「この物の怪がぁあああああああああああああ!!!」
アクセルの農家達を引き連れ、お爺さんが先陣となって飛び出す。
繰り出されるのは足。振り上げた右足へ、残した左足から汲み上げた大地のエネルギーを集め一点集中させ振り下ろす。
「地ならし!!!」
ダン! と大地へ叩きつけられた踏み込みが、お爺さんの正面とデストロイヤーの間へとエネルギーを浸透させていく。放射状に拡散したソレは、地面の土を細かく分解・均一化させていく。
生まれたのは振るいにかけられたようにサラサラとなった土。まるでケーキ作りのために準備された小麦粉の様に、突如流砂となった足場に巨大な蜘蛛型ゴーレムは八本足の内の前二本を沈みこませ体制を大きく崩した。
「今じゃ! 行けぃ!!」
「「「応!!!」」」
お爺さんの後から屈強な農家達が飛び出していく。しかし、勢いを削ぐかのように熱線が彼らに降り注いだ。
「ぎゃぁ!!」
「何事!?」
「む! アレは!」
デストロイヤーの進行は止まった。しかし、地面に前から突っ込んだ巨体は頭を地の下に潜り込ませたことによって、眼下の者たちには決して見ることのない巨体の背を晒していた。
対空防御の為の、固定砲台がこちらを向いていたのだ。降り注ぐ魔力砲弾。それを受ける者、躱す者、叩き付ける者と対応が様々だが攻勢の出鼻をくじかれていた。
「私が行こう!」
「鶏卵農家!」
ハァッ! と高く飛び上がる漢がいた。彼は翼のように広げた両の腕と、羽のように重さを感じさせない軽やかさで宙に踊り出る。その跳躍力や。デストロイヤーの遥か頭上を軽々と飛び越え、太陽を背にしてかがやきを放った。
そんな鶏卵農家に向けて、対空防御の魔力砲弾が降り注ぐ。
「ぬ! あれでは的ぞ!」
「兄者!!」
天にて滞空し砲座に狙いつけられる兄弟弟子の姿。しかし彼に焦りなし。広げた腕から羽根が舞い広がり、翼となってその美しさで辺りを魅了していく。その虜となったデストロイヤーは魔力砲台の照準を狂わせ、鶏卵農家には一発たりとも砲弾は当たらなかった。
「アレは羽毛!」
「流石は兄者! 家畜農業伝承者において最も華麗な技の使い手よ!!」
使われたのは彼が飼育する鶏の体毛。抜け落ちたものをかき集めておき空中に散布することで己の姿を大きく見せ、狙う的との照準を狂わす即席のチャフであった。
鶏卵農家はまるでこぼれ落ちる枯葉のようにデストロイヤーへと舞い降りる。その動きのまま繰り出されるのは鍛え上げた農家の技。
「天翔害獣百裂拳!!!」
日々家畜を狙うコカトリスとの戦いで最も繰り出される奥義。それは相手が鋼鉄の身体であろうと威力に変わりない。対空砲座は鶏卵農家の拳によって一面ボコボコに陥没し破壊される。
しかし。
「グゥッ!」
多くの砲座が設置されたデストロイヤーの背面。その砲座を全て破壊したところで鶏卵農家の男は血を吐き、地上へと落下していった。
「兄者!」
「……弟よ、病んでいなければ」
なんと悲しきかな。天高く飛翔する翼を持ち、鳥を愛する漢でありながら。その身を蝕む病は彼の農家を地に堕とすのだった。
「取り付けぃ!!」
しかし彼らは止まらない。ここで足を止めては体を張った漢の行いを無駄にするというもの。農家たちは地面に沈み込んで足をとられて動けないデストロイヤーに乗り込もうと近づく。しかし、それでも前足二本。残りの六本足は暴れており空をかいていた。
巨体を支える足が大地を蹴り体制を立て直そうとしている。そもそもデストロイヤーは見た目に反し身軽なのだ。過去、巨大蜘蛛に対して落とし穴作戦をとった国があったという。しかし、それは失敗だったという。落とすことには成功したが、八本の足を巧みに使った跳躍で難なくと脱出されたという。
つまり、狙うは足。
「その足、貰い受ける!!」
「一番槍は俺が!」
「串刺しにしてくれる!!」
赤い槍を持った農家が助走をつけた跳躍で飛び上がりそれを投擲した。それに続いて同じく槍を投擲する男たちがいる。全員が白いシャツに青いオーバーホールを身にまとい、麦わら帽子を被った男たち。ゴム製の黒い長靴で大地を駆けるその姿は正に美形の農業アイドル。一人は青い長髪の兄貴。一人は黒髪の泣き黒子が眩しいイケメン。一人はダンディな髭のオジサマ。
彼らこそはチームYARIO。YARIO村という、モンスターに滅ぼされ廃村となった村々を復興させるという活動を行なっている団体の代表たちである。稀にモンスターの巣となった廃村もあり、それら全てを討伐する必要もあるために日頃から槍などで武装し鍛錬しているとかいないとか。現在、アクセルの街付近で活動中である。
