔がいてぇ!!?」
気づいたらアクアに顔面ビンタされて叩き起こされていた。
叩き起される? なんで? どこで寝てたんだよ俺?
「アンタ、私が杖を買い終わって店から出てみれば入口で寝てたのよ? なに? なんなの? とうとう引きニート辞めたくて野外ニートになりたいの? お外がカズマのお家なの? ベッドなの?」
「うるさいよこの駄女神が! なわけねーだろが!!」
「何よ! 人がせっかく心配してやってるのに!!」
「どこがだ!! ……ってあれ? アルマ様は? 俺の妹は!?」
「……は? ……えー? 大丈夫カズマ? 頭おかしいなら今日のクエストやめとく?」
え? ………え?
俺もアクアも二人揃って何がなんだか理解できなかった。俺からすればさっきまで店から出た草原でアルマ様と一緒だったのに今一人で。アクアからすれば俺は目を離した隙に地べたで寝てた心配な子だそうだ。
なにこれどゆこと?
まさか、さっきまでの全部………、
「夢オチかよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!?」
「こっちが叫びたいわ。お兄ちゃんの阿呆」
『魂』 「 」
『物質』「 」
『命』 「我だって呼ばれたことないのに……お姉ちゃんって……ないのに
よし、人間滅ぼそう」
『魂』『物質』 「「落ち着いてぇええええ!!!」」
おねえちゃんはブラコン