そんな彼らに続く農家たち。次々とデストロイヤーの足に殺到し、ある者は関節部に雑草を詰めて機能不全を起こし、ある物は農具を突き刺して内部の配線を切断し、またある者は根元から斬り堕とした。こうして流砂に沈んだ前足二本と天に向かって投げ出されている足二本を除いた、地についた四本の足が行動不能にされていく。
「乗り込めえぇぇい!!!」
「「おーーーーーーーーーーー!!!」」」
「いや、冒険者いらないだろアレ」
「何を今さら」
カズマたちである。
遠く、アクセルの街の外壁の上からデストロイヤーと農家達の戦いを眺めるのは冒険者たち。彼らはデストロイヤー迎撃のために街の正面に陣を構えていたのだが、そのかいなく戦闘は既に始まっていた。
「農家は自分達の畑を守るときにのみその戦闘力を全開にします。そしてその強さが、デストロイヤーの驚異から街や王国を守ってきたのですよ」
「農家スゲェ」
傍らに立つめぐみんの言葉に素直に感嘆の声をあげるカズマ。めぐみんやダクネスが言うには、今までデストロイヤーの被害を抑えていたのは農家だという。
デストロイヤーがノイズという国に造られたのが何時なのか、その記録はもう残っていない。しかし、大昔というほど古い時代からその巨大蜘蛛はこの大地を闊歩してきた。なのに何故、今だにこの大陸が人の住める環境なのだろうかというと、それこそ『農家がいたから』である。
街や王国がデストロイヤーの被害を受ける際、まっ先に襲われるのは外にある農業区である。当然だ。いくら大きな国でも外壁の中に広大な農地は作れない。どうしても街の外に畑を作らないと収穫量が少なくなってしまう。そうすると、農家を襲うもの、守るものは相対的にレベルが上がっていく。つまるところ、デストロイヤーなど農家にとって害獣、もしくは災害なのである。
ギルドの掲示板に『畑をモンスターから守ってくれ』などという依頼を出す農家は未熟者、と先に述べたことがあるが、一流の農家から言わせれば『蜘蛛如きから畑を守れない農家など三流』だという。
つまり、デストロイヤーの通った後にはアクシズ教徒しか残らない、という逸話にはこう付け加えるべきなのである。
デストロイヤーから畑も守れない軟弱な農家どもめ、と。
国が滅んだのではない。農家が畑を守りきれなかったのだ、と。魔王軍ですら避けて通る農家。デストロイヤーですら壊せない魔王城を守る結界。本気を出せば魔王軍なんて一日で崩壊させることができる農家が、魔王軍に手を出せないデストロイヤー如きに遅れを取る道理なし。
だからこそ、デストロイヤーに敗北するような農家など、農家と呼べぬ家庭菜園者なのである。
……しかし、ここまでデストロイヤー相手に無双する農家が集うアクセルも輪をかけて異常なのだという。特に今年は例年に比べて農家の活動が活発になっている、なりすぎているとか……何があった。
「だからもうさ、農家に頼んで魔王倒しに行ってもらえよ」
「そんなことしている間に収穫時期が来る、と言って毎年断られている」
「あ、そですか」
農家にとって、魔王軍など世間を騒がすチンピラ程度である。そんなもの相手にするよりも畑を荒らす馬鹿共を相手にするほうが忙しいのだという。
目の前であんなデカイ蜘蛛型ゴーレム相手に無双出来るのにね!!!
実に残念である。
「ほら、行くぞカズマ。私達もいい加減、戦線に加わらなければ」
「いや、ダクネスさん? もう農家だけでよくね? 俺たちが行く頃にはもう終わってるって」
や、ほんと。ここからデストロイヤーのいる場所まで移動している間に全部終わりそうな勢いである。
「バカを言うな。ギルドにも言われただろう?」
「そうだけどさー」
放っておけば農家が全てを終わらせてくれそうなのにダクネスがグイグイと俺たちの背を押すのには理由がある。
それは数時間前。デストロイヤーの進行方向に農業地帯があると作戦会議でわかった時。
職員のルナさんが言った。
「……ギルドの活動資金を農業組合に取られちゃう」
「「「!??」」」
冒険者の危機である。街の危機が去りそうなのに、まさかの大問題であった。
そりゃぁ、街を守る戦力に金をかけるのなら冒険するよりも酒場で騒いでいることの方が多い冒険者と、食料を作ってくれるうえでデストロイヤーよりも強い農家。どっちに資金援助をすると権力者が考えたら誰だって農家を選ぶ。俺だってそーする。
「ちなみに、ここで冒険者が活躍しなかったらどうなると思う?」
「依頼の報酬額がひと桁減るそうだ」
「「「…………」」」
気まずい沈黙が当たりに満ちていく。
「や、やったるぞお前らーーーーーー!!!」
「「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
かつてここまで俺達冒険者の想いが一つになったことがあっただろうか!!!
「いやぁ凄いですね」
「凄すぎない? なんなのこの街。ていうかあの農家さんたち」
そう言ってデストロイヤーと戦う農家、遅れながら参戦する冒険者達を眺める二柱の神々。
彼女ら二人、アクセルの外壁の上から戦いの様子を眺めていた。のほほんと。
「いいの? みんな頑張って戦ってるよ?」
「いいんです。人の生み出したものは人の手でケリをつけるのが道理でしょう」
アルマちゃんは『理』の神から生まれた存在。故に、始まったことへの終わらせ方というものにはこだわるのだった。
曰く、人の起こした問題は人が解決せよ。神が起こした問題は神が解決せよ、ということだ。だからこそ、彼女は魔王と戦わない、この星の人間たちを『救わない』のだ。
まだまだ、この程度では神の出る幕ではないのだから。
この程度では。
「貴方の趣味はなんでしたっけ?」
「んー? やっぱ危機的状況、絶体絶命! ってところで主人公の隠された力とか奇跡とか友情とか愛とかが爆発してサヨナラ逆転大勝利を迎える展開?」
「ハッ、ご都合主義の塊ですね。そこまでいけば一種の『理』とも言えます。でも、私の趣味じゃありませんね」
「なにおー」
趣味とは個性であり神にとっては権能の一部だ。
『理』の神である彼は真面目で頑固な堅物であるが、言い換えれば自分の決めたことは絶対に曲げないということ。やることなすことが一貫しているからぶれない、揺らがない。
『物質』の神である彼女は何でも創るし何でも壊す自由奔放な存在。やりたいことはやるし、やりたくないこともやる。過去に絶対に不可能と言われたことも技術の進歩で可能となるように、創り出すということは肯定と否定を併せ持つ。
『物質』のアルマは楽しんでいる。
自分の仕組んだ『物語』がどう転ぶのか、ワクワクしながら眺めている。
『理』のアルマの分体は厳しく見定めている。
この『脚本』を検閲するために違反がないかを探しながら眺めている。
しかし、彼女たちには共通して、どうしようもない想いがそこにあった。
期待、である。
人間は見ていて飽きない。失敗、成功、挫折に勝利。どんな結果であれ見る者を楽しませてくれる最高の娯楽。人間が嫌いな神も大好きな神も皆同じ。『楽しむ』ということは神にとって必要なことであり、人間からすればいい迷惑である。
だからこそ、公平さを重んじる者が必要であるのだ。
どんな娯楽もルール違反が存在すれば途端につまらなくなる。『理』のが悪魔の茶々入れを憎み嫌うように、『物質』のが当事者になって楽しむように。
人の世に神のテコ入れは最小限に抑えなければならないのだ。
「貴方がやりすぎていれば、私は即座に動きますからね」
「僕が動いてもいいよ?」
「………却下します。どう考えてもろくなことになりません」
『物質』のの発言に少し思案したが、よくよく考えてみればこの女、事態を更に混沌の渦に叩き込みかねない。巨大蜘蛛型ゴーレムを倒すのに、更に巨大なゴーレムを作り出しそうな……しかもそれを転生者に与えて『これが……俺の機体……俺の新たな力……!』的な展開を演出しそうなので嫌になる。
そもそもこの世界は剣と魔法のファンタジーなのであって、SFはお呼びでないのだ。
なんて思っていたら。
『デストロイヤー~~~~へ~んし~んッス!!』
なんか、デストロイヤーが巨大な人型ロボットに
「……ギルティ。判決、有罪。待ったなしです」
「えー!? せっかく用意した改造惑星ユニ○ロンが!?」
さて、出撃しましょうかね。
『理』 「オイィイイイイイイイイイイイイ!!!」
『命』 「あーあ」
『魂』 「あひゃひゃひゃ!!」
アルマちゃん「なんでファンタジーの世界でこんな……」
『物質』「ポテチとコーラ用意しなきゃ!!」
冒険者一同「「「ぎゃぁああああああああああああ!!!」」」
農家一同 「「「畑を守れぇええええええええええ!!!」」」
次回、ステゴロ。